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フィーネ・クリスタル  作者: 青空ミナト
118/211

冒険家


「ガタッ!」


 ナイラは両手をテーブルの上につき、勢いよく立ち上がった。紺色こんいろの髪が、海から吹きつける風を受け後ろにれていた。


「ナイラさん、あの…」


 マリーは心配しんぱいそうな表情を浮かべながら、ナイラの顔を見つめていた。


「仕事で少しつかれてて、先に帰らせてもらうよ。父親の事なら、わるいがまた別の日にしてくれ」


 ナイラは、あわただしそうに腕を動かし、背もたれのついたイスをテーブルの中へとしまった。白い半袖はんそでには、右の肩の辺りに、小さな羽虫はむしがくっついていた。


「ごちそうさま!それじゃ!」


 一瞬いっしゅんだけ笑顔を浮かべると、アル達に背中を向け、街の中へと走りっていった。


「なんだ?急に……」


 アルは、小さくなっていくナイラの背中をじっと見つめていた。


「ふむ…少し、複雑そうな感じだな」


「ごめんなさい。私の聞き方が、よくなかったかもしれません」


「いや、気にする事はない。別の日に行けば何か話してくれるじゃろう」

 

「ええ。家族の事というのは、なかなか話しにくい場合が多いですからね。少し間をけてから行ってみましょう」


 ルーナは夜空を見つめながら目を細めた。


「…明日はその、みさきを調べてみるか」


「お昼に聞いた場所ですか?」


「ああ。ここから、それほど離れてはいないみたいだ」


「サアア…」


 おだやかな風が吹き、ツインテールの髪が、前後にゆらゆらとれていた。


「景色のいい場所が多いから、あまり調査という感じはしないがな。まあ、危険な遺跡ばかりではがもたない。たまには、こういうのもいいだろう」


 心地ここちのよい潮風しおかぜはだで感じながら、ルーナは優しげな笑顔を浮かべていた。







「スー…」


 白いカモメが翼を広げながら、空の上をただよっていた。水色の空には小さな雲がいくつも浮かび、さわやかな風が吹いていた。


「わあ、すごい景色!」


 強い風を受け、マリーの黄色い髪がふわりと浮き上がった。


「うは~!」


 アルは両手を腰にあて、地平のてへと広がる青い海を見つめていた。太陽の光が海面に反射し、白い光の線が、一本の道のように海の奥へと伸びていた。


「よし、あの辺りだな」


 ルーナは、ゆっくりと腕を振って歩いていた。切り立った長いみさきの上にはアル達の他に人はなく、一面に緑色の草が生えていた。はるか下の岩礁がんしょうには波が押し寄せ、白い泡粒あわつぶが大きく広がりながら、波音と共に海中へとけていった。

 遠く離れたみさき先端せんたんには、小さな灰色のかたまりが見えていた。


「キュイ!」


「こら、あんまり動くなって。落ちるぞ?」


「キュ!」 


 シロルは二本の足を元気よく動かしながら、アルの後ろにぴったりとくっついていた。長い尻尾しっぽが左右に動き、トカゲのような輪郭りんかくをした顔の先で、アルの足をうれしそうにつついていた。


「なんか、遺跡って感じがしないよな」


「うむ。リフレッシュにはもってこいの場所じゃな。酒でも持ってくればよかった」


「ロンさん、昼間ひるまから飲まないで下さいよ?だれかに見られたら、我々の評判がわるくなってしまう」


 ルーナは小さく笑いながら、ロンの隣を歩いていた。


「フフッ。また演舞えんぶを始めちゃうかもしれませんね」


「おかげさまで、評判もよかったみたいじゃ」


「そうか?目新めあたらしかっただけだろ。何回も見たらきるって」


「冷たいやつじゃな~まあ、同じ技はきられやすいがな。次はダイダルに伝わる、瓦割かわらわりにでも挑戦ちょうせんしてみるか」


「着いた。これだな」


 ルーナはみさき先端せんたんで立ち止まり、地面に左のひざをついた。


「うん、読めそうだ」


 灰色の石碑せきひに手をあてながら、表面にきざまれた文字を追っていった。


「それほど長い内容ではないみたいですけど……」


 マリーはルーナの隣にしゃがみ込み、石碑せきひの文字を見つめていた。


「ああ。これは…」


「なんて書いてあるんだ?」


「ふむ……」


「メスステケカイオ……オイレ……これ、なんでしょうか?意味が…」


「ああ。難解なんかいだな」


 ルーナは眉間みけんにしわを寄せながら、静かに立ち上がった。腕を組み、吹きつける風を全身で受けながら石碑せきひを見つめていた。


「マリーさん、何が書いてあるんですか?」


「それが…上手うまく表現できなくて」


 マリーはゆっくりと立ち上がり、後ろを向いた。 


一言ひとことでは……あれ?」


 マリーのひとみが大きく広がっていった。


「ザッ、ザッ」


 遠くから、アル達のもとへと人影が近づいていた。


「あれ、だれだろ」


「気づかんかったのう」


「ザッ、ザッ!」


 大きな黒いリュックを背負せおった青年が、石碑せきひの方へとまっすぐに歩いていた。縦向きに伸びたリュックは、下の部分がおしりの辺りにくっついていた。


「ザッ!」


 青年はアル達の後ろで立ち止まると、背筋を伸ばし、じっと石碑せきひを見つめていた。


「見つけた!」


 青年は力強い声を発した。金色の髪は後ろへと流れ、太い毛先が背中の肩甲骨けんこうこつの辺りまで伸びていた。深緑色ふかみどりいろのベストには丸いボタンがついていて、えりのように立った厚い生地きじが、首元を半分ほどかくしていた。

 ベストの下からは白い長袖ながそでが見えていて、しわのついた灰色のズボンには、数ヶ所に切り傷のような跡がついているようだった。足首をおおうようにして深緑色ふかみどりいろのブーツをいており、丸みをびた先端せんたんに土のかたまりがついていた。


「ちょっといいか?」


 登山家とざんかを思わせる()で立ちをした青年は、素早すばやい動きで石碑せきひの前にひざをついた。アル達はとっさに左右へと分かれた。


「ほう……」


 数秒、石碑せきひながめていたかと思うと、青年はすぐに立ち上がった。 


「よし!」


「あの…」


 マリーが青年のそばへと近寄った。


「おっと!わるかった!あんたらも、この石碑せきひを調べてたのか?」


「はい」


「そうか!いや、そうか!」


 青年はうれしそうに笑った。


「いや~!まさか、おれ以外にもいるとはな!こんな事は初めてだ!やはり、ナギリの航海日誌こうかいにっしを?」


「え?いえ…」


「おれもあれを読んだんだ!リーフォーテスに行くかなやんだんだが、まずはこのみさきに行くべきだと思ってな!やっぱり正解だった!あとは荒波あらなみだな」


 青年の声が大きくなっていった。マリーは、まくし立てるように話す青年の勢いに圧倒あっとうされていた。 


「おそらくリーフォーテスには、役に立つ情報も少ない!当時を知る人間なんていないからな!大陸たいりくまわりの方法も面白そうだったんだが、ダイダルには他に行ってみたい所もあるから、もったいない気がしたんだ。やはり、ここは伝承通り、ギル国から出るのがすじだと思ってな!

 もっとも、強引ごういんに波を突破する方法も考えてはいる。現実的ではないが、挑戦ちょうせんしがいがあるとは言えるな!安全な道ばかり探していても、達成感なんて感じないだろ?おれもそうだったんだ。エレグざんを登った時も、違う道から行けばよかったと、あとになって後悔こうかいしてな!やはり、人が行った事のないルートをめている時のほうが、充実した気持ちになって、つかれもまりにくい!大事だいじなのは気持ちだよ!

 近頃は、どれだけ価値のあるものを見つけるかとか、いかに効率よく目標を達成するかとか、そういった考えばかりで、辟易へきえきしていてな!本来ほんらい、冒険をする者にとって、自分の気持ち以上に価値のあるものなんてないはずなんだ!ただ、信じた目標に向かって突き進む。目標が困難こんなんであればあるほど、心は燃え上がる。そうだろ?

 純度じゅんどの低い、トレジャーハンターまがいの冒険家ぼうけんかばかり増えたのは、なげかわしい事だ!国の衰退すいたいとは、人間の衰退すいたいから始まる。これはおれの持論じろんなんだ。そうは思わないか?」


「はあ…」


 マリーは小さな声で返事をした。


 

  




「ザザアッ…」


 けわしいがけの下から、一定のリズムで波音が響いていた。


「いや、わるかった!つい、興奮こうふんしてしまってな!止まらなくなってしまった」


「い、いえ…」


「まさか遺跡の調査員だったとは。てっきり、同類どうるいだとばかり思って!」


「で、あんたは何者なんだよ?」


 アルはうたがうような目つきで、青年の顔を見つめていた。


「おれはリピステス!仕事はしていないが、あえて言うなら、冒険家ぼうけんかだ!」


冒険家ぼうけんか?」


「ああ。世界中を旅していて、けわしい山々や洞窟どうくつ、深い渓谷けいこくに、古代の遺跡なんかにも行った事がある!」


「ほう。それらしい服装に見えたが、なかなか変わった事をしておるのう」


「なんか、レシオンみたいだな。あんたも冒険譚ぼうけんたんとか書くのか?」

 

冒険譚ぼうけんたん?ああ、そういうのはきらいでね。つまらないだろ?名声めいせいを目的にした旅は」


 リピステスは不機嫌ふきげんそうになった。がけの下から吹く風を受け、金色の髪が右向きに大きくれていた。


「おれが旅をするのは、おれ自身がそれを望んでいるからだ。周りの評価はどうでもいい」


素敵すてきな考え方ですね」


 マリーは優しく微笑ほほえんでいた。


「ありがとう!君も感じた事があるんじゃないか?危険な場所や未踏みとうを冒険している時、自分の内側からあふれ出る、すばらしい幸福感を!まるで、てんにものぼるような!」


「は、はあ…」


「あの感覚は最高だ!たとえ、途中で命を落としたとしても、きっとりた気分のままに違いない!そう!深いがけの下に落ちそうになった時なんか、集中力が極限きょくげんまで高まり、生きている事を指先から実感できたんだ!」


「なんか、あぶないやつだな…」


 アルは後ろに一歩下がった。


せいとは、死をはだで感じる事で、初めてその輪郭りんかくをつかむ事ができる。だが、近年は別の考え方が主流しゅりゅうになってきて…」


「あ、あの…そのお話は、また今度こんどにでも……」


「お、そうか?よし、では貴重きちょうな情報も手に入った事だし、次に向かうか」


「待って下さい。石碑せきひの内容がわかったんですか?」


 ルーナが大きな声を出した。


「ああ。そうか。あんたらは日誌にっしを読んでなかったんだったな」


 リピステスは石碑せきひの隣に立ち、左手で石の表面をさわっていた。


「メスステケカイオ、オイレウユ、ラカタキノ、ウトルガナ、だろ?」


「はい。なんの事だか……」


「こいつはさかさ言葉だ。暗号あんごうみたいに、反対から読むようになってて、普通に読むとわけがわからない」


 リピステスは不敵ふてきな笑みを浮かべた。

 

「つまり、こうだ。ナガルトウ、ノキタカラ、ユウレイヲ、オイカケテススメ……ナガル島の北から、幽霊を追いかけて進め」

 

 












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