3:Awakening
男が目覚めたと連絡を受けたのはその日の午後の事だった。
ベッドから起き上がれる状態ではなく、 長時間の会話も難しいと看護師から注意を受けた間宮達は清潔な病室の扉を叩く。
「どうぞ」
病室の中から聞こえてきた声は想像していたモノより元気だった。
失礼します。 と声をかけてから扉を開けて、 中へと入る一行。 病室にはベッドが一つだけあり、 そこに男、 上田 大輔が横になっていた。
「こんな姿勢ですいません。 まだ、 動けないものでして……」
そう言いながらも、 ベッドのリクライニング機能を使って上半身を起こす。
全身に巻かれた包帯は偽装でもないらしく、 機械の力を借りても動くのは相当な負担らしく、 痛みをこらえるような表情をしていた。
「そのような状態で申し訳ないのですが、 質問に答えてください。 貴方が襲われた時の事なのですが……」
「いや、 突然襲われて……何が何だか……」
「『アザトースその他の恐怖』」
「!?」
刑事の質問にとぼけようとする上田に、 円が一言だけ告げる。 それは彼の自室に置かれていた古書のタイトルであった。 その言葉を聞いた上田の表情が変わる。
「申し訳ありませんが、 あの時の事はそう簡単にごまかせません。 実は、 貴方を最初に見つけたのは私です。 その時貴方は奇妙な単語を叫びながら相手に向かっていきましたね……あの暗闇の中に」
「き、 気のせいでは?」
「気のせいではありません。 少なくとも、 我々は貴方の身に起こったことが尋常ならざることであると確信しています」
動揺する上田に畳みかけるように告げる間宮。 明らかに動揺を隠しきれない上田は、 何とか言い逃れようとするが、 とどめを刺すように間宮は逆に尋ねる。
「疑問に思いませんでしたか? 暴行事件の捜査なのに、 何故私が無関係の女性二人を連れているのか」
「! まさか……」
「私は以前、 彼女達と共に異常としか言えない事件に遭遇したことがあります。 ……貴方が襲われたような事件に」
間宮はそこで一呼吸すると、 上田の顔を力強く見つめる。
「なので、 教えてください。 昨夜貴方がどのような目的を持っていたのかを」
間宮の言葉の真意を理解したのか、 それとも、 気迫に圧されたのか。
上田は一分ほど、 考え込むように黙ると、 意を決したようにぽつりぽつりと話し始めた。
†
「皆さんは歌町 奏という人物について知っていますか?」
「最近有名な歌手であるということぐらいは」
「すまないが、 そちらの方は不勉強でな」
上田の問いに円が答える。 彩香も円と同じ程度しか知らないようで、 友人の言葉に同意するようにうなずいている。 ちなみに間宮の方は普通に知らないらしく、 そのことを口にする。
彼女達の言葉に上田は納得したように首を縦に振る。 歌町 奏の存在を知っていれば十分だったのか、 さらに言葉を続ける。
「詳しくは省かせてもらいますが、 彼女は人間ではありません。 『外なる神の従者』と言われる存在です」
「『外なる神の従者』?」
普通に聞いていれば「お前はいったい何を言っているんだ」とセメントな反応を返しそうな内容だったが、 訪問者達は、 『外なる神の従者』という存在の方が気になるようだった。
聞き返した間宮の言葉に上田はうなずいて、 話を続ける。
「はい、 白痴の王の宮廷で奉仕し続ける存在。 本来であれば彼女、 歌町 奏も同じように白痴の王に奉仕し続けていたはずです」
「……話を聞く限り、 彼女は人間ではないということか? いや、 種族の事ではなく、 姿かたちの事なのだが」
「普段は魔術で人間の姿をしているのでしょう。 襲われた時は触腕でぶん殴られましたが」
被害者の言葉に、 「あの時か」と自信が殴られたことを思い浮かべる間宮。
そんな彼をおいて、 円は上田に質問する。
「それで、 歌町 奏は本来の仕事をやらずに一体何をする気なのか分かるんですか? ただの休暇とかではなくて?」
「あの化け物共に休暇、 なんて概念があれば面白いんだがな」
ケッ、 と悪態をつく上田。 確かに、 生命の危機に陥るまで殴られた人間からすれば、 化け物の目的がただの休暇というのはふざけるなと言いたくなる話だろう。
「詳しくは分からないですが、 大まかな目的ぐらいなら。 恐らくは新たな信者、 踊り手の獲得でしょう」
あのおぞましい神の為のね。 そう上田は言い切る。 そのまま、 三人の反応も気にせずに、 話を続けた。
曰く、 外なる神の従者は神々に捧げるための贄を求めているという。 そのために、 幾度となく従者がやってきており、 その地域に混乱を巻き起こしてきたという。
しかし、 近年情報通信の発達により、 従者は動かなくても、 情報の発信のみで人々を集めることが可能になった。歌町の動画、 歌もその手段の一つだ。
いや、 彼女の場合それだけではない。 おそらく、 彼女の代表的な歌である『Others』はある種の呪文のようになっているという。
彼女の動画を見た者は魔力のようなものを奪われ、 儀式の一助になる。 とは言っても、 聞いただけでは生命に影響が出るほどではなく、 せいぜいがひどい疲労感を感じる程度なのだそうだ。
それよりも危険な問題は彼女の歌を歌うことだ。 歌詞のサビの部分を歌うことで、 とある呪を妨害できるのだという。
「貴方があの時叫んでいた言葉はもしかして……」
「ええ、 奴らの主の名を汚すという一つの呪いです。 以前は成功したのですが……」
もう二度と使えそうにありません。 そう言って、 上田はため息をついた。
以前に成功したことで、 対策を打ったのだろうか。 それとも、 効率よく儀式に必要な魔力を集めるための歌が生み出した副次的な効果なのか。 魔術に詳しくない円達には分からなかった。 おそらく、 生涯分かることはないだろう。
「奴の動画を見て、 狙いに気付きました。 残された時間は少ないでしょう」
なので、 お願いします。 歌町 奏を、 外なる神の従者を止めてほしい。 痛む体を無理やり動かして、 男は頭を下げた。
「……具体的には何をすればいい?」
楽な姿勢にするように伝えてから、 間宮は尋ねた。 従者を殺すことができるのならば万事解決するだろうが、 従者の戦闘力は並大抵のものではないだろう。
それに、 従者は『歌町 奏』という人間に化けている。 下手に危害を加えようとすれば、 法治国家の名のもとに裁かれるのはこちらになるだろう。
こちらの考えを知ってか知らずか、 上田は少し悩むようなしぐさを見せた後、 こう答えた。
「近いうちに歌町は何らかのアクションを起こすでしょう。 それも人を大勢集めるような」
「最近注目されている歌手とかなら、 ライブとかか? それなら、 熱心なファンは集まるだろう」
「ならば、 それを何とかして失敗させてください。 始まる前に中止させた場合、 逃げられる可能性があります」
「簡単に言ってくれるな」
上田の提案に間宮が苦言を漏らす。 始まる前に中止させる事は簡単だ。 ライブを行う場所を探り出し、 そこで何らかのトラブルを起こすことで、 少しの間使えなくすればいい。 それだけで、 ライブは中止となるだろう。
もしも行われるのがライブハウスなどの建造物内であったなら、 悪質なイタズラ電話を行うのもアリだ。 道義的にはどうかという話もあるのだが、 上田の話が真実ならば道義的な話など言っていられる状況ではないだろう。
しかし、 中断となると話は変わる。 上記の妨害であれば多少の猶予があるが、 ライブ演奏中に行う妨害など時間が限られている。 しかも失敗など許されない一発勝負だ。 失敗しようものならば目も当てられない結果になるだろう。
「……でも、 そうも言っていられないみたいだよ」
そう言いながら先程まで会話に混ざっていなかった彩香がスマホの画面を全員に見せる。
SNSのアプリが起動している画面。 先程まで話題に出ていた歌町 奏が小さなライブハウスで初ライブを行うことが宣伝されていた。




