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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
5.鏡面の“雪”
25/53

2:来訪者達

 

 深い灰色の空から白い雪が降り注ぐ。 山中ということもあってか、 雪は溶けることなく、 大地と周囲の建造物を白く染め上げていた。

 

「おぉー、 雪だ。 寒い寒い!」

「しばらくは快晴だって天気予報では言っていたんだけどなあ」

 

 龍原リゾート滞在二日目。 夕方までは雲一つなかった昨日とは違い、 降り注ぐ雪の素になっている分厚い雪によって太陽の光は遮られていた。 降雪と合わせて視界が悪くなるというほどではないが、 太陽の恩恵がないというのはやはり厳しい。

 そんな中、 円は従妹の愛理と一緒に龍原リゾートにある広場に来ていた。 辺り一面、 雪景色の広場は白く染まった木々の他に、 有名な芸術家と呼ばれる人々が作ったという様々な芸術作品が各所に点在していた。 芸術的過ぎて円にはよく分からなかったが、 恐らく素晴らしい作品ばかりなのだろう。 きっと。

 雪が珍しいのか普段よりも高いテンションで広場を駆け回る愛理。 そんな従妹を眺めながら、 円は白い息を吐いてポツリと呟いた。

 

「あー、 本当に寒いなあ……こんなに寒いと部屋で一杯やっていたいよ」

 

 だが、 今の時間帯は昼。 そんな時に一杯やっていたら、 今夜のプレオープンセレモニー、 正式なオープンセレモニーの前に行われるちょっとした講演会とパーティーに酒が残った状態で参加することになってしまう。

 さすがにそんな状態で今夜のセレモニーに出るのは非常識極まりない。 それにセレモニーではそれなりに良い酒が出てくるだろう。 酒好きの円としては中途半端に飲むよりもそういった酒をしっかりと飲んでみたいと考えていたりする。

 かくして、 円は寒さに震えながら、従妹のお守りを続けているのであった。

 ちなみに、 彼女達の親は龍原グランドホテルにある高級レストランで久方ぶりの思い出話に花を咲かせていた。 彼らが長時間話し合える機械などそうそうなく、 今年も正月に実家に全員が集まった時以来だった。 四人の仲は決して悪いものではないので、 話しの話題が尽きる頃にはプレオープンセレモニーの準備を始める必要があるだろう。

 この場にいない弟、 桐島 誠は従妹の世話を姉へと押し付け、 どこかへ行っていた。 龍原リゾートが様々な施設を詰め込んだ統合型リゾートだとしてもグランドホテルの外にある施設のほとんどはプレオープンセレモニーの翌日、 すなわち明日にならなければ開くことはない。 弟が楽しめるような施設などなかったはずだが……。

 

「うわっぷっ」

「へへっ、 やりぃ!」

 

 様々なことをぼんやりと考えていたのが悪かったのか、 隙だらけの側頭部に雪玉がぶつけられる。 雪玉を投げた下手人である愛理は悪戯っ子のような笑みを浮かべて、 円から逃げ出す。

 どこからどう見ても元気なわんぱく娘の姿は数カ月前に誘拐されて監禁されたとは思えないほど明るいものだ。

 どうやら、 あの事件の事はもう気にしてはいないようだと安心しているところで二発目の雪玉。 顔目掛けて真正面から飛来したそれを右腕であっさりとガードする。

 右腕を下ろして開けた視界の先では、 従妹が「あっヤバ」と言いそうな表情をしていた。 というより、 普通に言っていた。

 そのまま反転して先程よりも早く逃げ出す従妹。 しかし、 慣れない雪に足を取られて盛大に転倒する。 「いたたたた……」という声とともに顔を上げた愛理に差し出された手。

 

「大丈夫? 」

 

 差し出された手は円の物ではなかった。

 彼女の第一印象は“雪の妖精”。 淡い金の髪と雪のように白い肌はまるで国産ファンタジーに出てくるエルフのようだった。 あとは耳が長く、 着ている服も幻想的なものであれば、 完全に国産エルフだ。

 残念なことに、 彼女の耳は人間の耳と大差なく、 着ている服もどこにでも見られるレディーススーツなのだが。

 ただ、 その服装が似つかわしくないわけではなく、 “妖精”がスーツを着こなしたらこのように見えるのだろうという印象を円に与えた。 ただそれ以上に気になったことが二つ。

 

 ―――寒くないのかな。 あと、 いつの間に来たんだろう。

 

 彼女の服装は先ほども言った通り、 スーツである。 その上にコートやジャケットを着ているわけでもない。 そして今の気温は厚着をしている円や愛理が「寒い」というレベルだ。

 そして、 雪玉を投げられた時、 周囲に人影は見えなかった。 雪が降ってはいるものの、 周囲が見えなくなるほど天候が悪くなっているわけでもない。

 それなのに見落とした。 謎だらけの女性を不思議そうに見つめている円の視線に気が付いたのか、 女性は優し気に微笑むと、 開いている手で広場の一角を指さした。

 そこには一際大きな石像が設置されていた。 円の倍以上の大きさを持つその石像はパッと見た限り熊のように見えたが、 よく見れば細部が大きく異なっていた。 大きな点で言えば、 その石像には足が六本もあった。 更に鋭くとがった角が天を貫くように堂々とその額にあった。

 

「この地域に伝わる伝説の怪物、 野吹(のふけ)をイメージしたモノらしいわ。 と言っても最近造られた物なんかじゃなくて、 この龍原リゾートの前に存在した集落に昔から置かれていたものだそうだけれども」

 

 周囲の作品よりも一回り大きな石像の影にいたから見逃したのだろう。 そう言いたげな女性にとりあえずそちらの方は納得する円。

 女性に手を引かれた愛理は体中に付いていた雪を払うと起きるのを手伝ってくれた女性に礼を言う。

 

「ありがとうございます。 えっと……」

 

 戸惑ったような従妹の声。 女性は微笑みを崩さなかった。

 

Анастасия(アナスタシア)よ。 Анастасия(アナスタシア) Алекса(アレクサ)ндровна(ンドロヴァ) Маркова(マルコヴァ)。 親しい人たちからはНастя(ナースチャ)と呼ばれているわ」

「アナスタシアさん! ありがとうございました! ……へくちっ」

 

 先程とは打って変わって元気な声で礼を言う愛理。 その後の可愛らしいくしゃみに大人二人から思わず笑みがこぼれる。 そんな二人の態度が気に食わないのか、 鼻水をすすりながら不機嫌になる愛理を見て、 笑みを苦笑に変えるアナスタシア。

 スーツのポケットから取り出したティッシュを愛理に渡すと、 円の方へ顔を向ける。

 

「そろそろ一度戻った方がいいんじゃないかしら。 お昼時だし、 この子も一度着替えた方がいいわ」

 

 そう言うと、 アナスタシア自身は踵を返して、 ホテルとは別の方へと歩いて行った。

 

「アナスタシアさんってロシアの人なのかな。 日本語上手だったけど」

「多分ね……。 プレオープンセレモニーでまた会えると思うし、 その時に聞いてみたら? 」

「そうする……でもさ」

 

 そう言って愛理は鼻をかんだティッシュを捨てようとしたが、 円に見とがめられて渋々自分のダウンジャケットのポケットに入れる。 そして、 野吹の石像に近づくとこう呟いた。

 

「この野吹の石像ってすごい細かくできているね。 まるで生きているのをそのまま石にしたみたい」

 

 従妹のその言葉に円も思わず石像を細かく観察する。

 なるほど、 確かに精巧にできている。 太い脚から生えている爪は細木ならば簡単にへし折れそうな太さと鋭さを感じさせる。 視線を上に上げないと見えない瞳からは石像なのに意識があるかのように感じられた。 特に 体毛などは風が吹けばそのままたなびきそうな程一本一本精密にできていて―――。

 

(いや、 これはおかしい)

 

 体毛の一本一本細かく丁寧に作ることなど、 はたして石像でできるものなのだろうか。 仮にできたとしてもアナスタシアの言葉をそのまま信じるのならば、 この石像はかつて存在した集落に昔から存在していた物だという。 それならば、 長年の風雨などで摩耗していてもおかしくはない。 それなのに、 体毛の一本一本という細かい部分が摩耗している様子はない。 そう、 それはまるで生きていた姿のままに石にされてしまったようだった。

 そう考えてしまうと、 本来ならば意思のないはずの石像の瞳に意志があるように感じられて―――。

 

「くしっ」

 

 従妹の小さなくしゃみで思考が中断される。 どうやら思っていた以上に長居しすぎてしまったようだ。 しっかりと厚着をしていたはずなのに体の芯まで冷えてしまったらしく、 体を震わせている。

 天気は更に悪化してきている。 これ以上外にいたら本当に風邪をひいてしまいかねない。 円は愛理の手を引いてホテルへと歩いて行った。

 その背後にある野吹の石像から感じるはずのない視線を感じながら。

 

 

 

 †

 

 

 

 その日の晩。 降雪は吹雪と化してホテルの窓を激しく叩いていた。 夜の暗さも相まって外の景色は全く見ることができない。

 それでもプレオープンセレモニーは何の問題もなく行われている。 この龍原リゾートのオーナーや総支配人の挨拶に始まり、 各分野の著名人も簡単な挨拶が行われた。

 もちろん、 政治家達の挨拶もあったが、 予定されていた総理大臣のものはなかった。 司会者のいうところによれば、 昨日に風邪をひいてしまい、 大事をとって静養中らしい。 招待されていた野党議員がこのことについて口汚く扱き下ろしていたのがひどく耳障りだった。

 一通り挨拶が終われば、 その後は立食パーティーだ。 豪華な料理や飲み物がいくつかのテーブルの上に並べられている。 参加者の多くはほどほどに料理や飲み物を取りながら会話を楽しんでいた。

 

 パーティーの参加者である桐島 円は美しいドレスに着替えてはいたものの、 明るい色のドレスに似つかわしくない渋い表情で一人、 ワインを口にしていた。 昼の一件がどうしても気になっていたのだ。

 愛理を入谷夫妻に返した後、 プレオープンセレモニーの準備を行うまで時間の許す限り、 ホテルの一角にある図書室でこの地域の郷土史資料を探していた。

 天候不良で外出ができなくなった時に立ち寄ることができる場所の一つとして設計されていたもので、 在庫のほとんどが娯楽小説で埋められており、 郷土資料はその量が少なかった。

 

 かろうじて存在したこの地域の伝説について書かれた本によれば、 元々この地域は雪も雨もあまり降らず、 常に水不足に悩まされていたという。

 だが、 ある日狩人の一人が山に埋もれていた古い銅鏡を拾う。 その美しさから山にいるという神の御神体と考え、 村の神社に納めたところ、 冬には雪が降るようになり、 良質な雪解け水によって村は豊かになったという。

 しかし、 同時に神隠しが時折発生し、 人喰いの怪物である野吹が現れるようになった。

 村人達が困り果てていたところ、 ある高僧が村に立ち寄って、 野吹を一瞬で封印してしまった。

 その後、 高僧の力により神隠しも治まり、 村は平和になったそうだ。 めでたしめでたし。

 

 はっきり言って、 野吹が人喰いの怪物ということしか分からなかった。 さらに、 新しく「神隠し」というワードも出てきたことで、 彼女の脳内が警鐘を鳴らす。 明日、 外で開くという図書館で改めて調べてみた方がいいのかもしれない。

 温泉施設にも行きたかったのだけれども。 そう渋い顔で考えていると、 今日、 知り合ったばかりの顔が人混みの中から現れた。

 

「アナスタシアさん! 」

 

 そう声をかけて近づくと、 向こうも気が付いたのか、 片手を挙げて近づいてくる。 アナスタシアは昼と同じようなスーツを着こなしていた。 そして、 彼女の隣には一人の老紳士がワインを片手に立っていた。

 

「ああ、 彼は私の祖父なの。 お爺様、 こちらは―――えっと……」

「桐島 円です。 よろしくお願いします」

「よろしく……ん? “キリシマ”? 奇遇だね、 私も“キリシマ”というんだ」

 

 「メグル・キリシマ……ああいや、 キリシマ メグルだ」と言いながら差し出された手を握り返す。

 

「あれ? お祖父さんは日本人なんですか? アナスタシアさんはロシア人ですよね?」

「ええ、 ロシア人と日本人のクォーターなの。 日本語が話せるのは祖父の影響。 祖父は元々ロシアの大学で教鞭をとっていたの」

「へえ、 一体なにを教えていたんですか? 」

「それは……」

 

 アナスタシアの祖父であるキリシマが答えようとしたとき、 会場の反対側からガラスの割れる音と何か重いものが転がり込んでくる音、 そして人々の悲鳴が聞こえてきた。

 

「えっ!? なに!? 」

「行ってみましょう」

 

 アナスタシアの言葉に従い、 混乱する人々の合間をぬって音のした方へかけていく三人。 割れた窓から入ってくる吹雪で酷い寒さを感じるがそれどころではなかった。

 

「おい! 大丈夫か!? しっかりしろ! 」

 

 野次馬をかき分けていけば聞きなれた声が聞こえてくる。 円の父である桐島 晃だ。

 その声を目指して野次馬を抜ければ、 そこには父が誰かを抱きかかえていた。 酷く衰弱している様子が遠目でも分かる。 父が抱きかかえている人の他にも、 倒れている者が一人いたが、 そちらでは母が揺さぶっていた。 しかし、 反応がなく、 脈をとった後、 諦めたように首を横に振った。

 

「何があったの? 」

「いや、 俺にもよく分かんねえ。 きなり窓が割れたと思ったら、 あの二人が飛び込んで来たんだ」

 

 近くにいた弟を捉まえて話を聞いてみても、 弟の方も突然のことでよく分かっていないようだった。

 飛び込んできた二人は奇妙な銘板や石像などの謎めいた品を身に着けていた。 それだけを見れば、 未開の部族の祭司に見えるだろう。 しかし、 その服は現代の工事現場などで見られるごく一般的な作業服だった。

 

「歩む死よ……」

「!? おい! 大丈夫か!? 」

 

 もう一方、 晃が抱きかかえていた男はまだ生きており、 虚空を見つめながらうわごとを吐くかのように呟いた。

 

「歩む死よ……風の神、 風に乗りて歩むものよ……汝を崇拝せん、 汝を崇拝せん……

 信仰薄き者共を殲滅するがよい、 死と共に歩むものよ、 地の上高くを渡りゆくものよ、 天を征するものよ……

 イギリスを覆う霧を追い散らし、 シベリアを吹き荒らし、 アフリカへ、 アフリカへ追う……

 愚王が築きしバベルの塔の頂点で神鏡を掲げ……真言を唱えよ……風の神を崇拝する真言を……歩む死を招く真言を……

 さすれば、 生贄は皆この星を離れ黄衣の王の身元へ至らん……」

 

 そう言い終えると、 男の肉体から力が失われる。

 

「何を言って……! おい! しっかりしろ! 」

 

 ようやく、 ホテルの医務室にいた医者が野次馬をかき分けてやってきたが、 誰の目から見ても男の命の火は消えてしまっていた。

 

 祈りにも悲鳴にも似たその最期の言葉は、 冒涜的な事件がこの雪原の地で起こりつつあることを示しているようだった。

 そして、 外で吹き荒れる吹雪はまるでそのことを嘲笑いながらも祝福しているようで―――

 

 円は外からの吹雪が伝えてくる寒さとは関係のない悪寒が全身を駆け巡るのを感じていた。


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