なんでこうなった
たくさんのブックマークと評価をありがとうございます(*^^*)
励みになります!
「アナ、待たせたか?」
控えめな、だけど私にとっては眩しすぎる笑顔でヴィルフェルム殿下が私の名前を呼ぶ。
あの輝く紅色の瞳、それが私を見てあんなに煌めいていることに胸が高まり、頬が上気してくるのを感じる。そうやって今の状況にいたく感動していると、鼻の奥がツンと違和感を放つ。
あ、ヤバい。
咄嗟に鼻を手で覆って下を向く私に、殿下が心配そうに駆け寄ってくる。
「どうした!?また誰かに嫌がらせをされたのか?」
すまない、早く俺が来ていれば、と焦ったように私に声を掛けるヴィルフェルム殿下だったが、ポタリとテーブルの上に落ちた赤い物を見て、一気に口をつぐんだ。
「またなのか…」
頭上から降り注ぐ呆れたような声に、うぅっと唸り声を上げて答える私は、何と滑稽なことか。
「も、もうじわげありまぜん…」
手で鼻を押さえながら謝る私に、殿下は苦笑しながらもハンカチを差し出してくれる。
それにお礼を言いつつも、手を鼻から離せない私を見かねて、ヴィルフェルム殿下が私の鼻へハンカチを押し付ける。
ふんがっと、淑女にあるまじき音が出て、恥ずかしさに涙が出そうになっている私を気にすることなく、私の手に変わって鼻をつまみ続ける殿下。
何て面倒見がいいの。
こんなにイケメンで、綺麗で、優しくて、面倒見が良くて。
こんなハイスペックイケメンがなぜ攻略対象ではないのかと毎度のことながら理解に苦しむ。
いや、攻略対象だったら、こんな美味しい状況は味わえなかったわけであるから、やはりこの状況は私得でしかないのだが。
いやしかし、勿体ない。
そんなことを考えながら、ヴィルフェルム殿下のご尊顔をこの状況に乗じて思う存分眺めている私に、殿下は憂えた表情で呟く。
「お前もそろそろ慣れろ。
私と会うたび毎回血を流していては、そのうち血が足りなくなるぞ。結婚後は毎日一緒にいるようになるのだから」
心配そうにこちらを覗きこむ殿下に、更に私の心拍数は跳ね上がる。
パクパクと魚のように口を動かすだけで、何も言葉を出せない私に、殿下はいたずらが成功したようなニヤリとした笑みをその顔に浮かべた。
からかわれた!!!!
その事実にむっと視線を下に下げた私に、してやったりと笑う殿下は、しかし、次の瞬間にはまた心配そうに私を見下ろす。
「本当に、誰かに虐められたわけではないんだな?」
そう、殿下が私に念を押すのにはそれなりの原因があった。
これまで、その身を疎まれていた殿下の婚約者となった私は、最初のうちは周囲から同情めいた視線を浴びていたものだった。
そう、婚約者候補を除外されたという通知を受け取った後の両親が、私を見た視線と同じである。
あの時にはすでに、私がヴィルフェルム殿下の婚約者に決定したという通知も入っていたが、それを告げたときの私の反応が見たかったヴィルフェルム殿下が、そのことを両親に口止めしていたという事実も後日発覚した。
こほん、あー、話は逸れたが、最初は同情だったそれが、悲哀や悲壮感を全く見せない私の態度に対し、蔑んだようなものへと変わっていくのに大して時間はかからなかった。
やれ、呪われた王子の婚約者ならば、その身も呪われたも同然だの。
やれ、穢れが移るから側に寄るなだの。
大人がそんなことを平気でするものだから、子どもももちろんそれに習う。
そして、善か悪か判断ができない子どもだからこそ、やることもえげつない。
熱い紅茶をかけられたこともあり、毒虫を投げつけられたこともあり、落とし穴に落とされたこともあった。
さすがに落とし穴に落とされたときは、自力で出られず、私を探しに来てくれたヴィルフェルム殿下が見つけてくれて助けてくれたんだけれども、その後の殿下がくそ怖かった。
いや、あれは、とても、とか、すごく、とか丁寧な言葉では全然伝わらない。
だから、少し汚くても敢えてもう一度言う。
くそ怖かった。
それからというもの、殿下の私に対する過保護っぷりが炸裂している状況である。
まだ、中身が9歳プラス何十αの私だから、そんなことをされても精神を病まずに図太く生き残れているけど、そんな悪意に晒された生活をこれまでの12年間耐え抜いてきたヴィルフェルム殿下のことを思うと、悔しくて胸が締め付けられる思いがする。
もちろん、そういうおいたをした子達には、きちんとお仕置きをして、とくと道徳を説いて全うな大人になるよう再教育中である。
更に、その教育の中にヴィルフェルム殿下の素晴らしさをここぞとばかりに盛り込んでいるため、最近多少は子どもたちの殿下に対する意識が変わってきたようにも感じているところだ。
「あ、姐御がまた鼻血垂らしてる!」
「うげ!本当だ!毎回毎回よく出せるよ。もうそれ特技でいいんじゃない?」
「兄貴も毎回よく付き合ってあげてるよなぁ」
親に付いて登城していた再教育中の貴族の子息たちがわらわらと集まってくる。
順に、将来の騎士、公爵令息、学校の先生、つまり、攻略対象者たちである。
彼らは私たちを姉御と兄貴と呼んでくる。
いやいや、色々とおかしいだろう。
騎士と公爵令息に関しては、殿下と同い年だし、先生に至っては殿下のさらに5つ上である。
なのに姉御と兄貴呼び。
もう少し違う教育が必要か?
ちなみに、アラン殿下とヴィルフェルム殿下は異母兄弟で同い年だ。
そんなことを真剣に考えている私の耳に、ヴィルフェルム殿下の冷静な声が届く。
「お前たち、今日は兄上のところに呼ばれているだろう。早く行け」
邪魔だ、とばかりにしっしっと追い払う殿下に、3人はえーっと不満げな声を上げる。
「「「だって、こっちの方が面白いし」」」
声を揃えて訴える3人に、いよいよヴィルフェルム殿下の機嫌が急降下していく。
凍えるような冷たさを浮かべた紅色も痺れる!
キラキラと殿下を見つめる私と、目で人を殺せそうなくらい物騒な視線を向ける殿下を交互に見比べて、彼らはそそくさと立ち去った。
「「「後で覚えてろよー!」」」
そんな厨二病くさい捨て台詞を残して。
うん、再々教育決定。