3:翠月会の謎
少し遅くなりましたが間に合いました。
「どうなってんだよ……」
「こっちが知りたいんだけど」
先程の狙撃事件からおおよそ一時間後。 繁華街の一帯は警察によって封鎖されていた。
狙撃という日本国内ではあまり起こりえない事件に、 封鎖の外では野次馬とマスコミが分厚い壁となって、 事件現場を遮っていた。
円達はその封鎖よりもさらに外、 繁華街の入り口に停車しているパトカーの周りにいた。 運転席には間宮が座っている。
「この日本で狙撃って……もしかして変なところから恨みとか買っていたりしないだろうな」
「心当たりはないよ。 あったら言っているし」
「それもそうか」
円の答えに間宮は溜息をつく。 彼女が何も知らないとすれば、 思い当たる答えは一つだ。
麗月だ。
しかし、 彼女が狙われる理由も思いつかない。 思いつくのならば、 流石に警察に押し付けている。 円が頭を悩ませていると、 間宮はふと思いついたように尋ねた。
「そういえば、 良く助かったな。 ライフルを使うなんてそこら辺のチンピラの仕業とは考えられんぞ」
そう、 彼女を狙う時に使った銃器はライフルだった。 壁にめり込んだ弾がライフルのものだったのだ。
確かに、 拳銃やナイフといった物ならば、 そこらで雇われた人やヤクザの下っ端が使うかもしれない。
しかし、 今回彼女を狙ったのはライフルだ。 拳銃やナイフと比べて当然のごとくかさばる。 そして、 入手経路も限られる。 自然と使い手はプロであると考えられる。
「それに手も込んでいる。 複数人の関係ない奴らに囲ませて、 動きを止めてからズドン。 改めて言うが、 本当によく助かったな」
「ああ、 それならアナスタシアさんが助けてくれたんだ」
「アナスタシア?」
新しい人物の名前を聞いて間宮が聞き返す。 円が軽い説明をしても、 彼には心当たりがなかった。 銀髪のロシア人女性など警官からの報告には上がっていない。
そのことを口走ると、 円も不思議そうな顔になる。
「あれ? 確かにいたはずなんだけど……」
そう言いながら思い出そうとするが、 銃撃された後は、 彼女の姿を見ていない気がする。 改めて周囲を見ても、 特徴的な銀の髪さえ見えない。
麗月や友人達の様子を気にかけたり、 新しい襲撃を警戒していたりしているうちに、 いなくなってしまったらしい。 銀髪のロシア美女という日本ではなかなか目立つ風貌なので、 見失うのはおかしいと感じつつも、 すぐに見つかるだろうと楽観視もしていた。
「ああ、 そう言えば、 翠月会についていくつか調べてみたぞ」
「翠月会? もう何かわかったの?」
間宮が思い出したように声をかけると、 円が反応する。 まさか、 昨日の今日で全ての調査が終わったわけではないだろう。 それとも、 何か決定的な情報でも手に入れたのだろうか。
疑問に思う円。 しかし、 間宮の顔は何か情報を掴んだとは思えないほど、 辛気臭いものだった。
「ネット上を調べてみたが、 翠月会の名前は一切出てこなかった」
「……え? それだけ?」
ならば、 なんで今報告するのか。 そう言いたげな円の顔を、 間宮は右手で遮った。
「まあ聞け。 その後、 普通に調べたんじゃ出てこないと感じたから、 サイバー犯罪対策課に調べてもらおうとしたんだ。 あいつらなら、表に出ないような場所にも詳しいからな」
「それで、 出てきたの?」
「いや、 調べてもらう前にストップがかかった」
ふぅ、 と一区切りつける間宮。 そして、 何かを決意したような表情になると円をじっと見据える。
「上からな。 おかしくないか? こっちは軽くネットで調べただけだぞ? それでなんで上からストップがかかる? お前がライフルで狙われたことも考えると、 翠月会っていうのは相当大きな組織だ。 関わることへの危険さも含めてな」
「じゃあ、 なんで私にトップの娘の護衛なんて頼んだの? ずぶの素人に頼むにしても、 自分の組織の人間に頼んだ方がまだ安心できない? 間宮さんの考えが正しいなら、 警察の上層部にも翠月会の協力者はいるはずでしょ」
「もしかしたら、 内部紛争かもしれん。 内部の人間が信用できないから、 こっちに頼んできているのかもしれん」
「そういえば麗月ちゃんは?」
「一応、 あっちのパトカーで預かってもらっている。 他のメンバーも一緒だ」
そう言いながら間宮は自分達がいるパトカーとは別のパトカーを指さす。 そこには、 円以外の大学生と麗月が車内にいた。 運転席にいた刑事が何か色々と訊ねているようで、 しきりに手帳に何かを書き込んでいる。
間宮がパトカーを降りてそちらへと向かっていくので、 円もそれに続いた。
「しっかし、 驚いたなー。 お嬢ちゃん、 “あの”翠月会総帥の娘なんでしょ? 俺の未来も占ってくれないかなぁ」
パトカーに近づいた二人に聞こえてきたのはそんな声だった。 円は聞いたことのない声だったが、 間宮には心当たりがあるらしい。 慌てたようにパトカーに駆け寄ると、 運転席側の窓ガラスを強く叩く。
「おい! お前、 翠月会について何か知っているのか!?」
「へっ!? 間宮? あ、 あぁ。 聞いた話だけだけど」
意外なところに翠月会の情報を持つ者がいた。 運転席の刑事はいきなりかけられた声に驚いたようだが、 相手が自分の同僚だと知ると、 すぐに落ち着く。
一方の間宮からすれば、 意外どころの話ではない。 警察上層部が調べることを許さないような情報が、 すぐそこにあったのだ。 それが自分の同僚だというのが少し気になるが。
「……あ、 すまん。 親父から言っちゃあだめだって言われてたんだ。 この話はなかったことに」
「謎の襲撃事件。 その前日に翠月会が彼女の警護を依頼してきたんだぞ。 何も関係がないなんて言えるのか?」
「こんな素人にね」
刑事二人の会話に割り込む円。 助手席側からかけられた声に、 運転席の刑事は驚いたように振り返る。
混乱したように、 何度か間宮と円の顔を見比べるが、 やがて、 諦めたようにポツポツと話し始めた。
「言っとくけど、 これは俺の親父から聞いた話だ。 だから本当の話か分からない。 それでもいいか? あと、 俺が言ったって誰にも言わないでくれ」
「ああ、 構わんよ。 こっちも何の手掛かりがないんだ。 ゴシップレベルであろうとも十分だ」
「そうかい、 それじゃあ聞いてくれ。 翠月会っていうのは神眼を持つっていう総帥を中心に動いている団体だ。 会員はそれなりにいたって聞いている。 確か千人くらいだったかな。 ただ、 どいつもこいつも裕福な奴ららしい」
「それって宗教団体ってやつか?」
後部座席から桜子が声をかける。 刑事は後ろを振り向くことはなく、 バックミラーで桜子の姿を確認する。
「いや、 宗教法人の形はとっていないはずだ。なんでかは知らないけどな」
「それっておかしくないですか? 確か、 宗教法人としての認可を受ければ、 税金を中心に団体として色々と楽になるはずです」
「生憎、 そこまでは知らないな」
穂村の疑問に対しても、 刑事は知らないとあっさりと言った。 当然だろう。 彼の言葉を信じるならば、 彼は翠月会については又聞き程度の情報しかもっていないのだから。
「……もしかして、 何かから身を隠そうとしている?」
「さあな」
何かを思いついたように彩香がポツリと呟いた。 それに対してもアッサリと返答した刑事だったが、 円は友人の考えが近いのかもしれないと感じた。
そもそも、 円のような素人に警護を頼む理由は全くの不明である。 ただし、 これが“囮”と考えれば、 ある程度は納得がいく。 円達を餌に身を隠す原因になった“何か”をつり出そうというのだ。
そして、 釣り出された相手から情報を得るなり報復するなりといった方法で対応する。 妄想に近い推測だが、 割と当たっているのではないだろうか。
一方で、 なぜ今になってそういうことをするのか、 麗月という少女を囮にすることに抵抗はなかったのか、 という疑問もわいてくる。 特に少女を囮とすることに関して、 反対意見は出なかったのだろうか。
切羽詰まって、 仕方のないことだと判断したのかもしれないが、 最初に警護を頼んだ人物からはそのような余裕のなさを感じなかった。
「そろそろ続きを話してもいいかー? といっても、 知っている情報はあんまり残っていないが」
「え、 あ、 はい。 すいません」
悩んでいたのが分かっていたのか、 刑事が尋ねてくる。 慌てて思考を打ち切り、 答えた円の言葉を聞いて、 刑事は続きを話し始めた。
「なんでも、 その団体のトップは預言者らしい。 予言の力を使って、 どういう風に動いていけばいいのかっていうのを会員に教えてくれるらしい。 羨ましいなぁ」
「話を聞く限りでは本当に宗教団体みたいだな」
「だな、 法人としての登録はしていないらしいけど、 なんでなんだろうな。 会員については完全に紹介制。 うちの親父にそういう話が来ていたから、 俺も偶々知っていただけだがな」
はい、 これ以上は知らないからこの話はおしまい! そう言い切る刑事。
「そういえばさ、 あのナンパ野郎どもどうなった?」
「一応、 追ってはいるが、 望み薄だな。 その後の狙撃のインパクトが強すぎて周りの人間の記憶に残ってはいないらしい。 それに仮に捕まえたとしても、 そこから犯人につながるとは考えにくいな。 ライフルまで用意する相手だ。 あのナンパ師達の繋がりなんて大したことないだろうな」
桜子の思い出したような疑問に間宮が答えた。 反応は芳しくなかったが。
実際に彼らは何も知らないのだろう。 もし何か知っていたら、 狙撃されたときにあんなに狼狽えない。
うーん、 と悩む一行に、 運転席にいた刑事は「そろそろ移動しないか?」と聞いてくる。 その言葉を受けて間宮は元々自分が運転していたパトカーに戻ろうとする。
「君らも気を付けて帰りなよ」
刑事にそう言われながら、 麗月たちもパトカーから降りる。 さて、 これからどうすればいいのか。
彩香が口を開く。
「もう今日はここで解散にする?」
「いや、 皆はそれでいいけど、 麗月ちゃんはどうするの」
「円の家に泊めてあげたら?」
「いや、 それでもいいけど、 両親になんて説明すれば……」
そこまで言ったところで、 円の携帯から着信音が鳴る。
一体何事かと画面を見てみれば、 そこにあったのは知らない番号だった。
そのことを友人に伝えると、 彼女は電話に応答する。
「はい、 桐島です」
「もしもし、 桐島 円さんですね?」
円の本名を言ってくるあたり、 間違い電話ではないらしい。 円は警戒を一段階上げる。
「そうですが、 どなたですか?」
「君達の疑問に答えられる人物だよ」
男の声だ。 中年だろうか。 年齢的には推測にすぎないが麗月の父親ぐらいか。
「……翠月会の人は回りくどい言い方をするのが礼儀なんですか?」
「これは失礼。 ならばこう答えよう」
思い切って翠月会の名前を出してみたが、 相手は平然としている。 否定も、 逆に聞き返してくる様子もない。
一体、 どこまで自分達のことを知っているのか。 友人達も翠月会の名前が出た時点で、 警戒するような表情になる。
「麗月の父親にして、 翠月会総帥、 翠華 藍月です。 あなた達の疑問に答えられるだけの情報を持っています」
円の脳内に様々な疑問が浮かんでくる。
何故自分に警護を? あの男が言っていた言葉の真意は? 何故今になって連絡を取ってきた? そもそも、 自分の電話番号をどうやって知った?
それらを一息に飲み込んで、 円は一つの質問をした。
「……いつ、 どこで会えます?」
それは質問というより、 お願いという方が正しかったのかもしれない。
しかし、 藍月はそのことを指摘することなく、 こう告げた。
「今から会えませんか? 場所は如月喫茶店。 あなた達の大学の近くにある喫茶店です」
「……分かりました。 友人達を一緒に連れてきても?」
「ええ、 構いません。 娘と一緒に五人でいらしてください」
そこまで知っているのか。 という言葉を飲み込む円。 友人達のことを聞いてみても、 藍月は当然知っているかのように返答した。
慌てて周囲を振り向いても、 自分達を監視しているような人影は見えない。 知っているとしたら刑事達であるが、 翠月会と繋がっているとは考えられない。 もし繋がっているとしたら、 先程までの会話は何だったというのか。
「では、 今から向かいます」
「ええ、 よろしくお願いします」
そこで、 電話は切れた。 冬も半ばだというのに、 激しい運動もしていないというのに、円は自分が汗をかいているのに気付いた。




