あなたはどれほどの
「アナ!?」
ルー様の焦る声を背に聞きながら、迫り来る魔力の塊と対峙する。
無論、私にアレと対峙するための何か術があるわけではない。
ただ、ルー様を護りたい。
その一心で、その魔力の塊がルー様に届かないよう受け止めるべく、両腕を突き出す。
背後でルー様がこちらに駆け寄ろうとする気配を感じるが、とても間に合いそうにない。
そのことに、ほっと安堵の息を吐く。
何故か、ものすごい勢いで迫ってきているはずの魔力の塊も周囲の動きも、私にとってはスローモーションのよう。
この膨大な魔力が、ルー様を傷つけるものではなく、誰かを救うものであれば良かったのに、なんて。
こんな切迫している状況で、こんな悠長なことを考えられるのはそのせいだろう。
それにしても、本当に勿体ない。
これだけの魔力だ。
清いことへと使えば、一体どれ程の人が救われるのか。
きっと、人智を越えるほどの奇跡が起こるはずなのに。
しかし、目の前に迫り来るものからは聖なる気配は一切なく、悲しみや怒り
、憎しみといったあらゆる負の感情が、隠されることなく溢れ出てきている。
恐らくそれは、王妃が長年抱え込み育ててきた感情。
これだけの負の感情を抱え込むことになった原因は、はっきりとしている。
………そう、陛下とカルマ様の存在。
愛した人から愛が得られないばかりか、愛した人には自分以外に愛する人がいて、それを間近で見せつけられることで生じる憎しみ。
そして、王妃という立場故に、陛下以外からの愛を求めて飛び立つこともできず、誰からも愛されることなどなく、まるで終わりのない牢獄のような環境で孤独に生きていかねばならない絶望。
その憎しみや絶望はいかばかりか。
自分の身に置き換えただけでも、身の毛がよだつ。
王妃もまた、被害者であるのだ。
この王侯社会で、血の繋がりで国や諸外国との秩序を保っている、この世界の。
政略結婚で愛し愛される関係を築ける人たちも、もちろんいたであろう。
だから、政略結婚を完全に否定するつもりはない。
だけど、そういう関係が築けなかった場合、もしくは、結婚相手以外に想う人がいる場合に政略結婚を強行、あるいは継続しても誰も幸せになどなれない。
そう思ってしまうのは、私に恋愛結婚を前提とした前世の記憶があるからかもしれない。
魔力の塊の中心で、血の涙を流す王妃の幻影がぼんやりと浮かぶ。
ーーーあぁ。
こんなにドロドロとした感情を抱えながら生きることが、どんなに苦しかったことでしょう。
ーーーどんなに悲しかったのでしょうか。
ーーーどれだけ惨めな思いを味わってきたの。
ーーーどれ程の決意で、その折れそうになる心を奮い立たせてきたのでしょうか。
ーーーそして、どれだけの絶望を経て魔女へと身を落としたのですか。
心の中で王妃へと問い掛ける。
気付けば、私の瞳からも涙が溢れていた。
そして、魔力の中心にいる王妃の幻影を抱き締めるべく、それまで突き出していた両腕を大きく広げた。
「もう、大丈夫だよ…」
そう囁いた次の瞬間、私の体は魔力の塊に飲み込まれたのだった。




