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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
7.忘却の“桜”
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5:オフィスと金融機関


「うー、 あー」

「のーき、 まにあわなー……」

「急に仕様変更するなや……」


 オフィス階と思しきエリアでは、 多くのゾンビたちがぶつくさと文句を言いながらパソコンに向かって仕事をしていた。

 そう、 ゾンビである。 腐った肉体を持ちながらも蘇った屍達。 彼らはみな死んだような表情でパソコンに向かい、 仕事をしていた。

 円達が足を踏み入れても、 彼らの大半は気づくことなくパソコンに向かい、 キーボードを叩いていた。

 何体かのゾンビは侵入者の存在に気付いて、 こちらの方に頭を向けたが、 その濁った瞳に彼女達は映っていなかった。 結局、 すぐに興味なさそうに仕事に戻った。

 

「こ、 これがブラック企業……! 死は労働を辞める理由にならない……!」

「シャレにならねえぞおい」

「資本主義の行き着く先か……死者になら給料も払わなくてよさそうだしね」

「先輩までボケないでください。 というより、 この状況に違和感を抱いてください」

 

 現代日本社会の闇に慄く大学生。 なんか違う気もするが、 大体合っているし、 今回はそのことについて詳しく議論する余裕はないので下らない会話はそこまでにしておく。

 ゾンビが存在しているという事実に対してはあまり反応しないあたり、 冒涜的なものに慣れすぎたのか、 それとも現代日本の闇に合いすぎてスルーしてしまったのかは分からない。

 

「それで、 このエリアに“黄の印”はあるのかね」

 

 美術館から調子を取り戻した桜子がそう言いながら周囲を見渡す。 無機質な空間には、 カタカタとキーボードを叩く音と死してもなお働かされる者達が発する怨嗟の声しか聞こえてこない。

 他の三人も各々周囲を見て回るが、 気になるのは上司の者と思しき席の奥にある金庫だけだった。 ダイヤル式の金庫は厳重に閉じられている。

 ちなみに、 上司の席は空席だった。

 

「こういうのは、 引き出しの中とかに入っているもんだろ」

 

 そう言いながら、 桜子は机の上を物色していく。 まずは上からということらしい。

 円と彩香はスチールラックに収納されているファイルの背表紙を確認している。 しかし背表紙に書かれている文字は全て見たことのない文字になっており、 解読は不可能だった。 見たことのない言語、 ではない。 見たことのない文字だった。

 

「……アラビア語?」

 

 冗談めかして彩香が呟くが、 それでさえも違うと同時に理解していた。 どちらかと言えば古代の象形文字などが近いのかもしれない。 どちらにしても見たことのない文字であったが。

 

「少なくとも、 私達が知っている文字ではないね。 知っている人は他にいるかもしれないけれども、 普通のオフィスで使われている文字ではないだろうね」

 

 何があるか分からないし、 手を付けない方がいいと思うよ。

 読めないファイルの背表紙を確認しながら、 円がそう付け加える。

 

「仮に読もうと思っても、 中身も同じってオチだろうしねえ。 仮に読めたとしても絶対頭に焼き付けるとかそういう感じのものだろうしねえ」

 

 彩香がそう返事をすると、 近くの労働奴隷の机に置かれている書類に目を通す。 ファイルの背表紙と同じ文字が書かれており、 頭に浸み込んでくるようなことはなさそうだが、 読めないことに変わりなかった。

 その中で穂村だけが、 パソコンの画面を見つめていた。 ……いや、 釘付けになっていた。 キーを叩くゾンビはいささかうっとうしそうにしてはいるが、 穂村を払いのけるようなことはしなかった。

 パソコンの画面に映っていたのはファイルの背表紙や机上の書類と同じ文字だった。 当然のことながら、 彼はこの文字が何なのか、文字一つ一つの意味が一体何なのか、 知らないはずだった。

 しかし、 彼は画面の文字列を認識した瞬間、 どのような意味を持つのか、 どのような力を持つのか、 完全に理解してしまった。

 それは、 宇宙の真実に至る一端。 それは、 冒涜的な力の源への手引き。 それは、 大いなる存在の解説。 その正体は―――

 

「ふんっ!」

「痛い!?」

 

 右足の脛に軽い痛み。 突然の衝撃に悲鳴を上げながら、 何事かと右へと視線を向ければ、 そこにいたのは小柄な先輩、 彩香だった。 やけに心配そうな眼をしている。

 

「なんかヤバそうな眼をしていたから蹴っちゃったけど、 大丈夫?」

「あ、 はい。 何とか。 ありがとうございます」

 

 あのままだと、 ?まれていたかもしれないので。

 内心で理由を付け加えながら、 穂村は彩香に礼を言う。 当然、 心の中の事は相手に伝わるはずがないので、 礼を言われた彩香は「お、 おう……」と何か誤解したような返事をする。

 

(え? 穂村君ってそういう趣味? 円にそういう趣味はなかったと思うけど……)

 

 訂正。 盛大に勘違いをしていた。

 頑張れ、 穂村 暁大。 君の恋路は相変わらず前途多難だ。

 

「お〜い、 あったぞ〜」

 

 微妙な間を打ち切ったのは桜子の声だ。 上司の机を探っていた彼女が掲げる右手には黒い長方形の板が握られている。 “黄の印”だ。

 

「これで三つ目か」

 

 桜子がそう言いながら、 手にした“黄の印”を揺らす。 桜子の手の動きに合わせて揺れる“黄の印”。

 残りの探索個所は三つ。 ようやく半分といったところか。

 

「どうする? 少し休む?」

 

 円が提案する。 ちょうど半分ということもあるし、 一度休憩をとるのも間違ってはいないだろう。

 三人が賛同したこともあり、 一同はエレベーターに乗り込む。 行先はレストランだ。 ついでに軽食を取るつもりだった。

 穂村は最後にエレベーターの中から、 生きた屍達が働く現場を見る。

 彼らは最後まで四人に興味を示さずに、 一心不乱にパソコンに何かを打ち込んでいた。

 他の三人には特に意味のある行動には思えなかっただろう。 仮に、 何かあると思ったとしても、 この人数をどうにかしようとは考えなかったに違いない。

 それについては画面を見た穂村も同意見だった。 彼らが入力しているものは今の事態に関係はないと断言できた。

 

 なぜならあれは―――

 

 

 

 †

 

 

 

「……あれ?」

 

 エレベーターの扉が開く。 その先にあったのはレストランではなく、 破壊されたATMとそこから零れ落ちた金貨を必死になって拾い集めている人々だった。

 

「もしかして、 押したボタン間違えたんじゃないか?」

「……みたいだね」

 

 ここでボタンを押した円を庇うとすると、 文字化けした掲示板は非常に読みづらいものだった。 レストランとATMが置かれている階層は近いということもあって、 うっかり押し間違えてしまったらしい。

 

「次は間違えないから……どうしたの?」

 

 慎重に確認した後、 今度は間違えていないようにレストランがある階層のボタンを押す。 そうしたら、 桜子が近くに転がり込んできた一枚の金貨を拾い上げていた。

 

「……なんじゃこりゃ、 外国の硬貨か? ……いや、 違うな」

 

 拾い上げた金貨にはいくらの価値があるのか示す数字の表記はなく、 代わりに“黄の印”が刻まれていた。 このような冒涜的な印を使う国など聞いたことがない。

 よく見れば転がっている金貨は全て同じものらしい。 金の含有量といった価値はどれほどのものかまでかは分からないが通貨として使えるものではないのは確かだった。

 これも“黄の印”ってことにならねえかな。 と考えながら拾い上げた金貨をポケットに収める。

 「おい」とネコババしたことを咎めるように彩香が声をかけるが、 桜子は平然と無視をした。

 

「……そレはおれノものダぁァ……」

 

 どうやらそれがよくなかったらしい。 桜子が金貨を一枚ネコババしたことに気付いた男が、 抑揚がおかしい声を上げながら、 焦点のない目で見つめながらこちらへと向かってくる。

 

「ちょ、 閉めて! 閉めて!」

 

 彩香が慌てたように円を急かす。 それもそのはず、 男の声に反応したようにフロアに這いつくばって金貨を集めていた他の人々が一斉にこちらを向いたのだ。

 誰もが焦点のあっていない目でこちらを見ると、 各々が勝手に声を上げて向かってくる。 まるでゾンビ映画のようだ。 違うところを挙げるならば、 相手の体が腐っていないことと、 この悪夢のような光景が現実であることぐらいか。

 

「ちょ」

 

 円が素早くボタンを押したことで、 エレベーターの扉が閉まっていく。 しかし、 完全に閉まりきる前に先頭の男、 最初に桜子に気付いた男がエレベーターの扉に手をかけた。

 当然のように安全装置が作動し、 閉まりかけた扉が逆に開いていく。 ゾンビのような集団はそれを機としてなだれ込むように―――

 

「申し訳ありませんが、 駆け込み乗車は大変危険なのでおやめください!」

 

 突入する前に、 桜子のハイキックを顔面に受けてもんどりうつ男に巻き込まれて、 ドミノ倒しのように倒れていく。

 彼らが起き上がる前に、 円がボタンを連打して、 再びエレベーターは閉まっていく。

 完全に扉が閉まり、 エレベーターが動き出す。 一行は同時に息をつく。

 

「あのさぁ……一つ思ったんだけれども」

「……なんだ?」

 

 エレベーターが止まり、 扉が開く。 その最中、 彩香がポツリと呟き、 桜子が反応する。

 扉が開いた先はレストランだ。 一フロア丸々使っている店はないはずだが、 扉の先ではテーブル席があり、 虚ろな目をした人々が、 食事をしていた。 ウェイターは人形だった。

 劇場の幻影の中で見た人形と瓜二つのその姿に怖気を感じながらも、 彩香は先程の呟きの続きを言った。

 

「エレベーターに駆け込み乗“車”っておかしくない?」

「知らんがな」

 

 全くである。

 

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