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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
6.翠玉の“月”
36/53

4:翠華 藍月という男

先週は投稿できず、 すいませんでした。


 如月喫茶店には個室というものはない。 一つのフロアにいくつかのテーブルとカウンターがあり、 本来であれば何人かの客が上手いコーヒーに舌鼓を打っていることだろう。

 しかし、 円達が訪れた時、 珍しく店内に客はいなかった。

 いや、 それどころか、 普段であれば二人はいるはずのアルバイトも見当たらない。 客側からは見えないキッチンの方にいるのかもしれないが、 店内に店員は出ておらず、 結果的には店内には一人の客しかいなかった。

 

「こっちですよ」

 

 店内に一人だけ寂しく座っていた男が円達の姿を見るや、 片手を挙げて呼ぶ。 中年の男だ。 身長は百八十に届くか届かないか程度。 円が想像していたよりも恰幅もいい。

 若いころは十分に鍛えたであろう肉体は、 中年太りの影響もあっていささかだらしなく見える。 しかし、 温和そうな表情とあいまって、 むしろ、 全体的に余裕さを感じられた。

 

「どうぞ」

「貴方が翠華 藍月さん?」

「ええ、 そうです」

 

 近くに来た円達にためらうことなく座るよう促す男性。 椅子に座りながらも素性を尋ねる円に、 平然と答える藍月。 椅子は五人分あったので、 対面に円が座る。

 六人が囲むテーブルはコーヒーカップが一つだけ置かれている。 中身は空だ。

 全員が座ったところで、 年齢不詳の店長が人数分の水を持ってくる。 店長の姿を横目で確認しながら、 藍月は告げた。

 

「皆さんも何か頼んで下さい。 私のお勧めはイチゴのショートケーキですね」

「いえ、 あたし達は別に……」

「お勧めですよ」

「アッハイ」

 

 妙な圧に押されて、 彩香はイチゴのショートケーキとカフェオレを注文する。 桜子は気にもせずにケーキよりも数百円高いパフェをコーヒーと一緒に頼んでいた。

 穂村はバイト先で注文することに気が引けているらしく、 水をちびちびと飲むばかりで注文をしようとはしない。 そんな穂村を見かねてか、 円はコーヒーを二人分注文した。

 藍月はここのコーヒーが気に入ったらしく、 おかわりを告げる。 麗月は父親のお勧め通り、 イチゴのショートケーキとカフェオレを頼んだ。

 

 

 

 如月喫茶店が自慢とするコーヒーが運ばれた後、 年齢不詳の店長は「ごゆっくり」の一言と共にカウンターの後ろ、 キッチンの方へと消えていく。

 その姿が完全に見えなくなったのを確認した藍月は円を見つめて、 話を切り出した。

 

「まず、 何から話しましょうか」

 

 その言葉に、 円は少しだけ考える。 他の三人も考えているが、 何から聞けばいいかまったく見当がつかなかった。 やがて、 意を決したように円が話す。

 

「とりあえず、 何から話してもらったらいいか分からないので、 貴方が話しやすい順に話してください。 気になることがあったらその都度質問しますので」

「分かりました。 ではまず、 私と娘の持つ力、 “神眼”についてお話ししましょう」

 

 そう言うと、 藍月は再び注文したコーヒーを一口口に運ぶ。

 

「まず、 私達の持つ力“神眼”はそこまで強力な能力ではありません」

「未来が見えるとしても?」

「そもそも、 その未来を見るというものが誤りなのです。 神眼が持つのは言わば“見通す力”。 未来を見るのは、 その一端にすぎません。 そして、 未来を見る力も万能というわけではないのです」

 

 藍月はテーブル上に置かれた六つのコーヒーカップを指さす。 四つにコーヒーが二つにカフェオレが入っている。

 

「仮に私がテーブル上の光景を見たとします。 カップの中の光景が見えたとしても、 注文した人物の姿までは見えません。 未来が確定していないからです」

 

 藍月はそう言うが、 麗月も含めて五人はよく理解できていない。それを理解したのか、 藍月は苦笑すると、 コーヒーをさらに一口飲む。

 

「例えば、 桜子さん。 貴女はパフェを注文しましたが、 もしかしたら貴女ではなく、 別の人……そうですね、 彩香さんが注文するかもしれない。 このコーヒーはいずれ飲まれますが、 最初に誰が飲み干すのかまでは分からない。 そういうことです」

「つまり、 貴方の言いたいことは、 “神眼は大まかな結果しか分からない”ということですか?」

「そういうことです。 ただ、 経営者にとってはたとえ大まかなことだとしても、 未来を知れるというのは非常に有用なことですが」

 

 穂村の問いに藍月は答える。 それはそうだろう。 例え原因が分からなくとも、 結果が分かりさえすれば、 対策はとれる。 先程は強力な能力ではないと言っていたが、 経済という怪物に対しては彼の持つ神眼は強力すぎる武器になるだろう。

 

「つまり、 貴方の神眼を使えば金儲けができる。 その恩恵にあずかれるのが翠月会ということですか?」

「ええ、 そうなりますね。 無論、 私どもにも金儲けだけではないメリットがありますが」


 今度は円の質問に答える藍月。 彼の答えを聞いた彩香は一つの疑問を口にする。

 

「もしかして、 円に護衛を依頼したのも神眼が理由ですか?」

「ええ、 麗月に危険が迫っているのは分かっていました。 ただどのような危険が迫っているかまでは……いえ、 言いなおしましょう」

 

 藍月はそこで言葉を区切る。 そして、 温和そうな表情を真剣なものに変える。

 その変化に、 四人が一瞬たじろぐ。 小さくとも一つの組織の長である顔を見せながら、 藍月は途中で区切った言葉の続きを話す。

 

「麗月を狙っている者達の正体は分かっています。 我々、 神眼の持ち主を狙う集団……チョーチョー人の一派です」

「チョーチョー人?」

 

 パフェを食べ終えた桜子の疑問を無視して、 藍月は話を続ける。

 

「我々、 神眼の持ち主には大まかな結果だけとはいえ未来を見る力の他にもう一つの力があります。 “力”と言っていいものかは分かりませんが……」

 

 そこで、 藍月はコーヒーを飲み干す。 その表情にあるのは“憂い”だった。

 

「神眼の持ち主はある神の依り代に成り得る素質があります。 貴女方が今まで出会ってきたおぞましき、 冒涜的な神の化身、 フェイスイ・ラマの」

「フェイスイ・ラマ?」

 

 藍月は懐からメモ帳とボールペンを取り出し、 そこに“翡翠喇嘛”と書き記した。 しかし、 円達にはさっぱり分からない。

 

「貴女達が言いやすいように言い換えれば、 “エメラルド・ラマ”。 チョーチョー人の一派が信奉する神の化身です」

「……つまり、 麗月ちゃんを狙うチョーチョー人とやらは彼女を使って、 エメラルド・ラマの復活をもくろんでいると?」

「ええ、 そう言うことです」

 

 藍月の確信するような言葉。 それに少しばかり違和感を覚えながらも、 円は気になっていたことを尋ねる。

 

「私以外に他の人はいなかったのですか? 理由を言えば、 翠月会の人々は力になってくれたと思いますが。 それになぜ依頼の期限が一週間なんですか?」

「貴女方以外に頼れるような人材はいませんでした。 例え神眼を信じている者達といえども、 真の脅威を理解することはできないでしょう。 そして、 依頼の期限が一週間しかないという理由は

 ―――私があと一週間の命だからです。 正確に言えば六日以内に私は死にます」

 

 

 

 沈黙が室内を埋め尽くす。 突然の告白に誰もが反応できないでいるのだ。

 ようやく彼が言っていることを理解した円はできる限り落ち着いた声で問いかける。

 

「……それは、 病気か何かで?」

「いえ、 違います。 事故に遭うわけでもありません」

 

 病気でもない、 事故でもない。 それが意味することとはすなわち。

 

「私の死をもって、 神眼は正式に麗月の力になるでしょう。 あらゆるものを見通す力が。 そして、 その力は今の私以上のものになる。 それは避けられないことだ」

「どうして」

 

 絞り出すような声は彩香のものだ。

 

「どうして、 そんな自分の死を確信しているのですか? 避けようと思わないんですか?」

 

 そこにあったのは驚きではなく、 自らの死を知っても堂々としている藍月に対する恐怖だった。

 彼女の怯えを感じているのかいないのか、 藍月は最初に出会った時と同じような穏やかな表情になると、 彼女を怖がらせないように、 穏やかに言った。

 

「これは避けられない未来でもあるのです。 どうしようもないことなのです」

 

 あくまで、 穏やかな言葉。 であるがゆえに、 異常に映る。

 “悟っている”と言えばいいのだろうか、 そのような雰囲気が感じられる。 どうして、 彼は自分の死を受け入れているのだろうか。 できる限り、 その死から逃れようと考えなかったのだろうか。

 

 いや、 もしかしたら。

 逃れようとしてもがいた結果なのかもしれない。 あるいは、 逃れた結果、 悲惨な未来につながると神眼で知ってしまったのかもしれない。

 例えば、 大切な娘である麗月が死亡する未来を見てしまったとか―――

 

「嫌だよ」

 

 今まで黙っていた麗月が小さな声を出す。

 その顔色は蒼く、 目には涙が浮かんでいる。

 

「パパが死ぬなんて嫌だ」

 

 それは娘なりの精いっぱいの我がままだったのかもしれない。 しかし、 父親である藍月は先程の穏やかな表情を浮かべたまま娘の頭をなでる。

 

「仕方がないことなんだ。 これは避けられない運命でもある。 パパとしては麗月に神眼を継いでもらうことにだけは避けたかったのだが……」

「? どうしてなんですか? 色々なものが見えるっていうのは……確かに弊害とかはあると思いますけど、 便利なものではないんですか?」

 

 藍月の言葉に疑問を浮かべたのは穂村だ。 彼の問いに藍月は困ったように答える。

 

「貴方方も分かっているのでしょう? ……知識というものは幸福に繋がらない。 おぞましい知識であればなおさらです」

 

 自身が“見て”きた知識のことを思い出したのか、 それとも自身の死後、 娘に力が受け継がれたことを想ってなのか、 どこか痛ましげな表情をしていた。

 

 

 

「では、 残り六日間。 よろしくお願いします。 無論、 私の死後も報酬はきちんとお支払いしますので」

「あのっ」

 

 支払いは全て藍月が持つことになり、 一同は喫茶店を出た。

 頭を下げる藍月に彩香は慌てたように声をかける。

 

「その……藍月さんの死について、 本当にどうにかならないんですか? 残されることになる麗月ちゃんはどうすれば……」

「そうだよ、 パパ。 ママもいないのに、 どうすればいいの?」

 

 彩香の言葉に麗月が(すが)り付くように賛同する。 二人の言葉を受けて藍月は困ったように答える。

 

「決まっているものはどうしようもありません。 私自身、 ここまで確信を持って見えるものなど久々ですが……」

「なぜ、 変えようとしないんですか?」

 

 円が尋ねる。

 

「変えようがないからです。 そういったものはなぜか確信を伴って見えるのです。 迷惑極まりませんが……私も、 “運命を変える”という言葉を信じてみたかったです」

 

 藍月の表情は何かを懐かしむようなものだった。 しかし、 すぐに困ったような表情になる。

 

「だから、 麗月。 パパの服を離しなさい。 残り六日間、 円さんたちと一緒にいなさい」

「いや」

 

 そう言う麗月は藍月の服を強く掴んだまま離さない。 困ったような表情の藍月に視線で助けを求められて、 円は助け船を出す。

 

「ほら、 手を放して。 麗月ちゃん。 パパにはまた明日会えるでしょ?」

「え」

「本当に?」

 

 聞いてないんですが。 そう言いたげな藍月の視線を無視する円。

 一方の麗月は円の言葉の真偽を求めるように父親に視線を向ける。 いや、 円の言葉を信じたいのだろう。 その目は円の言葉を肯定してほしいという期待に満ちていた。

 

「……ええ、 また明日会いましょう。 だから、 今夜は円さんたちと一緒にいなさい」

「……うん、 じゃあ、 また明日!」

 

 諦めたような藍月の言葉に渋々納得した麗月はようやく彼の服から手を離した。

 娘から解放された藍月はいつの間にか来ていたのか、 黒塗りの高級車に乗って、 去っていった。

 

「……ところでさ」

 

 車が見えなくなった頃、 彩香がポツリと呟いた。

 

「麗月ちゃんって今日どこに泊めるの?」

 

 ……

 

「夕飯は外で食べて、 家族にはバレないようにこっそり連れて帰ろう」

「犬猫じゃないんだから……」

 

 

 

 †

 

 

 

 翌日、 朝五時。 円の携帯に電話がかかってきた。 寝ぼけ眼をこすりながら画面を見てみれば、 かけてきたのは間宮からだった。

 

「おう、 起きているか? 翠月会の居場所が分かった」

「遅いよ……」

 

 もうすでに、 そのトップと昨日話してきたところだよ。 そう、 文句を言おうとした円にかぶせるように「そうだな」と間宮は答えた。

 

「そうだな、 もう遅かった」

「……何があったの?」

 

 

 

「翠月会で大量殺人だ。 総帥の翠華 藍月含めて、 二十人以上が殺害された。 三塚警察署に来てくれ。 麗月も一緒にな。 さすがにこっちで保護せざるを得ない」

 

 眠気はすでに吹き飛んでいた。

 

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