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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
8.Song of The Outer Gods
50/53

2:Other Horrors

 腰がやられましたが元気です。


 鼻歌を歌いながら、 (わらび) 桜子(さくらこ)は廊下を歩いていた。

 大学四回生である彼女にも『就職活動』というものは存在する。 というよりも、 四回生こそが本番だと言ってもいいだろう。

 しかし、 特に彼女は気にもしていなかった。 というのも、 まだ四月だというのに、 内々定を手にしていたからだ。

 要領の良さで、 インターンシップ先の企業に気に入られた彼女は、 この御時世にも関わらず、 早々に希望の業種への働き口を手にしていた。

 といっても、 もう少し『社会勉強』のために就職活動を進めるつもりであったのだが。

 

 ともあれ、 将来に関しての不安が解決した彼女は、 上機嫌で自身が所属するゼミへと歩いていた。

 彼女が所属しているゼミはメディア論をテーマに掲げており、 マスメディアへの就職率が高い。 実際、 教授もマスメディアへの太いコネを持っており、 桜子が早々にインターンシップから内々定を手にしたのも、 教授の強いコネが一因であることは言うまでもない。

 

 残り必要な単位は卒業論文を含めて、 わずか。 それも前期中に取れる見込みであるため、 彼女は余裕たっぷりに歩いていた。

 

「―――――!」

「お?」

 

 自身が所属するゼミの隣、 古文学のゼミ室から、 喧騒が聞こえてきたので、 桜子は足を止めた。

 酷く興奮しているらしく、 会話内容までは分からない。 しかし、 普段はそこまでの怒声など聞こえてこない。 少なくとも、 彼女の記憶では大声など聞こえてきたことはない。

 いったい何が起こったのかと、 覗き魔精神に導かれるままに、 扉の方へと近づいていく。 それと同時に静かに開けられる扉。

 出てきた人物は女性だった。 十人中九人は「美人だ」と評するであろう女性。 桜子と近い年齢に見えることから、 おそらくは彼女と同じ大学生だろう。よく手入れのされた黒い髪とその美貌は『姫君』を連想させるのに十分だろう。

 こっそりと話を聞こうとしていた桜子を見下すように鼻を鳴らすと、 女性は出口の方へと踵を向けて去っていった。

 よほど頭にきたのだろう、 古文学ゼミの教授は近くに桜子の姿があることに気付かず、 荒々しく扉を閉める。

 耳元で鳴らされた音に驚きながらも、 いったい何があったのだろうと邪推する桜子。 さすがに、 先程まで話し合っていたであろう片割れが怒りを隠そうともしない姿を見て、 ゼミ室に突撃取材を行おうという発想は出てこなかった。

 

「……ん? あれ?」

 

 メディア論のゼミ室の前に来るまで、 考えていた桜子だったが、 あることに気が付いて、 更に頭を悩ませた。

 

 ―――そういえば、 先ほど出ていった女性は誰だったのだろうか。

 

 あまり、 隣のゼミに興味がなかったのもあるが、 彼女の名前に心当たりがない。 どのような人物なのか、 そもそも何学部なのか、 全く分からなかった。

 

 ―――いや、 まあ、 三塚大学は大きいし、 こういうこともあるか。

 

 そう思考を打ち切って、 桜子はゼミ室の扉を叩いた。

 ……打ち切ったはずの疑問が、 いやに脳内にこびりつくのを振り払うかのように少し強めに。

 

 

 

 †

 

 

 

 深夜の襲撃から半日ほど経った。

 あの後やってきた救急車に被害者の男性は連れていかれ、 治療を受けた。 医者の話を聞く限り、 いくつか骨が折れており、 数か月の入院は確定だという。 かなりのダメージだったらしく、 連絡が遅ければ、 死もありえたという。

 しかし、 半日経っても目覚めておらず、 静かな寝息を立てていた。

 同じように襲撃者から一撃を貰った間宮だったが、 そちらは大きな青痣ができた程度で、 骨に異常は見られなかった。 痣を覆い隠すほどの湿布を張った程度の治療を受けて、 間宮は被害者が住んでいるというマンションの前まで来ていた。

 なお、 同行者は同僚の刑事ではなく、 大学生二人。 他の刑事は他所で起きた猟奇殺人に掛かりきりとなっており、 謎の襲撃事件には余分な人員は割けないらしく、 担当者は間宮一人という有様であった。

 

「ここだな」

 

 唯一の担当刑事である間宮 智樹はそう言うと、 鍵を開けてマンションの一室へと入る。 円達も続くように中へと入っていく。

 扉を開けた先はいささか整理されていない、 生活感あふれる一室だった。

 ゴミ屋敷というレベルではなく、 足の踏み場はある状態だが、 それでも捨てられていないゴミや脱ぎっぱなしの服などが廊下に無造作に置かれている。 片隅に積もった埃は、 掃除がきちんとされていないことを示していた。

 間宮から渡された使い捨てのビニールシューズカバーをつける。 刑事ドラマなどでよく見るものだと、 どうでもいいことが頭に浮かぶ。

 彩香が意味もなく山積みにされている本の上に積もっている埃に息を吹きかけるのを横目に見ながら、 円は部屋の奥へと歩いていく。

 1DK。その奥の部屋は、 他の場所よりも整理されていた。 あくまで、 他の場所と比べてであって、 きちんと整理整頓されているわけではなかったのだが。

 無造作に脱ぎ捨てられた上着。 乱れた掛布団のベッド。 部屋に似つかわしくない大きさの机には様々な本やファイルが並んでいた。

 そんな中で、 彼女が気になったのは机の中心に置かれていた一冊の本とその隣に置かれたレポート用紙だった。

 それは黒く古い本だった。 外国の古書だろうか。 表紙には『Azathoth and Other Horrors』と書かれたその本は何度も読まれた跡がある。

 気になった円はそれに手を伸ばして適当にめくってみる。 しかし、 中身は題字と同じく英語で書かれていた。 辞書を片手にじっくり読むのならばともかく、 流し読みで翻訳できるほど、 円の英語力は高くない。

 古い印刷のためか、 一部かすれて解読が困難な文章を見て、 コリをほぐすように眉間を揉んだ円は、 素直に自身よりも英語の成績がいい人物に頼ることにする。

 

「彩香、 これ読める?」

「ちょい待って……今少し時間と予算をいただければ……」

「弁解は罪悪と知りたまえ。 というより、 予算は一体どこから出てきたのさ」

「これって元ネタは何なんだろうね。 正直、 良く知らないんだよねえ」

 

 そう言いながら、 先程の円のようにペラペラとページをめくっていく彩香。 一通り見終わったところで、 先程の円と同じように眉間を揉む。

 

「見なかったことにしたい……」

 

 その本に書かれていたことはただの空想と片づけたくなるような内容であった。 著者はエドワード・ダービイ・ピックマン。 はっきりと言ってしまえば、 彩香はこの名を知らない。

 魔王アザトースとの夢の中での遭遇を描いた詩の他に、 『ネメシスの目覚め』『地獄の家』『死せり、去りにしにはあらず』『メドゥーサの接吻』などの恐ろし気な詩が書き連ねられていた。

 ただの戯言と断じるには、 あまりにも表現がリアルで、 彩香が遭遇した怪事件達が、 書かれていることが“真実”の可能性を伝えてくる。

 簡単に分かったことを伝えて、 彩香は本を閉じる。 これ以上の解読はここですることは避けたい。 というよりも、 解読や研究自体を避けたい。

 平凡な日常というものには冒涜的な知識など必要ないのだから。

 

 

 

 一方、 彩香に古い詩の解読を任せていた円は、 隣に置かれていたレポート用紙の束に目を通す。

 手書きで書かれたそれは、 少しばかり癖のある文字だったが、 読めないほどではなく、 すらすらと読み解いていく。

 そして、 その内容は奇妙なものだった。

 前半部分は隣に置いていた詩集を解読したものなのだろう。 簡単な訳が書かれており、 ところどころ注釈も書かれていた。

 これは後で、 彩香が翻訳してくれた内容と合わせてみよう。 と結論付けて、 ななめ読みをし、 後半部分へと読み進めていく。

 後半部分についてはどちらかというと日記に近いものだった。 彼が体験したこと、 それに関する考察などが日付ごとに分けられていた。

 

『〇月〇日

 再び、 奇妙な夢を見た。 宇宙の中心にいると思しき化け物の姿。 それを称えるような声。

 ……まさかとは思うが、 またあの時と同じような事件が起きるとでもいうのだろうか? やりたくはないが、 もう一度資料を調べるとしよう。

 

 〇月×日

 あの事件以降、 あの神格と自分との距離が少しばかり近づいたのは分かる。

 しかし、 あの声は一体何なんだろうか。 まさか、 狂信者がいるとでも?

 ありえない。 しかし、 このままでは、 あの神が目覚めかねない。

 無知全能の神。 白痴の魔王と呼ばれたあの存在が

 

 〇月△日

 ……間違いない。 誰かが先導している。

 あの神を称える声は日ごとに増え、 大きくなっている。 何かきっかけがあれば、 多くの犠牲者が出ることだろう。

 いや、 それだけならばまだマシだ。 もしもあの神が、 アザトースが目覚めることがあれば……』

 

 ここから先は酷く文字が乱れており、 読みにくい。 読めないことはないだろうが、 時間がかかることだろう。

 やむなく、 適当にペラペラと読み進めていくが、 内容はいまいち理解できない。

 しかし、 最後のページだけは乱れた文字だったが、 なんとか読めた。 そのページには日付は書かれてはおらず、 一言だけ、 こう書かれていた。

 

『歌町 奏が怪しい』

 

 やけに印象に残る文章。 そこに、 さらに彩香から詩集の内容が大まかにだが伝えられる。

 うへー。 と言いながら古書を閉じる彩香。 一方の円は、 奇妙な引っ掛かりを感じていた。

 詩集に書かれていた魔王アザトース。 レポート用紙に記されていたものと同じ名であるそれに円は聞き覚えがあったのだ。

 

 アザトース、 Azathoth、 アザトゥース、 アザース……

 

 「……Others(アザーズ)?」

 


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