7:決戦
なかなか更新できませんでしたが、 ようやく最終決戦。
遅くなってしまい、 申し訳ありません。
「では始めよう」
烏丸がそう言うと同時に仰々しく指を鳴らす。 それを合図に、 人形のように動かなかった『PLANET』のメンバーが演奏を始める。本来の彼女達の演奏を知る者からすれば本当に彼女達の演奏なのか信じられないほど機械的だ。 そして、 その曲の中身は最初に流れてきたあの曲と一緒だった。
「アリア!」
以前、 ボディーガードをした相手の名を呼ぶ円。 しかし、 当のリードボーカルはかけられた声を無視して、 その美声を響かせる。
―――いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! はすたあ!
それは一体何の言語なのか彼女達には分からない。 しかし、 根拠はないが、 その演奏は非常に危険なものである。 アリアの歌声を聞いた瞬間、 四人はそう理解した。
「っ! 止めないと!」
「!? 穂村君、 待って!」
危機感に押されるように飛び出す穂村を円がとっさに引き留める。 彼女の声に従うように、 穂村は反射的にその足を止めた。
そして、 それが彼の命を救うことになる。
足を止めた穂村の一歩前。 円が声をかけなければ間違いなく体がそこにあったであろう場所に、 一本の刀が突き刺さったのだ。
もしも、 彼女が止めていなければ。 もしも、 声を聞いて足を止めなければ。
自身が辿ったであろう末路の一つを想像してしまい、 「ヒッ」と小さい悲鳴が上がる。
しかし、 刀を投げた当の本人はそれを意にも介さず、 そこに降り立った。
「ずいぶんなご登場ですね。 先生」
烏丸がそう声をかける。 降り立った本人は特に気にする様子でもなく、 突き刺さった刀を引き抜く。
「そう言うな。 老体は色々と衰えているものなんだ」
そこにいたのは一人の老紳士だった。
古めかしい軍服を着こなしている老人は、 その言葉とは裏腹に引き抜いた刀を構えるその様は、 歴戦の古強者と言われても相違ない。
突然現れた謎の老人。 他の三人は彼を見るのは初めてだったが、 円だけは出会ったことがあった。
極寒の吹雪が吹き荒れたあのリゾート地で。 そう、 彼の名は……
「キリシマメグル……!」
「久しぶりだね。 三か月ぶり……といったところかな」
老人の名を呼んだ円のことを見て、 まるで久々に出会った友人のように気さくに話しかけてくる。
「なんでここに……? そして、 その服装は一体……」
「……分からないならそれでいいさ。 敵同士。 これだけ分かれば十分だろう?」
何故、 この場にいるのか。 何故、 第二次世界大戦期の軍服を着ているのか。 後者はともかく、 前者については彼の秘書であるアナスタシアが今回の騒動に関わっていることは間違いない。
ならば、 彼女の主である彼も今回の騒動に関わっているはずであった。 しかし、 目の前の存在は円の疑問を一蹴する。 敵に教えることは何一つないと。
「秘書さんは?」
「言うと思うかね?」
アナスタシアのことを尋ねても、 一言で片づけられる。 仕方ないか。 と疑問を片づけることはひとまず後にして、 拳を握り、 構える。
円の戦闘態勢を見たキリシマも静かに笑みを浮かべる。 老いた身ながら、 鍛え上げられたその体から放たれる気迫は、 死線を超えてきた者のそれだ。
「他の人は任せた」
「任された!」
彩香の返事を聞いて、 目の前の敵へと一歩踏み出す。 勢いに乗せた右の蹴りを頭めがけて撃ち出す。 狙いの甘い蹴りをキリシマは体を左にそらすことであっさりと回避した。
しかし、 キリシマが回避した隙をついて、 彩香達がステージへと走っていく。 それを一瞥した後、 キリシマは円の方へと向き直る。
「当てるつもりはなかったな?」
「言うと思います?」
確信したような問い。 当てつけのように言い返せば、 それもそうか、 とでも言うように肩をすくめられる。
「では次はこちらから」
一閃。
言い終えたと同時に放たれた袈裟斬りの一閃。 後ろに跳んで回避する。
躊躇いのない一撃だった。 先程の一撃によって死んでもかまわないという一撃。 この一年で巻き込まれた冒涜的な事件の経験がなければ?まれていたのかもしれない。
切り返すように放たれる左への斬り上げ。
体を沈めて、 ダッキングの要領で回避すると同時に、 一歩踏み込む。
しかし、 下げた顔を狙うように膝蹴りが放たれる。
腕を交差させて、 その一撃を受け止めると同時に、 勢いを利用して後ろへと飛び退く。
飛び退く前の体があった所を、 唐竹割の一閃を通り抜けていく。
「……そうすると思っていたよ」
思わず円の口から言葉が漏れる。 それは自身の考えが当たったことへの喜びか、 ただの挑発か、 それとも相手に?まれないための強がりか。
膝蹴りを受けた腕はその衝撃を痺れという形で円に伝えてくる。 動くこと自体には大した支障にならないが、 もしも防御せずに受けた場合の威力を想像するだけで、 冷汗が流れ落ちる。
「そうかい」
彼女の内心を知ってか知らずか、 キリシマは静かに微笑む。
そうして、 キリシマはふたたび構える。 その道の達人が見ても認めるようなほれぼれとした構えだ。
同じように円も構えをとる。 少しばかり崩した構えは、 しかし見るものが見れば実戦によって最適化されたものだと分かるだろう。
どちらも迂闊に踏み込めない構え。 じりっ、 とすり足でわずかに近寄ったり離れたり、 両者とも相手に踏み込むタイミングを計りかねている。
―――さて、 どうするか。
皮肉なことに敵対している両者の考えは一致していた。
すなわち、 如何に相手を素早く倒して、 味方の救援に行くか、 である。
当然のことながら、 自身が倒れては意味がない。 キリシマの後方では、 すでに互いの同志が衝突している。
味方の救援に一刻も早く駆け付けたいのだが、 それを目の前の相手が許してくれるわけがないのだ。
互いに切り込むタイミングを計りかねていたところに、 突如風が吹き込んできた。
しかもただの風ではない。 嵐を思わせるような突風だ。 キリシマの後方、 彩香達が向かった方向から吹いてくる暴風に、 円は吹き飛ばされないように力を入れる。
しかし、 風はさらに勢いを増していく。 正面を見ることすらかなわない。 いや、 まともに立っていることすら難しくなっていく。
吹き飛ばされないように体を低くする円だったが、 その行動を行うのは少し遅かった。
「あ」
長身で筋肉質の円の体が風にあおられて浮き上がる。 体勢を整えようと必死になってもがくが、 すべては無駄なことだった。
「―――――」
なぜか吹き飛ばされず、 宙に浮いたままのキリシマが何か言っていた。しかし、 その内容を聞き返す暇もなく、 円は体験したことのない風に吹き飛ばされ、 やがて意識を失った。
†
―――いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! はすたあ!
一曲目が終わった。 『PLANET』のギター演奏が終わると同時に威圧感が彩香達の体を襲う。 いや、 これはただの威圧感というものではない。
“恐怖” 生存本能から放たれる危険信号が重圧という形でのしかかる。 これ以上演奏を続けさせてはいけないと魂が叫ぶ。
「こんのぉ……!」
しかし、 止める方法が見つからない。 ステージに上ろうにも段差が高く、 階段も見当たらない。 物を投げて妨害する? 何を? どうやって?
そこまで考えて、 “黄の印”のことを思い出す。 それなりの大きさと硬さを持つ物体ならば、 相手の気をひかせる、 もしくは演奏を中断させることができるかもしれない。
そう考え、 カバンから“黄の印”を取り出す。スマートフォンほどの大きさの黒い板は投擲武器として使えそうな気がする。 無論、 これだけで相手を殺傷させるほどの威力はないだろう。 むしろ、 そちらの方が今回の場合は都合がいい。
「いっけえ!」
いささか抜けた気合の声とともに、 投げられた“黄の印”は見当違いの方向へと飛んでいき、 硬いもの同士がぶつかった音を立てた。
その様子を見ていた烏丸は彼女を指差して嘲笑う。
「フハハハハ! なんだね? その下手糞な投擲は!? そんなもので、 我が神へ捧げる演奏が途切れるとでも」
ギィン。
「……へ?」
言葉が途切れる。 演奏が止まる。
いったい何があったのかと烏丸が演奏者の方へと視線を向ければ、 そこにはギターを弾き飛ばされて、 呆然としているリードギターがいた。
「こう見えて、 中学時代は軟式野球のエースでね」
そう言いながら、 小さくガッツポーズをとるのは、 桜子だ。 彩香がやっていたことを彼女が真似したに過ぎない。 結果は御覧のありさまだが。
「かっ、 きっ、 き貴様……」
烏丸が怨嗟の声と視線を桜子に向けるが、 当のエースは「バッターアウッ」と挑発的だ。 審判の動きを真似るなど、 確信犯だ。
ギターを弾き飛ばされた『PLANET』。 彼らの演奏は完全に止まっていた。 弾き飛ばされたギターを取りに行くこともなく、 呆然と佇んでいた。
そうして、 十秒は経っただろうか。 ふいに空気が重くなった。 一曲目が終わった時とは比べ物にならないほどの恐怖が重圧となってのしかかる。
重圧を放つのは玉座に座る黄衣の王。 重圧を放つのは『PLANET』の演奏を邪魔したからか。 しかし、 なぜか彩香達が感じている恐怖は妙な違和感があった。
例えるなら、 隣で誰かが怒鳴られているのを聞いているような感覚。 驚き、 反射的に身をすくませるようなもの。 自身に対する実害はないものの、 あまり気分のいいものではない。
ではこの場合、 怒鳴られているのは?
「あ……あ……」
烏丸は恐怖で縛られていた。 彼の視線の先にいるのは彼が信奉する黄衣の王。 今、 神は演奏が台無しになったことに心底腹を立てている。 その怒りの対象は、 主催者である烏丸だ。
「ち、 違うのです。 王よ。 私は貴方の忠実なる……」
烏丸が弁明するが、 重圧は少しずつ強くなっていく。 さらに、 風が黄衣の王から強く吹き始めた。 まるで嵐のような風だ。
『PLANET』のメンバーはその風に抵抗することなく、 流されるように吹き飛ばされていく。
「え? あ、 ちょ!?」
「泉先輩!?」
三人の中で一番小柄な彩香の体が浮き上がる。 穂村がとっさにその手をつかむが、 体勢を崩したことで、 彼の体も浮き上がってしまう。
唯一残った桜子も荒れ狂う暴風を前にこらえることしかできない。 そうしているうちに烏丸の体も浮き上がる。 しかしそれは、 暴風のせいであるように見えず、 まるで何者かの手によって摘み上げられたかのような姿であった。
事実、 烏丸の衣服自体は風にあおられているものの、 烏丸自身の体はびくともしていない。
「―――――――――――――――――――」
烏丸が大声で喚いているが、 さらに強く吹き荒れる風に遮られて、 聞くことができない。 おそらく、 命乞いか何かだろうと桜子は自身の体が浮き上がるのを感じながら、 そんなことを考えていた。
暴風で吹き飛ばされ、 意識を失う直前、 桜子が見たのは謎の力でいとも簡単に手足を引きちぎられ、 最後に碌な抵抗も出来ずに首をちぎられる烏丸の姿だった。
次回エピローグになります。




