3:現状確認
先週投稿できなかった割には文字数は少なめ。
「……すいませんが、 いたずら電話はご遠慮ください。 次は業務妨害で逮捕しますよ?」
「……くそっ、 駄目だ。 話が通じない」
苛立ちを隠そうともせずに、 彩香は通話を切った。 電話の相手は近くの警察署だ。 何とか現状を伝えようとしたのだが、 何らかの方法で通信妨害されているらしく、 話が全く通じなかった。
いや、 伝わらなかったと言えばいいのだろうか。 彩香が何を言っても、 相手には理解できなかったらしい。 まるで、理解できない言語で話しかけられたかのようだった。
そのくせ、 向こうの言葉は通じるのだから、 科学的にどのような技術が使われているのやら。 そもそもの話、 これは科学技術による産物なのだろうか。
知り合いである間宮には電話自体がつながらなかった。 忙しかったのだろうか。 もしも彼と連絡が取れたのならば、 多少は変わったのかもしれない。
「この調子なら、 掲示板や生放送とかでも外部と連絡は無理っぽいね」
はぁ、 とため息をついてスマートフォンをしまう。 電波を利用した外部との連絡は不可能だと結論付けるも、 では次はどうするかという話になる。
「取りあえず、 出るためには貢物とやらを集めればいいのか? ……罠の可能性がありそうなんだが」
桜子がスマートフォンでニュースサイトを調べながら意見を言う。 こちらの事件はいまだ外には伝わっていないらしい。 どのニュースサイトもビルでの異変を記事にしていなかった。
確かにアナスタシアの言葉を信じるならば、 ここから出るためには貢物である“黄の印”というものが必要になるだろう。 しかし、 それは先程の放送が真実である場合だ。
彼女の言葉が嘘であるという可能性も捨てきれない。 その場合、 彼女の言葉に従った先にあるのは破滅だ。 そのことが“黄の印”を探すという選択肢に対してためらいが生まれる。
「その前にこのままでも外に出られないのか確認してみない? 出られたのなら、 一度外に出て、 そこで助けを求めてから再挑戦しよう」
結論を出す前に円が提案する。 彼女の提案に他の四人はためらうことなく同意した。 罠か否か分からないものに賭けるよりも、 もっと確実性が高いものに希望を託すのは人間として当然のことであった。
「待ってください、 この人はどうするんですか? このままでは風邪をひいてしまうと思うのですが……」
「……何かあったときに荷物になりかねないので放置で」
後輩の心配するような言葉に、 彩香はそう判断を下す。 実際に彼女の言は間違っていないので否定のしようがない。
かくして、 奥畑 実里はベンチに放置されることになった。 哀れ。
†
一階、 エントランス。 三階分の吹き抜けがあり、 開放感のある場所は、 逆に寒々しさを感じさせた。
エントランスにいる人は、 他の場所にいた人達と同じように呆然としていた。 そして、 本来は閉じられているはずの正面ドアは開かれていた。
しかし、 何か違和感がある。 妙に薄暗い外が、 違和感を含めて不安を煽る。
「あれ? 開いていますね……」
そう言って、 特に何も考えずに開け放たれたドアに近づく穂村。 そのまま、 何気なく外を覗く。 外は完全に真っ暗でビル内の明かりが届く範囲までしか地面が見えなかった。
その時、 闇夜から誰かが走ってやってくる。 息を切らしながらも必死に走るその姿は全身に傷がありボロボロだ。
そしてその姿を見た途端、 円は自分が抱いていた違和感の正体に気がついた。
外にある街灯などの明かりがなく、 ビルからの明かりのみが外を照らしていたのだ。 本来ならばあるはずの外の光が全くなかったのだ。
考えられる可能性は二つ。 何らかのトラブル、 もしくは事件によって街灯などが機能不全に追い込まれた可能性。 もう一つは、 赤霧ターミナルビルそのものが異界に取り込まれるなどして、 外との繋がりを失ってしまった可能性。
二つ目の可能性は、 一笑に付すような内容ではある。 しかし、 今までの経験とこの異常事態が、 あり得ない可能性があり得ることを感じさせた。
「たっ、 助けてくれ! ヒッ!」
逃げてきた男が必死になってビルの中にその足を踏み入れようとした瞬間、 闇の中から生えてきた触手が先端のかぎ爪で男の体をつかむ。 そのまま円達が手を伸ばす機会もなく、 逃げてきた男を闇の中に連れ去っていく。
円と彩香はその男に見覚えがあった。 会場で、 死亡フラグを口にして足早に立ち去った男だ。 まさかこんな早々に出会えるとは思ってもみなかった。
「ふんぬらばぁ!」
しかし、 死亡フラグを口走ったわりに、 男はしぶとかった。 大分奥のほうへ連れて行かれはしたものの、 気合の入った声とともに、 かぎ爪を無理やり振りほどいたのだ。
獲物の予想外の奮戦に驚いたのか、 触手は男を再び捕まえようとせず、 動きを止めていた。 それを好機と見出したのか、 男は再びこちら側へと走り出す。
男の根気と意思は見事なものであったが、 幸運にだけは見放されたらしい。
ビルに入るまであと一歩というところで、 横から黄色い何かが男にぶつかったのだ。
それは車だった。 暗闇から突然現れた黄色い車は凄まじい速さで男を跳ね飛ばした後、 再び闇の中へと消えていった。
車に跳ね飛ばされた男も二、 三度地面を跳ねた後、 逃げてきた闇の中へと消えていった。 それから男が再びこちら側へと逃げてくることはなかった。
「……」
誰も何も言えなかった。 目の前で発生した出来事を理解するのに頭が少しばかり時間を要求しているからだ。
ただ、 ある一点だけはすぐに理解できた。
―――何の準備もなく外に出ると待っているのは“死”であるということに。
「―――これからどうする?」
沈黙を破るように桜子がそう問いかける。 「すぐに脱出」という選択肢がなくなった以上、 口惜しいがアナスタシアの策略に乗って、 “黄の印”を探すしかなさそうだ。
他の三人も同じことを考えていたらしく、 エントランスに備え付けられている案内図に視線を移す。
異界化した影響か、 本来ならばある程度細かく書かれているはずの案内図は一部が文字化けしており、 読めるのはごくわずかだ。
さらに階層が入れ替わっているようで、 中階層にあるはずのオフィスが低階層に移っていたり、 低階層にあるはずの百貨店が最上階近くにあったりと、 滅茶苦茶な順番になっていた。
本来であれば考えられないような構成になっている案内図を見ながら、 円が呟く。
「とりあえず、 この文字化けしていない部分に“黄の印”があるんだと思う。向こうが邪魔しようとか考えていないのなら、 文字化けしていないところに置く必要はないと思う」
「でも、 それならどうして彼女は自分で取りにいかないんですか? まるでこっちを試しているみたいに感じるんですが……」
穂村の問いに三人は考え込む。 彼の言う通り、 “黄の印”がアナスタシアにとって必要な物ならば、 彼女自身が取りに行けばいい。 もしも“黄の印”が邪魔ならば、 いまだ正気の者達に“黄の印”の存在を伝える必要はないはずだ。
ただ、 このことに関する情報が乏しい状態ではどのような結論を出しても、 ただの憶測にすぎないだろう。 そのことに思い至ったのか、 桜子が溜め息をつくと、 案内図のまだ読める部分を指さしていく。
「向こうの狙いが分からない以上、 できることをしていくしかないだろう。 とりあえずは分かるところから行くぞ」
「確かに、 この文字化けしているところとか行ってみたいとは思えないし、 とりあえず今行けそうなところに行ってみるしかないかぁ」
彩香が桜子の提案に同意しながら、 彼女の指さす案内図を読み上げていく。
百貨店、 美術館、 金融機関、 レストラン、 劇場、 オフィス……赤霧ターミナルビルにある施設のなかでも、 目玉と言えるような場所が残っていた。 足りないとするならばホテルぐらいだ。
「とりあえず、 どこに行きます?」
「劇場とかどう? かなりの目玉だったし、 こういうところに間違いなくあると思うんだ」
穂村の問いに彩香が即答する。 それを聞いた桜子はいつものニヤニヤ笑いを浮かべる。
「それは自分が行ってみたいだけじゃないのか?」
「……正直それはすこしある。 テレビとかで特集とか組まれていても一度も行けてないし、 これを機に見てみたいなと」
「でも、 こんな状態だし、 劇場も無事である確証はないよね?」
円の突っ込みに「……そうだね」と小さく呟く彩香。 それを見た桜子は「ブフゥ!」と女性らしからぬ吹き出しをする。 それを見咎める者はいなかった。 真っ先に突っかかる彩香が気づかなかったというのもあるだろう。
ともかく、 ある程度の方向性を定めた一行は劇場に行くためにエレベーターへと足を運ぶ。
非常階段もあったが、 十階以上上がる必要がある上に、 途中の階層が文字化けしていたため、 どのような状態になっているのか想像ができなかったという理由があった。
エレベーターに乗り込んだ一行は、 劇場があるであろう階を選択する。
その際に、 先ほどエントランスに降りた時には気が付かなかったあることに円は気が付いた。
「そういえば、 ここのボタンも文字化けしてる……」
「あ、 本当だ」
「それによく見たら、 文字化けしていないところはさっきの案内板でも文字化けしていなかったような……」
とりあえず、 文字化けしていた階層に迷い込む心配だけはなさそうだった。




