ここはどこ
気付くとそこは自分の手さえ見えない濃い闇の中。
どうして、と思うと同時に先程の光景がすごい勢いでフラッシュバックする。
魔女と化した王妃が放った、禍々しい魔力の塊。
私は私を庇うルー様を押し除けてそれの前に躍り出て、それで…ーーーーー
「…あれ?もしかして私、死んじゃった…ーーー?」
ーーールー様を置いて?
その可能性に行き着いた時、さぁっと血の気が引いた。
一番親しくしていた人を亡くす辛さを、私は知ってる。
病気療養した末の死別でさえ、その人がいなくなったということを整理するのに時間がかかるし、その喪失感に耐えきれず精神が崩れる人もいるのだ。
それなのに、大切な人が急に居なくなったら…ーーー?
それを支えてくれる人が居なかったら?
訪れるのは………崩壊。
「…っ!」
いやいや、でも待って。
もう今では、ルー様にはニコルもいるし、キリアンにルーカスだって、それにあの様子だと陛下だってルー様を思ってくれてる感じだったし、ルー様がまた孤独になることはないはずだ。
私が居なくても、きっと大丈夫。
大丈夫、だけど…ーーー
「私が大丈夫じゃないいいいいいいいーーーーー!ルー様ぁ、会いたいよぅ、うぅ!」
「だったら1人で無茶なことをしない」
え、と思う間もなく、ふわりと温かい何かに包まれる。
でも、この声は間違いなく大切なあの人の声。
まさか、と恐る恐る顔を上げると、自分の手も見えないほどの闇だったのに、ルー様のご尊顔が淡く光ってはっきりと見えた。
いや、ルー様のご尊顔だけではなく、その細身な上に引き締まった理想的な細マッチョの美しいお身体まで淡く光っている。
そこで考えられる可能性に行き着いて、先程よりも更に血の気が引く。
ーーーもしかして、ルー様を道連れにしちゃった…?
「それも嫌ぁ…」
「アナ」
ドバッと滝のような涙を流す私の名前をルー様が優しく呼ぶ。
「大丈夫だよ、アナ。まだ私たちは死んでない」
「…本当ですか?」
じゃあここは?と湧いてきた疑問に答えたのは、ルー様ではない別の声。
「ここは、魔空間の中だ」
「?」
やたら低い位置から聞こえた、その声の方を見るとそこには闇の中に煌く、紅色の小さな瞳と艶やかな漆黒。
「ルビィ?」
愛しい人と同じ色を纏う彼の使い魔に驚き過ぎて、喋るの?という言葉は空気のみで音にはならなかった。
「ここは我の庭とも呼べる空間だからな。姿までは戻らなかったが…。ちっ、忌々しい」
「…」
音にはならなかったがきちんと拾い上げてくれた、愛らしい姿から聞こえてくる毒々しい言葉。
うん、ギャップがハンパない。
そうだよね、元魔王だもんね。
私のルビィのイメージ像にヒビが入った瞬間だった。
ーーー
「これからどうしたらいいのかしら…」
「何だお前、無策で飛び出したのか。アホだな」
「…」
何だろう、この可愛いけど憎たらしい生き物は。
まだこのギャップに慣れない今、可愛い分そこから繰り出される口撃の威力が凄まじい。
「大体、お前があんな無茶をするから我は生命の危機に…」
「#元__・__#魔王よ、それ以上喋ると…分かってるよね?」
「元言うな!…ごほん、まぁ、あれだ。ここでそんな無茶をしたら、我らと離れるばかりか、異界へ放り出されるか、違う時間軸へ飛ばされるか、どうなるか分からないからな」
何だ何だ、私が無茶した後の時間で2人に何があったんだ。
気になる、すごく気になる。
だけど、この状況で聞いたらまずいのだろうか。
ちらり、とルー様を見上げてみる。
その視線に気付いたルー様が、紅の瞳を優しく細めて私を見下ろす。
「君が気にすることは何もないよ。使い魔にしたのが男だと分かってからも、その能力を認めてアナの護衛にと付けておいたのにむざむざとアナを危険な目に合わせたからね、ちょっとお仕置きをね?」
「…ちょっと?あれで…?」
ふふふ、と微笑みを浮かべるルー様の足元で、ルビィが愕然とした表情を浮かべて呟く。
うん、これ以上触れない方がいいかもしれない。
「と、ところで、ルー様たちと離れたら大変なことになりそうだけど、どうしてルー様たちと一緒だったら大丈夫なの?」
取り繕うように話題を変えた私に、ルビィはあからさまにホッとした表情をしたかと思いきや、次の瞬間には耳をピンとそば立て、猫ならではの小さい胸を張ってものすごいドヤ顔で言い放った。
「それは、我が魔王だからだ」
「…」
「…」
「元、でしょ?」
「元言うな!!!
この闇の中で行くべき導が見えているのだ。我こそが魔王なり」
ふふん、と得意げに髭をピクピクさせるルビィの姿は、ただただ可愛い。
「導?」
何もないと思っていたけど、そうではないらしい。
「簡単に言えば、道みたいなものだ。そして、両サイドは崖という感じかな。道から外れたら、どの空間、どの時間軸に落ちるか分からないということだよ」
「…」
何それ怖いんですけど。
導が見えない私は、いつ導から外れてどこかへ落ちても不思議ではない。
寧ろ落ちない方がおかしい現状にぶるりと身震いがして、安心を求めてルー様の側に体を寄せる。
それに気づいたルー様が、力強い腕で更に私の体を引き寄せ、安心させるように微笑みかけた。
「大丈夫、アナは私が守るから。今度は、勝手に私から離れてはいけないよ?」
私の耳元でそう囁くルー様が尊過ぎて、壊れたおもちゃみたいに首を振り続けることが精一杯だった私は、つまりルー様も導が見えているのだということに、この時点で気づくことはなかった。




