祭壇
アルは、森の中の一本道を歩いていた。
「はあ、はあ、け、けっこう長いな。つかれた…」
前に進むにつれて、だんだんと足は上がらなくなり、息も乱れていった。
「はあ、お、あれは……」
木々に囲まれた道がなくなり、開けた広い空間が現れた。
「や、やっと着いた!」
アルの目の前には、大量の石が円を描くようにして置かれていた。
「これが、遺跡?」
小さな子供くらいの大きさをした石が、広い空間の中に円形に配置され、ストーンサークルを作っていた。石の形はふぞろいで、角ばったものや、少し丸みを帯びたものなど、様々な種類のものが並べられていた。円の直径はかなり大きく、街中にあるような普通の家ならば、二つほどは入りそうな広さをしていた。
「アル君!」
遠くから、マリーの声が響いてきた。
「え、マリーさん?」
アルは声の方に目をやった。マリーが目を大きく開き、右手を振りながら歩いてきた。後ろには、ロンとルーナもいるようだった。
「よかった!無事だったんだね!」
マリーは声を張り上げ、嬉しそうな顔をしていた。大きな瞳にはうっすらと涙が浮かび、透き通った黄色い髪が、風に吹かれて後ろへと揺れていた。
「マリーさん!」
アルは、マリー達の所へと走り出した。
「いやあ、なんともなさそうでよかったわい」
「はあっ、はあっ、み、みんな、どこに行ってたんだ?」
マリー達の前に着くと、アルは息を切らしながら地面に座り込んだ。
「私達は森の中で目を覚まして、そのままここに来たの。アル君だけ見あたらなくて、探そうとしたんだけど…」
「あの一本道以外は深い霧に包まれていて、探しようがなかった」
ルーナは悔しそうな表情を浮かべていた。どこかでローブを脱いだようで、ゆったりとした、袖の長い白い服を着ていた。
「そっか。そういや、水色の髪の女は?」
「水色?そんな人間はおらんかったぞ」
「うん、アル君以外の人は見てないよ」
「ほ、ほんとか?あれ?おかしいな……」
アルは地面にあぐらをかいて座りながら、困惑した様子でうつむいていた。
(あの女は、なんだったんだ?)
「森で眠っている間に、何か悪い夢を見ていたような気がするけど、三人ともうまく思いだせないの。アル君はどう?」
「おれも、そんな感じです。気がついたら森の中で目を覚ましてました」
「何か、強力な魔法だった事はまちがいない。すまない。私が不用意に森の中を進んだせいだ」
ルーナは申し訳なさそうに謝った。
「いやあ、ルーナはよくやってくれた。あまり気にするでない」
「ええ。ロンさんの言う通りです」
「…ありがとう」
「それより、あれはなんですか?」
アルは右手を地面にあてて立ち上がり、石の方に顔を向けた。
「あれが、ヘムル遺跡?」
「おそらく、そうみたいだね。今それを調べていたの」
マリー達は石の方へと近づいた。
「周囲に他の遺跡はなかった。おそらく、ここがヘムル遺跡だろう。これは、何かの祭壇のようにも見えるが…」
ルーナは円形に並べられた石の内側に入り、とがった石に手を重ねていた。
「神様でも祀っておったのじゃろうか」
円の中心には、大人ほどの高さのある、一本の木の柱が立っていた。アル達は周囲を注意深く見渡しながら、柱の近くへと歩き出した。
「これ、やけに綺麗な柱ですね。周りの石と比べても、劣化が少ないというか…」
「ああ」
ルーナは柱の表面に手を触れた。
「しかし、遺跡っていうわりには、思ってたより寂しいというか。なんか、拍子抜けだぜ」
「まあ、そうじゃの。もう少し色々あるかと思ったが」
「これも、貴重な発見ではあるんですけどね」
マリーは、少し困ったような顔で笑っていた。
「何か、他に秘密がないか調べてみますね」
「ああ、私も手伝おう」
ルーナは柱から手を放し、地面に右の膝をついた。
「範囲を絞って、ザラを感知してみる」
ルーナは右の手のひらを地面にあて、目を閉じた。
「……」
「何かわかるのか?」
「しっ、アル君、静かに」
「集中しているのじゃ」
「ん…」
「パアアッ!」
突如、柱が赤い光を帯びて輝き出した。
「なんじゃ?」
「これは!」
ルーナを目を開き、素早く立ち上がった。
「ルーナさん、何かわかったんですか?」
「ザラがあふれ出している!」
「ゴゴゴゴゴッ!!」
光と共に、地面が激しく揺れ始めた。
「うわっ、地震かっ?」
「むう!」
揺れは少しづつ大きくなっていき、円の中が赤い光に包まれた。
「いったい、これは…!」
マリーはおどろきながら上を向いた。赤い光は、石の円に沿うようにして上へと昇っていき、真っ赤な光の柱が空へと続いていた。
「まるで道のような……」
「ヒュオンッ!」
光に導かれるように、四人の体が宙へと浮き上がった。
「うわあっ!!」
「どういう事じゃ!」
「上昇している!」
光の柱に沿って、四人は空へと昇っていった。上昇するスピードはどんどん加速していき、石の遺跡が、豆粒のように小さくなっていた。
「あ、雲だ!」
アルは上へと昇り続けながら空を見つめていた。大きな白い雲が、青空の向こうに広がっていた。
「どんどん近づいてる!」
上昇するスピードが、さらに速くなっていった。
「みんな、しっかり呼吸をしろ!」
ルーナが大声で叫んだ。四人は光の柱と共に、雲の中に吸い込まれた。
「ど、どうなったんだ…」
アルは地面の上にうつぶせに倒れていた。
「すごい!」
アルの隣で、マリーは目を見開きながら呆然としていた。
「これは…!」
ルーナは口を開けておどろいていた。
「う……え、なんだ?」
ひんやりとした風を感じながら、アルはゆっくりと立ち上がった。
「い、遺跡?」
アル達の前に、白い石でできた巨大な遺跡が現れた。石の円柱が左右に何本も立ち並び、柱の上には、三角の形をした大きな石の屋根がのっていた。
長い柱には色鮮やかな宝石がうめ込まれていて、太陽の光を浴びて美しく輝いていた。重たげな屋根の中央には、細長い龍のような絵が刻まれていた。
「ほう!たいしたもんじゃ!」
「ここは、いったい…」
ルーナは周囲を見渡した。自分達のいる地面を取り囲むようにして、白い雲が海のように広がっていた。
「マリーさん、これって、空に浮いてるんですか?」
「うん。この遺跡は、空の上にあるみたい。信じられないけど…」
遺跡のある地面は、大きな島のようになって空に浮かんでいた。
「すごい、すごい!マリーさん、おれ達、空の上に来たんですね!ハハッ!」
「いやあ、長生きしてみるもんじゃな」
「フフッ。本当にすごいですね!ルーナさん、ここが……」
「ああ、ここが本当のヘムル遺跡だろう。まさか、空の上にあるとは。おどろいたよ」
ルーナは小さな笑みを浮かべていた。
「よし、遺跡の中に入ってみよう」
「すごい、立派な柱……」
マリーは前へと進みながら、左右に立ち並ぶ柱を見つめていた。一本一本が綺麗に整えられていて、傷やへこみはなく、まるでつい最近作られたかのような美しい形をしていた。
「いったい、なんの為に」
「まるで神殿だな」
ルーナは腕を組みながら、先頭を歩いていた。
「しかも、ほとんど劣化していない。こんな遺跡があるとは…」
「天井も、すごく高いですね。なんだかお城みたいです」
「すっげえ!だれが作ったんだろ!」
「お、外にでるみたいじゃな」
遺跡の外に出ると、それまで続いていた地面が途切れ、行き止まりになった。その先には、十人ほど乗る事ができそうな、小さな島が空中に浮いていた。
「なんだこれ?」
「小さいのう。それにあれは…」
小島のはるか先には、別の大きな島が宙に浮いているようだった。
「マリーさん、向こうにも何かあるみたいですね」
「そうだね。もしかすると……」
マリーは、空の向こうにある大きな陸地をじっと見つめていた。
「この島に乗り移りましょう」
アル達は小さな島の上へと移動を始めた。
「うわ、落ちそうだな」
「気をつけろ。足を滑らしたら、終わりだぞ」
「怖い事言うなよ」
「地面まであっという間じゃ。怖がる時間もないかもなあ」
ロンは涼しい顔で、小さな島へと飛び乗った。
「皆さん、気をつけて下さいね」
全員が乗り移り、しばらくすると、空に浮かぶ小島が前へと動き出した。
「う、うわっ!」
「やっぱり、向こうへ移動する為のものみたいですね!」
「ほう、おもしろいのう」
「すげえ、動いてる……なんだか、まだ夢を見てるみたいだぜ」
アル達を乗せた島は、一定のスピードを維持しながら、ゆっくりと移動していた。