ー2- 今日も彼女は友達が欲しい
今日は果たして来店してるでしょうか
今年で20歳になり大学生活も二年目に突入しようとしていた。一年生の時に上京してきて取り敢えず居酒屋で働いてみたが、思ってたよりも激務ですぐに撃沈してしまった。見かねて俺をテニスサークルの先輩が誘ってくれたのがこのバー『marble』
カウンターとテーブル席が数席あって木目調の店内が映える。バーといえばとても大人なイメージであったが、ここはどちらかといえばとても入りやすい雰囲気で最近若者層の取入れに成功している。
まさか声優界の取り込みにも成功したとは思わなかったけど。
僕の目の前で酔っぱらっていたのは、何を隠そう僕のあこがれの人気女性声優――伊野華織
子役からデビューし、女性らしさと可愛さ、まさに七色の声色を使い分け、数々のアニメやナレーションを務め、最近では声優アーティストとしてアリーナツアーを完走した声優界ではだれもがその名を知る。
魅了するルックス、抜けたところと愛らしさ、大人っぽい演技と裏腹に見せるお茶目さ、時々塩対応なところ、そしてファンへの人一倍への愛……。
まぁその部分はファンの個人意見になってしまうが、それほどいろんな人に愛されているんだ。
そんな憧れ声優が僕の目の前で、僕の名前を呼んで、僕の作るカクテルをまた飲みに来てくれるとまで言った。
そんな夢のような時間が果たしてほんとにあったのだろうか。
「あったんだよなぁ」
「なにがだよ」
「言えないな。無理だ。お前に話したら俺は死ぬ時だな」
「俺なんかしたんか?」
いつも通りの大学講義のさなか呟いてしまった僕に突っ込んでくる友達の多田慶人。
整った顔立ち、イケメン。つまり僕の声優ライブ仲間。
つまりの意味は知らない。
「お前、最近なんか嬉しそうだよな。なんかあった?彼女できた?」
「いや、嫁はできた」
「……」
仲間としては申し訳ないが、うらやましがられるのは別にうれしいタイプでもない。
ひっそりと自分のうちに秘めておく。
「正直、好きな人でもできたか?」
「契は交わしたな」
「……今夜飲むか?」
「病んでねぇよ?」
今夜はシフト日だが、
「来るかなぁ。今日」
いつの間にか期待をしている自分がいた。
なんて、いかんいかん。
いつも通りカウンターに入る。
するとマスターが奥でこちら見て、
なんでグーサイン出してるんだ……?
「あれ、はし……」
いたぁぁぁぁぁ!
マスターあとは任せるぜ見たいな顔しないで!
「ま、また来ていただいて光栄です」
「んーーーと。なんだっけ名前」えへへっと頭をかく
見事に記憶を飛ばしてらっしゃったかおりん。
「最初の文字はあってますよ」
「はしもと?」
「はしまです」
「羽嶋いずみか!」
「それ違う作品ですね」
やはり名前を憶えられていないのは酷である。
が、
マジでいた。マジで来てた。マジでまた会えた!
ここで存在確認をせねば…!
「羽嶋千秋です」
「あぁ!大学生の!」
存在は覚えていてくれたので良しとしよう。
「私、伊野華織っていうんだけど、覚えてね!」
「知っ……華織さんですね。そういえばこの前は聞けてませんでしたもんね」
「そうそうっ」
毎日、脳みそにこびりついております。
「今日もおひとりですか」ここで冷静を装い、マスターっぽく話してみる。
「なーに?友達ならいるよ?」と、角口をして僕を見てくる。
くっわっ、かわいいいいいぃぃ!!
やはり冷静なんて言葉は辞書にない僕。
彼女に同じく超人気絶頂声優の友達が複数いることなんて承知なのだ。
だからだ。だからこそこんなバーにひとりでこっそり通っているのがたまらないんだ!
と、深呼吸深呼吸。ふぅー。危うい、取り乱しそうだ。
「あきくんは今日何作ってくれるの?」
「その呼び名、さっきから、その作品好きなんですか?」
「感動するよねぇ」
「まぁ泣けましたね」
って、
「完全にその作品意識していってるじゃないですか!」
「バレた?いいじゃんいいじゃん」
事実、何回も読み直したラノベの登場人物に関われるのは悪い気はしない。
てかかおりんに言われて悪いものは一つもない。
たとえ、罵倒されてもね(ありがとうございます!)
「親友も出てたしねぇ」
「そうで……そうなんですか?」
「そうだよー。あ、私ジントニックおかわり」
なっ……さっきの流れからして完全におまかせかと思ったのに。今日はジントニックの日か。
一瞬でも惜しいが、かおりんに背を向けてジンを棚からとる。
「そういえば、あきくんは親友いる?」
「親友…ですか?」
急な質問だな。ん~、親友はどの辺までが親友なのだろう。
「私、今でさえ友達がそこそこいるけど、昔はほんと人見知りだったんだよね……まぁ今もそうだけどね」そういって目を細めて笑う。
「知って……まぁそういう時にできた友達が親友になることもあるじゃないですか」
「鋭いねぇあきくん。そう、それが今の親友」
多分、大北理央。これはかおりんの大親友。
「そんなことわかるとは、さてはあきくんも人見知り?」
「あっ、うーん…まぁ」
そのとおりである。そんな似た境遇に惹かれたのも一因かも。だが一度話したら馴染んでしまうほうではある。それがこうしていまギリギリかおりんとまともに話せている理由。いや多分彼女がシラフだったらアウトだな。
「あきくんは親友がいれば友だちは要らない派?」
「自分は別に多いほうではないですけど、ある程度いることに越したことないですけどね」
「だよねぇぇぇぇぇ」
ぶわぁぁぁっと泣く……ふりをしているかおりんは相変わずプロ級の泣き演技をしながらこんな話をしてきた。どうしたどうした。
「華織さん……どうされたんですか?」
「友達ほしい」
「今贅沢な友達たくさんいるじゃないですか!」
って、いかんいかん。つい本音が飛び出してしまった。
「っ……なんでまた急に?」
「私、嫌われてるんじゃないかと思って」
「誰にですか?」
「みんな」
「みんな……?」
そんなわけないだろ。
と、思った瞬間、嫌な思いが頭をよぎる。
まっ、まさか、声優界の洗礼っ!?
「後輩に食事誘ってもらえないのぉぉッ!」
あっ、そっちかぁーい。
説明しよう。
伊野華織という人物は極度の人見知り。そのためまずともだちになるのは年の近い人、先輩なのだ。しかし年の離れた(といっても3つぐらい)新人の後輩には人見知りが度を超すので、性格が逆転し、よそよそしくなり、結果、「伊野さんって誘いづらいよね」という固定概念が定着してしまうのである。あくまでも個人的主観だがラジオでも言ってたし後輩のラジオでも言ってたし多分そう!(情報が有り余る羽嶋)
「気にするタイプなんですか?」気にしちゃう華織んかわいい。
「気にしないほうがおかしいでしょ」
「てっきり友達がほんとにいないのかと」
「私は後輩に対しても仲良くしたいと思ってるんだよ」
「なにかその後輩にしちゃってることとかあります?」
「んー。ライン教えてくださいって言われて、急でびっくりしちゃって、あとでねって言ったらすごい引き気味だった」
「その時スマホは」
「持ってた」
「いや、それです」
ファンながらこっちも引くレベルで大地雷を踏んでいたかおりん。そんなエピソードは別に求めていなかったのに……。
いや、待てよ?今相談ごとに乗っている状態?アドバイスしてあげれば好感度増…!?
いくしかない、羽嶋千秋!
「後輩に話しかけてなかったり、話しかけられてもよそよそしくしてませんか?」
すると華織んはほっぺを膨らませて
「してる」
「可愛い……そうじゃないですか後輩さんが。そこですよ華織さん」
「でも優しくできない」
「何でですか?」
「……一応ライバルだから」
後輩をライバル視していたとは驚きだった。自分の立場に甘んじずけん引していこうというプライドがあることにはファンである以上誇らしく思わざるを得ない。
が、さすがに友達関係は別な気が。
「仕事を誇らしく思う姿、素敵です。でも……」
「んっ?」首を僕のほうにもたげる。
「そんな意地っ張りなところも含めてでも仲良くしたいと思ってくれてると思いますよ」
そう言って作っていた(作り忘れていた)ジントニックを差し出す。
うまく言えなかったが大体のことは伝わったらいいのだが。
すると華織んがグラスをぐいっと口に傾けた。
そして麗しくなった声から、
「そうだね。あきくんに言われなきゃ気づけてなかったかも」
そう言って微笑む伊野華織。
僕は、頭を真っ白にして華織さんを見つめていた。
この笑顔で色んな悩みを飛ばしてきた僕。それを僕が、小さな悩みだけど吹っ飛ばして、彼女にその笑顔にさせた。この上ない感動でいっぱいだった。
「じゃあ、次は私の親友、ここに連れてくるね!」
早くもプライベート伊野華織は話の流れという概念がないということに気づいた。
♢本日のカクテル♢
[ジントニック ~Gin and Tonic~]
ジンをベースにトニックで割ったポピュラーカクテル。柑橘のさわやかな香りと苦みが合いまう。味わいはバーによって、またバーテンダーによって微妙に異なる。(マスターの飲み口は甘めらしい)
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