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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
1.神様からの贈り物
6/53

Epilogue:贈り主の名は

第一章「神様からの贈り物」エピローグになります。

なので少し短め&説明多め。


おまえが深淵を覗き込むとき、 深淵もおまえを覗き返している。

When you look long into an abyss, the abyss looks into you.

      フリードリッヒ・ニーチェ

      Friedrich Nietzsche


 石間 傑が邪神 イゴーロナクへとその姿を変え、 消滅してから数日後。

 桐島 円は朝から花束二束を片手に三塚大学付属病院を訪れていた。

 数日前の事件で手足のいたるところを噛みつかれた先輩、 蕨 桜子のお見舞いに来たのだ。

 四人部屋の病室に顔を出すと、 そこにはシンプルなパジャマに身を包んだ桜子がいた。 両手足には包帯を巻いているが、 それ以外に異常は見当たらず、 本人は暇そうに自分のベッドに腰掛けて、 手足をぶらつかせている。

 元気そうな彼女の様子に少し安心すると、 円は片手をあげて病室に入る。

 

「お加減はいかがですか?」

「おー、 手術も終わったし、 あと数日で退院できるってよ……って花束じゃなくてお菓子とかの方がよかったんだが」


 元気そうな桜子の様子を見て、 大丈夫そうだと思ったと同時に人の見舞い品に貰う側が文句つけてるんじゃない、 と考えてしまったのは内緒のこと。

 文句を言い足りないと言いたげな表情を無視して、 空の花瓶に持ってきた花束を一束だけ挿す。

 

「あれ? 円も来てたんだ」

 

 そう言いながら、 四人部屋の病室に入っていくのは友人の泉 彩香。 数日前と比べるとはるかに顔色が良い。 あれから妙な悪夢には悩まされてはいないらしい。

 そんな彼女が持ってきているのはどこでも売っているチョコレート菓子だ。 よく見れば、 近くのコンビニチェーン店のシールが貼られてある。 おそらく、 すぐそこで買ってなかったのに気がついたのだろう。

 それに気がついたのか、 それとも別の理由からか、 不満そうな表情を崩さずに、 それでも片手を上げて、 「おー、 よく来たな」と彩香に話しかける。

 

「実里のついでだよ。 ホレ、 お見舞いの品」

「投げんなよ」

 

 何でもないように桜子に告げながら、 持っていたチョコレートを投げ渡す彩香。 慌てながらも受け取りつつ文句を言う桜子を無視して、 彩香は円に告げる。

 

「実里ももうすぐ退院だってさ。 まだお見舞い行ってないんでしょ? この後行ってきなよ」

「ん、そうするよ」

 

 じゃあ、 また後でね。 そう告げると、 円はもう一つの花束を届けに病室を出る。

 その後ろ姿が見えなくなったタイミングで、 桜子がぼそりと呟いた。

 

「そういえばさ」

「? なんだよ」

「あのでかい化け物、 イゴローナクだっけ?」

「イゴーロナクじゃなかったか?」

「どっちでもいいだろ」


 本当にどっちでもいいらしい。 呆れたように溜息をつきながら、 桜子は自分でも悪くない考えだと言わんばかりに言葉を紡ぐ。


「それでさ、 あの怪物の写真、 もし撮っていたらオカルト雑誌とかに売れたりしたんだろうな。 と思うとなんか惜しい気がしてな」

「お前、 もう一回全身噛みつかれて来いよ」




 †

 

 

 

 あの後、 ようやく警察がやってきた。 無傷だが、 酷く疲弊した様子の円、 大慌てで応急処置を行う彩香、 両手足がズタボロの桜子。 そして荒れた石間家。 あの時の警察官はさぞや混乱したことだろう。

 桜子は後で警察官が呼んだ救急車に乗せられていった。 救急隊員も彼女の惨状を見てさぞや混乱しただろう。 なにせ人間の子供が付けたような噛み傷が手足についていたからだ。 それも一つ二つではない数が。いったいどのような状況でそうなったのか。 常識に縛られている救急隊員では理解できなかっただろう。

 

 そして、 残った円と彩香には警察官からいくつか質問がされた。

 しかし、 円は石間 傑が化け物になったということを伝えていいのか分からずに、 しどろもどろだったし、 彩香の方も石間が怪物なってからのことをあまり覚えていなかった。 あの時の警察官はさぞや困ったことだろう。

 その後、 石間家の家宅捜索が行われた。 きっかけはやはり、 円が見つけたあの包丁だ。 ルミノール反応があったことから付着していた液体は血液であることは科学的にも証明された。 さらにこれは彼女達は知らないことであるが、 付着していた血液は以前発生した被害者のものと一致したという。

 それだけではなく、 盗品や同じような凶器も発見されたことから、 警察は彼を複数の未解決事件に何らかの関わりがあると判断したらしい。 数日経った今では石間 傑は指名手配までされていた。

 しかし、 彼が今のところ見つかったという話は聞いていない。 おそらく、 しばらくは聞くことはないだろう。 もしかしたら二度と聞くことはないのかもしれないが。 できれば二度と自分達の前に現れないでほしいというのが、 事件に深く関わった三人の率直な感想だった。

 

 ちなみに、 円達の友人、 奥畑 実里を階段から突き落としたのは石間の信者の一人で、 円に襲い掛かったあの女学生だった。 ただ、 彼女を含む石間の信者達は石間が姿を消した後、 正気を取り戻した様子で、 警察の取り調べでは自分達が行ったことはすべて認めつつも、 「何故あのようなことをしたのか分からない」と答えているという。

 そして突き落とされた実里は命に別状もなく、 先程彩香が話していた通り、 もうすぐ退院できるようだ。 「暇だ暇だ」と文句を言いながら、 持ち込んだライトノベルを何度も読み返していた。

 

 更にこれは蛇足というべきなのか分からないが、 林田 修一も行方が分からなくなっているという。 石間の消滅をきっかけにどこかに逃げてしまったのか、 それとも。

 ただ、 警察の方はそちらの捜索はあまり重視していないらしい。 まだ数日しかいなくなっていないということもあって、 行方不明者リストに入れる気もないようだ。 それでいいのか警察。

 

 

 

 †

 

 

 

「そういえばさ、 一つ気になったことがあるんだけど」

 

 お見舞いを終えて、 病院を出てから彩香が何かを思い出したように呟く。 円が視線だけを向けて先を促すと、 そのまま言葉を続ける。

 

「林田の奴さ、 あの時ぜひ読んでほしいって石間の奴に話していたの覚えてる?」

「あぁ、 そういえばそんな話もしてたね。 結局は誰かの妄想ノートみたいなものだったけどさ」

 

 あの時石間が持っていた大学ノートのことを思い出しながら円は話す。 あれは貴重な古文書などではないだろう。 もしも大学ノートの姿をした古文書などあったら、 それはそれで大発見といえるだろう。

 

「でもさ、 “グラーキの黙示録”って本はもともと、 閲覧禁止だったけど実在していたし……」

「ああいや、 言いたいのはそういうことじゃないんだよ」

 

 円の言葉を遮りながら、 彩香は話す。

 

「あのあとさ、 あのノートにどんなことが書いてあったのか気になって、 警官に聞いてみたんだよ。 そしたらさ、 『そんなノートなんて知らない』って言われたんだ」

「……え?」

「あとさ、 あのどう見てもヤバい手の彫刻。 あれって学生から貰ったって言ってたらしいけどさ」

「……うん」


 あんなヤバい代物いったい“誰が”“どうやって”手に入れたんだろうね。

 

 円はその問いに答えることが出来ず、 彩香の呟きは静かに消えていった。

 

 

 

 †

 


 

 どこか、 どこか。 日本にあるどこかの廃ビル。

 その一室に一人の男がいた。

 最近、 身体を洗ったり、 着替えたりしていないのだろう。 服は薄汚れ、 身体からはホームレスのような臭いが漂ってくる。

 

「先生では“司祭”にはなれなかった。 次の候補を探さなければ」

 

 その眼は完全に血走り、 垢と埃で薄汚れた表情からは狂気しか浮かんでいない。

 男の傍には穴こそ開いてはいないものの同じ様に薄汚れすり切れたカバン。 そして彼の手には“彼が自ら作ったグラーキの黙示録の十二巻目”が開かれていた。

 

「あァ、 僕を救ッテくれるお方ハどこにオラれるのカ……」

 

 男、 林田 修一はそう呟くと、 目の前にある机に目を向ける。

 

 ビルや今の林田のようにボロボロだが、 しっかりと形を保っている机の上には、

 

「我が神、 “イゴーロナク”よ、 僕をどウか導いてくだサイ……」

 

 あの日、 彩香の手によって砕かれたはずの奇妙な手の石像が、

 

 

 

 傷一つない姿で、 禍々しくも神々しい気配を纏いながら鎮座していた。


第二章「永遠の契約」に続きます。

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