それぞれの 下
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俺はキリアン・リーブス。
騎士を目指す端くれとして、日々鍛練に励んでいる。
一応これでも、剣の腕には自信があるし、そんじょそこらの貴族には負ける気はしない。
たまに、親父が団長だからゴマ摩られてるだけだろってやっかみ言われることもあるが、問答無用で実力行使したら、全員泣いて謝ってくるから気にしていない。
そう、俺は強い。
だから、将来この国一の強者になるのは俺だと自負していた。
………兄貴に出会ったあの時までは。
あの日、第2王子に婚約者ができたと世間がざわついた日。
俺の頭の中を駆け巡ったのは、第2王子の忌まわしい血筋を残す危険のある選択を王家がとったことへの驚きと、俺が何とかしなければという使命感。
そして、これまで令嬢たちはあの紅い瞳に怯え、誰一人として近づかなかったのに、とんだ強欲なお嬢様もいたものだと、婚約者となった令嬢に呆れと憤りも感じた。
だから、婚約者となった令嬢にお灸を据える意味でも少し身の危険を感じさせ、婚約を辞退させようと考えた。
だが、あくまでもジルコニア伯爵家の令嬢。
大々的に襲えば問題が生じる可能性もある。
王家は何もしないだろうが、伯爵家が抗議を入れてきたら面倒だ。
だから、いたずらの範囲で命の危険を感じる方法を俺は必死に考えた。
考えて考えて、考えた末にようやく名案が閃いた。
それからの俺は計画から行動に移すまで、まさに鮮やかに戦法を練るように滞りなく進めた。
まず、令嬢が必ず一人で通る場所、時間を抽出し、一晩かけて穴を掘る。
そして、上から網を張り丁寧に隠す。
見事な出来映えに、これを崩されるのが少し惜しくなったくらいである。
他の者が落ちないように、ギリギリまで看板で注意喚起をし、いよいよ令嬢の姿が見えたところで看板を抜き、物陰に隠れた。
令嬢は本を読みながら歩いており、まったく前を見ていなかった。
徐々に近づいてくる令嬢に、計画の完遂を意識してゴクリと生唾を飲み込む。
そして………ーーーーー。
「きゃあっ!?」
令嬢の悲鳴とばさぁ!と物が落ちる音、視界から消えた令嬢。
計画通りに終えられた達成感で胸がいっぱいになる。
ほくほくしながら、穴を覗き込むと大分下の方で令嬢が呆然と座り込んでいた。
しまった、気合いを入れて掘りすぎたか。
これはロープを持ってこないと引き上げられないな、と思案しつつ令嬢に声をかける。
「これに懲りたら、忌まわしい第2王子に取り入ってまで王族になりたいなどと愚かな思いは捨てることだな。あの汚れた血は、ただの女の野望で後世に残すものではない。」
これだけのことをされれば、恐怖で頷くしかあるまい。
任務完了とばかりに縄を取りに行こうと立ち上がりかけたその時。
「………は?」
地を這うような声が俺の耳に届いた。
しまった、この場面を他の者に見られたか!
焦って周りを見渡すが、誰もいない。
首を傾げつつふと穴の中に目を向けると、刺すような目線で令嬢が俺を睨み付けていた。
まさか、この令嬢から先程の声が出てきたのか?
「な、なんだお前。こんな目にあっても王族の地位が諦められないというのか!?」
「はあ?要らないわよ、そんなもの!」
「じゃあ早々に婚約を破棄することだな!」
「絶対にい、や!」
「…んな!」
俺の思う通りの反応をしない令嬢に苛立ち、剣を抜きかけたとき。
背後から今まで感じたことのないような殺気と威圧感が一気に襲いかかってきた。
自分より強大な存在に逃げ出したくなる本能を、全てのプライドを総動員して必死に抑え込み、後ろを振り返る。
そこには、何も感情を浮かべていない第2王子がいた。
その表情と第2王子から発せられる気の差が恐ろしさを増強させる。
まさに覇気。
なぜこの人が王座についていないのか、と思ってしまうほどの壮絶なものだった。
「私の婚約者を見なかっただろうか?」
「あ…、う…っ」
王子の静かな問いかけに、俺は情けないことに言葉ひとつ発することができない。
まるで、目に見えない手に喉を締め付けられている気分だ。
「ヴィルフェルム様?」
令嬢が地底から問い掛けるように声を出す。
その声に慌てることもなく、王子は落とし穴に近づき、令嬢の無事を確認したところで、小さくほっと息をついた。
あの第2王子が安堵している。
何者にも感情を表さず、他人に興味もなく、ただ生きているだけの呪われた人形のような忌まわしき存在。
そう思ってきた第2王子像が、たった今、安堵の息をついたことで軋み始めた。
そのことに戸惑う俺を気に止めることなく、第2王子は魔法で令嬢を地上へと助け出した。
ふわりと令嬢が地面に降り立ったがぐらりと傾ぐ。しかし、次の瞬間には第2王子に抱き止められていた。
「あの高さを落ちたのは初めてなので、腰が抜けました」
きつく抱き締める第2王子を安心させるようにへらりと笑う令嬢を見て、俺の胸になぜか罪悪感が募る。
「すまない。私が来るのがもっと早ければ、こんな怖い目に合わせずに済んだのに」
「いいえ!すぐにヴィルフェルム様が来てくださったので、心強かったです。助けて下さってありがとうございました。ところで…」
俺を見た令嬢に続いて、第2王子の視線が俺に向く。
そして、また放たれるあの強烈な覇気。
もうダメだ。
俺、俺、俺!!!!
溢れる自分の感情をどうすることもできず、一気に駆け出す。
「!?」
第2王子の傍に駆け寄り膝を折る俺に、2人が驚く気配を感じる。
「その覇気に惚れました!俺は貴方に生涯の忠誠を誓います!兄貴!!!!!」
「「………は?」」
かくして俺は、この日から兄貴の忠実な僕となった。
だって俺、強いものに惹かれる性だから。
その後発覚したが、兄貴は剣の腕もすごかった。
俺は到底敵わないのはもちろんだが、もしかしてもしかすると、団長である俺の親父よりも遥かに実力は上かもしれない。
が、なぜか兄貴はそれを知られたくないようなので、俺も誰にも言わずに胸に秘めておく。
それから数年後、兄貴の婚約者であるユリアーナ嬢に深刻な顔で剣を指導してほしいと言われた時には、丁重にお断りして兄貴に話を繋いだ。
だって考えてもみてくれ。
二人きりで剣術の練習ってだけでも地雷なのに、剣先がかすって怪我でもさせてみろ。
確実に俺の命はない。
あの覇気を感じるのは好きだが、命がなくなるのはごめんだ。
じゃれあうように婚約者の剣の練習に付き合う主の、嬉しそうな穏やかな表情を見つつ、あの時あの方も正真正銘人であると気づけたことに安堵する。
そして、そんな主が殊更大事にする婚約者であるユリアーナ嬢も護るべき貴人として警護対象なのは言うまでもない。