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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
2.永遠の契約
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3:塵を踏み歩くもの


 上井 栄福。 穂村 暁大の祖父にして、 彼が生まれる前に奇病に犯され、 行方不明となった人物。 彼が昨夜現れた腐敗物の正体だった。

 若い刑事と共に円達三人は一度、 上井家へと帰った。 穂村の祖母は家に帰ってくると、 待ち構えていた刑事達から当時の状況について聞かれだした。ただ、 昨日からの怒涛の展開に彼女は酷く動揺していた。 刑事達もそれを理解していたのか、 無理に急かすようなことはしなかった。

 そんな中、 円と穂村は栄福が書斎代わりに使っていた部屋にいた。

 古臭い机の上には彼が書き残したノートがきれいに整頓されていた。 おそらく、 穂村の祖母が片付けたのだろう。 押し入れや本棚には様々な本や物が収められていたが、 半分は胡散臭いオカルトグッズや雑誌だった。 残りの半分のうち、 さらに半分はこれまた胡散臭い資料で、 残りのもう半分は栄福が書き残したと考えられる胡散臭い手稿だった。

 

「穂村君とお婆さんには悪いけどこれは……」

「円先輩、 みなまで言わないでください。 僕も大体同じ気持ちなので」

「ああ、 ごめんね」

 

 押し入れを調べていた円がげんなりとした表情をする。 調べても、 調べても胡散臭い資料の山々。 はっきり言って、 どれも真実とは思えない物ばかりだ。 二ヶ月ほど前に真実味のない事件に巻き込まれはしたが、 それを信じたとしても胡散臭いものばかりだ。

 げんなりしながらも、 円は押し入れ内の資料を乱雑に引っ掻き回す。 途中から、 むしろ珍しい物体はないかといったほうに興味がいっている。 あったとしても珍品ばかりで、 分からないだろうが。 そういった楽しみがないとでもやっていられないのも、 事実だ。

 奥の方にポツンと小さな金庫が置かれていたのを見つける。

 結構古いものだ。 試しに持ってみるとそれなりに重く感じる。 金庫自体も含めて十キロ以上はあるだろう。 側面にはメモが貼られており、 ダイアル錠の開け方が書かれていた。 不用心すぎる。

 

「穂村君、 金庫見つけた。 結構古いダイアルロック式。 開け方を書いたメモがあったからすぐに開けれそう」

「先輩、 こっちも日記を見つけました。 読んでみますね」

 

 後輩に声をかければ、 机周辺を探していた後輩の方からも声がかかってきた。 振り返れば古ぼけた日記帳を掲げる後輩の姿があった。

 押し入れから金庫を取り出し、 ダイアルロック式の扉を開けようとするが、 長い間放置されていたためか、 ダイアルの数字が消えていた。 かろうじて読み取れそうな部分を読み取ろうと目を凝らしていると、 穂村が日記の音読を始めた。 どうやら聞かせてくれるらしい。 せっかくなので、 その厚意に甘えることにする。

 

 

 

 三月十二日

  先日頼んでいた魔導書が手に入った。 聞いたところによると、 この魔導書を手にしたものは、 みな塵になってしまうという呪われた書だ。

  実に興味深い。 最近は寄稿しているエッセイもマンネリ化していたところだ。 早速調べてみよう。 きっといいネタになるはずだ。

  それにしても、 何語なんだこれは? 調べてみるか……

  

 三月十七日

  ギリシャ語とか分かるか! 英語にしろ!

  ……だが、 辞書は用意できた。 翻訳も進んでいる。 この魔導書はなかなか興味深い。

  時空を操る神との契約―――すなわち永遠の命を得る術が書かれていた。 もし、 この儀式を行えば、 私も永遠の命を得られるのではないか? 今度試してみるのも悪くはない。

  ただ、 最近疲れやすくなったような気がする。 部屋に埃がよく積もっているし……この魔導書の影響か? まさかな。

  

 三月二十六日

  思った以上に使えない儀式だ。 背骨が捻じ曲がるだと? 『禁じられた言葉』で塵に帰るだと? 永遠の命が得られるかもしれないと思いきや、 そう簡単にはいかんらしい。

  だが、 希望も見えた。 要は肉体を捻じ曲げないように神との契約を行えばいい。

  さあ、 儀式の改良の研究を始めよう。

 

 

 

「よしっ、 開いた!」

「本当ですか!」

 

 穂村が日記を音読するのを中断するように、 声を張り上げる円。

 彼女の宣言通り、 小さな金庫の扉は開かれており、 中からは古びたレポート用紙が大量に詰め込まれていた。 その中にある更に古びた巻物と思わしき物が、 おそらく振夢が手に入れた“魔導書”なのだろう。 『Η διαθήκη του Καρνάμαγκου』と表紙に当たる部分には記されてはいるが円も穂村もギリシャ語なんてものは全く分からないので、 解読できるはずもなかった。

 

「魔導書はなんかヤバそうだし、 読まないにしても、 他の資料を読む前に、 日記の続きをお願い」

「分かりました……ってどこまで読みましたっけ?」

「三月二十六日のところまで聞いたよ」


 そう言いながら、 穂村の方を見て床に座る円。 「分かりました」と言うと、 穂村は開いていた日記帳に目を通す。

 

 

 

 四月十一日

  ……うまくいかないものだ。 しかし、 他に面白い呪文を習得できた。 精神を交換することが出来るという呪文だ。 成功率はあまり高くないようだが、 夢を見せていくことで、 少しずつ成功率を高めていくことが出来るらしい。 特に血が繋がった親族を相手にすればさらに成功率は高くなるようだ。

  儀式が失敗した時の次善の策として考えておくか。

 

 

 

「夢……精神交換、 か」

「……もしかして、 僕がよく見ている夢や父が見ていたという夢の正体は……」

「多分、 お祖父さん、 上井 栄福の魔術だと思う」

「実際にあったんですね、 魔術って……」

 

 はぁ、 呆れたような感心したような溜息をつく穂村。 円も二ヶ月前の事件がなければこの日記も狂人の戯言(ざれごと)かホラー小説のネタ帳か何かだと考えただろう。 しかし、 常識では想像もつかないような存在を見てしまった以上、 魔術は存在しないとは言い切れない。

 

「続き読んで、 もしかしたら何か対策があるのかもしれない」

「分かりました」

 

 

 

 四月二十四日

  ついに完成した。 肉体に損傷をもたらすことなく、 かの神『塵を踏み歩くもの』と契約する方法が。 これで私は永遠の契約の下、 不老不死になれる。


 四月二十五日

  失敗した。

  失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 失敗した。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイした。 シッパイシタ。 シッパイシタ。 シッパイシタ。 シッパイシタ。 シッパイシタ。 シッパイ。 シッパイ。 シッパイ。 シッパイ。 シッパイシッパイシッパイシッパイシッパイシッパイシッパイシッパイ

 

 

 

「……これ以降は白紙ですね」

 

 そう言うと、 穂村は栄福の日記帳を閉じる。 自分の祖父である栄福が何を考えていたのか、 それを理解してしまったのだろう。 その顔つきは険しい。

 しかし、 円は慰める気はなかった。 もしかしたら残された時間は少ないかもしれないのだ。

 

「儀式に失敗して、 結局は背骨が捻じ曲がってしまった。 それで、 正常な骨格を持つ、 穂村君のお父さんと精神を交換した……ってところかな、 十年前の失踪事件の真実は……」

「そして、 次に狙われているのは僕ってことですね……」

「多分だけど、 また似たようなものに挑戦して失敗したんじゃないかな。 巻き込まれた側としては『ふざけるな』って話だけれども」

 

 そこまで話して、 円は一つ思い出したことがある。 穂村の父親が残したノートのことだ。

 

「そういえば、 聖鸞神社で神主さんから預かったノートはもう読んだ?」


 いきなり別の話題を振られたことに驚いたのだろう、 キョトンとした顔で穂村が円の顔を見る。


「いえ、 まだですけど……」

「じゃあ、 読んでみたらどう? もしかしたら、 なにかヒントになるようなことが載っているかもしれないし」

「ですよね、 じゃあ……」

「せっかくだから、 お茶でも持ってくるよ。 警察も帰っただろうしね」


 そう言うと、 栄福の書斎を出る円。 そんな彼女についてくる穂村。

 おや、 と思ったが、 よく考えれば、 穂村はノートを自分の部屋に置いてきていた。 ノートを取りに行くには書斎を出る必要がある。 当然のことだった。

 

 上井家の台所に行くと、 穂村の祖母が麦茶を入れていた。 円となぜかついてきていた穂村はコップに入った麦茶を受け取ると、 一気に飲み干した。 冷たい麦茶が喉を一気にと通り抜ける。

 「プハー」と気の抜けた声を出すと、 穂村の祖母がクスクスと可笑しそうに笑う。 その姿を見ていると、 急に恥ずかしくなってくる。 照れ隠しに、 そっぽを向く円。

 

「そうそう、 刑事さん達が帰り際に教えてくれたわ」

 

 麦茶をさらに二杯ほどおかわりしたところで、 穂村の祖母が口を開く。

 

「最近、 このあたりによく不審者が出るんですって。 ほら、 近くの森で男の人がうろついているのが見つかったって……心配だわ」

「どうして?」

 

 穂村の問いに祖母は深く息をつくと心配そうな顔を隠そうともしないで答えた。

 

「だって、 その人“背骨が捻じれ曲がっていた”らしいのよ。 おじいちゃんと同じ症状で……なんだか他人事とは思えなくてねえ」

 

 その言葉に円と穂村は互いに視線を合わせた。

 

「麦茶ありがとうございますっ!」

「夕飯出来たら教えてっ!」

 

 そう言い残して、 台所を飛び出すと、 円は再び栄福の書斎へ、 穂村は自分の部屋へと走っていく。

 「走らない!」という祖母の怒りの声も無視して。

 

 

 

 †

 

 

 

 『Η διαθήκη του Καρνάμαγκου』

 日本語に直せば『カルナマゴスの遺言』と言うべきか。 上井 栄福が手に入れたものは正真正銘の魔導書だったわけだ。

 金庫の中身は『カルナマゴスの遺言』の他に、 栄福の翻訳や研究についてまとめたものだった。 これによると、 『カルナマゴスの遺言』は『塵を踏み歩くもの』について記したものらしい。 その契約方法と力についてが中心で、 他にも様々な呪文についての項目があったが、 円はそれを読み飛ばした。 今重要なのは、 呪文などではなく、 精神交換を止める方法と契約者を塵に還す『禁じられた言葉』だ。

 しかし、 『禁じられた言葉』に対する記述はあっても、 精神交換に関しての記述は翻訳したモノには載っておらず、 メモ書きのようなものに乱雑に書かれていた。

 癖のある字に苦戦しながら読み解いていっても、 基本的なことは振夢が日記に書いたもののとおり、 近親者であれば成功率が増すことと、 夢を見せていくことで精神を同調させて、 これまた成功率が高まることしか書かれていなかった。

 

「……だめ、 こっちにはこれ以上なんの記述がない。 そっちはどう?」

 

 これ以上、 読み解いていっても、 情報は出ないだろう。 そう判断した円は父のノートを読む穂村に声をかける。

 

 穂村は泣いていた。

 

 ノートには穂村と同じように奇妙な夢に悩まされる父の苦悩。 そして、 次第に自分が何かに乗っ取られていく感覚に対する恐怖。 そしてそれが養父、 上井 栄福が原因だと気づくまでの過程、 いくつかの対策。

 そして、 息子に対しての愛があった。

 

『もしも、 自分が失敗すれば、 次に犠牲になるのは息子に違いない。 今はまだ幼いから標的に選ばれbなかったのかもしれないが、 もしも、 成人になれば間違いなく標的にされる。 血の繋がらない義理の息子よりも血の繋がっている孫の方が良いのだから。

 だからこそ、 自分が決着をつけなくてはいけない。 息子を救うために。 たとえ、 それが養父殺しの汚名をかぶることになっても』

 

 日記の最後にはそう書かれていた。

 

「父さん……」

 

 穂村はそう呟いて、 ノートを閉じた。

 

「精神交換を妨げる方法は分かりました。 これを使えば、 僕に危害は及ぶことはないでしょう……ただ」

「それをずっと続けるわけにはいかない」

 

 円が引き継ぐように言うと穂村は力強く頷いた。

 

「力を貸してください、 先輩。 僕は父の敵を討ちます」

「それは『禁じられた言葉』を使うってことでいいんだよね……?」

 

 もしも記述の通りを信じるのならば、 『禁じられた言葉』を使えば穂村の祖父、 上井 栄福は塵と化す。

 それでも、 彼は戦うと決めたのだ。

 

「もし、 僕が乗っ取られたら次に犠牲になるのは僕の子供、 孫です。 正直言うと祖父のことはよく知りません。 けれども、 いえ、 だからこそ、 これ以上彼に好き勝手させるわけにはいかないんです」

 

 彼の決意を聞いた円は「分かったよ」と言うと両手を上げる。

 

「……でも、 どうする? 森の奥にまで探しに行くのはさすがに危険すぎる。 遭難しました、 なんて笑い話にもならない」

「先輩、 精神交換ができなくなったら、 祖父はどうするでしょうか」

 

 確信めいた問い。 それを聞いた円も口角を吊り上げる。

 

「早かったら明日の晩にでも、 遅くても一週間以内には様子を見に来るね」

 

 幸いと言っていいのか分からないが、 二人は大学生。 一週間ぐらいなら融通がきく。

 円が拳を自分の手の平に打ち付けると、 それにつられたかのように穂村が会心の笑みを浮かべる。

 

「さあ、 根競べだ」

 

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