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幻想怪異録  作者: 聖なる写真
4.出口のない迷路
17/53

1:Sex,Birth,Death

 第四章、 開幕。

 ……いや、 すいません。 最近、 Fit Boxingにハマってまして……

 リズムゲーみたいで楽しいですねあれ。


光が修復できないものを、闇が蘇らせる。

For darkness restores what light cannot repair.

   ヨシフ・ブロツキー

   Joseph Brodsky


 二〇一六年某月某日、 清山県赤霧市と桐宮市の境にある町外れのゴミ捨て場に一人の女性の遺体が発見された。 女性は流産しており、 それが原因の出血が直接の死因であると判明した。

 元々、 遺体が発見された場所は人があまり通る場所ではなかった。 流産したはずである赤子の遺体も見つからなかったことから、 警察は何らかの事件性があると判断し、 捜査を開始した。

 しかし、 女性の身元は早々に判明したものの、 早々に操作は打ち切られることになってしまった。

 女性の年齢は二〇代半ば。 衣類の類は一切身に着けておらず、 所持品も同様。 警察上層部は彼女が薬物中毒か何かで、 それが間接な原因であるという理由から捜査を打ち切った。

 だが、 現場の人間たちは誰一人として納得していなかった。 ある刑事はこう語ったという。

 

「あの被害者は薬物中毒などではなかった。 被害者の周りを探っても、 そのような話は聞かなかった。 それに流産したはずの赤子の行方も気になる。 もしかしたら、 この事件にはもっと深い闇があるのかもしれない」

 

 皮肉なことにこの刑事の勘は当たっていた。 しかし、 それは彼が考えていたような権力がらみのものだけではなく、 この事件をきっかけにさらに深い、 冒涜的な闇が目覚めてしまった。 という意味でなのだが……

 

 

 

 †

 

 

 

 清山県警察本部。 清山県赤霧市の中心部より一駅ほど離れたところにある、 十階建てのビルにその機能が置かれている。 その一室に小さな喫茶店が開いており、 警察官や職員達の憩いの場の一つとなっている。

 二〇一八年九月現在、 清山県警刑事部機動捜査隊に所属している間宮(まみや) 智樹(ともき)は、 そこでとある人物から相談を受けていた。

 彼の名前は伊澤(いざわ) 俊彦(としひこ)。 清山県内にある警察署地域課の巡査、 いわゆるお巡りさんであり、 間宮とは警察学校時代の同級生でもある。 なにかと馬が合った彼らは卒業後も時折連絡を取り合う程度に仲は良かった。

 

「それで、 相談っていうのは?」

 

 警察で入れられるコーヒーよりかは幾分かマシな味のするそれをすすりながら、 間宮は友人を見据える。 夏に科学では説明できない事件を受け持ったこともあり、 奇妙な事柄にいささか敏感になっているのを自覚しながら、 友人の言葉を待つ。

 

「間宮、 俺の最近の担当地域はどこだか知っているか?」

 

 友人のこの言葉に「いや、 聞いたこともないな」と答える間宮。 実際、 自身の配属先ならばともかく、 担当となる地域のことなど、 同僚ぐらいにしか話さない。 間宮も自分が清山県警の機動捜査隊に配属が決まった時はそのこと自体は友人達に話したが、 担当地域までは話していない。

 そんな間宮の言葉を予想していたのか、 特に気を悪くした様子もなく、 現在の自分の担当地域を話す伊澤。 その地域については間宮もそれなりに知っていた。

 

「確かその地域はホームレスが大勢いたんじゃないか」

「ああ、 通称“清山県のスラム街”って呼ばれている地域も俺の担当なんだ」

「……大丈夫なのか?」

「一応、 他の人も担当しているから大丈夫ではあるけど、 一番関わっているのは俺だな」


 “清山県のスラム街”

 そこはかつてバブル期に乱立されたビル街のなれの果て。 赤霧市と桐宮市の境にある幹線道路や電車の駅からも離れた地域で、 バブル期には新たな高速道路の建設が予定されていた地域でもあった。

 地価の高騰を期待されながら多くの箱物が建てられたが、 あっさりとバブルは崩壊。 高速道路の建設計画は中止となり地価は暴落し、 土地やビルの持ち主はみな破滅した。

 持ち主が破滅したとしても、 ビルはすでに建てられており、 主がいなくなった建物には浮浪者が住み着き始めた。

 やがて、 様々な者達がそこに関わるようになる。 麻薬、 違法娼婦、 不法滞在者……周囲の一般人達は犯罪を恐れて近づかなくなった。 こうして、 “清山県のスラム街”はできていったのだ。

 

「もしかして、 そのスラム街がらみか」

「ああ」

 

 間宮の問いにそう言応えながら、 ためらうようにコーヒーを飲む伊澤。そこには「本当に話していいのだろうか」というためらいが見られた。

 「いいから話せよ」と間宮がせっつくように促すと、 伊澤は驚いたような表情を見せた後、 やがて意を決したように話し始めた。

 

「“清山県のスラム街”にいる売人や無許可の売春婦は俺の担当でもある。 彼らの取り締まりをしてもう二年くらいになる。 それくらいになれば、 ホームレス達とも知り合いになれる」

「ああ、 分かる」

「そうして、 色々やっているとある日気が付いたんだ」

 

 人が減っているって

 

 友人の言葉に理解が追いつかない間宮。 いなくなっているのは場末の売人や無許可の売春婦とホームレス。 いわゆる“スラム街”の住人達だ。 いなくなったとしても気にする人はほとんどいない。

 

「“スラム街”を去っただけじゃないか? 売人や娼婦を辞めて、 新しい生活でも手に入れたんだろ。 いいことじゃないか」

「俺も最初はそう思った。 周りもな」

 

 間宮の楽観的な考えに、 嘲笑うような口調で答える伊澤。 それはまるで、 最初期の時点で原因に思い足らなかった自分を馬鹿にしているようだった。

 

「ただ、 去年のある日、 『当分ここを離れる気はないさ。 行くところもないしな』と笑っていたホームレスがいなくなったんだ。 なんの前兆もなく。 それで気になって、 少し調べてみることにしたんだ」

「それで、 どうなったんだ?」

「そうしたら、 どう考えてもいなくなるはずのない人もいなくなっていたんだ。 それで、 何か事件に巻き込まれたんじゃないかって……」

「少なくとも、 身元不明の遺体が出たって話は聞かないな」

「ここ一年で少なくとも五〇人以上がいなくなっている。 何人かは普通に“スラム街”を出ただけかもしれないが……」

「……悪いが被害届がないし、 事件性があるとも断言できねえ。 組織的な捜査はできないな」

「分かっているさ、 だからお前個人で何か調べてくれないかって、 こっちでも調べてみるからさ」

「……あまり期待はしないでくれよ」

 

 相談を持ち掛けたほうもあまり期待はしていなかったらしい。 話せるだけ話してみようといったところか。

 たいして落胆した様子もなく席を立つ伊澤。 そのまま、 「じゃあ、 俺は仕事に戻るから」と言いながら喫茶店を出ていった。

 自分の分の伝票を残して。

 「ちょっと待てよ」と間宮が気付くも時すでに遅し。 支払いを友人に押し付けた男は自分の仕事へと戻っていた。

 

「……次あったら覚えていろよ」

 

 そう呟きながら、 自身と友人の分のコーヒー代を支払うべく、 レジに向かう間宮。 次に会ったときに必ず高いものを奢らせると誓いながら。

 

 まあ、 この誓いは結局のところ無駄になってしまうわけなのだが。

 

 

 

 †

 

 

 

 被害者の名前は伊澤 俊彦。 清山県警○○署地域課に所属する刑事。 階級は巡査。

 遺体発見現場は清山県赤霧市にある空き地。 所有者は不明。

 死因は複数人による集団暴行による失血死。 所々切り刻まれ、 顔は一見して誰だか分からないほどに腫れあがっていた。 無傷、 と言っていい場所がないほど遺体は酷いありさまだった。

 

「まだ、 コーヒー代返してもらってないんだぞ……」

 

 数日前にあったはずの、 変わり果てた友人の遺体が運ばれていくのを見ながら、 間宮はそう呟いていた。

 彼の近くにいた知り合いの刑事が思いついたように呟く。


「こりゃあ、 麻薬がらみか?」

 

 確かに友人は“清山県のスラム街”を中心に蔓延る麻薬の取り締まりに関わっていた。

 

「いや、 もしかしたら大掛かりな違法風俗の証拠をつかんだのかもしれない」

 

 別の刑事がそう反論する。 そういえば、 彼は以前に違法風俗の摘発にも関わっていた。

 

「……どっちにしろ、 犯人はヤクザかギャング……マフィアってところか」

「四課が出張ってくるか?」

「出てくるだろうな」

 

 どうすっかなあ。 そう呟きながらテープをくぐっていく刑事達を黙って見ながら、 間宮自身もテープをくぐった。

 そこでは、 鑑識がすでに一通りの捜査を終えたのだろう。 刑事ドラマのような現場がそこにあった。

 

「伊澤……」

 

 こんな寂しいところで殺された友人のことを想う。

 必ず仇はとるからな。 とは口から出てこなかった。 周囲の刑事達は被害者との関係に思い至ったのだろう。 心配そうな視線を向けてくる。

 そんな彼らに「大丈夫だ」と目で伝え、 間宮は自分の仕事に取り掛かった。

 

「本当だよ! 俺は見たんだ!」

 

 そんな時だった。 汚いだみ声が何かを喚いているのを聞き取ったのは。

 声のする方を見れば、 赤ら顔のホームレスが捜査官にしきりに怒鳴っていた。 何事かと、 耳を傾けてみればどうやら、 伊澤が殺されるところを見ていたらしい。 第一発見者でもあるのだとか。

 重要な証人ではないか。 そう考えていたが、 何故か周囲の刑事達の反応は薄い。

 もっと近づけば、 その原因が分かった。 酒臭いのだ。 それもひどく。

 

「犬の化け物みたいなのが複数であの刑事さんをボコボコにしてたんだ! 本当だよ! 信じてくれよ!」

 

 しきりにそう喚いているが、 周囲の刑事は誰も信じようとしない。 恐らく、 酒にひどく酔って幻覚を見たのだろうと考えられているようだ。

 確かに、 碌に風呂に入っていないであろう彼自身の体臭を上回るほどのアルコール臭をまき散らして、 訳の分からないことを喚いていれば、 そう考えるのもやむを得ないだろう。

 しかし、 間宮にはその言葉が気にかかった。 犬の化け物。

 それは、 ここ数カ月で起こった奇妙な事件とのつながりを連想させずにはいられないものだった。

 「自分が話を聞きますよ」そう周囲の刑事に言って、 間宮はホームレスと少し離れた場所で話を聞いてみることにした。

 それにしても、 本当に酒の臭いがひどい。 「もしかして」と考えた間宮も自分の考えが間違っていたのではないかと顔をしかめてしまうほどに。

 

「あ、 あんたも俺を信じてねえな。 あんな恐怖、 酒でも飲まねえとやってらんねえよ」

 

 そう言いながら、 手に持っていた安酒を再び煽るホームレス。 流石にこれ以上酔われると話が聞けなくなるので、 酒を一度やめるよう伝え、 詳しい話をするように話しかける。

 ホームレスは酒を飲むのを止めたが、 体の震えは止まることはなく……いやむしろさらに激しく震えながら、 間宮が口を挟む間もなく話し始めた。

 

「あ、 ああ。 俺はさっきまで近くで空き缶とかを回収していたんだが、 なんか叫び声つうか、 争うような声が聞こえてさ、 何事かと思ってこっそり来てみたんだよ。 そうしたら、 あの殺された兄ちゃんともう一人、 誰かが話してたんだ。 ……そういえば、 そいつが何か引きずってた気がするな。 で、 兄ちゃんの方が我慢できなくなったのか、 懐から警棒みたいなのを取り出してた。 それで殴りかかろうとしていたんだ。

 ただ、 俺の方からは見えなかったんだけど、 近くで誰か隠れてたみたいでさ。 そいつが兄ちゃんに襲い掛かったんだ。 兄ちゃんはなにも警戒してなかったらしく、 避けることもなく押し倒されてた。

 そうしたら、 もう一方の奴も一緒になって兄ちゃんをボコボコに殴り始めたんだ。 それで、 他の奴はどこに隠れていたんだろうなってくらい。 ワラワラ出てきてさ。 そいつらがなんなのか俺には見えたんだ。

 ゴムみてえな肌した化け物でさ、 でけえ鉤爪があったんだ。 顔は犬みてえでさ、 でも四つ足じゃなかった。 そいつは二足歩行だったんだ。 今でも信じられねえが本当に見たんだ。 あんな化け物見たことがねえ。

 それで、 俺は怖くなっちまってでけえ声で叫んだんだ。 そうしたら、 あの化け物どもは一斉に俺の方を見やがった。 あの時は殺されると思ったよ。

 ただ、 俺はついてた。 たまたま近くをパトロールしてた警官がこっちに来てくれてさ。 で、 その警官の声が聞こえたと思ったら、 化け物どもは一斉にどっか行っちまった。 後に残ったのはあの兄ちゃんの死体だけだった……

 なあ、 あんたは信じてくれるよな!? なあ!?」

 

 

 

 結局、 間宮は捜査を外されることになった。 別になにかヘマをやらかしたというわけではなく、 被害者と友人だったことを考慮してのものだった。

 だが、 それで構わない。 もし、 あのホームレスのいうことが本当ならば、 この事件は警察に解決できることではない。 伊澤の本当の仇は自分が取る。

 そう確信を持った間宮は携帯にあるアドレスから複数の人物にメールを送る。

 

 ―――正直、 彼らに手を貸してもらうのは気が進まないが……

 

 それでも、 一人でこのヤマに挑むのは危険だ。

 

 現場に僅かながら漂っていた酷く獣臭い(にお)いが、 彼の考えを裏付けるかのように感じられた。

 

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