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6/6

―5― 今日も彼女は撮られる

約3年ぶりの投稿。。


気づいたらそんなに経っているのかと、時の流れに思わず本作の冒頭のような声が出ます。


まったく満を持してないですが、ぜひ楽しんでいっていただければと幸いです。

「あれ」


 あれれれ


 声に出した三倍の「れ」を携えて、脳みそ停止命令が下される。

スマホ片手に思考停止した俺をみて、待ちゆく人々はどう思うのだろうか。


知らんけど。


「マジか」

 口が脳の理解に追い付いたとき、俺はそう漏らしていた。らしい。


「おまえ、道端でさすがにオタク全開やめてもらっていい?」

「うおおおおおおおおおお」

「おっけ。ごめん俺がバカだったわ」


二人して雄叫びを(迷惑にならない程度に)上げた後、すかさずお互いに店名を呼び合う。


スマホの画面には伊野華織の様々なポーズや衣装で撮られた写真がきれいに整列されて表示されている。箱入り娘とはこのことなのか。違うけど。


『店舗特典』

 それはもちろんCDを売るための戦略と言ったらそれまでなのだが、この日本における「おまけ文化」とは凄まじいもので、特にビジュアルも売りにできるようなアーティストなどではこの策が取られることが多い。

 そして何より、オタクにとってえぐい衝撃をこれはこれは毎回与えてくるのだ。

 ブロマイドにとどまらない特典形式の数々。圧倒的ビジュ、様々な表情…。


 とまぁ言い出したらきりがないのはいつものことだが、今回(前回のお話参照)発売されたCDの店舗特典がこれまたアツいのである。


なんと対象10店舗の絵柄がすべて違う衣装、シチュエーションなのだ。


今まであっても衣装は2,3種類で、そこに決め手としてポスターなのかクリアファイルなのか表情なのか、みたいな感じで購入店舗決めは進行するのだが。


「さすがにこれは全買い」

「アホか」

 多田慶人がすかさずツッコんでくる。


 もちろん学生という身なので、店舗特典を網羅するという猛者にはなれない。ただ、特典を一つか二つに絞らなければならないという限定感と、どれにしようか迷っている時が楽しいのは万人共通のはず。

 

「マジで悩む…」

 顎をつまんで絵にかいたような悩み方をしながら、空にかおりんを浮かべてみる。


 光を帯びるような白のドレスに包まれた可憐なかおりん。

 淡い夕日を浴び、本を片手に透き通るレンズから覗く瞳が美しい文学少女かおりん。

 どこまでも透き通る海が広がるような青い空に手をかざし、透き通り具合を張り合うかおりん…


 とまぁ、こんな感じに表現語彙力もどっかいくようなかおりんの表情の数々が浮かぶわけで。

それを自分の手元におかえりしてくると思うとさらにこうふ…感動するわけで。



「あっきー、おひさっ」


 まぁ目の前にいるっていうことは取り敢えずコンプリートしたってことで良いかな?っていうことで。


「…今日もこうふっ…いらしてたんですね」

 いつものカウンター奥の席に天使は腰を掛けて今日もこのバイト先のバーにわざわざ天界からお越し頂いていたわけで。

「あっきー、どした?今日鼻息荒いよ?」

 かおりんでなくても女性から言われたら赤面モノのセリフをスパンっと音が鳴る勢いで浴びた俺はすかさずその勢いをレモンのカットに受け流す。


 こともできず、


「また切ったの?手」

「華織さんのせいですよ」

「はぇ…?」



「アティで」

「これまた珍しいのを頼まれますね」

「あっきーはさ」

「はい?」

 いつになく神妙な面持ちで、ただ結局可愛い表情の彼女がこちらを向いて、もうすでにとろんとしたまぶたをこちらに向けて一言放った。


「個性ってなに?」

「はぇ…?」



「これまた珍しい質問をされますね」

 芸能界のことは詳しくは知らないけれど、日々新しい才能が水のように絶え間なく循環する世界だ。そこに身を置く者としてそのような悩みは最早、常なのだろう。

 それにしても、人気声優とはいえまだ若手の部類のはず。背後からの猛追など今は気にならないであろう。むしろ先輩を脅かす存在としても考えられる。そうなると逆に先輩のようにより新たな声色や活躍を目指す成長段階を目の当たりにしている?素晴らしい、素晴らしすぎるよかおりん!


「一気に10店舗も出したらレパートリーがなくなるじゃない!」


 そうだよかおりん、その意気だよ!一生ついt…


「はぇ…?」

 そう吐露して、かおりんを視界に入れつつも、奇しくもピントは合わなかった。



「…どういったことでしょうか」

 冷静さを装い、至極まっとうな返しをする。

「あ、うち声優やってるじゃん?」

「言ってましたね」

「歌も歌ってるじゃん?」

「言ってましたね。あんまり言わない方がいいですけどね」

「今度のCDの特典っていうのがあってね」

「もう言っちゃってますね」

「その写真撮るんだけど、いつもの5倍ぐらいの衣装着てだよ?」

「ファンはうれしいですよね」

「ずぅーっと撮ってると個性について考えだしちゃって」

「何でそうなるんですか!」

 だってぇ~と背もたれにぽふっと音を立ててうなだれる。


 正直そんなことまで考えてるなんて思ってもみなかった。それぞれの写真にそれぞれの個性がすでに表現されていたからだ。紙切れにも宝物にも見えるその一枚からは、いずれにせよ伝わってくるものだった。


「さすがに次は制服だよ?このままだと」

「みてみt。」

「ん?」

「いや、あの…それはファンの方にとってはうれしいことなんじゃないんですか?色々な表情とか服装とか体勢とか色気とか…」

「ははっ、あっきーってえっちだね」



 ドリンク用の氷を拝借して、おでこに当てながら僕はまた華織さんと話を戻す。



「華織さんって声優さんなんですよね」

「そうだけど?」

 僕に備わる全ての感情をサンタよろしく肩に抱えて持っていこうとするのをなんとか阻止して、会話を続ける。


「色んなキャラクター担当(憑依経験もあり)されてるので、てっきり色んな役になりきって被写体を演じているのかと。もちろんそれも華織さんの個性といえると思いますが」

 まぁそう簡単でもないですよね。と一言添えると、

「あっきー、良いこと言うやん」

 軽い関西弁が、軽いノリで勘違いさせてくる女子のようでとてもいい。可愛いワンピースが制服に見えてくる。そうだ、オタクはあれやこれや着飾らせなくとも、自分の空想でどうにでも衣装チェンジさせることができるのだ。さすがにキモいか。


「そうだよ、あっきー撮ってあげようか?」

 よしてくださいよ、と軽く手を上げたが、指をOKの形にしていたのが今の脳科学的にどうなっているんだろうかと思われる。

「じょーだん、でも確かにその発想はなかったなぁ」

 ちょっぴり真面目な顔をすると、すぐにほへぇとほっぺを重力に任せる。

 

 それにしても意外だった。彼女はただでさえ撮られ慣れていないと聞いていたので、何かになりきることでこなしていたと思っていたが。逆に今まで素であんなポーズやこんなポーズ(言い方)をしていたかと思うと抑えられない。何かとは言わない。漢には言えないこともあるんだよ。


「あ、そしたらさ」

 パッと目の光をこちらへやって、何か閃いたよーって意思表示されると(受け取ったよー)すぐさまくるっと回り、後ろの上着掛けに駆け寄る。


 気付かなかったが、衣装カバーの付いた服がかけられていた。そういや家のクローゼットに眠ってる服たちをいよいよ衣替えしなきゃなぁ、、


 と、考えている脳にメスを入れるように、ジップが下から上へ軽やかに音を立てた。


「え…」


 思わず漏らしたその声は、その衣装カバ―の中に消えた。


 いや、

「ほんとに衣装…?」

「もってきちゃった」


 からん

 褒めて遣わすタイミングで氷が鳴った。



 いやいやいやいや、、これマジですか。衣装展(本人付き)ぃぃ!?


 そこに現れたのは、今回の店舗特典でどの絵柄にもなっていないものだった。しかし紛れもなくこれは撮影用の衣装に見えた。


 そして当の本人が、

「今回の撮影で使ってないんだよね。いわゆるボツ衣装」


 これまた裏事情をあれよあれよと。

 心配できる僕は幸せ者ですが。


「しかもそれって、、」

「そうっ」


 制服。


 いや、性癖とかそういう言葉を使うからそういう風に捉えられちゃうだけでさ、いやいやいやいや、そういうことじゃなくてさ、こういうのはさ、


 めちゃええやん。


 いつからだろうか、若くして声優になった伊野華織の制服は、十代最後の年の学園ものアニメの公開イベントを最後にもう見れないものと思っていた。なんなら制服にとらわれない様々な衣装が、かおりんをより一層引き出されるものとなった。


 なのに、ここにきて


「なんでボツやねん」

 軽い関西弁が、軽いノリで言ったのに調子乗るなと言わんばかりの目を向けられそうな感じでバーに響いた。


「制服好きなの?」

 かおりんがジト目をする。


 その目は最高だが、周囲の目としては罪人そのものだ。


 しかし、今はそんな人の目を気にしてる暇などない。


 それを着て欲しい。

 そんな過激派な考えをする、いや至って正常なこの思考はのちに神の怒りに触れる、、はずであるのだが、神様もオタクの崇拝力に目をつけたか、その願いは天使という名の神の使いを媒介して…


「これ、着てみよっかな」


 どういうひらめきでそれを着る気になったのか、これぞ神のみぞ知る的なやつなのか。


「いいんですか、」

 じゃなくて、

「あっきー、制服好きはモテないぞ」


 アホかおれは。



 注文したアティをどのタイミングで飲み干していたのか分からないが、とにかく待っててとだけ言われ、空っぽのグラスを洗いながら、彼女を待っていた。二ヤつくなバカ。


「あっきー」


 呼ばれ慣れてきたあだ名に、もはや礎を築きたい思いで、顔を上にやると、


 そこには、


「あんまり脳内を言語化すると何かに引っかかりそうなので、何も言わないでおきますね」

「あっきー。大学生はまだ世間からは守られるんだよ」

「犯罪者促進派!?」


 そこには数年ぶりに見るブレザータイプの制服を着た伊野華織の姿があった。かわいい、その一言以外に他あるだろうか。


 癖でもなんでもない。とにかく似合ってしまう、この存在は一体なんだ。


「どう?」

 そう軽くふわっとスカートをなびかせてカウンターへ一歩を寄せてくる。

「とってもお似合いですよ」


「勉強、教えてあげよっか?」


 おしえてーーー


「ふふ、ちょっとなりきってみると確かに行けそう」


 そう微笑むと、酔っ払いながらもなぜか表情は自信に満ちていた。


 想像しえないところで迷って、案外こんなアホみたいな大学生との会話の中でも、なにか突破口を見つける。これが裏の顔だろうがあるいはこれも表の顔だろうが、今目の前にしていることに関しては、何かかおりんのカッコよさを覚えた。


「やっぱりあっきー、一緒に撮ろうよ!」

「はい…?」


 何を言い出すかと思えば、突然のツーショット宣言。

 制服を着ているもんだから、クラスの端っこで学園祭終わりに女子と一緒に撮りたいけど男子だけで固まって言い出せないところ、日差しが指すように女子の方から誘ってくれた時のようなあの感じ。そんな経験なかったけど。


「華織さん、万が一それが流出なんてことになったら、」

「だーいじょうぶ、あっきーのスマホで撮ればっ」

「それもそれでは」

 スマホっスマホッと現代っ子のようにおねだりしてきた。秒速でスマホを差し出していた俺は、他のお客さんの目を確認して、客席側に回る。


「撮るよー」


 カシャッ


 一瞬のために、この一瞬を切り取るために開発された「写真」というものは、形を変えても見るものを、撮るものを引き込ませる。たった一枚、たった一枚だ。止まってはいない。空間も色も匂いも記憶も呼び起こす。現実世界と変わらない、写真の中で、見る者の中で流れているのだ。


「あっきー、もしかして撮り慣れてない?」


映っていた俺はゲロブスだった。


 

 のちに制服のまま帰ろうとするかおりんを引き留めようとして手に触れようとしたとき、どえらい加速度で鼓動が走ったため、そのまま逃すことになったのだが、しっかりお警察様に酔っ払い未成年として職質を食らったそうな。。



にしてもこの写真。。。

このバーの店舗特典にできませんか?



♢本日のカクテル♢

[アティ ~Atty~]


ジンやヴァイレットなど使用した香り高く複雑な風味。それぞれの個性が味わえるのだが、それ以上に目の前の可憐な女性の数多の姿を楽しんでしまってそれどころではない。

今回もありがとうございました!


評価、ブクマ等していただけると励みになります!!

(また今度はいつになることやら…)


ですがまだまだ、羽嶋千秋はここでバイトし続けます。お楽しみに。

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