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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
5.鏡面の“雪”
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Epilogue:鏡の行方


運命は一つの災いを与えるだけでは満足しない。

Fate is not satisfied with inflicting one calamity.

     プブリリウス・シルス

     Publilius Syrus


 天から降りてくる手を見た時、 北野 理沙は何故、 “鏡”が村では門外不出の秘宝とされていたのか理解した。

 あの手は鏡が呼んだものだ。 いや、 鏡があの手の主を呼ぶための道具だったのだ。

 ゆえに、 あの男が独占していたのが気に食わなかったのだ。 このような素晴らしい景色を独り占めするつもりだったのだろう。

 この光景はもっと多くの人に見せるべきなのだ。

 

「逃げろ―――!」

 

 誰かが何かを叫んでいる。 “神々しい”手が獣を、 雪を、 掴んで持っていく光景しか目に入っていない彼女にはそんな些細なことはどうでもよかった。

 あの手の先にこそ彼女が望んだ物があるに違いない。 彼女はそう確信していた。 根拠を問われても答えることはできなかっただろうが。

 次々と手が自身の周りの雪や獣を掴んで持っていく。 とうとう、 そのうちの一つが理沙の方へとその手を伸ばす。 理沙自身もまるでその手が来るのを待ちわびていたかのように手を伸ばす。

 

「ヒッ、 ヒイィイイ! た、 助けっ、 助けてくれ!」

 

 自分よりも先に手に捕まれた大森 勤造が何か叫んでいる。 もがくような動きから、 手から逃れようとしているようだ。

 愚かなことだ。 と彼女は内心で嘲笑う。 あの鏡に固執していたのはこれが目的だったのではないか? 雪解鏡の持つ真の力を理解していたからこそ、 鏡を独占しようとしていたのではないのか?

 自身を掴み上げていく指に捕まりながら、 彼女は下を見下ろした。どんどん小さくなっていく龍原グランドホテルがそこにはあった。 まるで矮小な人間のようだ。

 先程よりも突き刺すような寒さが肌を刺す。 しかし、 それすらも気にならないほどの高揚が彼女を包んでいた。

 

「あ、 あぁ……」

 

 隣にいた男が絶望の声を上げる。 それが彼女には理解できなかった。

 少しだけ考えて、 彼女は理解する。 自分の聞き間違いだったのだと。 男の上げた声は感極まった挙句に漏れてしまった声なのだと。

 そう考えて、 笑顔を浮かべようとして……、 自身の顔が凍り付いていることに気付いた。

 まあいい、 大した問題ではない。 これから自身にはこんなことよりも素晴らしいものに出会えるのだから。

 そして、 手は多くのものを掴んで天空のはるか彼方に消えていった。

 

 その後の空はいつも通りの天気と同じ、 幾つかの雲と光り輝く太陽だけがそこにあった。

 

 

 

 †

 

 

 

「ぶぇっくし!!」

「汚ねえなおい!」

 

 龍原リゾートでの事件から数日後、 桐宮市にある桐島家にて。

 桐島 円は盛大に風邪をひいていた。 父である桐島 晃と同様に。

 至極当然と言えた。 猛吹雪吹き荒れる極寒の地で、 部屋着のまま大立ち回りを演じたのだ。 その後、 すぐに熱いシャワーを浴びて、 新しい服に着替えたものの、大した効果はなかったようだった。

 いくつかの面倒ごとを終えて、 半ば逃げ帰るように懐かしきわが家へ帰ってきたことで、 想定していたものよりも 、 肉体的、 精神的に疲労がたまっていたのも一因だろう。

 

 

 

 龍原リゾートが吹雪に囲まれたとき、 外でも相当の騒ぎになっていた。

 これもまあ、 当然と言えば当然の事である。 あの時、 プレオープンセレモニーに参加していたのはほとんどが有名な著名人だった。 彼らとの連絡が一斉に途絶えたとなれば、 関係者達はさぞや大慌てだったことだろう。

 そんな著名人たちを救うため、救助部隊が派遣されたのだが、 当時の龍原リゾート周辺にのみ発生していた猛吹雪によって、 救助部隊は足止めされていた。

 結果として、 彼らが人々を救出できたのは全てが終わった後。 吹雪が止み、 しばらくの間見えなかった太陽が大地を照らし出してからだった。

 

 その後、 ホテルにたどり着いた救助隊はさぞや困ったことだろう。 一階は正面扉と裏口が盛大に破られ、 二階へと続く階段を上がれば、 その先にあった防災シャッターも破壊されていた。

 更に死者、 重傷者多数。 オーナーに至っては行方不明。 他にも行方不明者がいるなど、 一体何が起こったのか想像できなくても責める者はいないだろう。 詳しい事情を聴こうにも、 事件に関わった者達は頓珍漢な事しか言わない。

 一通りの話を聞いた救助隊は最初、 薬物による幻覚や妄想が原因であると考えた。 というより、 それ以外の原因なんて考えようがなかった。 局所的な猛吹雪については“異常気象”の一言で片付けられた。

 

 薬物が原因と考えられたのならば、 次に行うことは対応部署への連絡だ。 警察の刑事部薬物銃器対策課や厚生省麻薬取締部に連絡を取れば一時間で刑事や麻薬取締官が検査器具を片手にやってきたものの、 早々に帰ってしまった。

 これは龍原グランドホテルに宿泊していた著名人からの苦情があったのだろう。 彼らからすれば当然ともいえる。 吹雪もやみ、 早く帰りたいのに、 薬物の疑いをかけられて、 更に拘束されてはたまったものではない。

 彼らの中には政治家もいた。 彼らから圧力が来たのだろう。 宿泊客たちは念のためと、 連絡先を確認された後、 解放となった。

 まあ、 仮に薬物検査をしたとしても、 何も出ることはなかっただろう。 円達が見たあの光景は幻覚や妄想の類ではなく、 現実だったのだから。

 結局のところ、 事件は詳細が分からないまま、 迷宮入りとなるだろう。 行方不明となった人々の捜索は続けられるのかもしれないが、 はたして、 五体満足なまま見つかるのだろうか。

 しばらくは、 この事件は三流のオカルト雑誌や下らないバラエティーを賑わせることになるだろう。

 

「円〜。 お見舞いに来たよ〜」

「あ、 彩香〜。 入っ……えっぐしぃ!」

「だから汚ねぇ! もう少し静かにやれよ!」

 

 うら若き乙女とは到底考えられない盛大なくしゃみをしながら、 円は友人である泉 彩香を歓迎する。

 先程から食事やら薬やらを届けに来てくれる弟が文句を言ってくるが、 円は聞こえなかったふりをして友人と話し始める。

 ワイワイと盛り上がり始めた二人を見て、 「早く休めよ」とだけ言い残して弟は部屋を出た。

 その後、 友人とのおしゃべりが楽しすぎて、 昔のアルバムなどを引っ張り出して思い出話に花を咲かせた円の風邪が悪化するのは当然の話であった。 それを見た弟が「バッカじゃねえの」と呟くのは別の話。

 

 

 

 †

 

 

 

 龍原リゾート。 警察や麻薬取締官、 救急隊だけではなく、 宿泊客やスタッフが引き上げたその地には誰一人として残されてはいなかった。

 ただ、 観光の目玉の一つとなりえたであろう美しい雪原と、 栄枯盛衰という言葉が似合いそうなほど、 寂し気に建つ施設群がそこにあるだけだった。

 この地を開発し、 管理・運営していく予定だった大森グループは現在、 ワンマン経営者であったオーナーの行方不明によって混乱状態に陥っており、 巨額の資金を投入して築き上げたこのリゾートにかまっている余裕さえも失っていた。

 そんな、 誰一人いないはずである静かな雪原に響く二つの足音。 人、 あるいはそれに類する者達の足音は、 新雪を踏む音を響かせながら、 ある一点まで来るとその足を止める。

 足音の主の一人。 “キリシマ”と呼ばれていた男は、 その場にしゃがみ込むと、 雪上からわずかに見える金属を掴んで引っ張り上げた。

 それは銅鏡だった。 大森 勤造が求め、 今回の事件の原因にもなった御神体“雪解鏡”。 “キリシマ”が拾い上げたのはそれだった。

 以前放っていた禍々しい光を放たなくなった銅鏡は一見すると、 歴史的価値はそれなりにありそうな古美術品にしか見えない。 しかし、 鏡にはまだ何か秘密があるのか、 拾った本人である“キリシマ”は邪悪な笑みを浮かべていた。

 

「お爺様」

 

 足音のもう一人の主、 アナスタシアが声をかける。 その表情はいわば“嘲笑”。 その対象が誰であるかは分からない。 もしかしたら目の前にいる“お爺様”を嗤っているのかもしてない。

 “お爺様”はそんな彼女の態度を気にもかけずに鋭い視線を向ける。

 

「いささか、 力を出しすぎたのではないかね?」

「さあ、 ヒトの真似は少しばかり難しいので、 “本当の力”は見せなかったのでまだ大丈夫ではあると思いますが」

 

 責めるような口調の“キリシマ”に悪びれることもなく平然と答えるアナスタシア。

 「まあいい」と会話を打ち切った“キリシマ”は銅鏡に視線を向けると感慨深そうに笑みを浮かべた。

 

「……これであと一つ、 か」

 

 そう呟くと、 “キリシマ”は感慨深げに空を仰ぐ。

 晴天だったはずの空模様は少しずつ黒く重なった雲が増えだしていた。

 

 

 

 「まだ事件は終わっていないぞ」と嘲笑うかのように。

 


次章は少し遅れるかもしれません。

結構作りなおす予定なので……

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