表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想怪異録  作者: 聖なる写真
7.忘却の“桜”
44/53

4:劇場と美術館

三週間ぶりです。

遅くなってしまい、 すいません。

これも給湯器が壊れたのが悪い。


 赤霧ターミナルビル内部にある劇場は階層が異なる以外は以前写真で見た光景と違いがないように見えた。

 エレベーターを降りた先にあるロビーの一角にはチケット売り場がある。 窓口が開いていることから普通に営業中のようだ。

 劇場へとつながる両開きの扉は全て閉まっていた。 桜子が開けようと、 ドアハンドルに手をかけるが、 開かなかった。

 

「……あれ?」

 

 鍵がかかっているのか、 押しても引いてもびくともしない。 ……いや、 まるで空間に固定されたかのようだ。 文字通り、 びくともしない。 他の扉も同様に開くどころか、 前後に揺らすことすらできなかった。

 半ばムキになりながらも、 開けようと躍起になる桜子を見て、 彩香はため息をついた。

 

「鍵がかかっているんじゃない? チケット売り場があるんだし、 そこで話を聞いてみたら?」

 

 そう言うと、 自分は一足先にチケット売り場の方へと歩いていく。 円も友人の後に続いて、 チケット売り場の方へと歩を進める。 慌てて桜子も後を追う。

 チケット売り場の窓口には普通に人がいた。 だが、 その顔は見えない。 “黄の印”が描かれた白い仕切りで窓口の向こう側が見えないためだ。 仕切りで遮られていない部分である女性の手だけがそこに人がいることを証明していた。

 

「いらっしゃいませ。 本日の公演は『    』のみとなっております」

「え? なんて?」

「『    』です」

「……まあいいや、 とりあえず大人四人」

 

 売り場から女性の声が聞こえたが、 公演名のみが聞こえない。 彩香が聞き直したが、 結果は同じだった。 やむをえず、 名前が分からない公演のチケットを購入する。

 「大人〜?」と茶化す桜子を睨みつけようとした彩香の前に四枚のチケットが差し出される。 黒一色の紙だ。 長方形のそれは“黄の印”以外は何も描かれていないし書いてもいない。 正直チケットと言われても、すぐに理解できる人はいないだろう。

 

「あ、 お代は……」

「いえ、 結構です」

 

 お金を払おうと、 自分の財布に手を伸ばす彩香に販売員はそう返した。 お代が必要ないとは意味が分からないが、 とりあえず、 彩香は三枚のチケットを受け取った。

 そのまま、 後ろにいるであろう三人に配ろうと振り返ったその時、 自分がチケット売り場にいないことに気が付いた。

 

 そこは劇場の中だった。 薄暗く、 自分の後ろにいたはずの二人の姿はなかった。 視線の先にあったのは、 先程も見た両開きの扉だ。 しっかりと閉じられている。 鍵がかかっているのかどうかは分からない。

 舞台の方へと視線を向ければ、 すでに何らかの演劇が行われていた。 『    』という公演だろうか。 いったい誰が演じているのだろうか。 そう疑問に思って、 近づいていく。

 舞台は複数のスポットライトで照らされていた。 光の下で演じていたモノを見たとき、 彩香は最初自分の見間違いだと考えた。 次に、 何らかのトリックだと考えた。

 なぜなら、 舞台で動いていたのは人形だったからだ。 いや、 マネキンだったといっていいのかもしれない。 それすらも間違いなのかもしれない。

 ローブのようなものを着てはいたが、 頭に当たる部分は卵のように白く丸い。 そこに凹凸はなく、 ローブから出ている手足も病的に白い。 よく見れば、 動いている手足の先には指が存在していない。

 

「―――どういうことなの……?」

 

 思わず、 そんな言葉が口から出てくる。

 周囲に視線を向ければ、 舞台にいる人形と同じような、 いや、 同じ人形が客席に座っていた。

 観客の人形たちはまったく動かずに、 目もないのに舞台を眺めている。 いや、 本来の人形という存在を考えれば、 不気味ではあるが間違ってはいないのだ。

 友人を、 生きている人間を求めて何度も周りを見渡すが、 どれだけ頭を振っても周りにいるのは人形だけだ。

 扉の存在に気付いて、 駆け寄って開けようとしても、 空間に固定されたように動かない。

 先程の先輩と同じように必死になって開けようとしている間に演劇はクライマックスへと近づいていく。

 

 ―――いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! はすたあ!

 

 大勢の声が重なる。 本来であれば声を出すための器官である咽喉と口を持つ存在など彼女一人しかいないはずなのに。

 

「あ……あ……」

 

 何か言おうにも、 口からは何も出てこない。 そもそも何を言おうとしたのかすら思い出せない。

 彼女が呆然としている間にも、 演劇はさらに終幕へと近づいていく。

 本来ならば動かないはずの客席の人形。 それらでさえも一気に音を立てて立ち上がる。 まるで感情を持たないはずの彼らが 興奮しているかのように。

 

 ―――いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! はすたあ!

 

 声はさらに大きくなっていく。 あまりの大声に反射的に耳をふさぐ。 しかし、 効果はなかった。

 まるで、 脳内に直接響いていくようだ。

 

 ―――いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! はすたあ!

 

 脳内に直接響く異様な歓声。 耳をふさげど聞こえてくるその声に耐え切れず彼女は―――

 

 

 

「うっさいわぁあああぁあぁああ!」

「え? え?」

「どうしたどうした」

「い、 いきなりなんですか?」

「……あれ?」

 

 脳内に響いた騒音をかき消すように大声を出した彩香だったが、 気が付いてみたら、 周りには友人たちがいた。

 さらに周囲を見てみれば、 そこは劇場の中ではなく、 チケット売り場の前だった。 どれだけ周りを見てみても、 人形は影も形もなかった。

 

「……あれ?」

「いきなり叫びだしてどうしたんだよ。 幻聴でも聞こえたか?」

 

 現状がいまいち受け入れられず、 疑問符を頭に浮かべる彩香に桜子が普段のニヤニヤ笑いを見せずに心配そうに尋ねる。

 

「いや……私チケット受け取ったよね?」

「おう、 チケット受け取った瞬間叫んだけどな」

「受け取った瞬間? 嘘でしょ?」

「いえ、 本当です。 ……何かあったんですか?」

「あー……信じてもらえないかもしれないけど……」

 

 心配そうにしている三人に彩香は先程の光景について話し出す。

 話を聞いた三人は、 にわかに信じがたいといった表情になる。 彼女らの視点からすれば、 チケットを受け取った彩香がいきなり大声で叫びだしたのだから、 仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 話し終わった後で気になったのか、 ふとチケットを持っていた方の手を見てみると、 その手に握られていたのは四枚のチケットではなく、 一枚の黒い長方形の板だった。

 何でできているのかは分からない。 木材ではないことは確かだが、 金属のようにもプラスチックであるかのようにも思える。 スマートフォンと同じ大きさ、 厚さの板にはクエスチョンマーク三つが重なったような“黄の印”が描かれていた。

 

「……これが、 “黄の印”ってことなのかな」

「そうじゃないかな。 後はこれを集めればいいってことかな」

 

彩香の問いに円が答える。 穴が開くほど見つめても嫌な感覚はしない。 と言っても魅了されるような何かでもない。魔術的な何かがかけられているようではなさそうだった。


「……大丈夫? 少し休む?」

「私、 そんなにやばそうに見える?」

「少し顔色が悪いよ?」


円が心配そうに声をかける。 今ここに鏡はないが、 彩香の顔色はあまりいい状態とは言えなかった。

しかし、 彩香は少し考えた後に「大丈夫」と答える。

もう一度、 心配そうに彩香の顔を見た円だったが、 本人の意識もはっきりしていたということもあり、 大丈夫だと判断した。


「それじゃあ、 次に行こうか。 どこにする?」

「美術館とかどうだ? 面倒くさそうなやつは早めに済ませておきたい」

 

 円が切り出すと、 次に答えたのは桜子だ。 実際、 彩香が体験したことを考えて、 芸術関連はヤバいかもしれないという考えに至ったのだろう。

 他の三人に意義もなく、 四人はエレベーターに乗り込んで、 美術館がある階を目指した。

 

「―――よき旅路を」

 

 チケット売り場の売り子である人形はそう言って、 四人の客を見送った。

 

 

 

 †

 

 

 

 ターミナル美術館。

 そこは特別展のみを行っている美術館である。 本来ならば、 今日は何の展示も行われていないはずである。

 しかし、 エレベーターを降りた先、 美術館の入り口には何らかの特別展が行われていることを示すかのように開かれていた。

 

「『驚異と冒涜の生命展』……なんだこりゃ」

 

 桜子が入り口の近くに立ってられたパネルを読み上げる。 そこには魚のような顔をした人間が描かれていた。

 

「魚人ってやつ……? あんまり趣味のいいやつとは思えないけれども」

 

 同じようにパネルを見た彩香が呟く。

 一般的な成人男性と同じ大きさのパネルは、 本当に見たことがありそうと考えてしまいそうなほど妙な現実感があった。 今までの経験から本当に存在しているかもしれないと、 想像してしまった三人はパネルから目をそらす。

 本来ならば存在しているはずのチケット売り場は無人だった。 カウンターの上には「ご自由にお入りください」と書かれた紙だけが置かれていた。 料金表も行われているであろう展覧会のチラシ、 パンフレットもない。

 カウンターの中を調べてみたりもしたが、 何もなかった。 ミュージアムショップはシャッターまで降りている。 一方で展示室への入り口は堂々と開かれていた。 まるで人々を歓迎するかのように。

 

「行こう」

 

 円がそう言って展示室の中へと入っていく。

 彼女の後を追うように彩香と穂村の二人も展示室へと向かう。

 ただ一人、 桜子だけは未だに魚人のパネルを見ていた。

 

「どうした? いくよ?」

「あぁ、 悪ぃ。 今行く」

 

 彩香に急かされて、 桜子はようやくパネルから目を離した。

 

 

 

 美術館内部は奇怪な怪物達をモチーフにした芸術で統一されていた。

 はっきり言ってしまえば何の知識もない人間が見たところで、 ダークファンタジーの創作物、 想像の産物にしか見えないだろう。

 しかし、 幾ばくかの冒涜的な経験をした円達にとってはおぞましさを感じさせる光景であった。

 ある絵画は、 かつて下水道で出会った屍喰鬼たちが描かれていた。

 ある油絵は、 最初に出会った首のない怪物、 イゴローナクを映し出していた。

 ある彫刻は、 円が半年よりも前に出会ったノフ=ケーが、 あの時と変わらない姿でそこにいた。

 ヒュッという息を飲む音が聞こえる。 それは果たして誰が出した音だったか。

 

「……急ごう。 このままだと頭がおかしくなる」

 

 彩香が急かす。 それに反対する者もいないまま、 一行は足を速めた。

 ただ一人、 桜子だけがある絵画を見つめていた。

 

「どうしたのさ? ……その絵が何か?」

 

 そのことに気がついた彩香が声をかける。 その絵は美術館入り口で見たものと似たような魚人の絵だった。

 どこかの漁村をイメージしたものだろうか。 背景には木造の小屋と海岸が描かれていた。 魚人は一体だけではなく、 また各々が武器を手にしていた。 珊瑚を削って作られたような粗末な槍から、 旧式の猟銃や錆びついた鉈のような刃物まで千差万別だった。

 

「……実際にこういう奴らもいるのかな」

「……さあな」

 

 彩香の感想をいつもとは違う様子で切り捨てる桜子。

 そのことが気になった彩香がさらに切り出す前に、 先に進んでいた円と穂村が戻ってきた。

 

「二人ともどうしたのさ」

「“黄の印”なら見つけましたよ。 ミュージアムショップに無造作に置かれていました」

「出口も見つけたよ。 そっちからのほうが早いから、 行こう」

 

 ほら、 と“黄の印”を小さく掲げる穂村と奥を指差す円。

 そんな二人についていく前に、 彩香は桜子の手を引く。

 

「ほら、 何か思うところがあるか知らないけどこんなとこに長くいると頭おかしくなりそうだし、 急ぐよ」

「……ああ」

「……本当に大丈夫?」

 

 普段と違う様子の桜子にさすがに不審を感じる彩香が心配そうに声をかける。

 だが、 当の本人は「大丈夫だ」と繰り返す。 そこにいつもの調子はない。

 

「ならいいけど……先に行ってるよ」

「おう、 すぐに追いつく」

 

 二度ほど振り返って様子を確認したが、 この場にいたくない欲求が勝ったのだろう。 今も魚人が描かれた絵を見つめる先輩を置いて彩香達は出口へと向かった。

 

「……そういうことかよ。 クソッタレ」

 

 最後にそう呟くと桜子も三人を追って歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ