1:動くヒトガタ
人形に魂が宿るなら、 人形は何を知るのだろう。
人形に魂が宿るなら、 人形は何を想うのだろう。
人形に魂が宿るなら、 人形は何を語るのだろう。
人形に魂が宿るなら、 人形は誰を愛するのだろう。
ある無名の詩人
唐突ではあるのだが、 桐島 円は両親の他に弟がいる。 名前は桐島 誠。 現在高校二年生。高校生活の中で一番楽しい時期になるだろう。 来年には受験を控えてはいるものの、 今のところ成績はいい。 この調子でいけばさらに上の大学も目指せるかもしれないというのは弟の担任の話だ。
そして親戚関係といえば従兄弟が父方に数人、 母方に一人いる。 父方の従兄弟とはここ数年の関わりは少ない。 せいぜい正月に会う程度である。 しかし、 母方の従妹、 入谷 愛理とは家が近いこともあって、 時折会うことがある。
今年で小学五年生になる彼女は、 みょうに勘が鋭いところがあるが、 それ以外は普通に可愛らしい少女である。 もしも、 この世界がラブコメ的な世界であれば、 数年後にはヒロインになっているであろうと言えるほどの器量良しだ。
されど、 一寸先は闇、 人間万事塞翁が馬。 この時点ではまだ誰も気がついていなかった。
彼女の身に降りかかる災難の数々を。
†
季節は八月。 学生達は定期考査を終え、 各々の休暇を楽しんでいる時期。 社会人達が大粒の汗を流しながら、 必死に働いている中で、 桐島 円と彼女の友人達は、 学生らしく夏休みを謳歌していた。
この日は泉 彩香と奥畑 実里の二人と共に映画を見に行っていた。 公開前から話題になっていた映画で、 期末考査が終わった直後から一緒に行こうと約束していたものだ。
映画の感想? 漫画を実写映画にするのは許されざることであると三人が学んだと言えばおおよそ分かるだろう。 特に元ネタとなった漫画の愛読者であり、 他の二人に一緒に行こうと誘っていた実里は怒りを通り越して絶望していた。 映画を見た後は二人に対して「ごめんなさい」としか言わなかった。
まあ、 映画を見終わった後で昼食を食べているときには完全に回復したのであるが。 終わったことをうじうじと気にしないのが実里のいいところなのだ。
「……ん? そういや、 最近この紙ってよく見るよね」
今は昼食後のショッピング中の出来事。 見ているだけ(ウィンドウショッピング)に飽きてきた円がふと店外の掲示板に貼られている行方不明者の張り紙に何気なく眺めながら呟く。 そこにはこの近辺で目撃されたのを最後に行方が分からなくなっているとされている人々―――いや、 少女達の情報を求める張り紙が一面に張り出されていた。
だが、 それにしてもいささか数が多すぎる。 十数枚も大きな掲示板一面に貼られているその光景は異様な光景にしか見えない。
「そういや、 最近ニュースでもやっていたなあ、 この辺で行方不明になっている子供が多いって」
円の何気ない一言にウィンドウショッピングを終えた彩香が円と同じように掲示板一面に貼られた張り紙を眺めて、 思い出したように呟く。 彼女の言葉を聞いて、 円も今朝ニュースサイトに載っていた記事の内容を思い出した。
簡単に言えば、 ここ数ヶ月の間に小学生中学年から中学生までの少女が次々と行方不明になっているというものだった。 警察もただ手をこまねいているわけではなく、 最後に目撃証言のあった繁華街を中心に巡回を増やしたりしてはいるものの、 今のところ成果を上げられてはいない。
一応、 夜間の外出を控えるように注意喚起はしているものの、 それでも夜に外出する子供は多い。
その理由の大半が“塾”というのがいささか闇を感じられるところではあるが。
「彩香も気を付けなよ〜。 今でも小学生に間違われるんでしょ?」
「うっさい! ……一応、 夜になる前に帰るつもりだけどさぁ」
いつの間にこちらに来たのか、 ポンポンと気軽に頭を叩く実里の手を払いのけながら彩香は毒づく。 実際、 小学生と見間違うような体格の彩香は何度も“補導”された過去がある。 実里の言うことも否定できないのが悲しいところである。
気がつけば日は大分沈んできている。 この後の予定もないし、 夕食でも食べてから解散しよう。 と提案しようとした時、 円のスマートフォンから着信音が鳴る。
「あ、 ごめん。 ちょっと待っててね」
二人に一言伝えてから、 スマートフォンを鞄から取り出す。 画面には母方の叔母である入谷 玲奈の名前が映っていた。
「もしもし、 叔母さん? どうしたの」
「円ちゃん!? うちの愛理が今どこにいるか知らない!?」
「いえ、 知りませんけど……どうかしましたか?」
電話に出れば、 焦ったような叔母の声。 一瞬、 訳が分からずに混乱するが、 先程までの友人達の会話に思い至り、 嫌な予感が頭をよぎる。 張り詰めたような声で話す円の様子に、 先程まで悪ふざけしていた友人二人も、 静かに円の話し声に耳を傾けていた。
「今日、 朝から友達とプールに出かけたのにまだ帰ってきてないの! プールに一緒に行った友達のところも帰ってきていないみたいで……今、 どこにいるの? 一緒に探してくれない!?」
「分かりました! すぐにそっちに行きます!プールっていうのは近所の市民プールでいいんですよね!?」
「そうよ! お願い、 速く来て!」
すぐに向かう旨を伝えると、 電話を切って、 友人達に事情を説明する。 二人もすぐに行方不明事件に思い至ったのだろう。 「早く行ってあげて!」と円の背中を押す。
「こっちでも探してみるよ! 写真とかない!?」
「今から、 メールで送るよ! 彩香は先に帰ってて!」
「言いたいことは分かるけど解せぬ。 ……また、 前みたいにヤバい案件だったら手伝うから!」
六月に起きた怪事件に巻き込まれた際には、 実里は重傷を負って入院までした。 当然、 学業の方にも影響が出ており、 単位を何個か落としたと聞いている。 彩香の方も、 精神的にヤバい状況になっていたというのに、 それでも手伝ってくれる当たり、 本当に良い友人を持ったと円は内心で思う。
頭の中でよぎる嫌な考えを無理やり振り払う。 まだ、 前のような怪事件とは限らない。 実里にメールで従妹の写真を送ると、 円は全力で駅に向かって駆けだした。
†
夏も半ばになっているとはいえ、 日が沈んで夜になればいささか暑さも和らいでくる。 しかし、 大声を上げながら走り回っていれば、 汗が流れるのは当然のことだろう。
汗だくになりながらも円は従妹を探していた。 入谷家と市民プール間の道を何度も往復し、 道を変えて探し回る。 しかし、 従妹の影すらいまだに見えない。
時折、 円と同じように汗を流しながら探し回る警察官とすれ違う。 子供達の親が警察に連絡したのだろう。 ここ最近増えている行方不明者に警察も事件の臭いをかぎ取ったのだろう。 死者が出ていないことから、 その動きは鈍いが文句は言ってはいられない。
道を曲がり、 新しい場所に着く。 そこでも大声を上げて従妹の名前を呼ぶが、 反応はない。 そうこうしているうちに、 入谷家とも市民プールとも関係ない道に出てしまっていた。
「お姉ちゃん!」
流石にここまでは来ないだろう。 そう考えて、 来た道を引き返そうとした時、 聞き覚えのある声に思わず立ち止まる。 そのとたん、 大粒の汗が大量に噴き出し、 先程まで感じなかった暑さを感じてくるが、 そのことを気にせずに声の主の名前を呼ぶ。
「愛理!」
そこにいたのは円の従妹。 行方が分からなくなっていた入谷 愛理だった。 可愛らしいその顔は涙でボロボロになっている。 必死になって逃げてきたのだろう、 服装は乱れており、 転んだのか薄汚れていた。 持っていたはずの鞄はない。どこかで落としてしまったのだろう。
彼女の他にも三人の友人がいたはずだが見当たらない。 はぐれてしまったのだろうか。 嫌な予感が抑えられない円だったが、 ひとまずは従妹の愛理が無事であることを喜んだ。
「大丈夫? 何があったの?」
「……人形に追いかけられたの、 三人とも連れていかれて、 わたしだけが逃げてこれて……」
よほどの恐怖があったのだろう、 円が渡したハンカチを涙と鼻水でグシャグシャに濡らしながら、 その顔はなお涙と鼻水でグシャグシャだった。
正体不明の冒涜的な体験をした従妹に何も言えず、 それでも従妹を落ち着かせようと抱きしめていた円だったが、 暗闇から現れた小さな集団を見て、 驚愕に目を開く。
そこにいたのは人形だった。 円の膝丈ほどの身長しかない、 女の子の人形の集団だった。 少しばかり古いデザインだったが、 各々どこか高級感を漂わせる様々な服を着ていた。
普段ならば可愛らしさを感じるであろうその表情は、 百を優に超える同じカタチをした人形によって、 可愛さよりも不気味さと言いようのない恐怖を感じさせた。
その人形の集団は変わらない表情のまま、 一歩一歩と円達の方へと近づいてくる。
愛理はそれを見て小さな悲鳴を上げると、 円の後ろに隠れてしがみつく。 円はそんな従妹を守るように立つと、不気味な人形に対して構えをとる。
それを合図とするかのように人形達の内数体が一斉に襲い掛かって来た。
円の正面に飛び掛かって来た一体を手刀で打ち落とし、 足元に来た数体をまとめて蹴り飛ばす。 蹴り飛ばされた人形の手足がいくつか不自然に折れ曲がり、 そのいくつかはあっさりとちぎれ飛ぶ。 もう片方の足で同じように蹴り飛ばすと、 襲ってきた人形達は全て哀れな残骸となって動かなくなった。
しかし、 感情のない人形には恐怖も感じず、 打ち砕かれた同胞には目もくれず、 一歩一歩と更に距離を詰めてくる。
「くそっ、 きりがない」
舌打ちをしながら数歩下がる円。 後ろにいた愛理も同様に下がっていくが、 後ろからの音に気が付いて振り返る。
「お、 お姉ちゃん……」
か細い、 悲鳴に似た従妹の声。 その声に振り返れば、 その先にいたのは同じような人形の群れ。
囲まれている。 その事実を知った円は従妹の手を握り、 一か八か目の前の人形の群れを切り抜けようと駆け出す。
「離さないでね!」
「う、 うん!」
走る際に大げさに足を振ることで、 目の前を遮る人形を蹴り飛ばす。 先程とは違い、 人形の手足がちぎれ飛ぶようなことはなかったが、 それでも軽い人形は簡単に飛んでいく。
走りながらの蹴りを繰り返すこと数度。 とうとう人形がいなくなっている地面が円の目前に映る。
逃げきれる! と思う間もなく、 彼女の脛に激痛が走る。 その痛みに思わずバランスを崩し、 転んでしまう円。 一体何が、 と焦りながら今もなお痛む右足を見てみれば、 決して浅くない切り傷があった。
どうして、 と思いながら目線を上げれば人形の一体が血に濡れた包丁を握っていた。 血の持ち主は円に違いない。
そこまで観察してから、 円は自身が致命的なミスを犯していることに気が付いた。 握ったはずの手を離してしまっていた。
「お姉ちゃ―――ん! 助けてぇ!」
離してしまった手の主、 愛理は人形の群れに胴上げされるような形で連れていかれていた。 愛理が半狂乱になりながら抜け出そうと暴れても暴れても、 人形の群れは上手にバランスを取り、 彼女を落とそうとはしなかった。
「くそっ! 待て!」
痛みをこらえて立ち上がり、 慌てて後を追おうとするが、 従妹を持ち上げている人形以外が一斉に円に相対する。 その中には包丁や棍棒といった武器を構えている人形もいた。 次の標的に円を定めたのだろう。
「邪魔! どいて!」
道を遮る人形のうち武器を持っている者を避けつつ、 先程と同じように蹴り飛ばしながら従妹の後を追っていく。 しかし、 人形の集団は密度を増して、 彼女の歩みを止めようとする。
痛む足を抑えながら、 邪魔をする人形の集団を蹴散らしていくが、 足を切りつけられたこともあって、 先程よりも勢いがない。 流石に何度も蹴り上げていると息が上がっていき、 勢いが落ちる。
勢いのなくなった足に人形の一体がしがみつく。 小さいとはいえ、 円の膝丈ほどもある大きさだ。 中に何か詰められているらしく、 想像以上に重い。
その重さにバランスを崩している隙をつかれ、 複数の人形が円に襲い掛かる。 バランスを崩している状態の円は複数の衝撃に耐えきれず、 うつ伏せに倒れてしまう。 その隙を狙って、 更に二十数体の人形がその上に襲い掛かる。
起き上がろうとしている円の懐に人形が十数体潜り込む。 「まずい」と感じる暇もなく、 円の長身が持ち上げられる。 浮き上がった手足にも人形が持ち上げていく。 斬りつけられた脛にも無機質な手が強引に掴まれ、 苦痛の声が漏れ、 顔が歪む。
「円ちゃん!?」
円も従妹と同じような体勢で、 連れ去られて行こうとしたとき、 女性の声が響く。 円の叔母、 入谷 玲奈の声だ。 彼女の他にも複数人の声が聞こえる。 叔母と同じように子供達を探している人達の声だ。 無感情であるはずの人形が先程までの無機質な動きが嘘のようにその統率を乱す。
その隙を逃さず、 円が振り払おうともがきだすと、 人形の集団はあっさりと円を落とした。 「ぐぇっ」という女性に相応しくない悲鳴を上げて転げ落ちる円。
周囲から人々がやってくる中、 人形達はあっさりと逃げ出す。 人形達が逃げた先にいた人々は動いている人形の集団がいるという事実に驚き戸惑い、 あっさりと離脱を許してしまう。
その中に連れ去られた少女と人形の集団はなく、 もうどこにも見えなくなっていた。
「ちくしょう……」
砕かれた人形が散乱する中、 上半身を起こした円は悔し気に呟いた声は誰にも聞こえることなく消えていった。
周囲にいる大人達は今もなお事情が分からず呆然としていた。
今夜、 最近発生している行方不明者の中に、 新たに四人の児童の名前が加えられた。




