3:人形の復讐
コロナの影響で普段利用している図書館やコワーキングスペースが使えなくなってしまったので遅くなりました。 申し訳ありません。
清山県赤霧市の一角にある児童相談所。 中心街から少し離れたところある古びた建物に大学生四人はいた。 リサちゃん人形の衣装コンテストに提出された作文から何か情報が読み取れないか探るためだ。
児童相談所に連絡した間宮は大量の人形が盗難物ではないか調べるために県警本部へと行ってしまった。 被害届が出ていればおそらくそこが人形の出所になるだろう。
「ふぎゃあ!」
「あっ、 わりい」
児童相談所の奥の方にある資料室の一角。 リサちゃん人形の資料を探していた彩香の頭に大きめの段ボール箱が直撃する。 中身は証拠や調書が詰まっていたため、 中々の重さがある。 それが直撃した彩香は「ぐおおぉおおお……」とうめき声をあげながら頭を押さえてもだえる。
なお、 落とした張本人は、 「わりいわりい」と真剣に謝っていないような声で謝罪しつつも、 落とした段ボール箱の中身を確認しつつ箱に戻していた。
その態度に頭に来たのか、 未だ涙目の彩香が噛みつくように吠える。
「ちょっと気を付けてよ! これ以上私の背が縮んだら責任取ってくれるの!?」
「いや、 むしろたんこぶが出来たほうが、 身長が伸びるんじゃねえの?」
「うっさい!」
資料室、 と先程は説明したが、 室内は倉庫と言っても過言ではなく、 たくさんのスチールラックが所狭しと並べられており、 鈍色の棚には数多くの段ボール箱がこれまた所狭しと並べられていた。
これらの箱一箱につき、 虐待された子供が一人はいると考えると、 いささか気が滅入りそうになる。
今、 この室内に児童相談所の職員はいない。 四人を案内すると、 「じゃあ後はご自由に。 と言っても散らかしたりしないでくださいね」と言ってそそくさと立ち去ってしまった。 それでいいのか児童相談所。 いくら刑事の紹介があったとはいえ、 素人四人に事件の資料をあさらせるのは問題ではないだろうか。
ともかく、 そんな児童相談所のガバガバな管理体制に助けられながらも、 四人は件の事件の資料を探して回った。時系列すら整えられていない段ボール箱の山に苦戦しつつも、 二時間後、 四人はついにリサちゃん人形の資料が収められた段ボール箱を見つけることが出来た。
「よ、 ようやく見つけた……」
「中身を確認しないといけないけどね……」
大きな段ボール箱にして三箱。 その中から関連性のありそうな情報を抜き取らなくてはいけないし、 仮にそのような情報を見つけても、 それが正しいとは限らない。 しかし、 それでも唯一見えた“糸”に手を伸ばさなければならないのだ。
棚から下ろした段ボール箱を開こうとした時、 部屋の外から声がかかる。 声のした方向、 出入り口には警察署の方に行っていた間宮がいた。
「おう、 どうだ。 見つかったのか」
「今箱を見つけたところです」
「そうか、 こっちも見つけたぞ」
円に声をかけながら、 部屋の中に入ってくる間宮。 その手に持っているのは安物の印刷機で印刷された紙の束だ。 盗難事件の資料のようだ。
円を含む四人が段ボールの中身を広げながら、 資料に目を通していく。 そんな四人に間宮は県警本部で調べたことについて話し始める。
「リサちゃん人形を作っていた会社だが……お前らの予想通り、 盗難に遭っていた。 しかも、 その数四万体」
「四万体!?」
思わず作業の手を止めて、 叫びながら報告者を見る彩香。 他の三人も同じように驚きの表情で間宮を見る。
「ああ、 段ボールに保存していたものをまとめて盗み出されたらしい」
「うっへー、 一体どんな方法で盗み出したんだ?」
思わず手を止めて、 話を促す桜子。 他の二人も同じように手が止まっており、 残った円も箱の中身を整理することに集中しており、 注意する者がいなかった。
「扉をピッキングで開けたらしい。 被害に遭った倉庫には古い商品しか入っていなかったから、 防犯設備もおざなりだったそうだ」
「古い商品ほどプレミア価値がついたりして高値になりそうなもんだけどな」
「そう言ったプレミア価値すらつかなさそうなものが多かったらしい。 言っちゃあなんだが、 会社自体もそこまでメジャーってわけじゃないしな」
「ほーん」
「いや、 話し込んでいるところ悪いですけど再開しません?」
その円の言葉に気付いたように慌てて作業を再開する三人。 今度は間宮も混ざって、 段ボール箱の中身を出して、 中身を整理しだす。 そのまま、 時間が経ったころ、 とうとう円がそれを見つけた。
「これって……」
あの日見た人形の軍団。 あれが着ていた服とよく似ていたのだ。いや、 瓜二つと言っていいだろう。 他の製作者の衣装と見比べてみるが、 あの人形が着ていた服に近い完成度を持つ衣装はなかった。
「これだ! 間違いない!」
人形の衣服の製作者は『人長 月』というらしい。 衣装につけられていたタグにはそう書かれていた。 大慌てで、 彼女が書いたと思しき作文を探し出す一行。 目的の作文はそう時間をかけずに見つかった。
……作文の内容ははっきり言って酷いものだった。
実の父親からの性的虐待。 それを忘れさせるための電気ショック……直接的には彼女自身が受けたとは書かれていないが、 彩香が言っていた『自分の境遇を人形に投影させる手法』だとしたのならば……
仮にそのような知識がなかったとしても、 まだ当時は少女だった彼女が書くにしては、 十分すぎるほどの臨場感があった。 そう、 実際に体験でもしたかのような……
「なんなのこれ! こんなのありえない! 父親は去勢されてしかるべき最低野郎じゃない!」
彩香が怒りのあまり顔を真っ赤にして吠える。 心理学を学んでいる彼女からすれば、 十二分に理解できる内容だったのだろう。 しかし、 彼女の怒りを空しいものだと言わんばかりに間宮が溜息をつく。
「ところが、 だ。 父親の方は厳重注意で済んでいる。 実質、 無罪放免に近い」
「はあ!? なんで!?」
「父親の言葉を全面的に信じたんだろう。『娘は母親が亡くなったショックで精神的に異常をきたし、 虚言癖を発症するようになった。 その治療の為に電気ショックを与えた』と証言している。 父親が精神科医、 しかも、 専門が思春期前の子供におけるトラウマの影響らしくてな。 厳重注意の方も、 娘の管理をしっかりやれとのことだと書いているな」
「なんで信じたの!? 理解できない! 子供に電気ショックなんてそれこそ影響が一生残るのに!」
同じように段ボール箱に入っていた調書をめくりながら話す間宮の言葉にさらに怒りを増していく彩香。 確かに、 妄言とも言える父親の主張を全面的に認めた当時の児童相談所の判断は狂っているとしか思えない。 一方で他の子供達は親元から引き離しているなど成果がゼロとは言えなかった。
その時、 円が思いついたように間宮に尋ねる。
「その調書に父親の住所は載っていますか?」
「一応、 調書には載ってはいるが……二十年前のものだぞ」
「そういえば、 父親は精神科医って言っていましたよね。 どこで働いているか分かりますか?」
「ああ、 それも載っているはずだ……こいつ近所の病院で働いているな。 まだ、 ここで働いているかもしれん」
「じゃあ、 行ってみよう。 もしいなくても今度は役所で聞けばいいし」
そう言うと、 松葉杖を支えに立ち上がる円。しかし、 現在六時半ばになっており、 部屋の外から職員の「まだかよ」と言いたげな刺々しい視線を感じる。 病院に到着するころには七時になってしまうだろう。
「今日はもう遅いし明日にしよう。 仮に精神科医として働いていたとしても帰ってしまっている可能性が高い」
「こんな時間帯だと向こうにも迷惑だろうしね」
間宮がそう言って、 彩香が付け加える。 その言葉に賛同するかのように、 五人は黙々と中身を段ボールに詰めなおす。
その際に、 人長 月の分は持っていくのを忘れない。 もしかしたら、 今もなお同じようなことを繰り返しているかもしれない。 これ以上の被害者を防ぐためにも、 人長の父親を問い詰めるべきなのだ。
†
翌日。 一行は人長 月の父親である人長 昴が働いているであろう病院を訪れた。 間宮が受付の女性に警察手帳を見せて事情を聞くと、 人長 昴は今現在もこの病院に勤務しているものの、 今日はまだ通勤していなかった。
「と、 言うよりも昨日も来られていなくて……電話にも出なくて、 今日来なければ、 一度様子を見に行くべきではないかと話し合っていたところなんです」
「そうですか、 ではついでに様子を見に行きますよ。 彼の住所を教えていただけますか」
間宮がそう言うと、 少し迷ったものの結局は間宮を信頼したようで、 女性は人長の住所を教えてくれた。 調書に書かれていた住所と同じものだった。 ついでに自身の電話番号もメモに書いて間宮に手渡した。
「何かあったら連絡してください。 きっと、 協力できることがあるはずですので。 何かなくても是非連絡くださいね」
どこか色っぽい声色でそう話す彼女に礼を告げると、 間宮は外で待機していた四人に声をかける。
「住所は手に入れた。 ただ、 昨日から職場には来ていないそうだ」
「今日だけだったら寝坊ってことかもしれませんが……」
「何か事件に巻き込まれたかもしれねえな。 それか事故か」
「もしかしたら今回の件と関係あるかも」
「そうかもしれないけど、 円は考えすぎだよ」
各々勝手なことを話し合いながら、 人長 昴の家に向かう。 病院から彼の自宅までは車であれば十分程で行ける距離にあり、 閑静な住宅街にあるその家は周囲にある他の家と同じような気がした。
「とても、 変態野郎の家とは思えないくらい普通だな」
「外からでも分かるような異常があれば、 二十年前に厳重注意では済まさないだろ」
「見て、 窓ガラスが割られている」
「……泥棒かな?」
あくまで“気がした”だけであった。 円が指さした先には、 盛大に割られた窓ガラスがあった。 よく見れば閉じられたカーテンで内部は見えないが、 室内は明かりが点いているようだった。 明かりを消し忘れていないのであれば、 そこに人がいることを示していた。
「人長さ〜ん……っ!」
何気なく、 割れた窓に顔を近づけて声をかけてみた円だが、 室内から漂ってきた臭いに思わず顔をしかめる。
「血の臭い……!?」
「!? 人長さん! っ! 玄関の方も開いているじゃないか!」
円の呟きに反応するように、 インターフォンを鳴らすことも忘れ、 扉を叩く間宮。 しかし、 内部からの返答はない。 まさかと考え、 ドアノブを捻ると、 何の抵抗もなく扉は開いた。
何かあると考えた間宮は家主の了承もなく、 扉を開けて屋内に入る。 血の臭いが家の中に満ちており、 扉を開けた途端、 間宮の鼻も血の臭いを嗅ぎつけた。
「間宮さん、 こっち!」
割れた窓の方から侵入したらしい円の声が聞こえる。 間宮と後ろにいた桜子、 穂村の三人はためらうことなく円の声がした方向へと駆け出す。
そこは書斎として使われていた部屋だったのだろう。 本来はそれなりに広い部屋だったのだろうが、 壁を埋めるように大きな本棚とシェルフ棚、 机によって場所がとられており、 手狭に感じられた。
精神医学的な本やファイルなどが大きな本棚いっぱいに収められていた。 他にも子供からの贈り物だろうか。 様々なおもちゃがシェルフ棚に綺麗に飾られていた。
しかし、 何よりも真っ先に目に入ったのは部屋の中心で大の字で横たわる物体。 本来は白色であっただろう床を赤く染め上げる原因となったもの。
それは、 壮年の男性の遺体だった。 全身を鋭利な刃物で刺され、 床と同じようにその血で全身を染め上げている。 刺し傷の数は簡単には把握できないほど多く、 誰が見てもこれだけの傷を受けて生きていられるとは想像しえないほどだった。 よく観察すれば指や耳といった部分が欠けていた。 ただ、 その欠けていた部分も周囲に転がっていたので、 特に探す必要はなさそうではあった。
おそらく、 彼がこの家の主、 人長 昴なのだろう。 ……少なくともこの部屋に足を踏み入れた者達はそう考えた。 ただ、目の前の遺体がシェルフ棚に飾られていた写真に写っていた人長 昴と思しき人物と同じとは考えられないほと酷い状態なので確信はできないのだが。
彼の周囲には数体の人形が転がっていた。 “リサちゃん人形”だ。 手足が砕けていたり、 胴体から二つになっていたりする人形もあったが、 それら全てがカッターナイフや包丁といった刃物を握っていた。 そして、 そのどれもが昴の体から流れたものと思しき赤い液体で濡れていた。
「人形に襲われたんだ……!」
円の言葉に異論を唱える者はいなかった。
盗まれた四万体のリサちゃん人形。 それらが全て敵になる光景とこの書斎で起こってしまったであろう惨劇を思い浮かべて、 五人は顔を青ざめた。




