4:Song for Outer Gods
相変わらずの隔週投稿。 文字数も少なめになります。
某月某日。 歌町 奏の初ライブ当日。
開始一時間前だというのに小さなライブハウスはすでに大勢の人でにぎわっていた。
しかし、 多くの人々の瞳には狂気的な光が宿っていた。 いくらインターネット上でそれなりに名の売れている歌手のライブとはいえ、 今日が初めてのライブである。
特に関係ない人物がこの光景を見たらさぞ不気味に思うことだろう。 誰も彼も無言で過ごすその様は、 とてもライブハウスとは思えない光景だった。 カウンターにいる店員はその光景を静かに見ていた。
群衆に紛れて、 密かに忍び込んだ円は帽子を目深に被りなおす。 できるだけ、 周囲の印象に残らないように気を付けながら、 この異様な光景を観察する。
外の自動販売機で買ってきた水を一口だけ飲むと、 カバンの中に入れている“ある物”を確かめるように握りしめる。
カバンの中に入っていることを確認すると、 今度は耳に着けたインカムの調子を確かめる。
「こちらアルファ。 目的の場所への潜入に成功した。 正直な話、 警備と言える警備がなくてびっくりしている。 オーバー」
そんな時、 インカムから声が聞こえてくる。 友人である彩香の声だ。
スパイ映画みたいだなと、 内心で考えながら、 円はできる限り小声で答える。
「こちらM。 ライブハウス内はびっくりするくらい静か。 下手したらこの声も響きそう。 オーバー」
「うへぇ。 じゃあ、 連絡はこれくらいにした方がいいね。 ライブが始まったら、 繋いでくれるだけでいいよ。 オーバー」
それを最後に連絡は一度途絶える。 しかし、 ライブが始まるまではまだ時間がある。
こういう時にカウンターで何か注文出来たらいいのだが、 アルコールを摂取したことで何か失敗をすることだけはあってはならない。
仕方がないので、 再び周囲を観察する。 相変わらず観客は静かに、 されども狂気を隠せずに歌手が現れるのを待っている。
様々な事件にかかわった経験を持つ円でさえ、 尻込みするような光景だ。 しかし、 店員の女性は臆する様子もなく、 カウンターから静かにその様子を見ている。
このライブハウスで行われるライブはこういうものなのか、 それともあの女性の肝が据わっているのか。 それとも……
そこまで考えたところで、 こちらの方を見た店員と視線が合ってしまう。 自分と同じくらいの年齢だ。 こちらを見透かしてくるかのような瞳に、 円は慌てて目をそらした。
その時、 薄暗かったライブハウスがさらに少しずつ暗くなっていく。 店員も、 周りの人々も見えなくなって数秒。 ある一角、 ステージが明るく照らされる。 そこに立っているのは一人の女性、 歌町 奏だ。
ライブが始まった。
「では、 まずは―――」
透明感のある声、 と言ったらいいのだろうか。 歌町 奏の声はネットで公開されているものよりも、 美しく透き通って聞こえる。 それでいて、 その歌声は力強く、 下手なアイドルよりもメリハリがあった。
ライブ開始前までは不気味なまでに静かだった観客も、 彼女の歌声に大盛り上がりだ。 円自身、 歌町がどのような存在であるか聞いていなければ、 彼らと同じように見入っていたことだろう。
だが、 そうさせるわけにはいかない。
彼女の歌には何か力があるのだろうか。 自身から“何か”が抜けていくのを感じながら、 円は誰にも見られないようにカバンから“ある物”を取り出した。
そして、 丁寧に指紋を拭きとると、 火を点けて中心当たりめがけて勢いよく転がした。
†
今回の作戦は実に単純だ。
円と間宮が何らかの方法で陽動して、 会場を混乱させた後、 彩香が舞台裏に忍び込んで音源を断つ。 それで無理やりライブを中断させるというものだ。
それで何も起きなければ、 さらに間宮の警察という立場を使って、 中止させる。 この際の理由はなんだっていいだろう。 そもそも、 最初の段階で混乱が起きるに違いないのだから。
もしも、 歌町が中止させまいと暴れたのならば、 円と間宮の二人で取り押さえればいい。 また、 彼女が本来の姿を露わにしたのならば、 逃げ出すだけだ。 どちらにしろそこまでいけば、 ライブを中止させるという目的は達成できるのだから。
そして、 先程円が投げたのは発煙筒だ。 火を点けることで、 大量の煙を発生させる代物である。 当然ながら、 そんなものを狭いライブハウス内で使えば、 室内は一瞬で煙に包まれる。
後方にいた円が何かをした様子など、 興奮状態でライブに集中していた観客達が気付くこともなく。 しかし、 室内に充満する煙は興奮状態の彼らでも「火事」の二文字を連想させるには十分だった。
「火事だ!」
観客の誰かが叫ぶ。
「逃げろ!」
「どけよ!」
興奮はそのまま混乱に。
パニックになりながら、 観客達は一斉に出口へと走り出す。 彩香が何かしたのだろう。 音楽はいつの間にか止まっていた。
「こっちだ! 落ち着いて、 焦らないで!」
間宮の声が聞こえる。 おそらく、 避難誘導をしているのだろう。
このような混乱を招いた円はただ一人、 ステージにいるであろう歌町を見ていた。 無論、 すぐにでも逃げ出せるように注意しながらではあるが。
「―――!」
煙で彼女の姿は見えず、 怒声と悲鳴で彼女の声は聞こえない。
しかし、 円は彼女がそこにいると確信していた。
やがて煙が少しだけだが晴れていく。 ライブハウスの換気扇によるものだろうか。
いや、 違う。 ステージ上、 歌町が立っていたであろう場所の上方、 天井に黄色い巨大な渦が出現していた。 いつの間にか現れたそれが、 煙を吸い取っているのだ。
渦が吸い取っているのは煙だけではない。 いつの間に現れたのだろうか。 いくつもの蝕肢を持つ、 醜いヒキガエルのような顔をした化け物もまた、 その渦の中に吸い取られていく。
ライブハウス内はその余波によってまるで嵐が来たかのように荒らされていく。
「―――!」
怪物が奇声を上げた。 いや、 この場合は悲鳴だろうか。 それとも懇願だろうか。
しかし、 無情にも化け物は渦の中へと消えていった。
円はそれを確認すると、 他の観客達に混じってライブハウスから逃げ出したのだった。
後のことを簡単に語ろう。
ライブハウスで起こった事件は、 質の悪いイタズラということで片づけられた。
発煙筒からは指紋は検出されず、 被害と言えば、 逃げ出すときに怪我をしたものが数名出た程度だった。
しかし、 その後『歌町 奏』というアーティストが現れることはなかった。
新作も公開されることはなく、 再びライブが行われることもなかった。
唯一の手掛かりは中止になったライブのステージ上に残された、 中身のない皮のようなものだけだった。
この事実は、 『どこにでもあるオカルトな話』の一つとして、 面白おかしく語られていくのだった。
次回エピローグ




