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そしてできたものは

「お嬢様!!!おーじょおーさーまーーーー!」


扉の外でルドルフが扉をゴンゴン叩きながら悲痛な声で私を呼んでいる。


「ごめんね、ルドルフ…。でも、こうでもしなきゃ、あなた、許してくれないんだもの」


そう申し訳なさそうに呟くと、私は目の前の標的に視線を戻す。


「さぁ、覚悟なさい!」


風よ、と標的に向かって今まで使ったこともない、誰かに師事をもらったこともない魔力を放つ。


それがどんなに危険なことだろうとしても、私はここを譲るわけにはいかなかった。


それと同時に私の黄金色の髪が宙に靡く。


これが、果たして成功するのかも分からない。

どんな結果になるのかさえ。

だけど、私はどうしても成さねばならなかった。

全ては、ヴィルフェルム様のために…ーーー。


私の魔力が標的に向かって牙を剥く。

そして…ーーー


標的は、私の思い描く通りの姿となって、私の前に鎮座した。


「……………………できた」


目の前の標的の様子に、じわりじわりと喜びが沸き上がる。


「…やったわ!できた!成功よぉー!!」


ツンと立った角。

クリーム色のキラキラと輝く艶やかな表面。


その美しさに、私はほぉっと感嘆の息をつきながら、暫くそれをうっとりと眺める。


ーーーが、しかし。


「おぉぉぉぉぉじょおーーーー!」


「!!」


今にも扉を叩き割りそうなルドルフの声に、はっと我に返ると私は急いでその標的を別の場所へと移し、圧力に悲鳴を上げ始めていた扉をそっと開ける。


「お嬢様!!良かった、ご無事で!」


そこには滂沱の涙で顔を濡らす、我が家の料理長ーーールドルフがいた。


その様子に申し訳なさを感じながら、お待たせ、と扉を更に開けると、ルドルフは恐る恐るというように厨房を覗きこむ。


「……壊れてない……」


信じられないように呟くルドルフ。


「そうでしょう、すごいでしょう」


「はぁ…」


ふふん、と胸を反らせて自慢げに言う私に、ルドルフは気の抜けたような返事をする。


事の発端はここから3時間ほど遡る。


ーーー


「厨房を、ですか?」


ルドルフが唖然とした表情で呟く。


「そう、厨房を少しの間貸してほしいの」


「なりません」


ルドルフの言葉を繰り返した私に、ルドルフはピシャリととりつく島もない様子で答える。


「どうして!?」


その素早い返答に驚きの声を上げる私に、ルドルフは首を振りながら答える。


「わざわざお嬢様のお手を煩わせることなどございません。何かご希望がありましたら、私どもが責任を持ってお作りします」


「ダメ!これは、私が、自分でしなきゃ、意味がないの!」


気持ちを伝えられるように、敢えて一言一言区切って話す。


それでも大切な厨房を任せるわけにはいかないと、首を振るルドルフに、私は分かりやすく肩を落とす。


「分かったわ。今回は諦める。

あ、そういえばルドルフ。お父様が今日の晩餐のことで話があると言っていたんだったわ」


「旦那様が?」


私の言葉に疑いの眼差しを向けるルドルフに、私は肩をすくめてみせる。


「私もここを出るから、途中まで一緒に行きましょう」


そう言って、一緒に厨房を出ようとする私に、ルドルフは少し安心したのか、一つ頷いて厨房を出た……ところを一気にルドルフを突き飛ばし、勢いよく扉を閉め鍵を掛ける。


そして、冒頭に戻るのである。


ーーー


ルドルフとの経緯を回想している間に、いい匂いが辺りに充満してくる。


すん、と鼻を鳴らして、ルドルフが不思議そうに首を傾げた。


「これは…?」


「そろそろいい頃合いね」


私は、あの標的を移した場所へと向かい、そして中を覗きこんだ。


そう、その場所はオーブン。


中にはふっくらと焼き上がったスイーツ。


私はこれを作りたくて厨房を占拠したのだ。

なぜなら今日はヴィルフェルム様の誕生日。

凝ったケーキは作れないけれど、これなら何とか作れるのではと思ったのだ。

この世界のケーキと言えば、スコーンのように生地がぎっしりと詰まったものが多く、ふわふわしたスイーツはほぼない。

だからこそ、そこで問題となったのは、ふっくら焼き上げるために不可欠なミキサーが、この世界にはないということだった。


絶望に打ちひしがれる私の脳裏に魔力の存在が過ったのは、まさに神の啓示だと言えるだろう。


魔力を使ったこともなく、まだ使い方を習ったわけではない現状に再び膝をつきそうになったが、物はやってみるものである。


「お嬢、これは?」


珍しい食べ物と満足げな私の様子に、料理人の血が騒ぐのかルドルフが目を輝かせて聞いてくる。


こらこら。呼び方、おかしくない?


そう引っ掛かったものの、スイーツの成功に達成感が振り切れていた私は、そんな些事など遠くに投げやり、反らしていた胸を更に反り返して答える。


「シフォンケーキよ!!」


ーーー


「よーし!…って、あれ?」


出来上がったシフォンケーキを片手に、王子の誕生日に賑わっている王城を予想して、掛け声と共に意気込んで乗り込んだのはいいものの、いつもと変わらない様子に違和感を覚える。


そこに、魔術を得意とする将来先生となる攻略対象者、ニコル・ラウアーが通りがかる。


「あれ、姐御?こんなところにボーッと突っ立って何してんだ?」


「……………誕生日」



「え?」


「誕生日よね、今日!ヴィルフェルム様の!!」


その私の勢いに圧されてか、あー、とニコルは歯切れの悪い返事をする。


「そうか、姐御、ずっと屋敷の中に囲われてたから知らないのか」


そう頬を掻きながら呟くと、ニコルは気まずげに私から視線を外した。


「………これまで兄貴の誕生日が祝われたことは一度もない」


「何で!?」


そう問い返す間にも、ヴィルフェルム様に対するこれまでの周囲の態度が脳裏を過る。


ーーー呪われた身で、穢らわしい。


ーーー私の側に寄らないで!


ーーーこちらを見るな!呪い殺す気か!?恐ろしい。


ヴィルフェルム様を罵倒する声が次々と木霊する。


瞳の色が違うというだけで、それは畏怖となり、あるいは、呪われているとすることで自分の方が価値がある人間だと思う、一種のマウンティングにもなり得るのか。

しかし、12歳の少年にはあまりにも酷なことだ。

なぜ誰一人として、周囲を諌める大人がいないのか。


「…狂ってる……!」


「おい?姐御?大丈………て、泣いてんのか?」


俯いてグッと拳を握りしめた私を覗きこんだニコルが驚いたような声を上げる。


「ヴィルフェルム様を罵るバカもクズだけど、それを諌めない大人も、周囲に流されるまま本質を見ないで同調する子どもも、何も知らなかった私も!

みーんなバカでクズで人でなしよぉぉぉぉぉ!」


「あ、姐御ぉ!?」


突然泣き叫んで走り出した私をニコルが戸惑ったように呼び止めるが、そんなこと構ってられない。


只管全力疾走して目指すのはヴィルフェルム様の部屋。

本来なら王子殿下の部屋にアポなしに通れるはずもないが、何の障害もなく辿り着けたことにも腹が立つ。

勢いよく扉を開ける私をヴィルフェルム様は驚いたように目を見開いて振り返った。


ヴィルフェルム様の顔を見た瞬間、全力疾走で乾いていた頬が再び濡れていくのを感じる。


部屋の扉を開けた勢いそのままに突進して抱き着いた私を、ヴィルフェルム様は何とかたたらを踏んで抱き止めた。


「アナ…?」


どうした、と戸惑う中にも優しさを感じるヴィルフェルム様の言葉に、私は更に抱きつく腕に力を込める。


ヴィルフェルム様は強い。

それは、武術がとか魔力がとかいう物理的なものではなく、心が。

だけど、その尊く気高い心を守るものが、あまりにも少なすぎる。


ーーーだから、決めた。


「ヴィルフェルム様」


「ん?」


私が名前を呼ぶと、それに首をかしげた時にさらりと肩にかかる漆黒の髪が、さらにその美しい顔を引き立たせる。


「誕生日!おめでとうございます!」


真っ直ぐヴィルフェルム様の顔を見上げてお祝いを告げる私に、紅色を瞬かせて、次の瞬間にはじわりと喜びが広がった美しい輝きを纏う宝石のような瞳。


その瞳に見とれつつ、私はその決意を言葉にする。


「これからは、私がどんなことからもあなたを守る」


心も体も引っくるめて。

全部。


「殿下は私にとってとても大切な人です。

私は、大切な人が生まれたこの日がとても愛おしい。

だから、殿下」


私は、思いをしっかり伝えるために言葉を区切って殿下の頬を両手で包み込んだ。


「生まれてきてくれて、ありがとうございます」



じわりじわりと涙のベールで覆われても、彼の紅色の輝きは最高に美しかった。

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