お茶会で
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まるで拷問のようにコルセットを締め上げられ、これでもかというほど念入りに梳かされた髪を結い上げられ、これ誰的な感じで化粧を…とはならなかった。
うん、化粧しても私は私だった。
きゃ!これが私!?的なのを期待していた分、その落差に人知れずテンションが下がる。
馬車に揺られながらげっそりとしている私に、お母様があらあらと苦笑した。
「ユリアーナ、お茶会はこれからなのよ?
今からそんなに疲れていてどうするのです」
「せめてこのコルセットがもう少し緩ければ…」
「ダメよ」
最後の最後でダメ元覚悟でした懇願は、すげなく却下される。
「お茶会は女の戦場よ。所謂腹の探り合い。油断していたら挙げ足を取られて、次の話題が来るまで…いいえ、思い出したように蒸し返されるから、いつまでも笑い者にされるわ。
そして、その話題は口伝てでその場にいなかった人にも伝わって、いつの間にか社交界でも笑い者になるのよ」
つまりね、とお母様が凄みのある笑顔でずずいと寄ってくる。
「お茶会での恥は我が家の恥。
心して挑みなさい」
「う、えぇ…?」
何、その重大任務。
無理してお茶会行って粗相するより、大人しく家に引っ込んでた方がいい気がするのは気のせいでしょうか。
「えぇ、気のせいよ。お茶会は家に有益になるような情報収集の場だから」
「!」
え!お母様もまさかのエスパー!?
読心術、どうして私に遺伝されなかった!!
「あなた、本当に顔で何考えてるか分かるのよね。
これじゃあ、腹の探り合いどころか駄々漏れだわ。
そうね、暫く笑顔でいなさい。何言われてもニコニコしてるの」
「そんなの無理…」
「無理じゃありません。するの」
「は、はい」
流石恐怖の女子社会を生き抜いてきたお母様。
おっかない。
粗相をしようものなら鬼のようなお仕置きをされそうで怖い。
は!もしかしたら前世のゲームのように捨てられるのか?
無理だ、プレッシャーに潰されそう。
だって前世は庶民中の庶民。
セレブの付き合いなんて知らないよ。
コルセットが苦しいのと、お母様が怖いのと、プレッシャーが凄いのとで、私の中はプチカオス状態である。
つまり半泣きよ、半泣き。
お家に帰りたい。
それが無理ならずっと馬車に乗っていたい。
一気に暗いオーラを出す私に、お母様は器用に片眉を上げると、脅しすぎたかしらとくすりと笑みを溢す。
「大丈夫よ、あなたは私の娘ですもの。
ハイエナの餌食になるはずがないわ」
「そう…ですね」
それにハイエナって。
言い得て妙である。
お母様の言い回しにふふ、と笑ったところで、馬車が目的地に着いたことを御者が知らせた。
あぁ、無情…ーーー
「ようこそ、おいで下さいました」
そう言って出迎えてくれた執事に私たちは主催者の下へ案内される。
当たり障りない挨拶をして、指定された席へと座る私たちに向けられるのは好奇の目。
隣同士でこそこそ言い合っては、クスクスと笑う。
うん、感じ悪い。
イラッとした瞬間、隣からお母様に名前を呼ばれると同時に、尋常じゃないほどの圧がのし掛かってくる。
はい、分かってます。
笑顔ね、笑顔。
すーはーすーはーとさりげなく深呼吸して気持ちを落ち着けていると、ところで、と主催者の夫人から私へと話が切り出された。
「ユリアーナ様は、あの第2王子の婚約者だとか」
早速ぶっこまれた気がするのは気のせい?
これ、アカンやつじゃない?
めちゃめちゃ地雷踏まれる予感がするよ?
なんて、私が心の中で警戒を強めている中、何も言わずに笑顔でいることで、あちらは遠慮がなくなったのか、主催者である夫人の近い席の人たちも徐々に話に加わってくる。
「あの恐ろしい瞳の?」
「まぁ怖い」
「そのような方の婚約者だなんて、おかわいそうに」
決定的な言葉こそないけれど、こちらを貶めるような発言が飛び交う。
それに、かわいそうだなんて絶対思ってないよね、それ。
そして、こんなか弱い少女にいい年したおばさんたちが寄って集って言いたい放題。
おばさんたちが連れている令嬢たちも、人の悪い笑みを浮かべてこのやり取りを聞いていた。
こういうの、何て言うんだっけ?
あぁ、そうだ。
吊し上げだ。
昔から人の不幸は蜜の味、なんていうけれど。
私、そんなにやすやすと蜜をあげるつもりなんてありませんよ?
ということで、受けてたちましょうこの戦!
「ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですわ。私、ヴィルフェルム殿下が大好きですもの」
「まぁ!あんなに卑しいお方を?」
「卑しいだなんて、とんでもない!
私、あの方ほど美しい人を見たことがありませんわ」
「う、美しい?」
「えぇ。特にあの宝石のような瞳が一番好きですわ」
「まぁ!とんだ悪趣味だこと」
どこかの夫人が、気分が悪いと言わんばかりに扇子を鳴らす。
そうよね、人の不幸を舐めるつもりが惚気られたら面白くないわよね。
「悪趣味でしょうか。
博識な皆様はご存知かと思いますが、かの国では千年に一度、赤い瞳を持つ者が現れるそうです。その者は類まれなる魔力を持ち、全ての種の魔法を使えると。
私、ヴィルフェルム様がそうなのではないかと思っておりますの。
赤い瞳を血のようだと考える矮小な人には分からないことですが、叡知に優れた皆様なら私の意見に賛同いただけると思っていましたのに…」
残念です、と俯きながら悲しげに呟く。
もちろん、わざとである。
「そ、そんなこと存じ上げておりますわ!
私が言っているのは、外見だけの好みばかりで中身が伴わないのが悪趣味だと言っているのです!」
その言葉に、心の中で勝った、とガッツポーズを握る。
「もちろんヴィルフェルム殿下は中身も素敵ですわ。でも、それは私だけの秘密でございます。
ライバルが増えるのは嫌ですもの」
うふふ、と連れの令嬢たちを牽制するのも忘れない。
そこへ、先ほど私たちを案内した執事が現れ、奥の席へ向かって声を掛けた。
「アンドロフ公爵令嬢様、お迎えでございます」
アンドロフ公爵令嬢、つまり、サミュエルの妹である。
私と同じ年くらいなのに、もう公爵夫人の名代として一人で茶会に参加しているんだとか。
そういえば、先程の吊し上げに全然参加してこなかった。
ぼんやりとその人が席を立つのを見送っていたら、ふと目が合った。
そして、その美しい顔と儚い雰囲気とはほど遠いニヤリとした悪そうな笑みを浮かべたアンドロフ公爵令嬢を目の当たりにして、大いに納得した。
流石は兄妹だ、と。




