どうしてあなたは
額に残る少し冷たいけど、柔らかい感触。
それはキス。または接吻。または口付けともいう。
ぬおおおおおおおおおお!
思い出してはベッドの上を転げ回る。
どうやってここまで帰ってきたかも覚えていない。
つまり、あの瞬間から私の思考回路はショートし、壊れたステレオのように同じ場面をリフレインしている。
どんな拷問だ。
こんな乙女展開に持っていくルー様の凄まじさ。
ますます攻略対象でない謎が深まる。
前世の私なら絶対推しメンにしていただろうに。
いやしかし、二次元だから萌えるのであって、現実でされたらトキメキよりも先に恥ずか死ぬということを実感した。
二次元のヒロインの心臓の強さと対処力、恐るべし。
もうこのリフレイン地獄を抜け出すには、寝るしかない。
そう思うか思わないかのうちに、私の意識は都合よくフェイドアウトした。
ーーー
「弟が、目の前で死んだんだ」
画面の向こうのアラン殿下が悲痛な顔で告げる。
「兄弟仲は良くはなかった。むしろ、私は弟を疎んですらいた」
画面の向こうでヒロインが励ますようにアラン殿下の手にそっと触れる。
「だけど、死ぬなんて考えてもいなかった。
…死だ。死んだんだ。普通悲しいことなはずなのに、誰も気にも止めなかった」
ポロリとアラン殿下の頬を涙が伝う。
「そして怖くなった。私が死んでも、何事もなく時が進むことが。誰も悲しんでくれないんじゃないかということが…」
俯くアラン殿下にヒロインがそっと身を寄せる。
「アランがいなくなるなんて、考えたくない。そうなったら私の時間もそこで止まるでしょう。あなたは弟王子とは違う。大丈夫、大丈夫よ」
そう言って優しくアラン殿下の髪を撫でるヒロインを、アラン殿下は搔き抱き、そして………。
「やめーーーーーーい!」
胸糞悪い展開に叫びながらガバリと身を起こす。
ネグリジェが汗で肌にまとわりつき、荒く息をつきながら、夢見の悪さに頭を掻き毟る。
何あれ何あれ何あれ!
いや、本当は分かってる。
あれは前世の私が見ていた、この乙女ゲームの場面。
そう、まさにアラン殿下がヒロインに心開くイベントの場面。
そのスチル画像に身悶えしたのも覚えてる。
だけど今は、全く萌えない。
アラン殿下が嘆いているのは、結局は自分の身を思ってのこと。
ルー様のことになんて、これっぽっちも想いを馳せていない。
それに、ヒロイン。
大丈夫ってなんだ。あなたは弟王子とは違うってなんだ。
ぶっ飛ばすぞこら。
一緒だよ!
むしろルー様の方が尊いよ!
アラン殿下がクズならヒロインはクソだよ!
………それに、それに。
ルー様が死ぬって何。
攻略対象者じゃない理由が、本編始まる前に死んでるって…。
そんなの嫌。
ルー様が死ぬなんて考えたくもない。
そんなことにはさせない。
私の全身全霊をかけて、ルー様を守る。
だけど、今思い出した展開だけでは、ルー様をどうやって守ればいいかなんて正解は分からない。
つまり、ルー様を守るためにはどんなことでも対処できるようにならなきゃいけない。
それならば、することはただ一つ。
スキルを上げる。
それに尽きる。
そうと分かれば、あとは行動あるのみ。
ルー様の危機がいつかも分からない今、悠長に構えている暇なんてない。
ルー様は、私が守る!!!!