人を探して
「はあっ、はっ…」
アルは額に汗をかきながら、傾斜のついた坂道を走っていた。地面には四角い形をした赤茶色の石が敷き詰められ、広い道の両脇にはたくさんの家が並んでいた。
「え~ほんとだって!」
「どうせ見まちがいだろ?そんな鳥がいたら、大騒ぎになってるぜ」
前方から、若い男女が楽しそうに会話をしながら坂道を降りてきた。細身の女性が男性の肩を叩き、嬉しそうにうなずきながら、アルの横を通り過ぎていった。
道の左側には黒い車が止まっており、たいらな天井の塗装がはがれ、錆びた金属が見えていた。
「っと」
アルは坂道の頂上で立ち止まると、背中をそらしながら空を見上げた。青空の中で、綿飴のように丸みを帯びた雲が、風に流されゆっくりと動いていた。
「よし…」
アルは視線を前へと向けた。まっすぐに伸びた傾斜のない道には、両端に無数の屋台が立ち並んでいた。手前の店では大勢の人が足を止め、ざるに盛られた新鮮な魚を嬉しそうに眺めていた。
「ザッ!」
アルは腕を大きく振り、通りの奥へと走り始めた。
「困りましたね……アル君、どこ行ったんだろ」
マリーは、顔を左右にせわしなく動かしながら、人ごみの中を歩いていた。
「なかなか時間がかかりそうだな。ギルメインの警備兵だと思うが、あちこちに似たような大きさのザラがあって、感知しにくい」
ルーナは眉間にしわを寄せ、腕を組みながらマリーの隣を歩いていた。
「これだけ多いと、探すのも一苦労だな」
「キュウ」
「シロル、アル君がどこにいるかわからない?」
「キュン…」
シロルは細く伸びた口先を下に向け、尻尾を左右に振りながら歩いていた。
「われながら気が緩んでいたな。何かあった時の為に、集合場所でも決めておくべきだった」
ルーナは人ごみを抜け、円の形をした広場の方へと足を進めた。見通しの良い大きな広場には、真ん中の辺りに石でできた時計塔が立っていた。白い石が規則正しく積み上げられ、人々の頭上のはるか上の位置に、丸い形をした時計が埋め込まれていた。
「アルのやつ、めずらしく急いでいたな」
「そうですね。急に走り出して…」
マリーは時計塔の前で立ち止まった。耳にかかった黄色い髪を右手でかき上げると、体を反転させ、高い塔に背中を向けた。
広場のあちこちには、仲間連れのない人間が一人で立っていた。定期的に時計へと顔を向け、だれかと待ち合わせをしながら、時刻を確認しているようであった。
円の形をした広場の端には、東西南北の四つの位置から広い道が伸びていた。それぞれの道のスタートには、石の地面の上に文字が記されており、方角がわかるようになっていた。
「ザラを一つ一つ調べてみますか?」
「そうだな。時間はかかるが…」
「よっと!」
時計塔の上空から、ロンが勢いよく飛び降りてきた。
「ロンさん!あまり街の中を飛び回るのは…」
ルーナは後ろに一歩下がり、おどろいた様子でロンを見つめていた。
「いや、わるい!勢い余った!フォッフォッ!」
「アル君、西側の通りにはいないようでした」
「そうか。東のほうもおらんかったぞ。姿をくらましてしまったか」
「私達で、周辺にあるザラを一つずつ感知してみようと思います」
「ふむ。それが一番早いかもしれんな。ルーナよ、おぬしは先に宮殿のほうへ行ってくれんか?」
ロンは、ねずみ色のローブのふところに手を入れ、小さな袋を取り出した。巾着のような白い袋には口の辺りに紐がついていて、先端の部分がぐるぐるに結ばれていた。
「宮殿へ?」
「アルが、わしらを探して向かっておるかもしれん。一人では中に入れんじゃろうから、念のため警備の兵に、アルの事を伝えておいてくれ」
「わかりました」
「見つからんかったとしても、夕方には一度連絡を入れる。こいつをキーリーに渡しておいてくれ」
「室長に?なんですか?」
「ダイダルで手に入れた、イカの干物じゃ。以前、酒に合う珍味を探しておったから、ぴったりじゃと思ってな」
「いや、そんな下らないもの渡してる場合では……」
「フォッフォッ!貴重な資料じゃよ!抜かりのないようにな!よし、行くぞマリー!」
ロンは大きな声で笑いながら、広場の奥へと歩き出した。
「はっ、はっ」
アルは息を切らしながら、人の群れの中を懸命に走っていた。首飾りの青い石が、アルの呼吸に合わせて上下に揺れ動いていた。
「よし、今日は特別だ!このオレンジもつけよう!」
「まあ、いいの?」
「お姉さんみたいに綺麗な人の頼みなら、仕方ねえさ!」
「フフ。お上手ね」
野菜を売る店の前で、浅黒い肌をした男性が、小太りの女性に向かって力強く話しかけていた。
「今朝取れたばかりの魚だ!早くしないとなくなっちまうよ!」
「貴重なラム肉だ!滅多に手に入らないから、見ていってくれ!」
通りに並ぶ店から、威勢のいい声が響いていた。アルは冷静な表情で周囲を見渡しながら、奥へと進んでいった。
(たぶん、この先の……)
「うう…」
「ん?」
アルの少し先で、小さな女の子が通りの真ん中に立ち、右目をこすっていた。
(子供?)
女の子は下を向きながら涙を流し、まぶたが赤くなっていた。緑色の髪が肩の上まで伸び、足首まであるクリーム色のスカートには、数ヶ所に泥がついていた。
(親と、はぐれたのか?)
アルは走りながら目を細め、少女を見つめていた。
「ぐす…」
(今は急がないと…)
アルは少女の横を走り去ろうとした。
「おかあさん…」
アルの耳元で、少女のか細い声が聞こえてきた。
「ザッ!」
アルは走りながらスピードを落とし、人ごみの中で立ち止まった。大勢の人間が通りの中を行き交い、忙しそうに歩く人々の肩が、アルの体に次々とぶつかっていった。
「……」
「うう…」
「迷子になったのか?」
アルは少女のところまで戻り、膝を曲げて地面にしゃがみ込んだ。
「え?」
「おれはアル。お母さんの事、一緒に探してやるよ」
アルは少女の肩に手をあて、自信に満ちた表情を浮かべていた。
「あれは……警備の方みたいです」
マリーは、銀色の鎧を身につけた男性を見つめていた。男性は古びた酒場の前に立ち、腕を組んで辺りを見回していた。腰の右側の部分には、長い剣の入った鞘が携えられていた。
「巡回しておるようじゃな」
「次に行きましょう」
マリーはシロルの頭を数回なでると、広い通りを歩き出した。辺りには四角い形をした白い建物が立ち並び、奥の方には緑色の木が見えていた。
「しばらく進んだ先で、ザラが動いたり止まったりしています」
「すごいのう。そんな事までわかるとは」
ロンは左手でひげをさわりながら、マリーの隣を歩いていた。
「アル君に似た感じはするけど、少し小さいような気も……」
「ふむ。別人かもしれんのう」
「あまり、細かい所まではわからないんですけどね」
マリーは歩きながら、穏やかな笑みを浮かべていた。
「次もちがっていたら、どこかで食事にしましょうか。アル君にはわるいけど…」
「そうじゃな。かなり昼を過ぎてしまった。腹ごしらえも必要じゃ」
「大きなザラを感じないので、アル君も、だれかと戦ったりしている訳ではないと思いますから。食べながらも感知はできるので、時間をかけて探してみましょう」
「お、ここにしよう!」
ロンは道の左側を見つめていた。外に作られた広いスペースに、丸いテーブルとイスがいくつも並べてあった。人々はリラックスした様子でイスに腰かけ、白いテーブルの上に置かれた焼きたてのピザを、嬉しそうに口へと運んでいた。
「先に食べていくか?どうせ次も、アルではないじゃろう」
「フフッ。そんな事言うとアル君に怒られますよ。もう少しですから、確認してから食べましょう」
マリーは楽しそうに笑いながら、大きな木の傍へと足を進めていた。
「この辺りなのか?」
「うん…」
「けっこう人がいるなあ」
アルは幼い少女の手を握りながら、時計塔のある広場に立っていた。
「朝はここにきたの……」
「戻ってきてるかもしれないって事か。えっと、背中まで緑色の髪が伸びてて、白いスカート……」
アルは少女をつれて歩きながら、時計塔の周囲に立っている人間を確認していた。
「いないな」
「おかあさん…」
「あ、白いスカート!でも、髪がちがう!」
アルの視線の先には、耳の下で髪を短く切りそろえた、金髪の女性が立っていた。
「お、背中まで髪が伸びてるけど、黒い髪か…スカートも赤いし、ちがうな」
「見つからないの?」
「いや~なかなか人が多くてな。もうちょっとで見つかると思うから……」
アルは広場の中をぐるりと一周しながら、忙しそうに顔を動かしていた。
「とは言ったものの、こりゃ難しいな…」
来た時と同じ所まで戻ってくると、アルは少女の手を握りながら、広場の中に立ち尽くしていた。
「ここにいるかどうかもわかんないからな。思い切って、大声を出してみるか…」
「メイナ!」
後ろから、若い女性の声が響いてきた。
「え?」
「メイナ!探したのよ!」
膝の下まである白いスカートを揺らしながら、緑色の髪の女性が駆け寄ってきた。
「あ!おかあさん!」
少女は女性のもとへと走り出した。
「おかあさん!!」
「メイナ!よかった……」
女性は地面に両膝をつき、少女の体を抱きかかえていた。
「へへっ。見つかってよかったな」
「あの、あなたがつれてきてくれたんですか?」
「ああ。迷子になってたんだ。じゃあ、おれはこれで…」
「待って下さい!どこかでお礼を……」
「いや、別にいいよ。実は、ちょっと探してる人がいて。それじゃ!」
「ありがとうございます!本当にありがとうございます!」
立ち上がり、深々とお辞儀をする女性に手を振りながら、アルは広場の奥へと走り出した。
「よし、確か北のほうだったな」
前方から、大勢の人が時計塔の方向へと歩いてきていた。
(迷子……あれ、もしかしておれも、迷子になってるんじゃ)
人の波がアルの方へと押し寄せてきた。
(しまった。マリーさん達が探してるかも。一度、戻ったほうが……)
アルは人と人との間をすり抜けながら、左へと視線を向けた。
「!!」
「スー…」
人ごみの中で、赤い髪の青年がアルとすれちがった。
「ダッ!」
アルは立ち止まり、体を反転させた。
「見つけた!」
アルの右手が青年の肩をつかんだ。
「……」
青年はゆっくりと振り返った。赤い髪は耳の下まで伸びており、体中を黒いマントで覆っていた。
「やっぱり!」
「お前は……」
「レギリアだな!」
「………まだ生きていたか」
青年はアルの右手を振り払い、鋭い視線を前へと向けた。行き交う人々の中で、二人はじっと見つめあっていた。