表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想怪異録  作者: 聖なる写真
1.神様からの贈り物
4/53

4:欲望の子供達


「こっちです! 速く!」


 泉 彩香は後からやってくる警察官へ聞こえるように大声を張り上げた。

 友人である円の近くには四人いた。 各々が武器を持っており、 武道に触れたことのない彩香にさえ、 そのことがどれだけの脅威か十分に理解していた。

 いくら円に武道の経験があるとはいえども、 武器を持った四人相手では危険すぎる。

 彼らが見えなくなってからすぐにスマートフォンで警察を呼んだのは良いが、 自転車に乗った警察官がやってくるまで、 五分近くも時間がかかってしまった。 これでは円が危ない。 重傷を負わされたかもしれない。 いや、 下手したら殺されてしまったのかも……

 どうしても、 嫌な考えばかりが頭の中をぐるぐると駆け巡る。 ちなみに一緒にいた先輩のことは頭から抜け落ちていた。 仮に覚えていたとしても、 「まあ、 あの人なら死なないでしょ」という謎の信頼で気にもされなかっただろうが。

 

「あっちです! 急いで!」

 

 ようやくやってきた警官達に、 円達がいた方向を指さしつつ、 彩香も走り出す。 普段からあまり運動などしない彼女はあっという間に息切れしてしまうが、 それでも、 必死になって走っていた。

 そうして、 警察官達と共に円(と桜子)の元へと戻ってきた彩香。 そこで彼女が見たものは―――。

 

 

 

「あ、 彩香! ごめん、 ちょっと手伝って!」

「痛い痛い痛い! もうちょっと優しく扱え、 バカ!」

 

 傷一つなく平然としている友人、 桐島 円と、 彼女に手当てされている先輩、 蕨 桜子とその足元で気絶している襲撃者一行だった―――!

 桜子の左腕は大きな切り傷があり、 円は持っていたハンカチをあてて、 応急手当をしていた。 よく見れば、 小さい切り傷が両腕にいくつかついている。 どうやら彼女の方は無傷とはいかなかったらしい。

 

「……え? あ、 うん。 そちらこそよく無事だったね。 そっちの娘の怪我は大丈夫かい?」

 

 唖然として言葉も出せない様子の彩香の代わりに、 老年の警察官が円達の心配をする。 いくら、 空手の経験があるとはいっても、 武装した複数人相手は厳しいはずだ。

 しかし、 円の体にはかすり傷一つなく、 持っていたカバンがボロボロになっている程度の被害しか受けていなかった。

 

「襲ってきた人たちはみんな暴力慣れしていない、 素人みたいな人たちばかりでしたから、 先輩の左腕以外には特に大きな怪我はありませんね」

 

 念のためにと若い警官に拘束されていく襲撃者達を見ながら、 そう答える円。 実際に襲撃者たちはみな体が細く、 暴力慣れしている雰囲気を感じなかった。女性ながらがっしりとした体格であり、 同時に空手で鍛えている円が相手では一対一でならば負けることはないだろう。 今回は四対二で会ったが。

 円の説明を聞いても、 なお訝しげな視線を向ける老警官に気がついたのか、 桜子の治療を彩香に任せた円は「鍛えていますから」と力こぶしを作って見せる。

 「違う、 そうじゃない」という考えが老警官の頭をよぎったが、 彩香が電話した際に同時に要請したパトカーと救急車がけたたましいサイレンを鳴らしながらこちらへとやってきたので、 ひとまず施行を打ち切り、 救急隊員と応援の警察官達に事情を説明しに行くことにした。

 そんな老警官の後姿を眺めながら、 円は先程叩きのめした四人のうちの一人、 席を代わるよう要求した女学生の言葉を思い出す。

 

 あなたが悪いのよ。 石間先生の講義を譲ってくれないあなたが。

 

 そう呟いて襲ってきた彼女。 講義の席を手に入れるためだけにこのような犯罪行為を行うことが彼女には全く理解できなかった。

 だけれども、 一つだけ確信出来たことがある。

 

 この事件には石間 傑が関わっている。

 どのような形で関わっているのかまではまだ分からないが、 円はそう確信していた。

 

 

 

 †

 

 

 

 翌日、 夕方時。 円達三人は石間 傑の家の前にいた。 閑静な住宅地に存在するその一軒家は手入れされた様子はあまりなく、 薄汚れていた。

 ちなみに石間の住所はすぐに分かった。 大学にいる石間の信者と思しき人に聞いたらあっさり教えてくれたのだ。 それでいいのか個人情報。

 

「『最近の事件について、 石間講師が何か知っているかもしれないから聞きに来た』ってことでいいんだよな。 事件の中心にいるであろう奴に話を聞くとかどう考えてもヤバいけど」

「何も分からない現状、 また襲撃されるかもしれないしね。 ……彩香大丈夫? 顔色が悪いけど、 先に帰って休んだら?」

「……いや、 大丈夫。 昨夜と同じような夢見ただけだから……」

「どう見ても、 『大丈夫』って顔じゃないけどな、 無理はすんなよ」

「大丈夫だから……」

 

 顔色の悪い彩香を心配しつつ、 「具合が悪かったら言ってよ?」と声をかける円。

 彩香は先程、 “昨夜と同じような夢”を見たと言っていた。 それはすなわち再び人を殺す夢を見てしまったということ。

 円が想像している以上に現実味があるという悪夢は、 起きている間も彼女を苦しめ続けているらしい。 その顔色は昨日のものよりも悪い。

 明日にでも、 カウンセラーのところに連れていくべきか。 そう考えていると、 石間の家の扉が音を立てて開く。

 もしかして既に帰宅済みだった? そちらへと視線を向ければ、 そこには二本の針金を手にドアノブを捻っている桜子の姿が。

 

「おっ、 開いてんじゃねえか」

 

 開けたんじゃないの? そう突っ込みを内心で入れる大学生二人。

 そんな二人を尻目に桜子はニヤニヤと笑いながら、 扉を全開にして中の様子をうかがう。

 

「……ん?」

 

 笑いながら中の様子をうかがう桜子だったが、 その行動は中から現れてきた者によって中断される。

 

「なんだよあれ……」

 

 家の中から現れた何かを見た桜子は普段張り付けているうすら寒い笑みを消し、 何も言わずに数歩後ずさる。 後ずさる桜子の後ろにいた円と彩香も同じようにその化け物を目にする。 してしまった。

 中から現れたその化け物は子供だった。 いや、 子供のような存在だった。

 ぼろきれのような布をその身にまとった酷く醜い小人。 その顔には目は存在してはいない。 けれども、 家に侵入しようとしていた人々の存在に気が付いているのだろう。 一歩一歩とこちらへと歩み寄ってくる。 それが二体。 何も言わず似たようなぼろきれを身にまとい近づいてくる小人達からは言いようのない不気味さが感じられる。 ゴクリ、 と息をのんだのは、 はたして、 誰だったか。

 初めて見るその異様な姿に思わず思考が停止してしまった三人だが、 化け物の方はそんな人間の隙を見逃してくれるほど優しい存在ではなかったようだ。 一匹が頭だけではなく、 その両手に付いた口も広げて、 勢いよく飛び掛かってくる。 対象は一番先頭にいた桜子だ。

 

「っ! 危ねえなぁ!」

 

 しかし、 その飛びつきをとっさに大きく飛びのくことで桜子は回避する。 奇襲攻撃を避けられた化け物だが、 特に転ぶことはなく、 その小柄な体格に相応しい身の軽さをもって着地する。

 一匹目の攻撃を躱したが、 まだ他にも化け物がいる。桜子を襲った化け物は再び桜子に襲い掛かり、 残りの一匹は円に襲い掛かる。

 

「ってぇ!」

 

 二回目の攻撃は避けることが出来なかった。 桜子はとっさに両腕を交差させて防御するが、 化け物は容赦なく押し倒し、 その左腕に生えている口で噛みついてきた。 赤い血が桜子の左腕から滲みだし、 思わず痛みにその美貌をしかめる。 昨夜、 怪我をした部分と違うところを噛みつかれたのは幸運か不幸か。

 

「この……!」


 一方、 円の方は正確に迎え撃てていた。 飛び掛かってきた化け物の頭を掴むと、 そのまま地面に叩きつける。 「グギッ」と小さな悲鳴を上げた化け物の頭をサッカーボールのように勢いよく蹴り上げる。

 

「これでも、 喰らえ!」

 

 倒れたばかりの化け物にとっさの回避も防御もできるはずもなく、 化け物は正確に頭を蹴り上げられる。 今度は「グギャ」と悲鳴を上げながら、 四回ほど回転した後、 再び地面に全身を叩きつけられるように転がっていく。 その一撃で意識を失ったのか、 それとも息絶えたのか、 その化け物がもう一度動くことはなかった。

 

 「終わったならこっちも助けてくれ!」

 

 「おぉ」とのんきに呟く彩香の発言を背に、 今度は倒れたまま化け物の攻撃を必死になってしのいでいる先輩を救出すべく、 化け物の襤褸切れを掴むと、 勢いよく引っ張る。

 「ってえな!」という桜子の文句を無視して、 化け物を地面に叩きつけ、 倒れた化け物の頭部目掛けて体重を込めたストンピングを行う。 何かの殻が割れたような音がしたのち、 化け物は頭から血を流し、 ピクピクと痙攣していたが、 やがて動かなくなった。

 

「……ふう」

 

 周囲を見回して、 他に異形の存在がいないことを確かめると、 円は一息つく。 先程の化け物はいったい何だったのか思考を巡らせる。 しかし、 円は法学部学生であり、 つまるところ文系の人間だ。 生物学なんてものは知識になく、 すぐに思考を打ち切った。 そんな円の様子を見た彩香は、 もう大丈夫だと判断したのだろう。 自身の家から持ってきた応急処置キットを使って、 桜子を治療する。

 

「ねえ、 大丈夫なの?」

「少なくとも今のお前よりかは大丈夫だ。 いってぇ!」

 

 桜子の負った傷は一つ一つは重傷といえるものではなかった。 しかし、 彼女を襲ったのは小柄とはいえ化け物だ。 頭だけではなく、 両手にも口があり、 それぞれに鋭い牙が生えていた。 そんな口で何度も噛みつかれたのだから、 その両腕はボロボロだった。

 「痛え痛え」と喚く桜子を「我慢しろ」と一蹴しつつ、 完璧な応急手当を施していく彩香。 そんな二人を横目に、 開け放たれたままの扉から石間家の内部を見てみる円。 男一人暮らしに似つかわしい、 あまり整理整頓がされていない廊下。 雑誌や様々な荷物、 ゴミなどが端に積まれていた。さすがに廊下以外の部屋の内部は見えないが、 似たようなものだろう。

 

「……ん?」

 

 ごちゃごちゃと積まれた物の山の一つに包丁のようなものが無雑作に刺さっていた。 こんなところに刺さっているなんて危なくないか。 と考えながら、 何となしに引き抜いた円はその刃と柄の部分に赤いものが飛び散っていることに気付いた。

 それは“血”だった。 どこの誰のものか分からないが、 間違いなく血であった。 何となく嫌な予感がした円は治療を終えたばかりの友人の名前を呼ぶ。

 

「彩香っ!」

「えっ!? な……な、 なにそれ……」

 

 大声で呼ばれて慌てて反応した彩香は円が持っている包丁を見て、 顔色を変える。

 それはどこにでもある包丁である。 探せば簡単に見つかるだろう。 似たものだってあるに違いない。 しかし、 彼女にはあの悪夢で使用した包丁と全く同じであることが一目で分かった。

 様子の変わった友人の様子を見て、 円は自分の嫌な予感が正しかったことを知った。 余計な指紋がつかないように、 持っていたハンカチでくるむ。 これであとは警察に連絡すればいいだけなのだが、 なぜ見つけたのか理由を問われても、 どう答えればいいのだろうか。

 何か適当な作り話という名の言い訳を円が考えていると、 石間がこちらへと歩いてきた。

 

「おや、 出かけるときに鍵はちゃんと閉めたはずなのだがね」

「……最初から開いていましたよ。 いささか不用心じゃないですかね。 石間先生」

 

 とっさに円は嘘をついた。 どうやら嘘がばれた様子はなく、 石間は「うん、 そうだったかな?」と呟いている。

 

「それより、 これは何なんですか!?」

 

 何から切り出すべきか円が考えていると、 それよりも先に彩香が彼女の前に出て、 ハンカチで包んだ包丁を前に突き出す。 それを見た石間は狂ったように笑いだす。

 

「ハハハ! ああそうさ! 泉 彩香! それは君が見た夢で使った包丁さ! 愉しい夢だっただろう!?」

「どこが!」

 

 先程の顔色の悪さはどこへやら。 顔を真っ赤にしておこる彩香を見て、 石間はさらに笑い出す。 そんな石間の様子に円は異常性を感じ、 拳を握り締めた。 桜子は後ろに下がりながら、 スマートフォンから警察へと通報する。

 後数分もすれば、 警察がこちらへ来るだろう。 もしそうなってしまえば石間に待っているのは破滅だ。 それなのに石間はまだ余裕の表情を崩さない。

 

「余裕そうですね。 頼みの番犬はもう動かなくなっていますよ。 もうすぐここに警察も来そうですし」

「だから何だというのかね?」

 

 冗談めかした円の発言も意に介さない様子の石間。 彼は自分の鞄から一冊のノートを取り出す。 どこにでも売っている普通のノートだ。 表紙に“Revelations of Glaaki Ⅻ”と書かれている。 訳すると「グラーキの黙示録 十二巻」といったところか。 どう見ても古書ではない。

 それが何だと、 言わんばかりの視線を円達三人が向けていると、 再び石間が笑いだす。

 

「キミ達はこう思っているのだろう……? 『警察に連絡したならこの殺人鬼もすぐに捕まるのだろう』と」

 

 当たっている。 しかし、 ならばなぜ、 その余裕を絶やさないのか。 さすがに不安を感じ始める円達に対して、 石間はノートを今度は上へと掲げる。 その表情は狂気が隠しきれないほどに滲んでいた。

 

「だが、 それは違う。 私は神になったのさ。 偉大なる欲望の神、 “イゴーロナク”に!」

 

 何を言っているんだこいつ。 そう三人が考えているのを知ってか知らずか、 石間は自分の鞄を落としたことにも気がつかないほど自分の世界に酔っていた。 そして叫ぶ。

 

「見せてあげよう……“神”の姿を!」

 

 石間の身体が奇妙に震えだした。

 

 そして、 彼女達は石間の言葉がただの世迷言ではないことを知る。

 

 手が力なくだらりと垂れ下がりその手に持っていたノートが落ちる。 痩身だった肉体は腹部を中心に肥大化し、 体型に合わせていた服が破れる。 首は徐々に沈んでいき手のひらからは先程見たばかりの口が姿を現した。

 

「……は?」

「……え」

「ひっ」

 

 三人が絶句する中、 とうとう石間の頭は完全に身体の中に沈み、 完全な異形の化け物が姿を現す。 肥大した身体を揺らしながら、 まともな存在であれば理解できない産声を上げる。

 

「■■■■■■―――!」

 

 彼女達が今まで世界では存在している可能性すら考慮されないであろう存在。 それが彼女達の目の前に当然のように存在していた。

 泉 彩香は膨れ上がった元・石間 傑の存在を完全に認識しながら、 自身の理性がどこか遠くに消えていくのを、 頭の中で感じ取った。

 そして石間が語ったばかりのその存在についての名が脳裏を埋め尽くす。

 

 そのおぞましき真名()は『イゴーロナク』

 

「あ、 あ……あ」

 

 悪徳を是とし、 堕落を善とする邪神。 彼女達は知らないが、 とあるカルト集団が崇拝していたとされる異形の神。

 

 神々しさなど欠片もない堕神が今この場に

 

 

 顕現した。

 

9/2 文字化けした部分を訂正。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ