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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
1.神様からの贈り物
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2:悪意と悪徳


 清山(きよやま)県と呼ばれる場所がある。 南には海が広がり、 中部から北部にかけては様々な山脈が連なっている。 人口はおよそ五〇〇万人。 その約三割が県庁所在地である赤霧(あかぎり)市に集中している。 工芸品、 芸術品に有名なものが多く、 特に南西部でとれる海産物は知る人ぞ知る名産品である。 さらには優秀な美術家や学者を多く輩出しており、 中には世界的に高名な者もいたりする。 他県とは一線を画す地である。

 

 ただし、 清山県が有名なのはそれだけではない。 この地はオカルトマニアにとってよく話題に上る地でもある。

 かつて、 とある陰陽師が幕府の破滅を願って、 邪神を呼ぼうとした伝説があるとか、 田舎に似つかわしくないほどの立派な神社があり、 その神社は邪神を鎮めるために建立されたとか、 清山県に古くから存在する暴力団には何らかの神の加護を得ているものもいるとか、 県警には“オカルト対策課”まで存在しているとか……

 しかし、 これらはすべてネット上や怪しいオカルト雑誌の紙面にしか載らないような、 いわゆる噂話だとか都市伝説に過ぎないものである。

 

 少なくとも、 清山県で生まれ育った桐島 円にとってはそんなオカルトじみた事件に遭遇した記憶など存在しない。 都市伝説など、 清山県に限らず他の場所にだってあるだろうし、 清山県は()々(・)そういった話に恵まれていただけであると確信もしていた。

 

 そう、 この事件に巻き込まれるまでは……

 

 

 

 †

 

 

 

 奥畑 実里が何者かに突き落とされてから数日後の昼過ぎ、 桐島 円は大学構内を一人で歩いていた。

 あの後、 救急車が友人を搬送したと同時にやってきた警察は周囲の学生達から聞いた話によって「事件性がある」と判断したらしく、 事件現場である階段周辺を立ち入り禁止にした。 しかし、 数日たった現在も警察は犯人を見つけられていない。

 あれから、 円は一度だけ石間講師を目撃していた。 大学構内にあるカフェの一角で、 彩香が言うように十数名の生徒達と楽しそうに談笑していた。 どのような内容かまでは聞き取ることはできなかったが、 依然見かけたことのある石間とはずいぶん違っていた。

 卑屈そうで、 かつ傲慢な雰囲気を隠そうともしなかったかつての石間とは違い、 明るく学生達と話す石間からは卑屈そうな雰囲気は感じとれない。 しかし、 以前にはなかった昏い雰囲気を漂わせていることもまた事実であり、 円は何か引っかかりを覚えざるを得なかった。

 

 あれは何だったのかと、 つい考えながら歩いていると、 前方から石間 傑が現れる。 これから何か用事でもあるのだろうか、 荷物を両手で抱えてながらこちらへと歩いている。 白い布で包まれた細長い何かが円の目を引く。

 石間が抱えている荷物が気になりながらも、 別に聞くほど親しいわけでもないしなぁと考えながら一応「こんにちは」と挨拶をする円。 石間の方も挨拶を返そうと円の方を向いたとたん、 その両手に抱えていた荷物がバラバラと落ちていく。 その中には円の目を引いた細長い何かもあった。


「あっ」

「あれ、 大丈夫ですか?」


 慌てて落ちたものを拾おうとする石間。 円の方もつい反射的に石間が落としたものを拾おうとする。

 そんな彼女の目に留まったのは、 白い布で包まれたものの中身だ。 包んでいた布がそれなりに厚かったこともあって、 破損した様子はないようだが、 落としたことでその中身があらわになっていた。


「あの、 先生。 この“手”の彫刻って……」

「ああ、 これかい? 先程生徒達から貰ったものでね。 なんでも外国のとある地域に伝わる幸運のお守りらしいんだ」


 そう言うと、 石間は落とした荷物をすべて拾い終わり、 彼女に一言「では、 私はこれから用事があるので」と言い残すと、 彼女に背を向けて去っていった。

 

 そんなはずはない。

 

 円は去っていく石間の回答に対してそう確信を抱いた。

 別に円はその“手”の彫刻について何か知っているわけではない。

 緑灰色の岩石から削り出されたらしきそれは、 人間の左腕の肘から先の部分の形に彫られていた。 肘関節があるべき場所には彫刻の土台があり、 その土台から垂直になる形で腕の部分が伸びていた。 手の平はやや傾き、 指が広げられ、 その指はわずかに曲げられていた。

 また、 土台の前面には高さ三センチ幅十五センチに渡る柔らかい粘土の部分があった。 乾燥していないらしく、 何か尖ったものでもあれば、 人の名前くらいは書けるかもしれない。

 これだけならば“ただの”奇妙な彫刻で済んだのだろうが、 その手の平に彫られている、 酷く不揃いに生えた歯をむき出しにした(けだもの)のような口。 腕の部分だけということも相まって、 とてもではないが、 石間の言う“幸運のお守り”とは思えなかった。

 もしも、 円がこれを贈り物として渡されたのならば、 その友人が何か怪しい新興宗教にハマっていないか疑うことだろう。 そう考えられるような“何か”がその彫刻にはあった。

 しかし、 そんな異様なものを渡された当の本人はまるで最高の贈り物を受け取ったかのように喜んでいた。 その目に何が映っているのかまでは円にはよく分からなかった。

 

 狂気といえばそうだろうし、 単純な喜びといえばそうだろう。

 

 ただ、 一つだけ言えるのは、 “何か”あるその彫刻を“幸運のお守り”と信じている石間に対しての疑いを円が強めたことだけだった。


「ええ、 はい、 分かりました……まずは彼女に……」

 

 

 

 †




「“グラーキの黙示録”ねえ……そんなのあったかしら」


 そう言うと、 司書はパソコンで蔵書を調べだす。

 聞いている本人もそんな本があるという自信はなかった。

 ただ、 やたらと歴史と曰くのある中央図書館ならば、 何か手掛かりがあると考えたのだ。

 

 そう、 ここは赤霧市立中央図書館。

 大正時代に創立されたこの中央図書館は、 何度かの改装を経て、 今の地下二階、 地上五階建ての広大な建造物となった。 公園や喫茶店も隣接しており、 建物内部には会議室や自習室もあることから、 赤霧市内の大学生を含め、 多くの人々に利用されている。

 一方で、 この図書館の閉架書庫には、 歴史的に価値のある書物が多数眠っているという話もある。 最後に改装があったのはバブル景気のころで、 それ以降閉架書庫の整理は碌にされていないという。

 ともかく、 “グラーキの黙示録”という書物も、 そういったものに近いのではないかと考えた桜子は、 単身で中央図書館へとやってきたのだが、 彼女の自信に反して、 数分間パソコンを操作していた司書は「あら?」とやけに明るい声を出した。


「“グラーキの黙示録”なら閉架書庫に収められているみたいです。 ただ、 貸出も閲覧も許可はされてはいなんですが……」

「あ、 そうなんですか……って閲覧もできないんですか?」

 

 まさか、 いきなり大当たりを引くことになるとは思っておらず、 「閲覧ができない」という事実に一瞬反応が遅れてしまう桜子。 司書も不思議そうな表情で答える。

 

「ええ、 “グラーキの黙示録”は“九巻”からなる英語の本です。 一八〇〇年半ばに発行されたもので、 著者は不明です。 複数人の著者によって書かれたようで、 主題がしばしば突然変更されているとか。 ただ、 ごくわずかな部数しか販売されなかったようでして、 好事家達によっては高値で欲しがる人もいたそうですね」

「へー、 そんなに貴重な本だったんですね……って“九巻”? “十二巻”ではなくて?」

「ええ、 元々は“十一巻”の手稿本から一部を削除したものらしいですね。 理由としては出版者があえて印刷しなかったとか。 何故なのかは分かりませんが……」

「やけに詳しいですね。 たしか閲覧も許可されてはいないそうですが……」

「ええ、 この本が図書館に寄贈された時から閲覧も貸出も禁止されていますね。 ただ簡単な概要のようなものがあって、 私はそれを読み上げていただけですよ」


 「もしよろしければそれを印刷してお渡ししますが」と言われたので、 それを頼むと、 司書が再びパソコンを操作するのを見て、 桜子は思案に入る。

 “グラーキの黙示録”が非常に貴重な書であると分かったが、 問題はそれを林田がどうやって手に入れたかだ。

 彩香から聞いた話では、 彼はただの一学生だ。 家が特に裕福という話を聞いたこともないという。 ただ、 相手の家の事情を聞けるほど仲が良いわけではなかったというから、 実際はどうかは分からないそうだが。

 ただ、 ここで言えるのは林田には貴重な本を手に入れる伝手がないということである。

 無論、 偶然手に入れたということもありえなくはないだろう。 しかし、 それでも疑問は残る。

 

 何故十二巻目なのか?

 

 “グラーキの黙示録”そのものを薦めるのならば普通は一巻からではないのだろうか。 それに司書は言っていた。 中央図書館に寄贈された“グラーキの黙示録”は全九巻で、 要約される前の版も十一巻からなるもので、 十二巻目というのは存在しないはずである。

 林田が適当な法螺を話していたのか? それとも幻といえる十二巻目が本当に存在していて、 林田が偶然それを手に入れたのか? ならその入手先はどこになる?


「あの……」

 

 そこまで考えていた桜子だったが、 司書の困惑したような呼びかけに慌てて意識を戻す。

 彼女の視線の先では、 先程の呼びかけと同じように困惑した表情の司書が印刷した数枚の資料を手にして、 話しかけた時と同じように椅子に座っていた。

 桜子が反応したのに気がつくと、 司書は「印刷できましたよ」と一言伝えると同時に手にしていた資料を差し出した。

 簡単に礼を言って受け取る桜子。 それと同時に気になったことを尋ねてみる。


「あ、 あとすいませんが、 最近“グラーキの黙示録”について同じように調べに来た人はいますかね……たまたま、 知り合いがこの本について話していたので気になって」

「そうですね……申し訳ありませんが、 直接窓口に聞きに来た人はいらっしゃらないですね。 ネット検察では分かりませんが……」

「あー、 そうでしたね。 ありがとうございます」

 

 結局、 分からないことが分かった。

 図書館を出た後、 図書館に隣接する喫茶店で、 桜子は司書から貰った資料を斜め読みする。

 しかし、 司書が話していたこと以上のことは特に書いてはいなかった。

 まあ、 司書もこの概要を見て話していたというし、 仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 ふう、 と溜息を一つついて、 脳内で大まかに情報をまとめながらコーヒーを一口。


「うん、 苦い」

 

 蕨 桜子、 二十一歳。

 ブラックコーヒーが飲めないお年頃。

 カフェオレがやっとのお年頃。

 

 

 

 †

 

 

 

 泉 彩香は夢を見ていた。

 そこは赤霧市にある繁華街の一角。 街灯の明かりと、 看板照明の光が各々の輝かしさを競うように本来あるべき闇夜を裏路地へと追いやっている。

 そんな裏路地の一角に彼女はいた。 そして同時に今自分が見ている光景が夢であると自覚した。

 なぜかというと簡単なことである。 彼女本来の目線よりも今の目線ははるかに高かったのである。 おおよそ十五センチほどであろうか。

 それに、 まるで操られているかのように体が動かない。 ただ、 自身の意思とは関係なく、 彼女は裏路地の中を歩いていく。

 そうしているうちにさらに一つ気付いたことがある。 酷く喉が渇いている。 興奮しているのか自身の呼吸と心臓の音がうるさい。 さらにその右手には何か握っていた。 何を握っているのか知りたかったが、 視線は前で固定されており、 下を見ることはかなわなかった。

 やがて、 彼女はある一角にたどり着く。 ここまで得た情報だけでもこの視点の主を“彼女(彩香)”と言っていいのか分からないが、 他に例えようもないので“彼女(彩香)”としておく。

 彼女の視線の先。 そこには小さな店があった。 おそらくバーなのだろう。 店の前にある看板は大通りのものと比べると小さいが、 白い光を放っていた。

 小さな店へと視線を向けながら、 彼女は立つ。 右手に握った何かを強く握りしめながら。

 

 五分、 十分。 いや、 二十分はそのままでいただろうか。 嫌な予感が全身を駆け巡るも、 指一つ自身の意思で動かせない今の彼女ではどうしようもなかった。

 彼女が指一つ動かすこともできずに立っていると、 やがて視線の先にあるバーの扉が開き、 一人の男が出てくる。 中年の男だ。 大きく膨れた腹が“中年太り”という言葉をこれでもかと体現している。

 その男を視界に捉えた瞬間、 彼女は動き出す。 一気に駆け出し、 右手に持っていたものを勢いよく振り上げた。 男も彼女の襲撃に気付いたようだが、 遅かった。

 振り下ろしたもの―――万能包丁が中年男の胸に突き刺さる。 痛みを感じているのかいないのか、 呆然とした表情のまま仰向けに倒れる。

 彼女は刺した後も、 追撃することをやめずに、 倒れた男に馬乗りになると、 今度は両手で包丁を握ると、 再び男の胸目掛けて振り下ろす。

 包丁を抜き、 刺す。 抜いて、 刺す。 刺す。 刺す。 刺す……

 何度そうしただろうか、 中年男の胸部は真っ赤に染まっていた。 鏡などはこの場にないが、 彼女の体にも返り血は盛大に飛んでいることだろう。

 最初のうちはビクンビクンと刺すたびに反応していたが、 次第に反応がなくなり、 今では突き刺しても動こうともしない。 完全にこと切れている。

 男が流した血が、 路上に大きな血だまりを作る。 大通りに比べると少ないが存在する街灯が血だまりを照らす。

 

 照らし出された血だまりが彼女の顔を映す。

 

 そこに映っていたのは―――。

 

 

 

 と、 そこで泉 彩香は目を覚ました。 目に映るのはいつも目にしている自分の部屋の天井だ。 まだ夜中のようで外は薄暗い。

 寝ている間に大量に汗をかいたのだろう。 パジャマが汗を吸って彼女の体に張り付いていた。 だが、 今の彼女にはそれよりも重要なことがあった。

 寝ていた状態のまま自身の右手を見る。 当然のごとく、 綺麗な右手だ。 血に汚れているわけでもないし、 ナイフが握られているわけでもなかった。

 

 ではあの夢は何だったのか? ただの夢と断ずるにはあまりにも現実的過ぎた。 しかし、 あの光景と今の状態を見るに夢としか考えられない。

 

 結局答えは出ないまま、 彼女は日が昇るまで、 自身の右手を見つめ続けていた。

 


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