5:No way out
やはり、 集中できる場所があると、 速く書きあがる……
書き直しとはいえ、 一日で書き切れるとは……
「ねえ、 円そっちはなにかあった?」
「ううん、 こっちにはないけど彩香の方は?」
「こっちもないなぁ」
場所は繁華街。 時刻は夕方頃。 穂村達三人が木戸山霊園へと移動している頃。 円と彩香の二人は実里が月岡達に襲われたという場所の近くにある路地裏にいた。 ここは黒ずくめの男が連れてこられた場所であり、 月岡一行が最後に目撃された場所である。
もしも、 黒ずくめの男が伊澤刑事を殺した怪物達と関係があるのならば、 この路地裏にも何らかの痕跡が残されているのではないかと考えた二人は、 この路地裏を調べに来た。 路地裏自体薄暗く、 狭いうえに、 周囲の店が荷物やらゴミ箱やらを置いているので円は探すどころか、 動くのにも苦労していた。
そうこうしているうちに、 少しずつではあるが、 大通りを歩く人が増えてきていた。 そのうち何名かは路地裏で何かしているこちらをチラチラと見ていたが、 すぐに興味をなくしたのか、 それとも他に急ぐ用事でもあるのか、 足早に去っていく。
周囲からの注目をあまり集めていないことに感謝しながらも、 振り向いたその時、 近くにあった段ボール箱の塔に腕が当たり、 運悪く近くにいた彩香の頭へと崩してしまう。
「うおっ!?」
「あっごめん」
回避することもできずに、 彩香の頭にダンボール箱が直撃する。 幸いなことに空箱だったため、 以前のようなダメージはないが、 そのまま崩れてきた複数の空箱に埋もれてしまう。
「ごめんごめん」と何度も謝りながら、 空箱を除けていく円。 「まったくもう気を付けてよ」と口では言うものの特に怒っている様子もない彩香。
「……ん?」
何とかこの雪崩から抜け出した彩香が見たのは、 段ボール箱で隠されていた壁。 その一部分がわずかながら赤くなっていたのを彩香は見逃さなかった。
よく見れば赤い液体をぶちまけた跡と思しきそれは、 見落とさないように慎重に跡をたどっていけば、 今度はゴミ箱の下へとたどり着いた。 よく見ればゴミ箱の下にはマンホールが隠されている。
「円、 これ退けて」
「ん、 了解」
そう言って、 円が軽々と中身の詰まったゴミ箱を元々あった位置からずらす。 そこにあったのは人が入れるくらいの大きさのマンホールだった。 更に注意深く観察すれば、 紅い液体がマンホールのふちのところで途切れていた。
「この赤い液体……多分、 血だと思うんだけど、 これがぶちまけられた時はマンホールは開いていた」
「間宮さんの友人を殺した犯人達はマンホールを使って下水道を移動していた」
パズルのピースが当てはまっていく。 繋がるはずのない糸が繋がっていく。
とりあえず、 そのままにしておくわけにもいかないので、 ゴミ箱はマンホールが隠れないように壁際に置きなおし、 崩れた段ボール箱はもう一度積みなおしておく。
「とりあえず、 マンホールのフタは開けられないし、 間宮さんと連絡を取ろう」
「下手したら、 下水道探索かーいやだなー」
そんなことを話し合いながら、 路地裏から出ていく二人。 後にマンホールから行った方がまだましなルートを行くことになるのは、 今はまだこの二人には分からなかった。
この時、 もう少し周囲を観察していたら何か変わっていたかもしれない。
しかし、 時計の針を戻すことは誰も出来ることではなく、 出来たとしても許されることではない。
二人は気が付かなかった。
路地裏の更に向こう、 大通りから更に離れたところから黒ずくめの男が二人を見ていたことに。
男は小さく舌打ちすると、 侵食していく夜の闇に溶けるように姿を消していった。
†
そして、 翌日の午後三時。 町外れにある木戸山霊園の更に外れにある洞窟の奥から繋がる下水道の入り口。 泉 彩香は幾多の死体が生み出す腐敗臭と下水道から漂ってくる悪臭のミックスにダウンしていた。
「おぇふ……」
「おい、 大丈夫か?」
「なんで、 こんな、 臭いがするって、 言わなかったんだよぉ……」
先程まで元洞窟へと盛大にリバースしており、 今もなお真っ青な顔をしている。 悪態と文句を口にするも、 誰が聞いても分かり切るほどその口調は弱弱しい。
そんな彩香にさすがの桜子の気の毒に思ったのか「大丈夫か?」と声をかけながら、 背中をさすっている。
「連絡した際に、 なんで教えてくれなかったの……」
「あ、 いや、 あの……すいません」
彩香と同じように初めてこの場所に入って来た円も非常に青い顔をしていた。 彩香のように胃の中のモノを吐き戻すようなことはしなかった。 それでも、 マスクの上からハンカチで口と鼻を押さえて、 涙目で後輩に文句を言っている。
一応、 三人の弁護をしておくと、 連絡の際に「臭いが凄まじいから十分に準備をしてきた方がいい」ということは伝えていた。 しかし、 その臭いがどのようなものかは伝えていなかったので、 二人は“ただの下水道の臭い”であると勘違いしてしまった。
結果として、 市販のマスクだけを用意してしまい、 強烈な悪臭がマスクを突き抜け大学生二人を襲い、 うち一人は盛大に嘔吐するという乙女的に凄惨な結果となってしまった。 ちなみに他の三人は一般で売られているものの中でも高性能な防臭マスクをそれぞれ用意していた。
「あったぞ、 血の跡だ」
先行していた刑事、 間宮が持ってきた強力な懐中電灯で足元を照らしながらある一点を見つめる。 そこには何か、 恐らく人間の死体を引きずったと思しき赤い跡がうっすらとだが残されていた。 それはさらに奥の方へと続いていた。
「よし行くぞ」
「そういえば刑事さん、 銃持ってきた?」
頭を歩きだす間宮に、 桜子がからかうように話しかける。 間宮は呆れたように「バカ言え」と答えた。
「アメリカみたいな銃社会ならともかく、 この日本でうかつに銃の携帯なんて簡単にできないし、 発砲なんて以ての外だ。 一発撃つたびにどれだけ書類を書かされることになると思っているんだ」
そうげんなりと続ける。 桜子は「ふーん」とつまらなそうに答えた後、 「じゃあ、 他には持って来たんだよ」と尋ねた。
間宮は「警棒と応急手当用の道具だ」とだけ答えると、 自分の鞄を軽く叩いた後、 赤い跡を追って歩き出した。
そんな刑事に興味を失ったらしい桜子は、 「じゃあ、 お前らは?」と間宮の後ろを歩きながら、 自分の後ろをついてくる大学生三人に話しかける。
「私はこの懐中電灯と応急手当の道具、 あと水ですね」と明かりのついた懐中電灯を見せながら円。
「懐中電灯と替えの電池、 あとはスタンガンですね」と五人の中で一番小さい鞄を掲げる穂村。
「懐中電灯と安物のライター、 応急手当の道具に爆竹」と肩から下げたスポーツバッグを軽くたたきながら彩香。
「……爆竹?」
「爆竹」
爆竹。 花火の一種。
爆竹は竹筒や紙筒に火薬を詰めて導火線に点火、 爆発させ、 大きな音を鳴らす花火である。
他の花火とは異なり爆発音発生を目的とし、 閃光は発するが見た目に美しい火花を噴出することはない。
日中には破裂音とその破片が飛び散る様を楽しみ、 夜間では連続して破裂した際の音と閃光を楽しむ。
以上、 Wikipediaより抜粋。
「爆竹ってお前……子供のおもちゃじゃないんだぞ」
「いいじゃないか別に、 音で“獣人”共を引き付けられないかなって思ったんだよ。 それに市販のやつよりでかくて強そうだしな」
彩香の言葉に呆れたに呟く桜子。 その言葉に苛立ちを感じたのか、 彩香はふてくされたような表情で答える。
つむじを曲げた様子の彩香の頭を軽く叩きながら、 桜子は楽しそうに話す。
「ハイハイ、 大きいんだな。 お前のように」
「なにおう!」
「いや、 あの、 ここ敵地って知ってます? お二人とも……」
ヤイヤイと楽しそうに口喧嘩を始める二人。 そんな二人を軽くだがいさめる穂村。 呆れる円。
そんなズッコケ四人組を放置して一人、 無言で赤い跡を追っていた間宮だが、 赤い跡がある横穴へと続いていることに気が付く。
「この先か?」
「……誰かの話し声がする。 それも複数」
喧嘩から戻って来た桜子と彩香が耳を澄ませながら話す。 急に真剣になった二人に戸惑いながらも、 よく見れば赤い跡は横穴のさらに奥へと続いていた。 いや、 この場合は逆であろう。 “獣人”達が人間の死体を奥の方から引きずってきたのだろう。
「……行くぞ」
そう言うと、 鞄の中から警棒を取り出し、 邪魔になるからと中の救急箱ごと鞄を曲がり角の近くに置く間宮。
円も間宮と同じように鞄を横穴の近くに置く。 穂村も護身用のスタンガンを取り出すと、 二人に倣って鞄を床に置いた。
「そういえば爆竹っていつ使えばいいんだろう」
「“獣人”共と接敵したときでいいだろ。 準備だけはしていてくれ」
「りょーかいっと」
ふと呟いた彩香の言葉に間宮が答える。 その言葉を受けた彩香はいささか気の抜けた返事をしながらも、 バッグからライターを取り出し、 バッグの紐を握りしめた。
「最終局面ってやつかな?」
愛用のカメラを手に桜子は一人呟く。 決意を固めて横穴へと入ろうとする四人を被写体に一枚撮ってみようかと考えたが、 下水道内は暗く、 ライトやフラッシュを使わないと何も写すことはできないだろう。
しかし、 横穴の前でそのような事をすれば、 その強力な光で奥にいるであろう“獣人”達に自分達の事がばれてしまうのは確実。 仕方がないので、 闇が満ちる中に入ろうとする彼らの後姿を桜子は心のフィルムに収めた。
横穴の中を歩く時間はそれほど長くはなかった。 長くても四分程だろうか。 少しでも発見のリスクを減らすために正面を照らさずに、 自分達の足元から少し先あたりに光を当てていた。 しかし、 暗闇の中で明かりを持ったまま歩き回る以上、 相手に自分達の存在が露見するのは仕方のないことだと言えるだろう。
事実、 五人が歩く少し先では複数の物音がしていた。 撮影を自重した桜子が少し悔しそうな表情になる。
「そろそろか、 爆竹の用意を頼む」
「了解」
地下のため物音が反響していて、 分かりづらいが、 “獣人”達との距離はもういくばくもないだろう。
それを感じ取ったのか間宮が彩香に指示を出す。 短い返事と共に彩香はカバンを下ろして懐中電灯の明かりを頼りに爆竹を取り出す。
「……え?」
その爆竹の異常性に真っ先に気付いたのは桜子だった。
そもそも、 現在日本で普通に流通している爆竹は長さ二センチから二・五センチ、 太さ三ミリから四ミリの火薬量が一グラム以下、 爆薬が〇・〇五グラム以下のファイヤークラッカーと呼ばれるものを導火線で編み合わせて、 連結した者をいう。 少量とはいえ火薬、 爆薬を使う以上、 火傷の危険性はあるものの、 うかつな使い方をしない限り、 死者どころか重傷者を出すことはない。
しかし、 彩香が取り出したそれはどう見ても缶ジュース並みの大きさである。 どこからどう見ても現代日本で流通していい爆竹ではない。 しかも、 缶ジュース並みの大きさであるソレを彩香は二本、 さも当然のように鞄から取り出し、 安物のライターで器用に両方の導火線に火をつけた。
「マズイ! こっちに来……え?」
足音が大きくなる中で円が彩香を急がせるために振り向き、 そして停止した。
彩香がそれを取り出した段階で呆然としていた穂村がポツリと呟く。
「フィ……フィリピン爆竹?」
「いくよー!」
「―――っ! 総員退避ー!」
呑気な声で、 超大型爆竹を投げる彩香。 その声に停止状態から戻った円が叫ぶ。 それと同時に円は彩香を抱えあげ、 他の三人と共に全力疾走で来た道を駆け抜けた。
ちなみにではあるが、 穂村がボソリと呟いた“フィリピン爆竹”はその名の通りフィリピン産の爆竹である。
日本産の爆竹より強力で、 フィリピンでは毎年子供の指を吹き飛ばしたという痛ましい事故が発生している。 危険な代物である。
しかし、 今回彩香が用意したのはフィリピン爆竹ではない。 フィリピン産のよりさらに危険なポーランド産の爆竹。 それの最大サイズである。 入っている火薬の量は百グラム。 古い民家程度ならばこれ一発で破壊できるという、 もはや兵器レベルの代物である。
そして、 その爆竹は当然のように凄まじい爆発を引き起こした。 そして当然のようにその爆風で“獣人”も円達も吹き飛ばしたのだった。
「何持って来たんだよお前は!」
「も、 物置にあったのを持ってきただけだし! あんなんになるとは思わなかったし!」
「どっからどう見ても普通の爆竹じゃなかっただろうが! 考えろや!」
「……あの、 大丈夫ですか?」
「……耳が痛え」
「待って、 まだ世界がぐわんぐわんする」
そしてこの大惨事である。 普段は余裕ぶった表情を崩さない桜子も激怒している。
幸運なことに爆風で重傷を負った者はいなかった。 ついでに、 雑菌だらけであろう下水の中に突っ込む者もいなかったのは、 とてつもない幸運だと言っていいだろう。
吹き飛ばされた際に擦り傷は負ったが、 逆に言えばその程度である。 最後尾を走っていた間宮と円は、 未だにフラフラしているが、 特に障害を負った様子もなく、 しばらくすれば回復した。
「……もう爆竹は持っていないよな?」
「持ってきたのはあれで全部」
「……すいません、 あの、 スタンガンがさっきの衝撃でどこかに行っちゃったんですが……」
「アタシのカバンどこ?」
「俺の警棒は無事だな……よし」
見た目はボロボロで、 穂村はスタンガンをなくしていた。 横穴近くに置いておいた円と間宮のカバンから救急道具を取り出し、 応急手当を簡単にだが済ませる。
「あの爆発で向こうもダメージを負っただろう。 そうでないと困るんだが」
「そうでなくても、 下手したら逃げられるね、 ここで」
「ああ、 だから今、 ここで仕留める」
もう一度準備を整えて、
今度こそ最終局面だ。




