7:月見川公園
また、 最近隔週になってしまっていますが、 更新。
月見川公園。 かつてある華族が所有していた別荘地を潰して造られた公園は、 警察署が近くにあるとはいえ、 大通りから少し外れている。
そのため、 夜になれば、 近くを通る人は少なくなる。 普段通りならば。
今夜だけは様子が違った。雨が降っているわけでもないのに、 黄色のレインコートに身を包んだ怪しい集団が公園内に陣取っていたからだ。 周囲に彼らのものと思しき複数の車が停められている。
近道か、 あるいは別の目的があってか、 公園内に立ち入ろうとする者もいた。 しかし、 彼らは怪しい黄色一色の集団を見るや、 そそくさと踵を返して別の道へと行ってしまう。 仕方がないといえば仕方がないのだが。
警官も多勢に無勢と感じ取ったのだろう。 遠巻きに眺めるだけで声をかけようとはしない。
一応、 彼らがいるのは公園の端の方なのだが、 夜間とはいえ、 黄色のレインコートはよく目立つのだ。 さらに背中にはクエスチョンマークを三つ重ねたようなあの紋章、 “黄色の印”が描かれていた。
パッと見た限りでは、 怪しいカルト集団であり、 少しでも関わり合いになるのを避けたいと考えてしまうのは当然のことだろうと言える。 パッと見ずとも彼らは怪しいカルト集団ではあるのだが。
「儀式はまだか」
誰かがそう呟いた。 彼らチョーチョー人が信奉する翡翠の大僧正。
現世では存在しえないその御姿を宿すことが出来る希少な存在。 その資格を持つものが、 額に翡翠の紋章を宿す一族、 翠華である。
かつて台湾にいた一族は、 チョーチョー人からの魔手を恐れ、 散り散りに逃げ去った。 ようやく見つけた翠華 藍月は何者かに殺害されてしまう始末。
彼の娘である麗月を誘拐することには成功したが、 それでも警戒を解くことはない。 自分達以外の何者かが同じように麗月の身柄を狙っているのは間違いないからだ。
「あともう少しだそうだ。 警戒を怠るな」
別のチョーチョー人が警告する。 神子を狙う者の正体はおろか人数も判明していないが、 様々な武装を用意しており、 今この場にいる全員が最低でも拳銃と短刀を懐に忍ばせていた。
―――これならば、 仮に襲撃者が来たとしても対応できる。
周囲を警官に見張られているというのはいささか不愉快だが、 それでも翡翠の大僧正が降臨すればそのような問題など些事になる。
彼らに油断はなかったとは言えない。 だが、 大人数で銃器を懐に忍ばせていた以上、 この平和な日本では多少人数をそろえたところで、 どうしようもないというのもまた事実ではあった。
だが、 そんな彼らの憶測は足元に投げ込まれた複数の手榴弾によって無に帰すことになる。
「―――え」
―――何故、 手榴弾がここに?
突然の事態に答えを導き出せないまま、 彼らは全員爆発に巻き込まれた。
†
円が共通点に気付いた時から、 円達は密かに公園内で隠れていた。 月見川公園は隠れられる場所が多いのだ。
そのうちの一つ、 やけに大きい茂みに円達五人は隠れていた。
与えられた情報が正しいのか全く分からないが、 それでも他に情報がない以上、 彼女達はそれにすがるしかなかったためなのだが。
「犯罪がしやすくなるからある程度整備していた方がいいんじゃないか……?」
そうこぼす間宮を尻目に早朝から見張っていた円達は、 夕方頃から黄色いレインコートに身を包んだ怪しい集団が増えだしたのを確認していた。
しかし、 その時点では麗月がどこにいるか分からず、 待っている間に次々と黄色いレインコートの集団がやってくる。
眠らされたらしい、 ぐったりとして動かない麗月が連れられてきたときには二十人は超えている集団になっていた。
麗月はレインコートの男達が用意した祭壇のようなものに寝かされている。 一体何をするつもりなのか。 あまりいい予感はしない。
流石にこの人数差に対して挑むほど円達は愚かではない。 しかし、 このままでは麗月がどのような目に合うのか分かったものではない。 間宮が隣の警察署に電話で連絡をしたが、 それでも間に合うかは分からない。
どうすればいいのか、 考えがまとまらない中、 聞こえた爆発音。 それが響くと同時に、 薄暗い公園が赤く輝く。 光は公園入口の方からおうし座のモニュメントを赤く照らす。
「え? え? 何が起こったの?」
「! 静かに!」
赤い光は一瞬だけだったが、 同時に聞こえてきた爆発音で何が起こったのか理解できた。 ただ、 この現代日本では起こりえない可能性だっただけに、 彩香は慌てたように周囲に問いかける。
その声がレインコートの集団に気付かれてしまうのではと桜子は危惧したが、 生憎と彼らはそれどころではなかったようだ。
レインコートの集団はこの襲撃をある程度予測していたらしい。 懐から黒光りする何かを取り出しながら、 爆発音がした公園入口の方へと何人か駆けていく。 拳銃の発砲音が入口から聞こえてきたのはそれから間もなくのことだった。
「……今ならいける?」
円が隣にいる間宮に小声で問いかける。 麗月を守っているレインコートの男達は十人に減っていた。 そこからさらに七人が抜けていく。 想像以上に、 公園入口で暴れている人物は強いらしい。
麗月の周りにいるレインコートは残り三人。 奇襲が出来たならば、 彼女を救出することは可能だろう。
「一人ずつ仕留めたら、 残りの一人を一気に落とす。 三人はまだ隠れていてくれ」
間宮の言葉を受けて頷く四人。 その後、 間宮と円が互いに顔を見合わせて、 確かめるように頷くと、 合図もなしに一気に飛び出した。
「なっ!?」
「敵襲か!」
残ったレインコートの男達が言えたのはそれだけだった。 一人は円の拳を顎に受け、 もう一人は間宮に腕を掴まれると、 一本背負いの要領で投げ飛ばされた。
残った一人がどちらに拳銃を向けるべきか悩んでいる隙をついて、 円の裏拳が拳銃を弾き飛ばす。 拳銃を弾き飛ばすという剛毅な行動にひるんだ男の鳩尾に、 円の拳が撃ち込まれる。
一言も発せずに悶絶して崩れ落ちる男。 一方で間宮は自身が投げ飛ばした男と、 円が一撃でノックアウトした男に手錠をかけていた。
戦闘要員二人の手によって安全が確保できたことを確認すると、 残りの非戦闘員三人が茂みからこちらへとやってくる。
「大丈夫ですか?」
「うん、 平気。 ありがとう」
穂村が円に声をかける。 桜子は男達が持っていた拳銃やナイフを話してまとめている。 彩香はいまだ意識を取り戻さない麗月の様子を確認するために彼女に駆け寄る。
「……あれ?」
麗月の様子を見ようと顔を覗き込んだ彩香は疑問に満ちた言葉を口走る。 友人の様子に何があったのか、 円が駆け寄ると、 彩香が疑問を口走った理由が理解できた。
麗月の額に描かれていた緑の模様がきれいさっぱりなくなっていたのだ。
通常の入れ墨であれば、 傷一つなく入れ墨を消去することなど、 現代の医学では不可能である。
「……こんなことってありえるの?」
「さ、 さあ……」
他の三人も二人の様子がおかしいことに疑問を持って駆け寄ってくるが、 三人とも麗月の何も描かれていない額を見るとなぜこうなったのか理解できずに困惑する。
そんな混乱している五人の物とは違う足音が入口から聞こえてくる。 音からして、 歩いているのは一人だ。 こちらに近寄ってきている。
銃声はすでに聞こえなくなっていた。
「……麗月?」
現れたのは朝、 警察署に現れ、 円を相手に有利に立ち回っていた男だった。 無傷というわけではなく、 所々に刃物と銃撃による傷があり、 服を赤く染めていた。 しかし、 どれも致命傷に至るような傷には見えない。
そして、 その額には以前の麗月に描かれていた緑の模様が描かれていた。 今朝見た物よりもはるかに濃い色であることは街灯の明かりの元でも十分に分かった。
男が現れた同時に間宮と円が前に立つ。 彩香達三人は、 麗月を庇うように抱えつつ、 男から離れる。
遠目にだが麗月の顔を確認することができた男は、 安心したように息をつく。 負った怪我のためか、 その顔色はあまり良くない。
「公園の入り口の騒ぎはお前がやったのか?」
「ああ、 そうダ。 立っている者はもうイない」
間宮の問いかけに平然と答える男。 その声色に優しさはない。
警戒を解かないまま、 間宮は懐から拳銃を抜くと男に向ける。 銃口を向けられているのに、 男に焦る様子はない。
「大人しくしろ。 この騒ぎだ。 警官がすぐにやってくるぞ」
「いや、 無駄ダよ」
警告に対して平然とそう返す男。 何か奥の手でもあるのかと、 警戒を強める五人に対し、 男はなんてことないように肩をすくめ、 首を振る。
「麗月が無事ならそれでイイ。 翠華の呪いハ俺が持っていく」
「呪い? 何のこと?」
円が聞き返しても、 男は何も語らない。 ただ愛おしそうに麗月を見つめていた。
「はるか昔に俺達の先祖が得てしまった呪い。 神の写し見になるという呪い」
「お前が何を言っているのかは分からないが、 大人しくしろ」
間宮がそう言い終わる前に更に複数の足音が聞こえてくる。 爆発を聞きつけた警官達がこちらにもやって来たのだ。
警官達は男の姿を見ると、 朝の騒動を思い出したのだろう。 全員、 拳銃を抜き、 男を半円状に囲む。
同士撃ちを考えていない囲み方で、 男は一瞥すると呆れたように鼻を鳴らす。
「ここデ捕まるのも悪くはないガ……もう遅い」
「何を言って……」
おうし座を模したオブジェ、 その中で一番高いアルデバランのモニュメントが奇怪な光を放つ。
その光は放射状に広がることなく、 男の体を包みこむ。
「な、 何が……」
「下がって!」
困惑する警官達に円が声を荒げて、 警告する。
今までの経験から、 この光が超常的な“何か”が関わっていると察した円が光にのまれないように下がっていく間にも、 光はどんどん強くなっていく。
やがて、 光が一際強くなり、 円達が直視できなくなった時、 光の中から“声”が聞こえてきた。
『―――――』
それは何を言っているのか、 誰にも分からなかった。 ただ、 その声は男のものではなかった。
そこにいたのは、 使い古されたきらめく緑色のローブを身にまとった存在だった。 僧衣によって東部と首以外は覆われていたその存在は、 鼻も口もその顔には存在していなかった。 ただ、 瞳孔のない目と、 額に埋め込まれた拳大のカットされたエメラルドが緑色の光を放ちながらこちらを見つめていた。
彼の存在には脚といえるものはなく、 腰があるところには胴が細くなって、 三本の触手の痕跡のようなものが付いていた。 謎に満ちた聖人のオーラを出しながら、 地面から一メートル程上を漂っていた。
人間の両肩のあるべき場所には、 付属機関が二本ずつ付いており、 それぞれの“腕”の先端には五本の針金のような指関節上の触手になっており、 その先端、 指先ともいえる部分にはヤツメウナギのそれに似た口があった。
「―――――」
誰も何も発言をすることはなかった。 何かがあると、 警告した円でさえ。
目の前の男だった存在―――翡翠の大僧正を茫然と見ていた円達に、 大僧正は深淵を思わせるような笑みを浮かべた。
鼻も口もないはずなのに、 “笑った”と感じたことに恐怖を覚えている円達には目もくれず、 夜の闇に溶けていくように消えていく。
周囲を囲っている者全員に笑みを見せるのは不可能であることに円達が気付くこともなく、 ただ、 大僧正がいた空間を見つめ続けた。
奥へといった警官達からの連絡がないことに疑問を持った応援がやってくる十分後まで、 まるで時が止まっていたかのように、 誰も動かず、 何も話さなかった。
次回、 エピローグ。




