2:小さな水晶
若手刑事、 間宮 智樹は如月喫茶店の一角の席に座りながらボロボロの人形をつまみ上げた。
最近、 多発している少女の行方不明事件。 夜に出歩く少女達が少なくなったことで発生件数は減ったものの、 いまだに警察は行方不明者がどこに行ったのか、 そもそもこの行方不明事件が事故なのか、 それとも人為的なモノなのかすら掴めなかった。
しかし、 昨日夜遅く。 新たに現れた行方不明者と共にようやく証拠といえるようなものが出てきたのだ……とても信じられるものではなかったのだが。
「……人形に襲われたねぇ……とてもじゃないが信用できないな」
「信じてもらえなくても結構だよ。 こっちで勝手に調べるから」
「それは困るよ。 こういう事件は警察に任せて大人しくしてくれよ」
動かないよう、 医者に言われたんだろう? そう言いながら、 間宮は円の足を指さす。
昨夜に斬りつけられた脛は意外と傷が深く、 座っている円の椅子のそばには松葉杖が立てかけられていた。 医者からはしばらくは激しい運動を控えるように言われていた。 市民の安全を守るために警察官になった間宮からすれば大人しくしてほしいところだが、 彼女は大人しくする気はないらしい。
こういう時に頼るべき相方の先輩刑事はやる気の欠片もなく、 間宮に全て任せると言ってどこかに行ってしまった。 おそらくパチンコにでも遊びに行ったのだろう。
「でも、 担当しているのは間宮さん一人なんでしょ? 任せて大丈夫?」
自分達が座っているテーブルと同じ席に腰掛けてきた少女、 泉 彩香の言葉に間宮は言葉が詰まる。
正直なところ、 彼自身も彼女達の証言は信じていなかった。 「人形が動く」なんていう摩訶不思議な出来事など信じられない。
一方の円は人形に既視感を感じていた。
どこかで見たことがあるような気がするのだ。 昨日ではなく、 もっと昔にだが……思い出そうとしても、 思い出せない。 言葉が喉まで出かかっているのに出てこない状況に、 モヤモヤとした感情が芽生えてくる。
「そもそも、 どうやって動いてんだこれ?」
「おい、 一応は貴重な証拠なんだ。 勝手に触らないでくれ」
円が自身の記憶を探っている間に、 後ろから伸びた手が間宮が持っていた人形を奪い取る。 間宮は注意の声を上げるが、 奪い取った本人、 蕨 桜子には通じていないらしく、 なんとなく人形を振っている。
「……ん?」
何気なく人形を振っていた桜子だったが、 中からカラカラと軽い物が転がる音がひしゃげた人形の胴から聞こえてきた。 普通の人形は中に物が入っていたりはしない。
店の人からカッターナイフを借りて、 人形の胴を割く。 持ってきた店員は不思議そうな目で四人を見ていたが、 すぐに自分の仕事に戻っていった。
間宮が止める間もなく、 プラスチック樹脂製の胴体は安物のカッターナイフによってあっさりと切り裂かれ、 その内部が露わになる。 ひしゃげた胴体の内部は他の商品と同じように空洞であった。 しかし、 その空洞の中に置かれていたものがある。
本来ならば人形の中に存在しえないもの。 それは小さな水晶であった。 透明で小指の先ほどの大きさしかない水晶は“外装”の凄惨さとは反比例するかのように、 傷一つなかった。
「なにこれ」
「ガラスかなこれ? でもなんで人形の中なんかに……」
「……もしかしてそれ、 “リサちゃん人形”ですか? なんでそんな悲惨なことに……」
内部から現れた水晶を不思議そうに眺めていると、 仕事を終えたばかりの穂村が声をかけてくる。 元から顔なじみの円と彩香はともかく、 刑事の間宮と先輩の桜子は初めて会う相手だ。
「誰だお前」と言いたげな二人に円が穂村のことを紹介する。 紹介された穂村は自身の名前を名乗った後、 「よろしくお願いします」と軽く頭を下げる。
「……それで、 “リサちゃん人形”っていうの? これ」
胴体部分を切り裂かれ、 無残な姿になった人形をプラプラと揺らしながら、 桜子が問いかける。
それと同時に円も思い出す。
「確か私が生まれた時ぐらいに売られてた人形だったはず……従姉妹が持っていたはず……確か」
「……あ、 思い出した。 確か手作りの洋服を発表するコンテストなんかもあったはずだ。 ……確か、 小学校に上がる前に売り場から消えたって話だった、 はず……ん? そういやなんでなくなったんだろう」
う〜ん、 と頭を悩ませる桜子。 彼女に言われて、 円も思い出す。 当時、 父方の従姉妹の一人が持っていたのを欲しがっていたが、 どの売り場でも売られていなかったと母親に言われて、 それでも欲しいと駄々をこねた記憶がある。
「と言うか、 よくこんなの覚えていたね、 穂村」
「え? ああ、 近所の人が持っていたんですよ。 よく、 ままごとに付き合わされて……」
ハハハと笑いながら、 どこか遠い目になる穂村。 そこに何か詳しく聞けない闇のようなものを感じ取った一行は押し黙ってしまう。 暗い雰囲気が喫茶店の一角にのしかかる。
「そ、 そう言えば、 仮に犯人がいるならこのリサちゃん人形をどこで手に入れたんだろうね?」
「そりゃ、 昔持ってたやつだろ? なんで今更再利用したのかは知らないけどさ」
「百体以上の人形を? それだけ大好きだったのさ」
雰囲気を変えるように疑問を呈した円に被せるように突っ込む桜子。 それを否定するように彩香が言葉を重ねる。 それを聞いていた穂村がぼそりと呟く。
「作っていた会社とかなら在庫を抱えているのではないでしょうか。 手作りの洋服についてのコンテストがあった以上、 資料は保管されているとは思いますが……」
その言葉に、 四人は一斉に「それだ」と答える。 答えた四人の中に半信半疑の刑事が混じっていたことに気付くと、桜子は意地の悪い笑みを浮かべた。
「おやおや、 刑事さんは人形が動くなんて話は信じられないんじゃなかったんでしょう?」
「いや、 人形自体は大事な物証だ。 これの他にも数十体の人形が保管されている。 それの出所を知りたいと思うのは当然だろ」
「いや、 調べたりしていないんですか?」
「……この件で調べているのは俺と先輩だけだ。 そして先輩は今パチンコに行っている」
「……この件で警察の助力をあてにはできない。 と」
責めるような円の視線と言葉に、 たじろぎながらも「そうだな」と答える間宮。 事実、 警察は彼女達の証言を重要視していなかった。 事実無根だと断じられるだけではなく、 そもそも行方不明事件に人員をあまり割いてはいないのだ。 それでも一応事件性があるとして二人割り振っただけでも、 十分だと上層部は考えているようだ。 一人はパチンコに行ってしまっているが。
一言喋っただけで、 押し黙ってしまった間宮を見て、 彼を責めるのはお門違いだと考えたのだろう。 円は溜息をつきながらスマートフォンを取り出した。
「とりあえず、 リサちゃん人形を作った会社を調べてみるからちょっと待ってて」
そう言いながら、 慣れた手つきでスマートフォンを操作する円。 少し経ったのち、 円はスマートフォンの画面を全員に見えるようにテーブルの上に置いた。
「とりあえず、 ここみたい。 今も活動はしているみたい」
円のスマートフォンには赤霧市に本社を置く中規模の玩具会社のHPが載っていた。 リサちゃん人形の項目は記載されてはいなかったが、 円が画面を操作すると、 リサちゃん人形についてのサイトに画面が切り替わる。 そこには先程の玩具会社によって作られたことが記載されていた。
「もしかしたら、 この会社に在庫が残っていたのかもしれない。 それが何者かによって盗まれたとか」
画面を見ながら彩香が呟く。 もしかしたら、 この会社が行方不明事件に関わっているのかもしれないが、 その際に自身の会社で製造していた人形を使うのはいささか間抜けすぎる。
「それなら被害届を出しているかもしれないな。 調べてくれよ」
「……なんでそんなことを……いや、 分かったよ。 帰ったら聞くだけ聞いてみるよ」
大量の人形が証拠として押収されている以上、 その出所を探る必要がある。 もしも玩具会社が被害届を出していれば、 それが切っ掛けとなって行方不明事件が進展することになるだろう。
「そういえばなんで売り場から消えたんでしょうか」
「それならこっちのページに載っているね。 洋服のコンテストが切っ掛けみたい」
穂村の疑問に円が答える。 そのまま、 画面をスクロールさせて売り場から消えた原因となった事件について書かれた部分を見せる。
「この洋服のコンテストなんだけど、 結構凝っていたらしくて、 バックストーリー的なものを作文にして一緒に投稿していたみたい。 リサちゃん人形は販売された当初、 特に決まった設定とかなかったらしくて、 “みんなで作るリサちゃん人形”っていうのがテーマだったみたい」
「へー結構凝ってたんだね」
「それで、 コンテストで賞をとったデザインを商品化すると同時に作文の一部を設定に組み込んでいたみたいなんだけど……ここの部分見て」
「『虐待を匂わすような作文が多数届き始めたことから同社は児童相談所に作文と商品を提出。 同時にコンテストと人形の販売を中止した』……そんなことがあったんですか」
穂村が文章を声に出しながら読んでいくと、 彩香が「もしかして」と呟く。
「これってたぶん児童心理学にある自分の境遇を人形に投影させる手法を偶然再現しちゃったんだと思う。 性的虐待を子供にやらかすような奴は罪悪感から人形をその子に買い与えるって聞いたことあるし」
その話を聞いて残りの四人は「うわぁ……」と言わんばかりの表情になる。 言わずもがな自分の子供にそのような事をやらかす輩が多数いたという事実に嫌悪感を抱いたのだ。
「……ん?」
そういった話を聞いて穂村はある推測を思いつく。
「それってその虐待を受けた子達の中の一人がその事件の犯人ってことはありませんかね。 親から与えられた人形ってことは大事にしているでしょうし、 虐待を受けていた子がなんらかの形で人形を操る方法を知ったとしたら……」
何故、 誘拐しているのかは分かりませんが。 と締めくくった穂村の話を黙って聞く四人。 彼女達の胸中にあるのは「ありえる」という思いだった。
そうなれば話は早い。 少しでも早く、 その虐待を受けた作文を手に入れる必要がある。 多数ということはそれだけ手間がかかりかねないということなのだから。
「その作文って今も児童相談所に保管されていたよね! 間宮さん、 そっちもよろしく!」
「これも俺!? ……いや、 言いたいことは分かっているが……」
円の言葉に渋る間宮。 業を煮やした円がテーブルを強く叩くと、 自身の足の怪我を気にせずに勢い良く立ち上がる。
「ここ数ヶ月で何人の行方不明者が出ているの!? それが犯罪の被害者ではないという証拠は!? それの一端が掴めるとは思わないの!? 言っちゃあなんだけど、 大事件の手掛かりになりそうなものをみすみす見逃すつもりなの!」
「円、 どうどう」
落ち着くように彩香がなだめるが、 彼女の怒りは収まらないようだ。 そんな彼女の怒りに何かを感じ取ったのか、 間宮は「分かったよ」と両手を上げる。
「先に児童相談所の方に話を通しておく。 四人は児童相談所の方に向かってくれ。 俺は県警本部の方で被害届について調べてみる」
「OK! じゃあそれで! そっちが調べ終わったら、 こっちも手伝ってね!」
そう言うと、 円は急ぐように喫茶店を出ていった。
「ちょ、 円! 松葉杖忘れてる!」
足の怪我を気にもせずに




