5:惨劇の後で
今年中には完結させるつもりだったのに……
「先輩、 大丈夫でしょうか……」
警察署の近くにある公園、 名前を月見川公園という。 その一角にある円形のベンチ。 寒風が吹く中、 穂村は缶コーヒーを片手に警察署がある方角に視線を向けていた。
円から連絡があったのは朝八時ごろのことだった。 昨日会った人物が殺害されたらしく、 警察署で取り調べを受けているという。
「あたしとしてはあの娘のことが心配だけどね」
隣で同じようにカフェオレを飲みながら、 彩香が呟く。 彼女の後ろから桜子が楽しそうに顔を出す。
「なーんか色々とヤバそうになってきたねえ」
「あんたはなんでそんなに楽しそうなのよ」
「警察の皆さんは一般市民が事件に関わるのを嫌うみたいでねぇ」
キシシと楽しそうな声を出す桜子に呆れる彩香。 さすがにその態度はどうかと口をはさむ前に、 後輩が慌てたように公園の一角を指さした。
「そ、 そういえば、 あそこにある奇妙なオブジェはいったい何なんですかね?」
穂村の言葉に彩香と桜子は、 彼の指さした方向へと視線を向ける。
そこにあったのは公園の端で人の胸までの高さがある柵に囲まれた奇妙なオブジェ群だった。 それを芸術品と言っていいのかよく分からない。 少なくとも美しく研磨された石柱は人の手によって作られたことだけは確かであった。 高さはまちまち。 脛程度のものから、 周囲を囲む柵よりやや低い程度の高さのものがあるなど、 どのような法則性があるのかバラバラに配置されていた。
石柱群の中心から少し離れたところに立っている最も高い石柱、 人の肩までの高さを持つ石柱に刻まれている紋章が何らかの意図をもって、 この石柱群が作られたことを示しているものの、 逆に何の意図があって作られたのか全くと言っていいほど分からなかった。
何故なら、 その刻まれている紋章はクエスチョンマークを三つ重ねたような奇妙な紋章だったのだから。
「……いや、 ほんとうになんなんだろ。 あたしもよく分からないや」
「確か、 中学生の頃に一度だけ調べた記憶があったな。 よく分からなかったけれども」
穂村の疑問に対して、 そう答える彩香と桜子。 そういえば、 彼女はこの近くに暮らしていた時期があると言っていたことを思い出した彩香は無言で、 先輩へ催促の視線を向けた。
「いや、 そんなに大した話じゃねえよ。 元々、 この公園はある貴族の所有地だったらしい。 で、 当時のおぼっちゃまがチベットだったかな……そこに旅行に行った際に変な宗教にハマったらしくてな。 日本に帰って来て早々にあの変な石柱のオブジェを庭の中心に作りあげちまったそうだ」
「うへぇ、 その何か変な宗教のオブジェクトなの? それって」
「止める人はいなかったんですかね……」
嫌な予感を感じたのか、 うんざりしたような表情を隠そうともせずに尋ねる彩香と穂村に桜子は「さあな」と答える。
「そもそも、 そのおぼっちゃまがハマったっていう宗教が何なのか資料が残されていないのさ。 ただ、 あのオブジェを動かそうとすると、 いつも何らかの事故が発生して、 負傷者が出るってことで華族様が土地を手放して公園になった後もああやって放置されているのさ。 一応、 子供とかがうかつに触ったりしないように柵で囲んでいるらしいけれどもそれ以上のことはしていないらしい」
確かあの時はおぼっちゃんの祟りってことで無理矢理話を纏めたんだっけ、 と当時のことを思い出しつつ話を締めくくる。
「う〜ん、 聞いたこともないなぁ、 そんな話」
「ですねえ、 そんな怪奇現象何らかの噂になっていないとおかしいと思いますけど、 聞いたこともないですしねぇ」
頭を捻る二人を見て、 桜子は愉しそうに話す。
「そりゃそうだろ。 こんなのただの怪談話とか、 都市伝説の類だからな。 そういった話をまとめるような雑誌とかならともかく、 こんな話は普通、 噂話としても扱わないだろ」
そう言うと、 石柱群のさらに奥、 公園に隣接して建てられている公民館を見ていた桜子はふと思いついたように話し出す。
「そうだ、 せっかくだから、 上からあのオブジェを見てみるとなかなか面白いぞ。 今は雑草で隠れていて見えにくいがあの円柱を繋ぐように石のタイルが敷かれているんだ。 で、 上から見てみると実はおうし座と同じ配置になっているんだ」
「あの一番高い石柱は一等星のアルデバランと同じ位置にあるんだ」と解説する桜子に、 彩香はいぶかしげな視線を向ける。
「で、 それが、件の宗教と何の関係が? というか、 そのアルデバランの位置にある石柱に刻まれているあの変な紋章はいったい何なのさ」
「知らん」
「おい、 それって結構重要なことじゃないのか」
彩香の突っ込みに桜子は「いや、 だからな」と言葉を続ける。
「何の情報も出てこなかったんだよ。 その宗教に関係していることなんだろうけれども、 おうし座の伝承を調べてもあんな紋章なんて出てこないし、 調べていた時はいろいろな専門家に話を聞きに行ったんだが、 誰も答えてくれなかったしな
それに、 あのオブジェを作り上げたおぼっちゃんの死に様の方が衝撃的でな。 オブジェを動かそうとすると事故が起こるって話と組み合わせたほうがおもしろいと思ってな」
「どんな死に方をしたんですか? そのご子息は」
割り込んだ穂村の質問に桜子は意地の悪い笑みを浮かべるとこれまた愉しそうに答えた。
「ある日、 オブジェの前で倒れていたらしい。
……皮膚が灰緑色になって膨れ上がり、四肢の骨がなくなって蛸のような姿だったらしい。 肌が鱗のようになったらしくてな、 最初はだれか分からなかったらしい。
完全に正気を失っていて、 人が近づくと暴れだして手に負えなかったそうだ。 最期は覚悟を決めた父親によって射殺されたそうだ。 ……もっとも、 死ぬまでに何十発と弾を使ったらしいがね」
†
事件の発生は日が変わるか変わらないかという時間帯だったという。
殺害された人数は正確には二十六人。 その中の一人が昨日、 円達と会話していた翠華 藍月であったことが確認されたのが円の携帯に電話がかかってくる五分前のことだ。 ……かろうじてという言葉がつくが。
なぜなら、 藍月の死体は冒涜的なまでに損壊されていたからだ。 内臓は全て引きずり出され、 両目はえぐられていた。 それだけではなく、 頭も割られ、 脳を物理的に探ったような形跡があった。
また、 藍月以外の死体も直視できるような状態の物は少なかったという。 当然のごとく、 現場に居合わせた警官と刑事達は各々の胃の中身を現場にまき散らすという捜査官にあるまじき失態を演じたそうだ。
一応、 それらの冒涜的な解体行為は全て彼の死後に行われたというのは慰めになるだろうか。 間宮から話を聞いていた円はそのような感想を抱くことで現実逃避をしていた。
「おい、 しっかりしろ」
「……ごめん、 ちょっとね」
間宮に注意されつつも、 残された麗月のことをどうしても考えてしまう。 昨日の会話を思い出す限り、 母親とは現在一緒に暮らしていなかったはずだ。
離婚したのか死別したのか、 円には分からないが、 すぐに連絡が取れるというわけではないだろう。
「それで、 犯人は見つかったの?」
「件のチョーチョー人って奴らか?」
「いや、 そいつらが犯人とは限らないんだけれども。 それとも何か証拠でも出たの?」
「特に有力な情報ってのは出てきてないな。 少なくとも、 “そっち”がらみっていうのは確かなんだが」
円の話がまだ有力な情報に分類されている時点で
何らかの証拠がない限り、 公権力はうかつに動くことができないというのは致し方ないことだろう。
一方で、 円は間宮が気になることを話していたことに気がついた。
「待って、 “そっち”がらみってどういうこと?」
「ああ、 被害者の死因は大半が“撲殺”なんだ。 訳の分からない力で殴り殺されている。一撃でな」
「……それは金属バットとかの武器を使っているわけじゃなくて?」
「ああ、 拳による一撃が大半だ。 ちなみに、 撲殺以外でも、 ちょっと理解できない殺され方をしているのがほとんどだ」
「理解できない殺され方?」
付け加えるような間宮の言葉に質問する円。
彼女の問いに、 間宮はどう伝えるべきか、 少し悩むように考えてから、 答えた。
「まあ、 簡単に言えば、 人間技じゃないってことだ。 詳しくは話さんぞ。 俺もあの光景を見て、 戻しちまった一人だからな」
いささか情けないことを言いながら、 手にしたコーヒーを一気飲みする間宮。 どうやらまだ熱かったらしく、 途中で止めてしまったが。
「それで結局のところ、 麗月ちゃんはどうなるの?」
「ああ、 警察が警護することになった。 流石に実の父親があんな殺され方をして、 さらに当の娘も襲われた経験があるというのは」
円の質問に答える間宮。 その表情はどこか暗い。 その様子に円は疑問に思う。
それほど長い付き合いがあるわけではないが、 間宮は職務に忠実な警察官であることは今までの付き合いで分かっている。 そんな彼が嫌そうに自身の職務について語るとは考えられない。
「……何かあったの?」
思わず口から出た疑問に、 間宮は至極嫌そうな顔で反応する。
「公安が出張ってきやがった。 いままで、 翠月会にはノータッチだったくせにだ」
その言葉には隠そうともしない嫌悪が露わになっていた。
公安。 彼の言葉が指し示すのは “公安警察”で間違いないだろう。
公安警察は簡単に言えば、 暴力主義的な破壊活動や国益侵害になるような行為を取り締まる部門 になる。 翠月会は宗教団体に近く、 特に破壊活動や国益損害を企てるような団体ではない。
それでも、 公安が割り込んでくる理由とは一体何なのだろうか。
「それって、 警察上層部は今回の事件の犯人について何か知っているってこと?」
「……そうとしか考えられないな」
そう答えてから、 間宮は「いや、 待てよ」と呟いた。
「上層部の中には翠月会のことを知っている奴がいるはずだ。 これは俺の予測にすぎないんだが、 上層部は今回の件を利用して神眼の力を手に入れるつもりかもしれない」
「麗月ちゃんのこと?」
「ああ、 今は俺達の方で保護していて、 この後は警備課に保護してもらう予定だったんだ。 その方が安全だからな」
ところが、 そうはいかなくなったらしい。
「下手に公安の庇護下に置かれると、 面倒なことになる。 彼女のためにもならないだろうな」
そう言う間宮の表情はどこか痛ましげだ。 刑事として公安に何か思うところがあるというより、 天涯孤独となった少女のこれからを考えているのだろう。
「……そうすればいいの?」
弱ったような円の声に「どうにもならないさ」と間宮は答えた。
「こちとらただの一兵卒だ。 もしも彼女を救う方法があるのならば、 公安よりも先に犯人を挙げるしかないさ」
そう言いながら、 改めてコーヒーを一気飲みする間宮。 今度は十分にぬるくなっていたらしく、 コーヒー缶を逆さまにする。
その様子を見て、 どうするべきか悩みながらも、 立ち上がる円。 ふと、 玄関の方へと視線を向ければ、 一人の男が入ってくるのが目に入った。
その男は細身の長身だが、 鍛え上げられた肉体をしていた。 その肉体は軍人と比べても遜色ないだろう。 どこか歴戦の雰囲気をまといながらも、 褐色の肌に黒い髪が若々しく見せる。 実際若いのか? その判断をつけることはできなかった。
男は円達の方へと近づいて来る。 ある程度の距離まで縮まったことで、 男の顔をよく観察できるようになった。
そして、 観察した瞬間、 円も間宮も息をのんだ。
男の額には、 麗月と比べても十分濃いといえる緑の文様があったのだ。 二人の記憶に間違いがなければ、 同じ文様だろう。
額の中心にある目のように見える文様が、 二人を見つめているようだ。 二人が緑色の目から視線を逸らせずにいると、 男が話しかけてきた。
「桐島 円と間宮 智樹だナ」
たどたどしい日本語で尋ねてくる男。 自分達の名前を見知らぬ男が知っているという事実に二人は目を見開き、 体を硬直させる。
二人の反応を見た男はその動きが“解答”としたのか、 拳を握り構える。 その姿は熟練のものだ。
慌てて、 構えをとる二人に男は機械的に質問してきた。
「麗月はどこにいる」




