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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
1.神様からの贈り物
3/53

3:狂信者達


 朝から彩香の様子がおかしい。

 

 何かに悩んでいると言えばそのように見えるし、 何かに苦しんでいるといえばそう見える。

 昨日、 別れた時はそのような様子は全くと言っていいほどなかった。

 どこかケガをした様子もない。 ゆえに別れた後、 彼女に何があったのか、 円には見当もつかなかった。

 

 なので聞いてみた。 調子が悪そうだけどどうしたの? と。


「ん? ああ、 実は夢見が悪くて……そのくせに妙にリアルだったというか、 実際に自分でやったみたいな気がして……」

「実際に自分がやったって、 どんな夢を見たの?」

「人を殺す夢」

「え?」

 

 友人から放たれた言葉は単純だが、 今なお残っていた軽い眠気を吹き飛ばすには十分な威力があった。

 言った本人は特に何かを意識していたわけではないのだろう。 「あ、 いや」と言い訳するように言葉を紡ぐが、 結局は何も思いつかなかったらしい。「ハハハ……」と力なく笑うと、 事の次第を話し始めた。

 昨夜見た夢のことを。 あまりにリアルすぎたその夢を話しているうちにより鮮明に思い出してしまったらしい。 その顔色はさらに青くなっていく。


「大丈夫?」

「あー、 うん、 多分大丈夫」

「それでさ、 さっきの夢の話なんだけど」

「続けるんだ……」

 

 話を蒸し返すと、 円は自分のスマートフォンを操作し始める。

 呆れたような表情をしていた彩香だったが、 円が見せたスマートフォンの画面を見るとその表情は一瞬で凍り付く。

 

 そこにあったのは昨夜……いや、 時間的には今日になる時間帯に発生した事件を知らせる記事だった。

 内容ははっきり言って単純な殺人事件。 殺害されたのはさる企業の管理職。 犯人は不明。 事件の場所は薄暗い裏路地の一角。 二日に一回は寄っていたという、 裏路地のバーを出たところを襲われたようだった。

 悲鳴を上げる間もなかったようで、 目撃者はいなかった。 最近繁華街に設置され始めた監視カメラも裏路地までは把握しておらず、 目ぼしい証拠はないという。

 そのニュースサイトには詳しいことはこれ以上何も載ってはいなかった。 被害者の姿も、 詳しい事件の場所も。 どのように殺害されたのかも。

 しかし、 彼女にはその事件の光景がありありと目に浮かんできた。

 まるで、 昨夜見た悪夢が蘇るようで―――


「なんか、 これに似ているような気が……って彩香!?」

 

 友人の言葉が遠くなる感覚と共に、 彩香は意識を失った。

 

 

 

 †

 

 

 

「ほーん、 中々面白そうな話になってきたんじゃねえか」

「いや、 面白くもないですよ。 結局一限の授業は休む羽目になりましたし」

「あ〜、 あたしも結構あの授業がやばいのに……」

 

 その日の講義は全て終わり、 時刻は夕方。

 大学近くの喫茶店で円と彩香は桜子に今朝起きたことを話していた。 桜子の方も伝えることがあるらしく、 数枚の紙を見せつけるように扇いでいる。

 後輩達の話を聞いて、 楽しそうに笑う桜子と、 うなだれる円と彩香。

 事実、 彩香が倒れた後は大学にいたこともあり、 医務室に連れて行ったのだが、 一限には完全に遅れてしまった。 円の場合は理由があろうとも遅刻を許さない講師であり、 彩香の場合は目覚めたのは一限が終わっていた後だった。

 結局のところ円の余計なひらめきでかける必要のない苦労をかけてしまったと言えるだろう。 それを楽しんでいる桜子は少し意地が悪いと思うのだが。


「それで? 先輩はいったい何を掴んできたんですか?」

 

 うなだれたままの円の問いに、 桜子はニヤリとあくどい笑みを浮かべる。 そのまま扇いでいた数枚の紙をテーブルの上に広げていく。

 そこには彼女が図書館で貰った“グラーキの黙示録”についての資料が載っていた。

 何事かとそれを見る後輩達だが、 ほんの数枚しかないその内容を確認していくうちに、 その表情はゆがんでいく。


「なにこれ」

 

 ボソリと呟いたのは彩香だ。 その表情は微妙だ。

 それもそのはず。 目の前にいる先輩がどや顔で差し出してきたその資料には大したことは載っていなかったのだ。 “グラーキの黙示録”が中央図書館に寄付されているのが分かったのはいいが、 その巻数は九巻のみ。 更にその基になった版も十一巻のみだという。 間違っても“グラーキの黙示録”の十二巻目は存在しない。

 しかし、 あの日彩香は確かに聞いたのだ。 「“グラーキの黙示録”の十二巻目を是非読んでほしい」と。 それが意味するものは……


「お前、 ひょっとして聞き間違えたんじゃないのか?」

「いや、 流石にそんなことはないとは思うけど……」

 

 桜子に問い詰められて、 しどろもどろになる彩香。 彼らの会話を聞いた直後ならばともかく、 あれから数日も経っている。 記憶に確信がいまいち持てないのだ。

 なじるような視線を向ける桜子と悩むように頭を抱える彩香を尻目に、 一人資料に目を通していた円は、 ふと思いついたように呟く。


「ひょっとしたら、 “さらに前の黙示録”があったのかもしれない」

 

 円の呟きに二人は驚いたように円の方に視線を向ける。 突然視線を浴びた円は驚きつつも、 自身が思いついた考えを話し出した。


「今、 中央図書館にある“グラーキの黙示録”も以前の手稿本から要約されたものなんだよね? それなら、 更に以前のものがあって、 十一巻の黙示録はそこから要約されたものなのかもしれないって考えたんだけど……」

「ああ、 確かにそれなら十二巻目があってもおかしくはないな。 問題はそんな古い本を林田がどうやって手に入れたという話になるわけだが」

「もしかしたら、 林田は何らかの方法で十一巻の手稿本の方を読んだのかもしれない。 それで変な妄想に捕らわれて、 自分で十二巻目を書いたとか……う〜ん、 ないか」

 

 円の考えをきっかけに、 桜子、 彩香が自身の考えを話し出す。

 ワイワイと物騒なことを話し始めた三人娘をカウンターにいた年齢不詳のマスターは困ったような顔で見ていた。

 

 もっとも、 注意をしなかったマスターの困惑など彼女達は気がつかなかったのだが。


「あ、 そういえば、 まだ話していないことがあったんだ」

 

 自分の考えを各々話し終わったところで、 円がある出来事を思い出す。

 なんだなんだと黙りつつ、 視線で続きを促す二人。 先輩と友人から送られる無言の催促に彼女は思い出した出来事を脳内で整理しつつ話し出す。


「いや、 あの後、 石間先生とあってね。 その際に変に細長い何かを持っていたの。 何なのかなーって思ってたらぶつかっちゃって、 その際に細長い何かも落としたんだけど、 それなんだったと思う?」

「え、 なに? 巻物とか?」

 

 円の説明が中途半端だったのか、 変な勘違いをしている彩香に「違うよ」と苦笑しながら訂正する円。 その態度に馬鹿にされたと感じたのか、 ふくれっ面の不機嫌になりなる彩香。 その姿は体格の低さも相まって、 子供にしか見えない。

 そんなことするから、 先輩に馬鹿にされるんだよなあ、 と自身の説明の拙さを棚に上げて再び苦笑する円。 案の定、 桜子は「小学生かよ」と笑いながら彩香の頭をポンポンと叩く。

 ますますふくれっ面になっていく彩香。 これ以上、 彼女の機嫌を損ねないために、 円は話を強引に戻す。


「その細長い何かは彫刻だったの。 それも奇妙な腕の」

「腕ぇ? それがどう奇妙なんだよ」


 桜子が自分の腕を見ながら尋ねてくる。 特に芸術に詳しいわけでもないため、 腕の彫刻自体に何か問題があるとは考えてはいないようだ。 円自身も芸術に明るいわけでもないので、 腕を模した彫刻作品自体に何か言える立場ではないのだが、 “アレ”は別だ。

 酷く不揃いに生えた歯をむき出しにした獣のような口。 あんなものを手の平に彫っているというだけで、 あのようなおぞましさを感じさせるものになるとは誰が予想できようか。

 今度は事細かに自身が覚えている特徴を口にする円。 しかし、 彼女が感じた“何か”が二人に伝わらなかったようで、 二人とも理解できないような表情をしていた。


「いや、 まあ、 言いたいことは分かるけどさ……」

「確かに手の平に口ってどんな考えをしていたら思いつくんだろーな。 それにそんなものを幸運のお守りにするって考えもいまいち理解しがたいな」

 

 ただ、 二人ともそのような奇妙な彫刻をお守りと信じている石間の異常さには気づいてもらえたらしい。

 若干引いたような表情で二人はそう答えた。

 

 

 

 気がつけば日ごとに強くなっていく光を放つ太陽はビル群の谷間に少しずつ沈んでいき、 空は茜色に染まっていた。

 喫茶店を出た三人は各々の家に帰ろうと駅への道を歩いていた。


「おー、 最近は日の沈みが遅いなー」

 

 二ヶ月前ならもう暗くなっていた時間帯なのになー。 と呟きながら先頭を歩くは蕨 桜子。 彼女の二歩ほど後ろを、 後輩である桐島 円と泉 彩香が肩を並べて歩いていた。

 結局、 あの後大した情報や推理が出ることはなく、 明日以降の行動予定は石間講師と林田の二名の最近の様子について調べてみることになった。

 ただ、 林田はあまり大学に来なかった医学部生で石間は文学部で講義を行う非常勤講師の一人に過ぎない。 はっきり言って彼女達三人とそれほど関わりがあるわけでもなかった。 当然慎重に行わなければ、 向こうに感づかれる恐れがあった。

 まあ、 感づかれたところで、 どうなるのかは彼女達には分からないのだが、 あまり良くない結果になるのだろうと漠然と感じていた。 彼女達の気分はまるで刑事ドラマの主人公である。

 

「ま、 明日の調査よりも今日の晩御飯のことを考えないとな」

 

 さーて、 何食べよっかなー。 と考えていた彩香だが、 前をよく見てなかったために、 立ち止まっていた桜子に気がつかず、 ぶつかってしまう。

 幸いにも、 しりもちをつく前に、 隣を歩いていた円に「大丈夫?」と受け止められたことで倒れずにすんだ。

 立ち止まった桜子に文句を言おうとした彩香だが、 桜子の前に二人の男性が立ちふさがっていたことに気がつく。 彼らはそれぞれ、 金属バットとナイフを握りしめている。 荒事慣れしている雰囲気は感じないが、 その表情からはこちらに危害を加えるようにしか見えない。

 

「……どちらさま? 言っとくけどおたくらは別に好みってわけじゃないからナンパされても困るんだけど」

 

 桜子が冗談めいた口調でそう目の前にいる男達に言うが、 彼らは全く意に介さない。

 円が後ろからの気配を感じて振り返れば、 同じような武装をしている女性が二人。 よく見れば以前、 円達と講義を代わるように頼んできた女学生達だ。 彼女達四人の視線は全て円に注がれている。 その視線には殺意がこもっている。

 

「どうやら用事があるのは円だけみたいだけど、 あんた彼らに何をしたんだ? 謝るのならば今のうちじゃない?」

 

 桜子の揶揄するような言葉に、 溜息をつきながら円が答える。

 

「謝っても許してもらえそうにない雰囲気ですけどね。 そもそも、 後ろの二人はともかく、 前の男二人に心当たりはないんですよ」

「彼女達には何やらかしたの?」

「講義の席を譲ってくれって言われましたが断っただけですよ。 ちなみに言われたのは石間先生の講義です」

「! へえ……! いつの間にこんなにモテるようになったんだ石間センセイは」

「知りませんよ」

 

 そう言いながらも二人は拳を構える。 円は幼いころから空手を習っており、 高校時代には全国大会にまで出たことのある実力者である。 ちなみに桜子の方は、 喧嘩っ早いだけで、 特に何か格闘技を教わったことはない。

 この三人の中で唯一、 荒事慣れしていない彩香が、 落ち着かなさげに視線を動かす。 そんな彼女を守るように円は前方の男二人に、 桜子は後ろの女性二人に相対する。

 いくら、 桜子が片方を受け持ってくれるとはいえ、 流石に彩香を守りながら凶器を持つ四人を相手に彩香を守り切れると考えるほど円は甘くない。 そもそも、 彼女は桜子の実力をよくは知らなかったりするのだ。

 

 「彩香、 逃げて」

 「え? でも……」

 「警察と救急よろしく」

 

 緊張しているのか、 少し硬い声色で話しかける円の言葉を受け、 彩香は少し躊躇う。 しかし、 意を決したのか「気を付けてね」と言いながら囲んでいる四人を避けるように反対側の道路へと彩香は逃げ出した。

 四人はそんな彩香を一瞬、 視線で追っていたが、 興味がないのか、 その視線を円に再び向ける。

 

「護身用の武器でも持ってくればよかったな」

 

 桜子が凶器を持つ女性二人を見て、 そう溜息をつく。

 金属バットやナイフなど素人が振り回しても十分な威力がある。 そんな相手に無手かつ防具なしの状況で挑むのは無謀としか言いようがない。

 

「じゃあ、 次から常に持ち歩くようにすればいいじゃないですか」

 

 そう冗談めいたことを言いながら、 円は前方の男をにらみつける。

 

 

 そして、

 

 

 「あなたが悪いのよ。 石間先生の講義を譲ってくれないあなたが」

 

 どこか抑揚にかける声で、 女学生が呟いたのをきっかけに、 囲んでいた四人が各々の凶器を強く握りしめると、 一斉に円と桜子に襲い掛かってきた。


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