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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
7.忘却の“桜”
41/53

1:過去からの魔手

 新章突入。

 それと、 この小説も投稿を開始してから一年たってました。

 記念的なものは何もないですけれども。


いかに正当な理由があろうとも、戦争は犯罪である。

Never think that war, no matter how necessary, nor how justified, is not a crime.

      アーネスト・ヘミングウェイ

      Ernest Hemingway


 夢を見た。 見覚えのない、 懐かしい夢を。

 見慣れない服装の男達。 以前見たことのある様々な資料からそれが大日本帝国陸軍の軍服であることが分かった。 ならば、 七十年以上昔の話だろうか。

 広々とした草原。 見覚えのない風景。 周囲の女性はおらず若い男性ばかりだった。

 彼らは皆呆然としていた。 最も高齢の男、 それでも四十に届く程度の男だったが、 彼が何かを言っているのだが、 よく聞き取れなかった。

 男達は呆然としながらも、 持っていた小銃を一か所に集めていく。 中には小銃を手放したことで実感がわいたのか、 喜んでいる者もいた。

 ここまでの光景を見て、 あることを夢で追体験しているのだとようやく理解した。

 

 大日本帝国降伏時の前線基地。 広大な草原が見えることからおそらくは北方戦線。

 

 二〇〇〇年生まれにとっては見たこともない光景だが、 いくつかの状況証拠からそのようなものであると理解できた。

 やがて、 大柄の白人が十数名やってきた。

 ロシア人、 あの時代ならソビエト連邦の軍人か。 やはり、 北方戦線で間違っていなかったらしい。

 彼らに連れられて、 歩いていく日本軍人たちの中にある人物の姿が目に入った。

 他の者達と同じ坊主頭。 少しばかりぼろくなった眼鏡をかけた、 周囲の日本人よりも長身の男。 他の兵卒より上等な衣服と階級章から下士官か士官。 見た限り若いのに相当優秀なようだ。

 軍人の知り合いなどいないはずなのに、 何故か見覚えのある男はぼそりと小さな声で呟いた。

 

「やっと帰れるのか……もう、 寒いのはこりごりだ」

 

 他の日本人も各々話しているはずなのに、 小声であるはずの男の声だけが耳に響く。

 だが、 未来に生きている自分は知っている。 男の願望が叶うはずのないことを。

 

 日本に帰ることなく、 北へ。 畑から無断で食料を盗み、 命を繋ぐ。 やがて到着したのは北の果て、 シベリアだった。

 ハーグ陸戦条約によって労働の義務がない将校であるにもかかわらず、 その男は労働を強いられた。 彼以外の若手将校も同じように働かされたが、 そのことは彼にとって何の救いにもならなかっただろう。

 粗末すぎる食事、 人を人と思わないような過酷な労働。 極寒の吹雪吹き荒れる中、 外で作業させられるのは寒さに弱い彼にとってはなおのことつらいことだったに違いない。

 シベリアでの生活に耐えられなくなった者から命を落とした。 昔の授業でそう聞いていたが、 実際に見ると夢の中とはいえ恐ろしく感じる。

 毎日必ず誰かが死んでいった。 死んだ者は収容所近くに群生していた白樺の肥料になった。 彼の隣にいた同僚が朝冷たくなっていた時は、 思わず、 自分に重ねて震えあがった。

 いかなる言葉も映像も、 この光景の前には説得力を失うだろう。 のちにちょっとした興味から調べた時には、 どの収容所でも毎日のように死者が出ていたというのは、 彼らの救いのなさを表していた。

 

 

 

 ―――その男はあまりに奇妙すぎた。 ソ連軍人とも捕虜とも違う、 燕尾服に身を包んだ黒人。 その顔は高級そうなシルクハットによって隠されて見えなかった。

 

 その男は黄金の蜂蜜酒と合金製の警笛(ホイッスル)を持っていた。 黄金色という捕虜となってから見ることのなかった色に彼も含めて、 収容所にいた全員が魅了されていた。

 極寒の地だというのに、 南洋にいるような黒い肌の男は持ってきた蜂蜜酒と警笛(ホイッスル)、 そして秘薬が入っているという袋を揺らしながら、 愉しそうにこう言った。

 

「この酒と薬を飲み、 笛を吹いて次の呪文を唱えれば、 この地から出られるよ! やってみるかい?」

 

 拒否などできなかった。 おそらく、 自分でも同じ状況に置かれれば、 拒否はできなかっただろう。

 収容所にいた日本人捕虜の数は、 最初見た時よりも半分に減っていた。 人道的という言葉が存在しないような場所に長くいすぎたせいか、 こんな怪しすぎる話を持ち掛けてくる黒い男が何者なのか、 考える余裕など失われていたことだろう。

  『日本に帰れる』これだけで十分だったに違いない。

 我先に争うように酒と薬を取り合い、 飲みあった。 当時生きていた者達の中で、 一番階級が高かった彼が代表として警笛(ホイッスル)を吹き、 その場にいた全員が教えられた呪文を叫ぶように唱えた。

 

 ―――いあ! いあ! はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい! あい! はすたあ!

 

 その呪文を聞いた時、 全身に寒気が走ったが、 もう遅かった。

 気が付いたら、 彼らは宇宙空間にいた。 二、 三メートルはある虫と翼竜を掛け合わせたようなデザインの生き物に乗って、 彼らが想像したことのない速さで、 星々の間を飛んでいた。 何故か、 この生き物がビヤーキー、 またはバイアクヘーという名であることを知っていた。 理解できた。

 存在するはずのない記憶に困惑されながらも、 ビヤーキーは宇宙空間を飛んでいく。 呪文を唱えた者達を乗せて。

 ……確かにあの黒い男は嘘などついていなかった。 この地から出られると言っていた。 『日本に帰れる』などと一言も言ってはいなかった。

 彼らが後悔する間もなく、 ビヤーキーはある星にたどり着いた。 ある建造物の前に降り立つと、 彼らは誰に命じられることもなく、 ビヤーキーから降りて、 自分の足で大地を踏みしめた。

 彼らの目の前にある建造物は黒く分厚いブロックで造られていた。 足場は砂漠で、 周囲は彼の知るものとは違う霧に包まれていた。

 行くな。 本能がそう警告し、 口にも出すが、 自分の言葉は音となって出てこない。

 自身の危惧など気にもせずに、 彼らは誘われるように、 その建造物の入り口と思しき所へと歩いていく。

 

 「ここに米はあるのかなあ」

 

 誰かが腹を押さえながら呟いた。 いささか素っ頓狂な言葉だったが、 たまたま隣にいた彼はこう答えていた。

 

 「俺は温かい味噌汁が飲みたいなあ」

 

 

 

 そこで自分―――桐島(きりしま) (まどか)は目を覚ました。 どうやら、 机に突っ伏した状態で寝てしまったらしい。

 寝冷えしてしまったのだろうか。 寒さを感じながらもカーテンを開けば、 時間帯がいまだ深夜であることが分かった。

 グッっと背伸びをした後に、 机の上に広げられていた資料を簡単にだが整理する。

 月見川公園の石碑に刻まれていた紋章。 それと全く同じ、 アナスタシアから手渡されたクエスチョンマークを三つ重ねたような奇妙な紋章。

 石碑を立てた華族の子息が、 怪しい宗教にハマっていたという話を聞いていたまどかは、 もしかしたら、 何らかの宗教的モチーフではないかと考え、 調べていた。

 しかし、 一か月半かけて調べてようやく分かったのは、 “黄の印”という名前だけだ。 こういうものは何らかの資料に残されているものだが、 名前以外は何も残されていなかった。 この“黄の印”の謂れも由来もである。

 いつの時代でも、 どれだけ情報を抹消しようとも、 記録というのは多少なりとも残るものだ。 それでも何も見つからない場合は、 まだ出てこない場合か、 情報を知る者達が情報の抹消に全員協力したかだ。

 改めて寝るために布団にもぐる前に、 円はなんとなく机の上に置かれた一枚にチケットを手に取った。

 “黄の印”が描かれたそのチケットは、 赤霧ターミナルビルで行われるイベントの入場チケットであった。

 初めて見た時と同じような嫌な雰囲気を感じた彼女は、 チケットを机の上に戻すと、 今度こそ布団の中にもぐりこんだ。

 今度は奇妙な夢を見ることはなかった。

 

 

 

 †

 

 

 

「ああ、 先生。 お疲れ様です」

 

 赤霧ターミナルビルの中層階にある一室。 烏丸(からすま) 京一郎(きょういちろう)はやってきた老人に一礼した。 約束の時間より少しばかり早い時間帯だ。

 老人は片手を挙げて、 彼の声に応えた。 傍らには老人の孫だという秘書がいつものようにいる。

 彼らは烏丸にとって偉大な存在だ。 かの戯曲をうまく合わせさせた。 彼ら曰く、 「出来る人物とのコネを持っていた」だけに過ぎないらしいが、 そのようなモノを持っている時点で自分とは違うと自覚させられる。

 

「準備はできたかね?」

「ええ、 しかし疑問なのが、 なぜあのバンドなんですか? 他のバンドではダメなんでしょうか?」

 

 いささか品性に欠けるグループなのはまだいい。 しかし、 あのグループはまだまだ新入りだ。 インディーズではそれなりに有名であったらしいが、 メジャーデビューはまだという話だ。

 かの地へと導く人数は多いほうがいい。 それがきっとかの神もお喜びになられるはずなのだから。

 そんな烏丸の疑問を老人は軽く笑う。

 

「単純な理屈さ。 “彼女が一番ふさわしかった”それだけのことさ」

「……ああ、 なるほど。 そういうことでしたか。 申し訳ありませんお手をかけて」

 

 たった一言だけだがそれだけで十分すぎるほど理解できた。 “資格があるかないか”そのことの重要性が分からないほど彼は愚かではなかった。

 

「そういえば、 私の個人的な件はどうなったのかね? 計画に支障が出るのならば無視してくれて構わないのだが……」

「ああ、 あの件ですね。 一応ご用意しましたが……」

「そうか、 ありがとう」

 

 何か言いたげな彼の視線に気が付くと、 老人は先ほどとは違う笑みを浮かべる。 それは、 自嘲とも言うべき笑みだった。

 

「なに、 大したことではない。 単なる個人的な願望だよ……今回の計画とは何の関係もない」

「いえ、 先生の意見のおかげでモノリスは特に疑問なく受け入れられました。 この件に気が付くものなどいないでしょう」

「さて、 それはどうかな」

 

 彼の確信は間違っていると言いたげに、 いや実際に笑いながら言う老人。

 先程から笑ってばかりだな。 と、 独り言をこぼすが、 彼からすれば当然の話といえるだろう。

 長年の計画がいよいよ成功しつつあるのだ。 後一手必要だが、 それさえ何とかなれば、 この地は新たなるカルタゴとなるのだ。

 そして、 自分と彼は黄衣の王のそばに仕える下僕として永遠の栄誉を得るのだ。

 計画が成功した後のことを夢想していた烏丸は、 目の前の老人、 桐島(きりしま) (めぐる)が最後に呟いた言葉を聞き逃していた。 いや、 仮に聞き逃していたとしても理解できなかっただろう。

 

「さあ、 戦争を始めよう」

 

 2/23 本文のほんの一部分を訂正。

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