ー3- 今日も彼女はなりきる
だいぶ更新が遅れていましたが何とか生きてます。
これからも続くのでどうかよろしくお願いします!
「おっ」
週刊少年シャンプーが店頭に並べられていた。
たまに最寄りの駅と隣接している三階建て書店に大学帰りに立ち寄る。特にこの手の週刊漫画誌が発売される曜日には必ずといっていいほど立ち寄る。
「どれどれ」
積み上げられた少年誌の山のてっぺんを拾い上げ、ぱらっと表紙をめくる。
「おっ、結果出てるな!」
僕が好きな漫画のキャラクター人気投票の結果が出ていた。
「うっ!惜しいっ!」
残念ながら僕の推しキャラであるマイラちゃんは3位。
この漫画は主人公とアンドロイドのヒロインが恋するというざっくり言うとこんな感じにありきたりSFになってしまうが、なかなかハートフルラブコメでだいぶ泣いて笑えて…というのはさておき、このマイラは、この漫画のヒロイン、つまりアンドロイドのレイに次いで3位に躍り出た。ちなみに1位は主人公の男の子。惜しいがなかなかの快挙だ。
「かおりんの声がたまらないから当然の結果だな」
そう、みなさんもお忘れにならないでいただきたいが僕はれっきとした伊野華織ファン。出演作は残らず拝見している。
この漫画は元から好きだったが、マイラ役にかおりんが付くと聞いてマジで激熱になった。
何を言おうマイラは主人公の幼馴染ヒロイン。超デレデレでセリフといったらもう…激アツファイヤー。
放送されるや否や、民衆はことごとくその声に酔いしれ、今回のような結果になったといえよう。なんせ放送前の人気投票では6位だったのだから。
「かおりん。さすがだよ」
あれ、今日バイトじゃん。嘘…。いるかな…。
「名前!覚えてるよ!ちあき!」
いたああああああああああああああああああああ
「今回は覚えていてくれたんですね」
うっ、うれしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
彼女はいつものカウンター席でまた既にリミッター解除をして僕の前に座っていた。
「いつもいつも僕が入る9時前から飲んでるんですか?」
「飲む」
火照った彼女を拝めて最高だ。なんせシラフは毎日のように見てるからな。変態だな。
今日の伊野華織さんは白ワンピに赤のイヤリングでとっても白雪姫。うん、変態だな。
「でも収録で遅くなることもあるからその時は挽回する」
「そこはしなくていいところです」
彼女の酒豪伝説に確固たるエビデンスが付いた。というのも、彼女の友達声優の一人にいわゆる酒豪がいて、いつも一緒にいることからかおりんも酒豪なのではという伝説が広まっていたのだ。そしてその証拠をとらえた記念すべきファン一号と僕はなったのだ。
というかほんとに僕はそろそろ死ぬのではなかろうか?かおりんのことを思い、その日に彼女と言葉を交わす。ほんとに生きていて大丈夫なのだろうか。刺されるのではなかろうか。
「今日は何をお飲みになる日ですか?」
「今日はねぇ、グラスホッパー」
「またオシャレですね」
ただ単に作ったことがない。
「ねぇ、」
生クリームを取り出そうとしたときに甘い声が聞こえる。
「アンドロメダ!って漫画知ってる?」
「えっ」
今日人気投票があった漫画の名前だ。
「あっ、はい。毎週読んでいますよ」
ほんとは熱弁したいところだが、ここは落ち着いていくのがセオリー。
「アニメ、見たことある?」
「ちょっとだけなら」
嘘である。
「あっ、見てるんだねぇ。ちあき」
さっきから発狂を抑えていたが、下の名前呼び捨てというものは、クラスで気になる子から君づけを外された時の何とも言えないご褒美の感覚に等しい。つまりありがとうございます。
「マイラってキャラクター知ってる?」
「はい、知ってますよ」
「うちね、そのマイラなんだーー」と少し可愛げに煽ってきた。
はすはす…
「はs…あ、え、それは」
危ない危ない。
「マイラ。うちが」
「あ、もしかして声優さんか何かやられているんですか」
そういえば前もこの質問をして見事にスルーされたんだったよな。
「んー?マイラだよ」
「えっ。あ、コスプレか何かですか?」
もしかして声優ということは隠しておきたい主義なのかもしれない。そう思ってこう返えしてみる。まぁ、彼女から話題を振っといてなんなんだという感じだが。
「ちがーう。うちがマイラなの」
「あ、いや、えっと…」
「マイラ好き?」キラキラした目で見つめてくる。
「おっf…っ、あ、っ魅力的なキャラクターですよね」
「ありがとうぅ」
「えっと、華織さんはマイラのこえ…」
「私、マイラっていうの」
っ…はっ!?
もしかするともしかして…
「えーと華織さん?」
「私はマイラ。ねぇちあき、グラスホッパーまだ?」
長年主人公とともに過ごしてきた中で突然入りこんできた人間でもないアンドロイドに嫉妬しながらも主人公の優しさに甘えてしまう、そしてアンドロイドとは思えないその自然さになぜか心打ちとけ笑いあってしまう。そんな日々が楽しくてもどかしい。そんな感情を彼女の声が震わした…。
つまりはマイラの声。そして…
「マイラさん…ですか?」
「気づかなかったの?」
やっ…役になりきっているぅぅぅ。
「高校生がお酒飲んで大丈夫なんですか?」
「グラスホッパーってジュースなんでしょ?」
完全に入り込んでいる。しかもそっくりそのままマイラの声だから余計だ。ファンからしてみれば実際のキャラクターの声を生で聞けるなんてこの上ない経験だ。しかし、
「ねぇ、うちはアンドロイドみたいに完璧になれないのかな…」
どう扱えばいいんだ!? 声はともかく憑依系は対象外だぞ? 漫画とアニメは死ぬほど見ているから話は合わせやすい。が、伊野華織本人が目の前で酔っぱらっている中でこの会話はだいぶ高難易度だ。会話のつじつま、対応、そして僕の理性! 好きがゆえに考え込んでしまう危機的状況っ…! カイジか俺は。
取り敢えずここは落ち着いて、カクテルづくりに専念する。
その間、彼女への返しを考える前に漫画のセリフが頭をよぎる。幼馴染ポジで甘え上手。時に見せる意地。そして一人で泣いてしまう弱さ。つまりは…
セリフ超言ってほしい…
そう、この酔っぱらって遂に役が憑依するというプロ技を見せつけられている今、羽嶋千秋という男の脳裏にはどう自分にあのセリフを言ってもらうかという久々に冴えた(ゲスな)考えが迸る。
「ねぇ、ちあき」
はっ、と我に返る。
「あ、すみません。お待たせいたしました」
急いで作ったグラスホッパーを差し出す。
すると彼女は僕の差し出した手を触れようとしてすぐにわざとらしく手を引く。
一瞬ドキッとした。その瞬間に彼女の一声が僕を目覚めさせた。
「触れるか触れないか。それが一番痛い…。こんなに近くにいたのに、どうしてこんな思いになるんだろう…」
だっ、第25話っ、マイラが喧嘩というものすら主人公とできなくなっていて、一人家の廊下で体育座りで泣いてしまうシーーーンっ!! この作品一難しい心情表現といわれたこのシーンを伊野華織は見事に魅せた。その伝説がいま…
「ここにっ…」
「ん?」
「あっ!いやなんでもないないです…」
まずい、理性どころの話ではない。完全にファンを殺しに行っている。素であんなことがさらっといえる彼女に感服する。
と、そうこうしているうちに彼女は相変わらずその麗しい唇に緑の液体を反射させる。そして、
「あはっ、やっぱり甘いお酒みたい」
マイラが未成年なのに隠れてお酒飲んじゃったらこう言うんだろうな。と、アドリブを聞いているみたいでほんとにどうかなってしまいそうだった。
「なんかここら辺がぽっぽしてきたぁ」手を顔の前で指をほわほわさせながらつぶやく。
マジでかわいい。そして、マイラが全然抜けてない。伊野華織とマイラがもはや区別がつかなかった。変態だな。
ん?待てよ?このシチュエーションどっかで…
「ちあきっ、なんか頭ほわほわする」
火照った顔をカウンターにあご乗せしてきた。このあどけなさにうれしい悲鳴が脳内に響き渡る。それと同時にあることに気づく。
これ…アドリブじゃないっ…!
OVAだっ…!!
そう、このお酒に酔ってしまうマイラ。アニメを見まくったせいで忘れていたがちゃんと頭の片隅で鮮明に残っていた。
昨年のシャンプーフェスタ。毎年週刊少年シャンプーが開催する一大イベントだが、そこで「アンドロメダ!」の会場限定OVAが披露されたのだった。これはまだ映像化されておらず、ある意味伝説的な映像となっているのだが、その内容がめちゃくちゃサービス回だった。
ラム酒チョコレートを食べてしまったマイラが実はアルコール激弱で、このセリフを主人公に言うのだ。そして、この頭ほわほわするのあと、主人公に詰め寄り…
え、まさか。いや、まさか。
マイラはすでに僕の顔の30センチ距離にまで迫ってきていた。
え、言う?
ほんの少し細めた目と淡い表情、そして…
「ねぇ、いつ好きって言ってくれるの?」
目を見つめる。
軽く彼女から香水の香りが鼻を通る。
髪の一筋が見える。
脳に血が濁流する。
一歩引く。
回れ左。
無言で厨房に進め。
とまれ。
「好きだあああああああああああああああああああああああああああああああ」
おーいと僕を呼ぶマイラの声を最後に、今回記憶を飛ばしたのは僕のほうだった。
グラスホッパー。なかなかのぶっ飛びようだった。
(その後「アンドロメダ!」の劇場版公開が発表され、伊野華織のラジオにて、ちょうど缶詰め状態でアフレコしていたため憑依したかと思ったというエピソードを知る羽嶋千秋)
♢本日のカクテル♢
[グラスホッパー ~grasshopper~]
バッタの意。緑色をしているためその名がついた。ミントのさわやかな香りとカカオの香ばしさがひとつに溶け合った、香り高いカクテル。生クリームが入っているのでコクがあり、舌ざわりも、のどごしも非常になめらかである。人をぶっ飛ばせる威力も持つ。
ありがとうございます!
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