父の意図
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あのアウレスの予言から、ヴィルフェルム殿下を亡き者にしようとする者は確かに出てきただろう。
だが、それを予言の直後に実行する辺り、そう予言されることを知っている者がいたことは確実だった。
一番考えられるのは王妃であったが、誰も恐れ多くて口には出せない。
そんな中、実行犯が捕まった。
それはとても信仰心の強い、男爵家の嫡男だった。
「周りを不幸にする者を、何故生かしておく必要があるのです?
私は神の御心に従って、悪を排除しようとしたまで。まさか、母親を盾に生き延びるなど、誰が想像できましょう?
まさにあれは、悪魔の子です」
愚かだ。
本当に愚かだ。
まだ右も左も分からず、ただ泣くことしかできない赤子が、自らの母親を盾にできるはずがない。
母親が赤子を守ったんだ。
カルマ様が、命を懸けて、ヴィルフェルム殿下を守った。
なぜ、そんな極自然な考えができない?
なぜ、そんな曲がった考えになるんだ。
こんなものが貴族の端くれだと?
男爵家め、どこまでも教育を間違えたな。
「私は、お前が悪魔のように見えるよ」
王はそう静かに告げると、自らの剣でその者を斬首した。
盲目的に神を信じる者に主犯を聞いても、無駄だと分かったからだ。
そして、その後の捜査でも主犯の尻尾さえも掴めず、結局男爵家嫡男単独の犯行として男爵家の取り潰しと、阿保な貴族の粛清のみで襲撃事件はお蔵入りとなった。
しかし、その後の社交界は荒れに荒れた。
お披露目の間で、王妃が穢らわしいと言った赤い瞳を他の貴族も恐れ始めたのだ。
何せ、これまで赤い瞳の者などこの国にはいなかったし、サラーン国のように赤い瞳に関する伝承でさえ皆無なのだ。
そして、更にアウレスの予言と母親の死。
全てが重なって、ヴィルフェルム殿下にとって生きづらい社会が形成されてしまった。
常に命を狙われる危険と忌避の視線に晒されるヴィルフェルム殿下。
最初は、必死にヴィルフェルム殿下を護ろうと王も尽力されていたが、逆にそれによって刺客が増えると分かってからは、断腸の思いで無関心を貫いた。
ヴィルフェルム殿下はカルマ様の忘れ形見だ。
カルマ様を守れなかった分、彼女が命を懸けて愛した息子だけは守らねばと言っていた分、身を引き裂かれる思いだったに違いない。
幸いにもヴィルフェルム殿下は、カルマ様の加護のお陰で、何者も傷つけることはできなかった。
剣も、弓矢も、毒も、何も。
結局、生身の人間は守れず、カルマ様の加護に頼るしかない現状に、情けなくて仕方がなかった。
他人である私でもそうだったのだ、王の心情を慮ると胸が痛い。
そしてそんなとき、私にも娘が誕生した。
混沌とした社会の中、私にとっての希望であり癒しであった。
すくすくと大きくなる娘と穏やかに過ごすシェリーを眺めていると、カルマ様とヴィルフェルム殿下もこうやって過ごすことができたはずなのにと、思わずにはいられない。
これから、ユリアーナが生きる社交は、ヴィルフェルム殿下が悪として認識されている場だ。
せめて、この子がしっかりと物事を自分で考えられるようになるまで、何者にも影響されない環境を作ろう。
濁りのない目で、ヴィルフェルム殿下や社会を見つめられるように。
自分の欲や偏った見識で、愚かな人間にならないように、教育者も信頼の置けるものを選ぶつもりだ。
自分の子が愚かなせいで他者を不幸にするなど、貴族としてあってはならないことだから。
シェリーには娘を連れ歩く楽しみを奪うのかと大いに責められたが、これまでの私の苦悩を側で見続けてきたからか、それ以上は言わなかった。
そして、娘には厳しく思われるだろうが、致し方ない。
父は、心を鬼にする。
そう決めたのだ。
そして数年後、ヴィルフェルム殿下が突然ユリアーナに婚約を申し込み、ユリアーナを訪ねて屋敷に乗り込んで来たときは、娘は何をやらかしたんだと胃が痛んだが、結果、殿下を濁りのない目で見てほしいという願いは叶ったのだ。
まさか、婚約者にまでなるとは思っていなかったし、この娘に王子妃が務まるのかと不安ではあるがーーー何せ社交なんて全然学んでないのだからーーー、カルマ様と、ヴィルフェルム殿下を遠くからでしか案じることができない王の分まで2人を傍で見守ることが、王やカルマ様への忠義の証となるだろう。
そして、さらに娘が幸せになってくれると尚嬉しい。
どうか、この2人が歩む先が幸せに満ちていますよう、カルマ様、お導きをよろしくお願いいたします。