黒い群れ
「いやあ、絶景じゃな」
青い空に、果てしない雲の海が広がっていた。
「ほんと、綺麗ですね!」
マリーは目を輝かせ、白く光る雲海を見つめていた。
(マリーさんのほうが綺麗だな…)
「マリーさんのほうが綺麗だな…」
「うおっ!」
「どうせ、そんな事でも考えとったんじゃろ?」
「後ろからびっくりさせるな!落ちるだろ!」
アルはとっさに下を向いた。
(うわっ…高っ……)
「ここは、どれくらいの高さなんでしょうか」
「最低でも、三千メートル以上はあるだろうな。空気が少し薄い」
ルーナは腕を組みながら小島の中に立ち、上を向いていた。
「そういや、息がしにくいのう」
「それに、少し寒いですね」
「高度が上がるにつれて、温度も下がっていく。景色はいいが、気候は冬に近いだろう」
小さな島は、一定のスピードで前へと進んでいた。宙に浮かぶ巨大な島が、目の前にせまってきていた。
「そろそろ、向こう岸が見えてきたようじゃ」
「着いたみたいですね」
「よっと!」
アルは陸地へと勢いよく飛び移った。
「さっきは怖がっていたくせに、降りるときは元気じゃな」
「うるさいなあ」
「それにしても、大きな島ですね」
「ああ。最初の島よりも、かなり広いな」
ルーナを先頭にして、アル達は島の奥へと歩き出した。
「この先には何があるんだろ?」
「お宝だと嬉しいがのう」
「ロンさんなら、お金なんか有り余っているでしょう」
ルーナは口元に笑みを浮かべながら、後ろを歩くロンに話しかけていた。
「え、そうなのか?ロンが?」
「国で一番の兵士だったからな。国からの報奨金も、半端じゃないはずだ」
「そうだったんですね」
「昔の話じゃよ」
ロンは表情を変える事なく、静かに歩いていた。
「へえ~!そうは見えないけど……」
アルは疑うような目つきで、ロンを見つめていた。
「若い頃は、女の子にモテてのう。次から次へと告白されて、大変だったわい」
「まあ。それはすごいですね!」
「ほんとかよ」
「ルーナなら知っとるじゃろ?」
「いや、そんな話は聞いた事ないですが」
「あれ…」
「なんだ、作り話かよ」
「何を言うか!本当だったんじゃ!」
「ん?」
ルーナは歩きながら目を細めた。遠く離れた地面の上で、小さな黒い点が動いていた。
「あれは…」
「あれ?なんか、こっちに近づいてないか?」
「そうじゃな」
「ガシャッ!ガシャッ!」
黒い点が徐々に大きくなり、無機質な機械の動く音が響いてきた。
「どんどん近づいてきてますね……」
「ガシャッ!ガシャッ!!ガシャッ!!!」
アル達の前に、機械仕掛けの巨大なサソリが現れた。黒い体は、小型の車と同じくらいの大きさをしていた。金属で作られた尻尾はかなり長く、黒いハサミが鋭くとがっていた。
「なんだよ、あれ…」
「すごい。全身が金属でできてる……」
マリーの瞳が大きく広がっていった。
「……」
機械のサソリが、右のハサミを大きく振りかぶった。
「ドゴッ!」
ハサミの先端が、茶色い地面に突き刺さった。
「うわっ!」
「きゃっ!」
アル達は、後ろに大きく飛びのいた。
「くっ!」
ツインテールの髪を揺らしながら、ルーナは垂直に高く飛び上がった。
「キーン!」
サソリの頭にうめ込まれている、丸い石が赤く光っていた。
「みんな、散らばれ!」
上空から、ルーナが大声で叫んだ瞬間、黒いサソリが体を回転させ、尻尾を大きく振り回した。
「うわ、危なっ!」
アルは体を後ろにそらし、尻もちをついた。青い石のついた首飾りが、縦向きに大きく揺れ動いていた。
「ずいぶんと攻撃的だな!」
ルーナは地面に着地し、前かがみになりながらサソリを見つめていた。
「キュキュキュ…」
機械のサソリが、長い尻尾を持ち上げた。空へと向いた尻尾の先には、白い光が集まっていた。
「いてて…」
「アル、走るぞ!」
「ギュイーン!」
ルーナが大きな声を出した瞬間、サソリの尻尾から光線が放たれた。白い光線は上へとまっすぐに伸びていき、空中で止まると、そのまま無数に拡散して周囲へと降り注いだ。
「ボワッ!」
「うおっ!火が!」
「アル君、大丈夫?」
「あの光に触れるな!」
ルーナは走りながら後ろを振り返った。肩まで伸びた茶色い髪が、振り子のように左右に揺れていた。
「ルーナさん、あれを!」
「ガシャッ!ガシャッ!」
「げっ!なんだよ、あの数……」
アルの視線の先で、黒いサソリの群れが横向きに並びながら同じ動きをしていた。機械のサソリ達は規則正しい動きをしながら、頭にうめ込まれた石を赤く光らせ、ゆっくりと近づいてきていた。
「五、六……ざっと、十体はいますね」
「こりゃまずいぞ」
「キュキュキュ…」
群れをなして進むサソリ達の尻尾が上へと持ち上がり、アル達の方を向いた。いくつもの白い光が点滅していた。
「おいおい、撃ってくる気かよ?」
「そのようじゃ!」
「キュイーン!」
「うわっ、やべえ!」
「私が炎で壁を作ります!」
マリーはサソリ達の方を向いて立ち止まり、両手を前にかざした。黄色い髪が、ふわりと上に浮き上がっていた。
「一人では無理だ!」
ルーナは勢いよく跳躍し、マリーの隣に着地した。
「ルーナさん!」
「いくぞ!これで!」
ルーナは両腕を前へと伸ばした。
「ザバアアアッ!!」
突如、アル達の頭上から、大量の水が流れてきた。氾濫する川のように荒々しい水流が、アル達の頭を飛び越えながら、前へと進んでいった。激しい水流は、うねりを上げながら勢いを増し、機械のサソリ達へと襲いかかった。
「ガガガッ!!」
サソリ達は水の波にのまれ、大きく態勢を崩した。
「なんだ?」
ルーナは両腕を下げ、後ろを振り返った。
「おお!あれでもこわれないのか!頑丈な傀儡だ!」
ルーナ達の後方に、銀色の鎧を着た男が立っていた。男は、光沢のある鎧で全身を覆い、歴戦の兵士のような威圧感を放っていた。力強い瞳が前を見据え、短く伸びた緑色の髪は、真上に逆立っていた。
「グアータ、派手にやりすぎ」
その隣で、茶色いローブを着た女性が不機嫌そうな顔をしていた。艶のある黒い髪は、肩の上で長さが整えられていた。
「お、そうか?いやあ、すまん!はっはっは!」
「あまり、人目についてはだめ…」
「任務中だからな!だが、今はそうも言っていられないようだ!」
男は片膝をつきながら、地面に右手をあてた。
「バシャアアッッ!」
茶色い地面から、巨大な水の柱が立ちのぼった。間欠泉のように大きな音をたてながら、空の上へと垂直に伸びていった。
「グアータ……」
「そうにらむな、サーシャ!今は非常事態だ!」
銀色の鎧を着た男は、嬉しそうに笑いながら立ち上がった。
「よし!このまま一気に奥まで進むぞ!少し荒っぽくなるが、まあ、なんとかなるだろう!ハッハッハ!!」