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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
4.出口のない迷路
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6:Ashes and Dust


 あのような爆発による不意打ちがあった後だというのに、 相手は混乱することなく、 反撃の準備を整えていた。

 下水道のとある横穴の奥、 “獣人”達がいると思われる場所へと足を踏み入れた円達一行に不可視の一撃が襲い掛かった。

 

「ぐおっ!?」

「!?」

「きゃあ!」

 

 不可視の一撃を受けて、 後方へと吹き飛ぶ間宮。 いくら警戒していたとはいえ、 間宮は見えない一撃を察知できるほど感覚が鋭い人間ではない。 碌に防御も取れなかった体は背後にいた円と彩香を巻き添えにして吹き飛ぶ。

 下水道の横穴はあまり大きくなく、 人一人分の横幅しかない。 縦に至っては長身の円と間宮が中腰にならなければ、 入ることすらできないほどだった。

 当然そんな横穴を先頭の間宮が出たばかりのところを狙い撃ちされたどうなるか。

 

 ―――このままじゃドミノ倒しになる!

 

 内心で大の大人二人を軽々と仰け反らせるような一撃の威力に恐怖しながらも、 踏ん張って倒れないように持ちこたえる。

 そのまま、 一撃を受けて気絶したらしく、 力なく崩れ落ちようとする間宮に内心で謝りながら、 襟首をつかんで無理やり立たせる。

 そのまま、 彼を即席の盾にして、 前面に構えたまま、 一気に狭く薄暗い横穴を飛び出す。 二発目を覚悟した円だったが、 一発撃つごとに何らかの溜めが必要なのか、 二発目の攻撃が来ることはなかった。

 ポーランド産の爆弾……ではなく、 爆竹がその火力を存分に発揮しつくした空間は想像していた物より広かった。

 何を目的として造られたかは一切不明だが、 その空間は下水道というにはあまりにも広く、 二十人は横になれそうな広さだった。 後は明かりさえあれば、 地下シェルターの一種だと言われてもおかしくないほどだ。

 しかし、 その広々とした空間もポーランド産の大型爆竹が盛大に荒らしたせいで、 爆破テロを受けたような惨状をさらしていた。いや、 実際に爆破を受けたのだが。

 もっとも、 その部屋も明かりのない空間であり、 懐中電灯を持っていた円は正面のみを照らしていたため、 周囲の惨状は見えなかった。 ただし、 爆破した際の焦げ臭さは換気されることなく、 空間内を漂っていた。 下水道の悪臭も相まって、 どれほど鼻が利く人でも、 室内の臭いをかぎ分けるのは不可能だと言えた。

 

 円が持つ数少ない明かり、 懐中電灯の光が照らす先には、 黒いフード付きのローブに身を包んだ男がいた。 右手にはファンタジーでよく見るような木製の長い杖を持っている。 杖の先には美しい水晶がはめ込まれており、 懐中電灯の光を受けて妖しく輝いていた。

 そんなファンタジックな杖を持った男はこれまたファンタジー世界でよく見るような“隠者”の様な姿だった。 先程述べたような黒いローブは裾が擦り切れてはいるものの、 下の素材が良かったのか見ずぼらしい印象は受けない。 それ以外の装飾品は見当たらず、 パッと見た限り、 その姿は人の集まる街を避けてひっそりと隠れ住む“隠者”のようである。

 しかし、 ローブで隠されていない部分を見てしまえばそんな印象は一瞬にして崩れ去るだろう。

 フードの隙間から垣間見える顔は犬に似た顔。 ローブから見える足は蹄状に割れており、 杖を持つ手は骨ばってはいるものの人間のモノに近い。 鉤爪を持ち、 鱗に覆われた人間の手があればの話だが。

 人に似た人ならざる怪物。 円達は知る由もないが、 彼の怪物の名は“屍食鬼(グール)”という。

 死に信仰を捧げる汚らわしき者共。 彼ら一派はその中でも少数派の納骨堂の神へと信仰と忠誠を誓った者共である。

 ただ、 円達はそのような事は知らないし、 知ったところで意味がない。 今分かっているのは目の前にいる怪物が敵であり、 不可視の一撃という謎の攻撃手段を持つということだけである。

 

(それにしても……)

 

 気絶したままの間宮を煤だらけの床に転がしながら、 目の前にいる怪物を観察する。 後ろから他の三人がやってくる足音が聞こえてくるが、 気にもせずに怪物の様子を、 主に怪物がまとっているローブの状態を確認する。

 

(思っていたよりもボロボロになっていない……あの爆発の中で無傷? そんな嘘でしょ……)

 

 黒いローブは裾が擦り切れてはいるものの、 先程のポーランド爆竹によるものではなく、 長年着続けたことによる劣化だと考えられる。 そして周囲は暗く、 明かりは複数の懐中電灯のみという状況ではあるものの、 周囲には爆風をしのげるような場所は見当たらない。

 すなわち、 目の前の黒ローブの怪物は何らかの方法で爆風を凌いだのだ。 常識では考えられない方法を持っているのならば、 無傷だというのも納得ではある。 問題はその方法が今回も使えるかである。

 

「オノレ……ヨクモヤッテクレタナ……」

 

 かすれた、 泣くような声。 恨み言をブツブツと呟くのは目の前にいる黒ローブの怪物“屍食鬼(グール)の祭司”だ。 その口調とは裏腹にその表情は嗤っているようにしか見えない。

 恨み言を吐きながらも、 円の返事は期待していなかったようで、 “祭司”は目の前の人間を無視して、 再び何かを小声で呟き始めた。

 その光景を見て円の脳裏に浮かんだのは先程の不可視の一撃で吹き飛ばされた間宮の姿である。

 今までにも奇妙な事件に巻き込まれた円は不可視の一撃と“祭司”の小声が「繋がった」ような気がした。 何故かは分からない。 しかし、 それが「繋がった」瞬間、 円は一気に距離を詰めた。 それと同時に“祭司”の小声が止まり、 杖の先の水晶を円に向ける。

 

 衝撃。

 

 杖を向けられて、 とっさに腕を胸元で交差させて後ろに飛びのいた円。 ある程度は衝撃を殺したはずなのに、 それでも強い衝撃が彼女を襲う。

 痛みはなく、 意識を手放すこともしなかったが、 想像以上の衝撃に両腕がしびれる。 他の三人がすぐに横にどいたため、 三人を巻き込むようなことはなかったが、 盛大に尻もちをついてしまい、 尻から軽い痛みが伝わってくる。

 しかし、 特に気にならないらしく、 ズボンに付いた埃と煤を払いながら立ち上がる円。 どちらかというと両腕のしびれの方が気になるらしく、 しきりに手を振っていた。

 

「へー、 アンタがあの“獣人”さん? 魔法も使えるとは驚きだね」

 

 そう言いながら、 カメラを向けて遠慮なく写真を撮る桜子。 暗い部屋をカメラのフラッシュによる閃光が切り裂く。

 

「あの頭のない化け物に比べたら、 大して怖くないなあ」

 

 そう言いながらも嫌悪感を隠そうともせずに、 彩香は数歩下がった。 戦闘能力も身体能力も乏しい彼女は、 ハッキリ言ってこういう場面では邪魔にしかならない。 敵意のある相手に対しては彼女の持つ医療技術は対して役に立たない。

 それを彼女自身知っているからこそ、 彼女は友人が邪魔にならない位置につく。

 そんな彩香を守るように、 穂村は無言で移動する。 視線は“祭司”から外さず、 「絶対に逃がさない」と言わんばかりに睨みつける。

 なよなよしい体格の穂村が睨んでも、 対して威圧感はなかったが、 “屍食鬼(グール)の祭司”の方は彼ではなく、 円の方を注視していたので、 たいして問題にならなかった。

 

 “屍食鬼(グール)の祭司”は再び杖の先を円に向けて、 何かを唱え始める。 だが、 詠唱が終わるよりも早く、 円の拳が祭司の顔面を打ち抜いた。

 詠唱が中断されたことに動揺しながらも、 “祭司”は素早く体勢を立て直す。 そして呪文を唱えるのは不可能だと判断したのだろう、 杖を振りかぶり、 円の頭上目掛けて振り下ろした。

 しかし、 その動きは素人そのもの。 体勢を崩していたのもあって、 腰の入っていない一撃はあっさりと円の右手に収まった。

 “祭司”が次なる行動に移る前に、 円は杖が離れないように強く握る。 ミシリという音が握りこんだ右手の中から聞こえてくるが、 それを気にせずに、 無防備な相手の右脇腹目掛けて、 全力の左回し蹴りを叩き込んだ。

 或るプロボクサーのパンチは大型ハンマーを振り下ろしたものと同じ威力であり、 さるムエタイチャンピョンの膝蹴りの威力は自動車事故に匹敵するという。

 円はそこまで鍛えているわけではないが、 それでも並みの人間相手ならば後れを取らない程度の強さはある。

 そんな彼女の回し蹴りを受けた“祭司”は身体を「くの字」に折り曲げながら無様に吹き飛んだ。

 

 間違いなく会心の一撃。 しかし、 円には違和感があった。

 

(……なに、 今の手ごたえは……)

 

 最初に拳を打ち込んだ時も、 回し蹴りを叩きこんだ時も、 “何か”に遮られるような感触があった。

 蹴りの一撃はその“何か”ごと打ち抜いた感覚があったが、 拳の一撃は“何か”に遮られて、 大したダメージにはならなかっただろう。 仰け反らせることが出来た程度で上々と言えた。

 おそらく、 先程の攻撃を防いだ“何か”が同じように爆発を防いだのだろう。 それならば、 あの爆発の中で、 傷一つなかったのも理解できる。 そう考えながら、 円は起き上がろうとする“祭司”の頭を蹴り上げる。

 今度は“何か”に遮られることなく放たれた一撃によって、 再びもんどり打って倒れる“祭司”。 彼が起き上がるよりも早く、 円は“祭司”の喉を踏みつける。

 先程まで浮かべていたニヤリ顔を消して、 苦しそうにかぎ爪の付いた手で円の足首を掴もうとする“祭司”よりも先に、 円は全体重を乗せて、 “祭司”の顎を踏み砕いた。

 

「―――ア」

 

 円の冷徹な目と表情。 それが“屍食鬼(グール)の祭司”の見た最期の光景だった。

 喉仏が砕けるような音と共に“屍食鬼(グール)の祭司”は力尽きた。 瞳からは光が失せ、 口元からは舌が力なく垂れており、 鋭い鉤爪も動く気配がない。

 

(思ったよりも罪悪感が湧かないな……)

 

 相手が怪物だからだろうか、 人型の敵を殺したというのに、 “あの時”と違って特に何かを感じることはなかった。

 何も感じることなく、 そのまま、 “祭司”が持っていた杖を拾うと膝を立てて、 力任せにへし折る。

 元々、 円が強く握った際に脆くなっていただろう杖は、 枯れ木がへし折れるような音と共にあっさりと折れた。 そのまま、 杖の先についていた水晶も地面に放り投げると体重を込めて踏み砕く。

 

「……ま、 円?」

「先輩……?」

 

 何も言わず黙々と、 作業のように怪物を殺し、 武装を破壊していく円を見て、 不安そうに彩香と穂村が声をかける。

 

「ん? 何、 彩香」

「あー、 いや、 大丈夫?」

「怪我はないですか?」

 

 彩香の方を振り向いた円からは普段通りの雰囲気しか感じられない。

 気のせいだったのだろうか。

 先ほど感じた不安を打ち消すように、 声をかける彩香と穂村に円は「大丈夫だよー」と手を振りながら気楽そうに答えた。

 それが二人にさらなる不安を感じさせた。

 

 

 

「おー、 こりゃまあ……」

 

 周囲をカメラのライトで照らしつつ、 写真に収めていく桜子は、 ポーランド産の大型爆竹二つによって引き起こされた惨状に呆れていた。

 壁や床は黒焦げになっており、 様々な場所から様々な方法で集められたと思しき物の数々は全て破壊され、 その役割を果たせなくなっている。 中には元々どういった物だったのか分からなくなっているものも少なくない。

 そういったガラクタと化した物品に紛れて、 “獣人”いや、 屍食鬼(グール)達が転がっていた。 全員手足が一本は千切れており、 全身に重度の火傷を負っていた。 あれでは生きていたとしてもそのうち死んでしまうだろう。

 

「お大事に〜」

 

 特に博愛主義者でもなく、 怪物達を救う義務も義理もない桜子は心にもないことを彼らに聞こえるように話すと、 その姿を写真に収めていった。

 うめき声が返ってきたが、 それでも彼女は助けようとは思わなかった。

 周囲を撮っているうちに、 最初に気絶させられた間宮がようやく目を覚ます。

 

「う……あ……?」

「お、 ようやくお目覚めか?」

 

 頭を振りながら、 ゆっくりと体を起こす間宮を見て、 桜子は楽しそうに話しかけた。

 二人の周囲では大学生達が、 何か見落としてはいないか周囲を探っている。 もっともポーランド爆竹が蹂躙しつくした後の部屋ではガラクタと屍食鬼(グール)の死体、 半死体しかなかったのだが。

 更に奥には鋼鉄製の扉もあったが、 扉の前は爆発で吹き飛ばされたガラクタと屍食鬼(グール)が積み重なっていた。 爆発の後でここから出てくることはできなかっただろう。

 

「……まじかよ、 情けねぇ……」

 

 蹂躙された室内。 動かない屍食鬼(グール)の集団。

 そんな周囲を見渡して、 全てが終わってしまったと理解したのだろう。

 一番重要な場面で、 役立たずだった自身を責めるようにガックリとうなだれる刑事を見て、 更に楽しそうな顔になった桜子は被写体の許可を得ることなく、 その姿を写真に収めた。

 

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