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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
6.翠玉の“月”
33/53

1:ボディガード 円

 大幅改編の新章「翠玉の“月”」始まるよー


 最近、 ちまちまと評価やアクセス数が増えて嬉しい限り。

 これからも応援お願いします。


家族がなければ、 人はこの世界でただ1人、 寒さに震えるしかない。

Without a family, man, alone in the world, trembles with the cold.

     アンドレ・モーロワ

     Andre Maurois


「アンコール! アンコール!」


 舞台裏にまで響く大きな歓声を桐島(きりしま) (まどか)は静かに聞いていた。

 三塚市にあるライブハウス。 千人は入るだろう広さがあるそこの舞台裏に彼女はいた。

 ステージを降りて来たばかりのリードヴォーカルは、 汗が染みついた衣服を気にもせず、 ペットボトル内の水を一気に飲み干した。

 

「よし、 もう一息だよ!」

 

 しゃがれた声を気にもせず、 いつもの調子を崩さない彼女は、 いつもの明るさでバンドメンバーを見渡した。

 全員が全員、 大粒の汗を流し、 息を切らしている。 しかし、 その顔に疲労の色は見えない。 演奏を終えた後の高揚感と再び演奏を行うことへの興奮が疲労を感じさせないのだろう。

 ステージへと駆け上がろうとするバンドメンバーの邪魔にならないような位置に退くと、 ステージへ上がる階段の直前に男が二人立っているのが視界に入る。

 揃いの黒いTシャツを着ている男達は今回のイベントの為に雇われたスタッフたちだ。

 その片割れ、 サングラスをかけたスキンヘッドの男がリードヴォーカルの女性の前に立ちはだかる。 鍛え上げられた肉体は何らかの運動をしていることが理解できた。

 

「どいて」

 

 いきなり立ちはだかった男から一歩退いて、 リードヴォーカルは目の前を遮る男を睨みつける。 可愛らしいと言われる顔つきの彼女だが、 睨みつけるその顔は勇ましさを感じさせる。

 しかし、 男はそんな彼女の視線を気にもせずに、 いや、 むしろその視線を受けて興奮しているようだ。

 円は男の尻ポケットに不自然なふくらみがあるのに気付く。 男の右手は静かにその尻ポケットに伸びていく。

 

 そのことを理解すると、 円はリードヴォーカルと男の間に割り込んだ。 急に入ってきた大柄の女性にリードヴォーカルも男も唖然としている。

 

「何だよ……お前、 俺とアリアちゃんの邪魔をするつもりか!?」

 

 男の言葉に状況を理解したのだろう。 リードヴォーカル、 居相(いあい) アリアは顔を青ざめさせて、 更に数歩下がる。

 男が尻ポケットから抜いたナイフを突き出し、 円がその右手首を掴む。

 

「行って!」

 

 手首を大分強く握っているのにナイフを取り落とさない男から視線を外さずに強く言えば、 リードヴォーカルを含むバンドメンバーは、 逃げ出すように円と男をすり抜けて、 ステージへと上がっていく。

 

「てめえ……!」

 

 男が怒りを込めた視線を向けるが、 円の方は揺らぎもしない。

 右手首を掴んだ右手はそのままに、 一歩踏み込んで、 左の脇で男の右腕の付け根を挟み込む。

 そのまま、 右腕を前に引っ張ると同時に、 左足で相手の右足を払う。

 

「ぐぁあ!?」

 

 バランスを崩し、 倒れ込む男。 男を抑え込むように片足で体を押さえつけると、 同時に掴んでいた右腕を無理やり捩じりあげる。

 肩の関節が外れる感触と共に男の絶叫が舞台裏に響く。

 しかし、 その声はリードギターのうねるようなイントロと観客の絶叫にかき消され、 会場の方へと広がることはなかった。

 

 

 

 †

 

 

 

「やりすぎだ阿呆」

「しょうがないじゃん。 手加減が出来そうな状況じゃなかったし」

 

 三塚警察署。 円はなじみの刑事である間宮(まみや) 智樹(ともき)から缶コーヒーを受け取った。

 あの後、 周囲にいた他のスタッフから通報を受けたのだろう。 警官と一緒にやってきて、 男は逮捕された。

 その際に、 円も事情を説明するために、 一緒にパトカーに乗せられてきたのだった。

 

「最初っから警察に頼めばいいじゃねえか」

「……最初は相談したらしいけど、 ろくに対応してくれなかったから、 私が頼まれたんだけど?」

 

 間宮からの言葉に責めるように答える円。

 彼女の言葉を聞いた刑事は「は? まじかよ」と素の言葉が出てしまう。

 

 そもそものきっかけは、 学生の間で評判になっていたバンドグループ「PLANET」のリードヴォーカルである居相 アリアのストーカー被害からだった。

 帰り道で尾行される。 送り主のない贈り物が玄関先に置かれている。 ゴミ袋が漁られている。

 そんなことが十日ほど続いたある日、 「アリアの恋人」を名乗る男に馴れ馴れしく話しかけられた上に、 腕を掴まれるという事案が発生する。

 その時は近くにいたバンドメンバーが男を追い払ったらしいが、 そのことを逆恨みした男は犯行予告のようなものを送り付けてきた。 かなり生々しいそれを見た彼女はすぐに警察に相談した。

 しかし、 相談を受けた警察はかなり能天気な反応であった。 一応、 彼女自宅周辺の巡回を増やすことを約束したものの、 それ以上のことをしなかった。

 殺害予告めいた手紙は来なくなったが、 尾行される回数は増え、 ゴミ袋は毎回のように荒らされた。 玄関のカギをこじ開けようとした跡が見つかった時も、 警察に相談したが、 乗り気ではなかったという。

 贈り物を気味悪がって捨ててしまったのが災いして、 男が怪しいという物的証拠はなく、 訴えることもできない。

 そんな状況ではライブ活動を行うべきではなかったのだが、 「PLANET」というバンドが簡単に止まれる状況ではなかった。

 ある音楽プロダクションからメジャーデビューの話が来ていたのだ。

 「PLANET」の面々からすれば、 またとない機会。 しかし、 それにはある条件があった。

 簡単に言えば、 ライブの成功。 三塚市内で一番大きいライブハウスでのライブを成功させることが、 メジャーデビューの最低条件だった。

 そして、 そのライブは残り数日にまで迫っていた。

 彼女の事情でライブを中止することは容易いだろう。 しかし、 それは「PLANET」のメジャーデビューがなくなりかねないということも意味していた。

 警察はあてにはならない。 友人に危険が及ぶかもしれない。 だけど目の前に現れたチャンスを掴みたい。

 困り果てたメンバーは友人の友人である円にアリアのボディガードを頼むという賭けに出た。

 頼まれた円もちょっとしたバイト感覚で引き受けて、 冒頭の事件に至る。

 

「マジかよ……」

 

 詳しい事情を知った間宮は身内の不祥事に頭を抱える。 彼自身は何も悪くないのだが、 やはり思うところがあるのだろう。

 

「そういうわけだから、 もう帰っていい?」

 

 もう夜もだいぶ遅い。 事件に巻き込まれたために、 警察に事情を説明すること、 そのために遅くなることは伝えているものの、 早く帰れるならば帰りたいというのが人間というものだ。

 

「期末考査も終わったし、 早く休みたいんだよ」

「あーこれから春休みか。 学生はいいなあ」

「間宮さんだって学生だったじゃん」

「だから、 羨ましいんだよ。 まあ、 何かあったら連絡するから、 今日のところはもう帰っていいよ」

 

 はあ、 と溜息をつく間宮。 そんな彼を一度振り返り、 「じゃあ、 また」と別れの挨拶を告げて、 警察署の玄関から帰ろうとする。

 

「お待ちください」

 

 そんな彼女の前を遮るように一人の男が現れる。 フード付きの黄色いローブという奇妙な服装をした男は、 同じ黄色いコートを着た小さな人物を連れていた。

 二人とも深くかぶったフードで頭を隠しており、 その表情はよく見えない。

 

「桐島 円さんですね……?」

「そうだけど?」

 

 そう答えながら、 目の前の男を警戒する円。 パッと見た限りでは男が何らかの武器を持っている様子はない。 せいぜいがその手に持っている鞄の中身が気になるくらいか。 中肉中背で、 武道を経験したようにも見えない。

 しかし、 だからといって目の前の男が安全であるとは限らないのだ。 そもそも、 この男は何故円のことを知っている? その事実が、 彼女が警戒を解かせない。

 そして、 彼女が警戒をしていることに気付いたらしく、 男は慌てたように手を振る。

 

「貴女に依頼があります。 ボディガードの依頼です。 期限は一週間」

「なんで私に? 警察に頼ればいいし、 民間のボディガード業の人に頼ってもいい。 ど素人に依頼するなんておかしくない?」

「依頼料ももちろんあります」

「話聞いて?」

 

 円の疑問に答えようともせず、 持っている鞄の中身を漁る男。 そのまま鞄から取り出したのはそれなりの厚さがある札束。 三つほどにまとめられているそれを円の目の前に差し出す。

 

「これくらいでいかがでしょう?」

「いや、 こんなにあるなら民間の専門職に頼った方が……」

「もちろん成功報酬もあります」

「話聞いて?」

 

 空いている手で、 鞄の中身を見せる男。 その中には円に差し出されたものと同じ厚さの札束が少なくとも十はあった。

 

「待ってくれ。 ボディガードの依頼ってことは何か事件が起こりうるということか? それなら警察に一報してくれたら……」

「警察はこういう時には頼りになりません」

「それもそうだね」

「おい」

 

 怪しい男に同調する円に思わず突っ込む間宮。 ただ、 今彼女が警察署にいる原因はそもそも警察が頼りにならなかったからだという事実に思い至り、 それ以上何か言うことはなかった。

 

「護衛対象はこの娘です。 名前は翠華(ツェイファ) 麗月(リーユエ)

「いや、 だからなんで私が……」

「『この世界の裏側を知っている貴女だからこそ、 対処できる事態がある』……総帥のお言葉です」

『!?』

 

 大金を持っているのに素人に何故頼るのか。

 円が最初から尋ね続けている疑問に対する答えに、 円だけではなく間宮も目を見開く。

 

「あんたは何を知っている!? “総帥”っていうのは誰のことなんだ!?」

「残念ですがそれに答えるわけにはいきません。 ……ただ一つ言えることは―――

 

 ―――この依頼を受けなければ世界が危機に陥る。 ということです」

 

 そう告げた男は、 言っていることを理解しようと呆然となっている円に無理矢理札束を三つ握らせると、 先程まで、 連れていた少女を押し付けて、 近くに停めてあった車に乗り込む。

 

「え、 ちょっと待って。 あなた達はいったい……」

「本来ならば口止めされていることなのですが……お答えします」


 男は円達の方を振り返る。


「我々は“翠月会” 人類の未来を知り、 それを守ろうとする者達です」

 

 男はそれだけ言うと、 円と間宮の制止の声を無視して、 車を走らせた。

 

 

 

「……どうする?」

 

 三塚警察署のロビー。 円と間宮は備え付けられている安物のベンチに腰かけていた。

 

「どうするもこうするもないだろ。 翠月会というのはこっちで調べてみるから、 この娘の護衛をしたらいいんじゃないか?」

 

 あの男が言っていたことも気になるしな。

 間宮はそう言って、 面倒くさそうに頭を掻く。 その姿を見て、 円は内心で「無責任な」と呆れる。

 ただ、 口にはしない。 目の前にいる申し訳なさそうにしている少女、 麗月が必要以上に気にしてしまうからだ。 さすがに小学生程度の少女に余計な気遣いをさせるつもりはない。

 

「あの……すいません」

「ああ、 気にしないで。 お金も貰っているしね」

 

 そう言いながら、 ベンチに置いている札束を指さす。

 簡単に数えてみたが、 一束当たり一万円が百枚、 すなわち百万円の札束が三束、 そこに置かれていた。

 それでもなお、 申し訳なさそうな表情をしている麗月に話題を変える意味も含めて、 気になっていたことを尋ねる。

 

「ところで……その額の模様って……」


 そこまで聞いてみて、 内心で「失敗したか?」と後悔する。

 少女の額には緑色の文様が描かれていた。 入れ墨か何かだろうか。

 文様の中心に描かれているのは瞳。 遠目に見たならば、 彼女の額に三つ目の瞳があるのではないか、 と勘違いする人が出るだろう。

 もしかしたら、 彼女が望んで描かれたものではないのかもしれない。 先程の男が言っていた“翠月会”が勝手に描いたものかもしれないのだ。 むしろ、 その可能性が高いだろう。

 しかし、 そんな円の心配をよそに、 麗月は特に何も気にしていないように答えた。


「これですか? 生まれつきなんですよ。 父や叔父にも似たような文様があるので、 多分一族特有のものかも。 わたしのよりも大分薄いんですけど」

 

 そう答える姿からは、 特に気にしている様子は見られない。 学校では問題にならなかったのだろうか。

 

「学校ではですか? ……流石に隠しますね。 体育の授業なんかも理由をつけて休んで。 運動は嫌いなんでいいんですけど」

 

 円の問いにそう答える。 やはり気にしているようには見えない。

 こちらが気にしすぎただけだったか。 円は彼女の様子を見てそう判断する。

 大分仲良くなってきているな。 間宮は二人が会話する様子を見てそう判断する。

 

「じゃあ、 そう言うわけでよろしくな! 流石にこんな時間に保護できそうな場所はないし、 警察署(ウチ)の仮眠室使っていいから!」

「……まあ、 そうするしかないよね」

 

 流石に麗月を連れて帰るわけにはいかない。 彼女の保護を頼んだ翠月会の目的が分からない以上、 彼女を守ってやるべきなのだろう。 それが彼らの狙いだとしても。

 

 ふう、 と思わずため息をついて、 天井を見上げる。

 明日以降はどう動けばいいのだろうかと考えながら。

 

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