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Bravo!  作者: レイチェル
19/33

19. 地図にない現実

 

 翌朝、マルグレーテは荷物をまとめて宿舎を出ると、港へ行った。

 賑やかな市場を通り過ぎ、人づてにどうにか定期船の乗り場までたどり着いた。


 船着場の桟橋近くには、腰に巾着をぶら下げて立っている髭面の男がいた。船の案内人だろうか。あの人に頼めばいいのかしら。

 男の身なりは貧しく、着ている服も傷んでおり、ぼさぼさの髭はみるからに胡散臭いと感じた。と、彼がこちらに視線を向けたので目が合ってしまい、マルグレーテはびくっとしてすぐに目を逸らしてしまった。

 怖い人! もし騙されたら……マルグレーテは不安に思い、誰か他に教えてくれそうな人はいないかと辺りをきょろきょろと見回す。


「お嬢さん、お困りですか」


 ふいに声をかけられ、マルグレーテは振り向いた。人の良さそうな笑みを浮かべた商人風の若い男がこちらに歩いてくる。

 マルグレーテはほっとして頷いた。


「え、ええ。ヴェネツィア行きの郵便船に乗せてもらえると伺ったものですから。どの船がよろしいのかわからなくて」


 若い男はマルグレーテの丁寧な口調を意外に思ったのか少し目を丸くしたが、すぐにまた笑みを浮かべた。


「ああ、ヴェネツィア行きですね。それでしたら私が乗る船がそうですよ。もうすぐ出航ですから一緒に行きましょうか、ご案内します。お荷物も私が持ちましょう」


「まあ、ご親切に。ありがとうございます」


 マルグレーテは大きな鞄を渡しながら言った。


「その、船賃はどちらで支払えばよろしいのかしら。どこかに窓口はありますの?」


 商人風の男は、マルグレーテの鞄を抱え、優しい声で言った。


「ああ、いいんですよ。私は船主と友人ですから、あなた一人くらい無償で乗せてさしあげます」


「まあ、それは悪いですわ。ちゃんとお支払いいたしますのに」


 マルグレーテが申し訳なさそうに言うと、男は肩をすくめた。


「いえいえ、実は最近、帝国相手にいくらか儲けましてね。なに、お気になさらないでください。さあこちらです」


 男は丁寧な物腰でマルグレーテを桟橋まで案内してくれた。


「あれですよ、あれがヴェネツィア行きの船です」


 彼が指した船は、飾り気はないが大きな商船だった。叔父と旅をした時に何度か乗せてもらった船に似ている。

 これに乗ればヴェネツィアに行けるのだわ! マルグレーテは男の後ろについて桟橋を歩いた。と、その時だ。


「待て、そこの二人」


 突然すぐ後ろから厳しい太い声に呼び止められ、男とマルグレーテは足を止めた。

 振り返ると、先ほど船着場にいた胡散臭そうな髭面の男が目の前に立っている。


「貴様、その女をどうするつもりだ」


 髭面の男の尋問するような言い方に、マルグレーテは怯えて身体をすくめたが、おやと思った。“その女をどうするつもりだ”とはどういうことだろうか。


 商人風の男は笑みを浮かべたまま肩をすくめた。


「どうって、ここは船着場でしょう、一緒に船に乗ろうってことですよ」


 そのなんでもなさそうな答え方に、髭面の男は納得したようではなかった。


「何のためか教えてもらおうか。ついでに貴様の船を調べさせてもらう権限も、俺にはある」


 髭面の男が鋭い目つきで若い男を睨みつけている。

 一体何の話をしているのだろうか。船を調べるとは? マルグレーテはなぜだか緊張したような状態の空気に戸惑った。


 商人風の若い男は、しばらくその髭面の男と対峙していたが、やがて先ほどの美しい笑顔が剥がれ落ちたかのように顔を歪め、小さい声で「くそっ」と悪態をつくと、船とは反対方向を向き、後ろについていたマルグレーテを残して、陸の方へずんずん歩いていく。マルグレーテの鞄も持ったままだ。


「あ、あの……?」


 マルグレーテが呼び止めても若い男はそのまま歩いて行ってしまいそうであったが、髭面の男が桟橋の縁まで来た彼を止めた。


「待て、それは置いていけ」


 そう言われた若い男は、悔しそうにさらに顔を歪めると「くそ、官吏め」と舌打ちをしてマルグレーテの鞄をその場にドスンと置き、今度こそ港町のどこかへ行ってしまった。


 髭面の男は、その男の背中が見えなくなるまで睨みつけていたが、足元にある鞄を持ち上げると、呆然と桟橋に立つマルグレーテの方へ歩み寄ってきた。

 彼の表情は厳しいままだが、マルグレーテはひとまず荷物が戻ってきたことに安心した。


「あ、ありがとうございます……。あの、今の方は一体どうかされたのでしょうか? どこへ行かれたのかご存知ですか」


 髭面の男は、人々が行き交う大通りの方に視線をやったまま肩をすくめた。


「さあな、大方、アジトに戻って作戦会議だろう。まあ、これでしばらくはおとなしくなるかもしれん」


「は、はあ……。ア、アジト、ですか。あの、彼はいつ戻ってきてくださるのでしょうか」


 マルグレーテがそう言ったのに、男はぐるっと振り向いた。眉を寄せて信じられないというような表情をしている。


「あんた、わからなかったのか? あの男は人さらいだ」


「人さら……えっ!?」


「あんたを騙して船に乗せ、向こう岸に着いたら売り飛ばすつもりだったんだろうよ」


 マルグレーテは息をのんだ。あんなに優しそうな微笑みを浮かべていたあの人が?嘘でしょう。

 そう思ったが、目の前にいる髭面男の目つきは、冗談を言っているようには見えなかった。

 さっきの男が人さらいだった、もうすぐ自分が連れていかれるところだった。そう悟ると、身体が急にガタガタ震えだした。


「お、おい、大丈夫かよ、顔が真っ青だぜ」


 マルグレーテは少し気遣わしげに言ってくれた男の顔をがばっと見た。目に涙が溜まってくるのがわかったが、堪えられなかった。


「あ、ありがとうございましたっ……! わた、わた、私、ぜ、んぜん……気づかなく、て……」


 マルグレーテは彼に申し訳なさを感じていた。最初に見た時は、この目の前の髭のある男の方が危険だと思ったのだ。私は、見た目で判断していたのだわ、そして大丈夫だと思っていた相手に騙されそうになっていたのね。

 自分がひどく情けなくて、マルグレーテは涙をぽろぽろとこぼした。

 一方髭面の男は、困ったような表情で「いや……」と言った。


「どうせ賃金は払わなくて良いと言われたんだろう? そういう虫の良すぎる話にはだいたい裏がある。用心しておくんだな」


「肝に銘じます、ありがとうございます」


 マルグレーテは少し沈黙してから、鼻をすすると、ケープの裾で涙を拭い、顔を上げた。泣いている場合ではないのだ。時間は刻一刻と過ぎている。船が出航してしまっては、また一日遅れをとってしまう。


「あ、あの、お尋ねしてもよろしいでしょうか」


「なんだよ」


「その、ここの港から、ヴェネツィアに行く郵便の定期船が出ていて、それに乗ることができると伺ったのですが、その、どの船かご存知でしょうか」


 髭面の男は目を細めてマルグレーテを見た。


「ははあ、なるほど。さっきの男にもそうやって尋ねたんだな」


「え、ええ……何かおかしかったでしょうか」


「いや、まあ仕方ねえか。訊いた相手が良い奴ならほんとのことを答えてくれるだろうさ。けど、ああやってにやにやして話しかけてくる野郎は注意しといた方がいいぜ……定期船はある。ほら、あれだ。船のマストに帝国の旗があるだろう」


 男が指した方を見ると、確かにあった。なるほど、帝国領内だからその旗が掲げられているのだ。よく考えれば帝国管理下の郵便船なのだから旗があって当然なのである。


「昼前に出航するはずだ……けど、あんた、金はあるのか?」


「え?」


 マルグレーテはきょとんとした。もちろん持っている。確かに貧しい格好はしているが、そんなに持ってなさそうに見えるかしら。

 髭面の男は言った。


「まあ、持ってるんならいいだろうけどよ。ヴェネツィア行きは三百リラだぜ」


「……さ、さんびゃく!?」


 てっきり鉄道と同じ値段かと思っていた。今持っている金額で払えないこともないが、ここでそんなに大金を出してしまえば後々困ることになるのではないだろうか。と、ここでマルグレーテはふと考えた。

 テオは三百リラも払っただろうか。三百リラだ。あればきっと演奏会のボックス席のチケットを買える。あのテオが、そんな大金をはたいて船に乗ったとは思えない。


 男は肩をすくめた。


「だからヴェネツィア行きなんて、滅多に乗る奴なんかいねえのさ。定期船が出るって噂だけ一人歩きしてるけど、この町の住人は使わねえからな。俺の知る限り、最近だと半年くらい前に貴族の男が乗ったっきりだぜ。ここいらじゃ他に船と言ったら漁船か、帝国管理下の商船くらいだ」


 マルグレーテは眉を下げた。やはりテオは乗っていない。また振り出しだ……と俯いた直後に、マルグレーテはふと顔をあげた。


「あの、あなたはここの官吏の方ですか、毎日こうしてここに立ってらっしゃるのでしょうか?」


「そうだが」


 マルグレーテは大きく息を吸った。


「三日ほど前に、バイオリンを持った私くらいの年齢の青年を見ませんでしたか? 私と同じ質問をしたかもしれません!」


 髭面の男は眉を寄せた。


「覚えてるわけねえだろ。毎日何人ここに来てると思ってんだ。あんたと同じような質問する奴はたくさんいるし、なんならあんたみたいに人さらいの対象にされてる奴もたくさん見てるんだ」


「そ、そう……ですか」


 男の返答に、マルグレーテは肩を落とした。当たり前だ。見慣れているからこそマルグレーテは助けてもらえたのかもしれない。仕方ない、端から探すしかないだろう。気を取り直してマルグレーテは尋ねた。


「では、その、一般的にといいますか、大体そう言われた旅のお方は、どちらへ向かわれるのでしょうか?」


「どちらへって……んなの、俺が知るわけねえだろって……まあいくらか金を持ってる奴ならまた鉄道だろう。半島の方を目指してるなら、まずモンファルコーネかな」


「モン、ファルコーネ……」


「同じ帝国領内だ。ここと同じくらいの大きさの町で、沿岸をずっと北に行ったとこにある。そこからパルマノーヴァかな、ウーディネまで行ったらドイツを横断できる鉄道があるんだぜ。まあどちらにせよ、ここの海沿い近くの道が一番わかりやすい。たぶん馬車も通るぞ」


 マルグレーテは次々と聞こえてくる地名に、頭がくらくらしてくるのを感じた。途中から急に男が何を言っているのかわからなくなったのだ。


 マルグレーテとて貴族の娘として、ひと通りの地理の知識は家庭教師から教わった。叔父と旅行に出かける時も、何度も地図を見直した。

 しかし、たった一人で見知らぬ土地の真ん中にいるという今の状況を思い起こすと、マルグレーテは自分があまりにも小さな存在に思えた。世界にはたくさんの国や町があり、それぞれにたくさんの人がいる。そんな当たり前の現実が、突然目の前に立ちはだかっているような気がした。


 男はマルグレーテが俯いているのを心配そうに見ていたが、ふいに「あっ」と声を上げた。


「そういやあ……何日か前、そこの壁の角でバイオリン弾きが演奏してたな」


「なんですってっ!」


 マルグレーテはがばっと顔をあげた。


「彼は若い方でした? どんなご様子だったか覚えてらっしゃる?」


 男は肩をすくめた。


「いや、ちっとも。この辺りで辻音楽師は珍しくねえからな」


「そう、ですか」


 マルグレーテは少しがっかりした表情を浮かべたが、男は続けた。


「そいつもあんたと同じように船賃の値段をきいたら乗船するのは諦めてたよ。で、そこで弾いてたら客が集まってきてな、結構稼いでたみたいだぜ。それでそのまま行っちまった」


「行っちまった……その、どちらの方へ行かれたかは、覚えてらっしゃいますか」


 マルグレーテの問いに、男は少し思案してから言った。


「街中の方だったな。俺はこのまま海沿いを歩いてくのかって思ってたからそれは覚えてる。中心街の方に行ったんじゃねえかな、たぶん演奏していくらか金がたまったから、それで鉄道に乗ろうと思ったのかもしれねえ」


 マルグレーテはテオがそうしているところを想像してみた。彼はそうしただろうか。わからない。仮に鉄道でモンファルコーネまでは行けたとしても、その後の足取りを掴めるかは定かではない。

 その時また強い北風が吹いた。マルグレーテはぶるっと身体を震わせる。いいえ、こんなに寒かったら、きっとテオはすぐに移動したいと思うわ。それならば、鉄道でモンファルコーネまで行っただろう。その後ウーディネやその他の町からイタリア半島に向かう可能性が高い。

 とにかく駅舎まで戻ろう。マルグレーテはもう一度深く頭を下げて髭面の男に礼を言うと、中心街の駅を目指して歩き出した。


 

 マルグレーテは歩く時、比較的明るい大通りを選んだ。心なしか、前よりも注目を浴びなくなった気がする。目立たない格好になったからだ。

 再び冷たい風が吹きつけ、マルグレーテはケープの前をかきよせた。

 寒い。テオが「冬はいつも南へ」と言っていた理由が、今やっと心からわかった気がした。この寒さは、本や地図を読んだところで、肌で感じなければわからない。

 温かい暖炉も、馬車も、毛皮でできたコートもない身になってやっとわかるなんて、ほんとうに世間知らずね。マルグレーテはまた一つテオから学んだ。と、その時、風にのって音楽が聞こえてきた……あれはアコーディオンと……バイオリンだ!


 マルグレーテは血相を変えてきょろきょろと辺りを見回した。演奏家の姿は見えない。

 どこなの、一体どこなの。マルグレーテは落ち着くように深呼吸してから耳をすました。そして音楽のする方へ街中を進んでいった。

 二つほど角を曲がり、小さな通りに出ると、マルグレーテは人の輪を見つけた。あれだわ!


 明るい日差しの下、冷たい石畳の上で演奏している二人の演奏家がいた。アコーディオン弾きは若い男、バイオリン弾きは中年の女だった。奏でる曲は軽やかなメロディで、聴いている客の中には手拍子をしている者もいた。

 マルグレーテはその姿が目に入ると立ち止まった。違った……。

 マルグレーテはがっかりしながらもその演奏をぼうっとしながら聞いていた。

 あの音ではない。テオの出す、心に反響してくるような、あの音では。

 しかしこのアコーディオンとバイオリンの演奏は、彼女にテオと出会ったばかりの頃を思い出させていた。ウィーンに帰る旅先で、二人のアコーディオン弾きを見かけて、テオも一緒に弾いたことがあった。まだ出会って間もなかったから、テオは私にも叔父様にも心を開いていなかったけど、でもバイオリンは演奏してくれた。あの時の音楽が、情景が、マルグレーテの目の前に蘇ってくるようだった。


 演奏が終わり、人々が散り散りになっても、マルグレーテはしばらくその近くに佇んでいた。


「……さん、お嬢さん、聞いてるの?」


 はっと気がつくと、先ほどまでバイオリンを弾いていた女が、腰に手を当ててこちらを見下ろしている。


「は、はい、なんでしょう」


 女は言った。


「途中からあたしらの演奏を聴いてたでしょ。少し出してくれたりしないの?」


 マルグレーテは目を瞬かせていたが、「あっ」と声をあげると、小さな肩かけ鞄から銅貨を何枚か差し出して彼女に渡した。


 女は手のひらにそれを並べて満足そうに微笑むと「へえ、弾むじゃないか……どうも」と言って身を翻した。


「あっ、ちょっとお待ちください!」


 マルグレーテは慌てて引き止めると、振り向いた彼女に言った。


「あ、あの、あなた方のようなバイオリン弾きの若い男性を探しているのですが、昨日やそれ以前に、お見かけしていませんか? ご存知でしたらどうか……」


「若い男のバイオリン弾き? ああ、見たよ」


 マルグレーテは目を見開いた。


「ほんとうですか! そ、その、いつ……どの辺りで、などは覚えていらっしゃいますか」


 女は「ええとあそこだよ」と考えながら豊かな黒い髪の毛をかきあげた。


「駅だよ駅、この町の中心のさ。二、三日前かな。あたしらが駅に着いたのが日が暮れる頃だったんだけど、ちょうど駅で弾いててね。ここに着いて早々、客を奪われちまったのよ」


「二、三日前……日が暮れる頃……」


 マルグレーテは言葉を噛みしめるように繰り返して呟いた。

 女は肩をすくめて続けた。


「まあ、腰を抜かすほどバイオリンがうまかったからね、あたしじゃ太刀打ちできなかったよ。けど、そいつはその後すぐ出る予定の列車に乗るらしかったから、こっちは助かったってわけさ……」


「おい」


 向こうからアコーディオン弾きの男が、荷物をまとめた様子で眉を寄せて呼びかけてきた。


「いつまで喋ってんだ、行くぞ」


「ああ、はいはい。ったく気の短い男だねえ……お嬢さん、そんなところであたしは行くよ」


「あ……は、はい! あの、ありがとうございました!」


 マルグレーテが丁寧なお辞儀をして礼を言うと、女は小さく手を振って今度こそ身を翻し、アコーディオン弾きと共に去っていった。


 マルグレーテは大きな旅行鞄を握り直した。

 駅だ。テオはやはり鉄道に乗ったのだ。どこへ向かったかはわからないが、三日前の彼と、同じルートを辿っている事は確かだ。それに、ウィーンへ戻ることは万に一つもないだろう。となると、自然と乗る電車の方向は決まってくるはずだ。

 マルグレーテは先ほどよりも早足になって駅に向かった。



 トリエステの駅は、昼間であるからか乗客が多いようで、多くの人が行き交っていた。


「おや、シニョリーナ。またこちらへお泊りに?」


 駅舎の近くまで来ると、老人の門番が声をかけてきた。マルグレーテは微笑みを浮かべて首を振った。


「いいえ、また鉄道に乗ろうと思いまして」


「おや、そうでしたか。てっきり船に乗るのかと思っておりましたが……」


「そういえば門番さん。ちょっとお聞きしたいのですが、三日前にバイオリン弾きの男性がここで演奏するのを聴いていませんか?」


 マルグレーテの問いに門番はきょとんとした顔をした。


「バイオリン? バイオリンというのはあれですかな、なにやら……こう、楽器のことで?」


「ええ、そうです、弦を弾いて音を出しますの。駅の中で三日前に演奏していた人がいたと伺ったのですけど」


 門番は難しい顔をした。


「さあ……三日前とは言わず、今日も昨日も誰かしらが演奏してますからな。三日前もそうであったかもしれません、すみませんな」


 マルグレーテは「そうですか、ありがとうございます」て頷いて門番に丁寧に礼を言うと、切符売り場の方へと向かった。


 売り場には列ができていて、マルグレーテと似たような服装をしている者達だけでなく、いくらか上質な服装をした者たちもいた。

 長いこと並んで、ようやくマルグレーテの番が来た。


「どちらまで?」


 売り場の男は若く、にこりともせずに言った。


「あ、あの、どちらまで行ける列車があるのでしょうか」


「はあ? 行き先を決めていないんですか」


「あ……いえ、その、イタリアの方を目指していて……ドイツの方へは行かない列車がいいのですが……」


 マルグレーテの答えに男はああと頷いた。


「でしたらモンファルコーネ行きですね、そこから駅馬車を使ってウーディネまで行った方が、イタリア行きは楽ですよ……はい、モンファルコーネまでのチケットです」


 チケットを買った後、マルグレーテは列車を待ちながら思案していた。

 ほんとうにこのモンファルコーネ行きに乗っていいのだろうか。おそらくテオが引き返すことはないだろう。ただし、モンファルコーネに行くということは地理的に北上することーー寒い地へ行くということだ。

 でもイタリアに向かうにはこの道しかないのよ。マルグレーテは自分に言い聞かせて、到着した列車に乗った。彼はこうしている間にも先を進んでいる。うかうかしていられないわ。

 日が傾く頃、マルグレーテを乗せた列車はトリエステを出発した。







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