王祝
「よしっ。いい色じゃな」
ロンは、焚火のそばで魚を焼いていた。オレンジ色の火の周りには、串にささった魚が十本ほど並んでいた。
「うわ~おいしそうですね!」
「マリーには、一番大きいやつをやろう」
「ほんとですか?楽しみですね」
小さな川のほとりで、アル達は休息を取っていた。ラフィーナの村を出発してから二日がたち、大きなアクシデントもなく、へムル遺跡での疲れを癒しながら順調に旅を進めていた。
「アル君達、おそいですね」
「ルーナの特訓は容赦ないからのう」
「人をなんだと思ってるんだ」
ルーナが不機嫌そうな顔で近づいてきた。
「あ、ルーナさん」
「アルはどうしたんじゃ?」
「すぐに来ますよ」
「うわっ、いい匂いだ!」
「ほら」
森の中からアルが姿を現した。乾いた木の枝が、袖のない茶色いジャケットにくっついていた。
「おいしい魚ですね」
「そう言ってもらえると、嬉しいわい」
アル達は、焚火を囲みながら食事をしていた。暗い雲の隙間から、黄色い月の光が見えていた。
「修行はどうじゃ?」
「う~ん、あまり見込みはないかも…」
ルーナは、白いカップに入ったスープを飲んでいた。
「悪かったな」
「まあまあ。感知の魔法は難しいですからね」
「ああ。だが、護衛には必要な能力だ」
「確かに、奇襲に備える事もできて、便利ですからね」
「でもザラを感知するのって、ほんとに大変ですよ」
「初めは、一メートル先を感知するのも難しいだろう。だが、認識する力を高めれば、一キロ以上先のザラを感じる事も可能になる」
「す、すげえな」
「修行を積めば、さらに範囲は広がる。その分、集中力も必要だがな」
ルーナは串を手に取り、焦げ目のついた魚をほおばった。
「魔法を使える兵士は、一騎当千の力を持っておる。戦わずにすむなら、それに越したことはないからのう」
「まあ、そういう事ですね」
「ヘウルーダまでは、まだ十日以上はかかると思います。アル君、たくさん特訓できるね」
「そ、そうですね。ハハ…」
アルは、困ったような顔で弱々しく笑っていた。
「飛行艇の調子は、かなりいいですね」
マリーはルーナの隣に座り、飛行艇の窓から空を眺めていた。白い雲の間から、太陽の光がわずかに地面へと差し込んでいた。
「ああ。エンジンの回転数も良くなってきた」
「これなら、思ったより早く着くかもしれないですね」
「ヘウルーダか。ひさしぶりじゃな」
「ロン、行った事あるのか?」
「うむ。もう、ずいぶん前じゃが」
「ロンさんは王族の警護をしていたからな」
ルーナは左手に小さな地図を持ちながら、飛行艇を操縦していた。
「確か、ギルメインよりも大きかったのう」
「そうかもしれないですね」
「少し前に、若い王女が王位を継承したんだったな。名前は……コーデリアだったか」
「ルーナさん、よくご存じですね」
マリーは細い瓶に入った水を飲んでいた。
「民衆からの支持も高いそうだな」
「はい。コーデリア女王は、皆をまとめる力も高く、とても聡明な方です」
「女王かあ。どんな人なんだろ」
「アル君と、そこまで歳は変わらないかも」
「え、ほんとですか?」
「うん。まだ二十代だからね」
「すごっ!そういや、あのゼルナンって王様も若く見えたけど、何歳くらいなんだろ?」
「あいつは、四十八歳じゃ」
「えっ!」
マリーは目を大きく開けておどろき、口から水をこぼしていた。
「大丈夫か?マリー」
「は、はい。ごめんなさい」
「へえ!三十歳くらいかと思ってたけどなあ」
「昔から見た目が変わらなくてのう。そのせいで、女遊びばかりしておるのじゃよ」
「その言い方は、語弊があると思いますが…」
「奥さんが八人、でしたっけ」
「小さい頃から、よくモテての。だが体を動かす事は苦手で、わしが鍛えてやったのじゃ」
「そうだったんですね」
「女癖はなおらんかったが」
「毎日、奥さんのだれかと言い合いをしていますからね」
「まあ、アルには縁のない話じゃな」
「どういうまとめ方だよ」
「告白された事なんかないじゃろ?」
「ぐっ…」
「魔法を使う事ができれば、少しはモテるかもしれないぞ」
ルーナは前を見つめながら、うっすらと笑みを浮かべていた。
「そうだね。色々な魔法を使えたら、かっこいいと思うよ!」
「え、ほんとですか?よ、よーし!」
アルは目を閉じて集中し、周囲のザラを感じようとしていた。
「なんとも単純なやつじゃな…」
飛行艇は一定の速度を維持しながら、荒野の中を進んでいった。アル達の他に旅人や車などは見当たらず、乾いた風と砂ぼこりが、金属の翼に何度も吹きつけていた。
「いや~すげえ人!」
「さすが王都だな。思っていた以上だ」
「ギルメインも多かったけど、ここはすげえな!」
アル達は途中でいくつかの村に泊まりながら、ヘウルーダに到着していた。大通りには多くの店が並び、子供から老人まで、たくさんの人でにぎわっていた。
行き交う人々は皆、嬉しそうに笑っていて、活気に満ちた街の中は、歩いているだけで明るい気分になりそうだった。
「昔よりも多い気がするのう」
「どうやら、今日は王祝の日みたいですね」
「オウシュク?」
「三ヶ月に一度、国民の前に王が現れて、政策を発表したり、民衆にねぎらいの言葉をかけたりするの」
「なるほど。それで人が多いというわけか」
「ええ。今日だけは宮殿の一部が解放されるので、皆そこに向かっているのでしょう」
「わしらはどうするのじゃ?」
「今は、宮殿の中も慌ただしいと思います。いい機会ですから、私たちも王祝に参列しましょう」
「そうだな。私も、女王の姿は初めて見る」
アル達はにぎやかな街並みを楽しみながら、人の流れに沿って歩き続けた。背丈の三倍はあろうかという大きな門をくぐり抜けると、広場のような場所に、数え切れない人達が集まっていた。
「うわ、多すぎる!」
「ここは、宮殿前の広場だね。三千人以上は入れると思うよ」
「ううむ、人酔いしそうじゃの」
「フフッ。そうですね。私も初めはおどろきました。もう少しで始まると思うけど……」
「マリー!」
アル達の後ろから、若い男の声が聞こえてきた。
「帰ってきていたのか、マリー!」
背の高い男性が、アル達の方へと近づいてきた。傷のない黒い兵服を身につけ、くせのある髪が肩まで伸びていた。艶のある黒い髪からは、兵士とは思えない気品があふれ、王族の女性のような美しい顔立ちをしていた。
「あ……ガラード!!」
マリーは笑顔になり、男性のもとへと駆け寄った。
「ガラード!ひさしぶり!」
「ああ!いつ帰ってきたんだ?」
「本当に、ついさっきなの。王祝が終わったら、宮殿に行こうと思っていて」
二人は人ごみの中で向かい合い、楽しそうに会話をしていた。
「だ、だれなんだろ」
「ううむ。ひょっとして、マリーの恋人かのう」
「確かに、仲がいいな」
「うっ!」
アルは動揺した。