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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
8.Song of The Outer Gods
49/53

1:Others

 一か月近く放置してしまいましたが、 生きてます。

 新章突入になります。


お伽話はドラゴンの存在を教えるものではない。そんな事、子供たちは知っている。ドラゴンを殺すことが出来るとお伽話は教えるのだ。

Fairy tales do not tell children that dragons exist. Children already know that dragons exist. Fairy tales tell children that dragons can be killed.

     G・K・チェスタトン

     G.K. Chesterton


 音が聞こえる。 下劣な太鼓のくぐもった狂おしき連打の音が。

 音楽が聞こえる。 破滅を呼ぶような呪われたフルートの音色が。

 歌が聞こえる。 宇宙の中心で惰眠をむさぼる主を讃え、 なだめる、 冒涜的な歌詞の歌が。

 聞こえる。 聞こえる。 白痴の魔王の真の名を呼ぶ声が。

 

 ―――Azathoth!Azathoth!

 

 その声を聞いて、 煩わしそうに身悶えする存在がいる。 沸き立つ触手、 唾棄すべき言葉をまき散らす、 混沌という言葉を表すかのような肉の塊。

 万物の王にして盲目、 白痴の魔皇。 その名こそ―――!

 

 

 

 そこで、 彼は夢から目覚めた。 自分のいる場所が最近引っ越した自分の部屋であることに気付くのに十分以上かかった。

 疲れの抜けない体を無理やりに起こす。 まだ夏は先だというのに、 大量の汗が染みついた寝巻が体に張り付いて気持ち悪い。

 昨日、 無理をして呼んだ本の影響だろうか。 そう考えつつも、 寝巻を脱いで、 シャワーを浴びれば、 汗と共に悪夢の残滓が流れ落ちていくような感覚がした。

 さっぱりしたところで、 シャワーを止める。 取り出したバスタオルで体を拭いていくと、 思考も鮮明になっていく。

 服を着るべく浴室を出れば、 机の上に置かれた本に目が留まる。 昨晩、 読んだ古い詩集だ。 初版は百年近く前になるものだ。

 黒い表紙をなでる。 あの悪夢はこの詩集が原因か。 それとも……

 そこまで考えていた男は、 そろそろ出勤の準備をしなければならない時間帯に近づいていることに気付く。

 急ごう。 まだ余裕があるとはいえ、 これ以上遅くなるのは避けたい。

 そう考えた男は着替えるべく、 クローゼットの扉を開けた。

 

 

 

 †

 

 

 

「Others! Others! Others!」

 

 奥畑(おくはた) 実里(みのり)が熱唱する。 友人達は備え付けの楽器をリズムよく振ることでさらに盛り上げる。

 三塚大学から少し離れたところにあるカラオケ店。 三塚大学の学生が贔屓にしているカラオケ店の一つだ。

 四月も半ばを過ぎたころのことである。 たまたま用事の空いたメンバーで、 歌いに行こう。 と実里が提案したのが一時間ほど前の事。

 三回生となり、 『就職活動』という言葉が見え隠れするようになったころ。 すでに将来を見据えたものは活動を開始しているころだが、 彼女達は特に対策をとることもなく、 日々を過ごしていた。

 友人の一人である桐島(きりしま) (まどか)もその一人だ。 とは言っても、 彼女自身はいずれ研究者として働いていきたいと考えているので、 民間企業に勤める気はあまりやる気がないというのが正しいのだが。

 

「っ! ふい〜!」

 

 歌い終えた実里が一息つくと同時にふらつく。 達成感に満たされたその顔には大粒の汗が流れていた。 全力を出したとはいえ、 一曲歌い上げただけとは思えないほど疲弊している。

 ふらついた体を踏ん張らせて、 ソファに座る実里。 そのまま注文したオレンジジュースを一気に飲み干す。 飲み終えたグラスから口を離せば、 そこにはだらしない顔をした彼女がいた。

 

「……大丈夫? 一曲歌ったにしてはなんというか……」

「疲れてないか、 でしょ?」

 

 円の心配を実里は大丈夫だと言わんばかりに遮る。

 確かに一曲歌っただけだとは思えないほど疲弊しているようだが、 特に病気などは感じられない顔色だ。 健康な人間が激しい運動を終えたばかりの様子と言っていいのかもしれない。 『一曲歌っただけ』ということを除けばよくある光景であると言えるだろう。

 

「さっきの曲を全力で歌うといつもこうなるんだよね〜。 SNSでも同じようになるって話だし、 この曲は『こういうもの』なんだよ」

「それは不思議に思わないの? 個人としてはすごく気になるんだけど」

「でもすごくいい歌でしょ? 歌詞と曲に力があるというか、 不思議な魅力があるというか……」

 

 友人の言葉に「確かにそうだけど」と納得する円。

 歌に関しては素人同然の彼女だが、 それでも素人が歌う歌とは感じられないほどの迫力がこの歌にはあった。

 ふむ、 と円が先ほどの曲について考えていると、 携帯からメッセージアプリの着信音が鳴る。 URL付きのメッセージだ。 URLは有名な動画配信サイトを示している。

 送り主の名前は隣にいる友人だ。 円の視線に気づいたのか、 得意げな顔をしている。

 

「さっきの歌。 『Others』って曲なんだけど、 それの動画URL送ったから、 一度見てみてよ」

 

 目を輝かせる彼女からは悪意というものは感じられない。 そういえば『PLANET』のリードボーカルと知り合いになったのは実里という縁があったからだということを思い出した。

 

「『PLANET』の方は気にしてないの?」

「最近、 忙しいらしくてね。 ほら、 デビューライブがああなったでしょ? 逆にそれが話題を呼んだのか、 日本全国でライブ中」

 

 結構人が入っているみたいだよ。 円からの意地の悪い質問に実里はそう答える。

 そんな話をしているうちに、 他の友人達は一通り歌い終わったらしい。 差し出されたマイクを受け取った円は自分が先に登録していた曲を歌いだす。

 先程、 話題に上がっていた『PLANET』のデビュー曲だ。

 

 

 

 夜。 結局、 フリータイムの時間いっぱいまで歌い切った彼女達は、 カラオケ終了後にどこか行くことなく解散となった。

 夕食も風呂も終えた円は、 湯冷めしないうちに寝巻に着替えると、 自身のタブレット端末を起動する。

 携帯と同じアカウントでメッセージアプリを起動して、 友人からのメッセージに記載されていたURLをタップする。

 予想通り、 有名な動画サイトが表示される。 歌町(うたまち) (かなで)というアーティストのミュージックビデオのようだ。 『Others』というタイトルの動画を再生すると、 実里が歌っていた曲が再生された。

 当然のことながら、 歌手は友人よりもはるかに上手だった。 艶やかな黒髪、 黒真珠のような瞳。 そして、 陶器のような病的なまでに白い肌。 細い体躯からは想像もできないような力強い歌声。 CGか何かで加工しているのだろうか。 と思えるほど、 その美しさには人間味がなかった。

 それでも、 力強く、 迫力のある歌はおおよそ四分間とは思えないほどの密度があった。 曲を聞き終えた円は自身が軽くだが、 疲れていることに気付いた。

 一曲聞いたにしてはありえない疲労。 日中での友人の様子と近い症状に自身が陥っていることを感じた円は、 この曲に何かあるのだろうかと考えて、 考えて、 考えて、 大きくあくびをした。

 気が付けば時刻は十一時を回ろうかというところ。 謎の疲労感に襲われていたこともあり、 彼女はもう一度あくびをすると、 何も考えずに布団の中に潜っていった。

 

 

 

 †

 

 

 

 間宮(まみや) 智樹(ともき)はその日の仕事を全て片付けて、 帰路に就いていた。

 数日前の事件が無事に解決し、 その書類を何とか終わらせてからの帰り道だった。

 

「あ」


 (いずみ) 彩香(あやか)と会ったのはその帰り道のさなかだった。 ぱっと見たところ小学生の彼女を見かけたときは、 勤務時間が終わっているのについ、 補導しそうになったのは内緒である。

 

「最近はどうなんだ?」

「色々と忙しいですよ。 まだ四月だっていうのに」

 

 だから、 こんな時間まで図書館にいたんですよ。 そう溜息をつきながら、 答える彩香。 その様子を見て、嘘はなさそうだ。 と間宮は判断した。 別に厄介な問題に巻き込まれているわけでもなさそうだ。

 

「―――――!」

「うん? なにか言った?」

「いや、 何も言ってませんけど」

 

 突然遠くから聞こえてきた声に足が止まる。 自分達の歩いていく先から聞こえてくる声は大声で何かを喚いていた。

 声の主は誰なのだろうか。 そう考えた間宮は声の方へと歩みを進める。

 

「トゥトゥツァ! ソォトズァ! ホトォザァ!」

 

 近づいたことで聞こえてくるのは意味が分からない言葉の羅列。 しかし、 声からは狂気や錯乱というより必死さが感じられる。

 更に近づいてみれば一人の男が闇の中へ向かって叫んでいた。 どこにでもあるようなスーツを着ている男が叫ぶ先はあるはずの明かりがなく、 漆黒としか言いようのない光景がそこにあった。

 

「ソォトズァ! トゥトォヅァ! ホトォザァ!」

 

 男の声に圧された、 と言っていいのか、 “闇”は少しずつ退いていく。 少しずつ光に照らされていく部分が広がっていく光景は常識を頼りにするものからすれば違和感を抱くことだろう。

 

「トゥトゥツァ! ソォトズァ! ホトォザァ!」

「! 待ってくれ!」

 

 その“闇”を追うように男は叫びながら駆け出す。 間宮が制止の声をかけるが、 それよりも早く男は“闇”の中に消えていく。

 一歩遅れた彩香が追いついた時には、 男の姿は“闇”に消えていた。

 

「誰かいたんですか?」

「ああ、 男が一人。 先程、 向こうへと消えて……!」

 

 間宮の言葉が途中で遮られる。

 遮ったのは音だ。 何かを殴る音。 それも拳や柔らかい物ではない。

 鈍器を力一杯で殴りつけた音。 それと同時に聞こえてきた小さな悲鳴。 先程の男のものだ。

 慌てて音のした方、 男が消えた“闇”の方へと視線を向ける。 そうしている間にも殴打音と悲鳴が響く。 殴打音は変わらないが、 悲鳴の方は少しずつ小さくなっていく。

 

「! 警察と救急を頼む!」

「分かりました!」

 

 男の身に何が起きているのか。 一拍遅れながらも理解した間宮は“闇”の中へと駆け出す。

 “闇”の中は文字通り、 何も見えない。 未だに聞こえる殴打音を頼りに男がいるであろう方へと近づいていく。

 

「! 大丈夫か!」

 

 男はあっさりと見つかった。 何も見えないはずの闇の中で、 男の姿はやけに鮮明に見えた。 間宮が声をかけても、 うずくまり、 急所を庇おうとする体勢のまま動かない。

 しかし、 時折聞こえる呻き声が、 まだ最悪な状態になっていないことを示していた。

 

「しっかりしろ! 今、 助けを……!」

 

 気絶している男をファイヤーマンズキャリーで抱えあがる。 男の意識はない様子だが、 抱え上げた際に殴られたところが痛むのか、 小さい呻き声が口から洩れる。

 知り合いの消防士にこの担ぎ方を教えてもらって良かった。 と安堵するのもつかの間。 間宮の脇腹を鈍器のような一撃が襲い掛かる。

 闇からの奇襲に反応することができずに、 もろに受けてしまった間宮だったが、 倒れることはなく、 とっさに足を踏ん張らせて耐える。

 

 ―――まずい。

 

 どこから攻撃が来たのか分からない。 どこから攻撃が来るのか分からない。

 攻撃がどこから来るのか分からない以上、 防御も回避も困難なのは言うまでもない。

 ひとまず、 なんでもいいからこの“闇”から抜け出すのが先だと考えた間宮は、 走り出し―――

 

 

 

 一歩目を踏み出した瞬間、 “闇”は一瞬で晴れていった。

 

「……え?」

「大丈夫ですか!?」

 

 あっけない展開に当惑する間宮。 光が存在しない“闇”はなく、 街灯の明かりが薄暗いながらも間宮たちを照らしていた。

 心配そうに話しかけてくる彩香に応えることはなく、 間宮は遠くから聞こえてくるパトカーと救急車のサイレンがこちらへと近づいてくるのをただ茫然と耳にしていた。

 

 7/16 誤字訂正

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