赤い瞳を求める人
「お主が妾の先生か?」
そういうと、その人は朗らかに笑った。
裏表のない人だったと思う。
王族ではあったが、孤高の存在となるのを良しとせず、人との間に垣根を作らない器の大きい人であった。
そして、その人柄は周囲を魅了していく。
それは、我が国の王でさえも。
ーーーしかし、それが悲劇の始まりだったのだ。
ーーー
カルマ様は生徒として問題なく優秀で、これまで教授してきた誰よりも理解が早かった。
それだけこの国のことに興味を持ち、いち早く溶け込もうという気概が溢れているようで、私は一国民として嬉しく思いながら教鞭を取っていた。
「先生、この国に赤い瞳の者はいるのかのぉ?」
ある日、カルマ様がふと思い付いたように質問してきた。
「赤い瞳…ですか?」
「そうじゃ。
千年に一度、赤い瞳を持つ者が現れるその者は、類まれなる魔力を持ち、全ての種の魔法を使えるそうな」
目をキラキラと輝かせて話すカルマ様が、私を期待に溢れた視線で見つめてくる。
「そうなんですか。その話は初めて聞きました」
「なんと!やはりこれは我が国のみに伝わる伝承であったか…。国を越えれば、赤い瞳の持ち主にあえるやもと楽しみにしておったが、残念だのぉ」
しょんぼりと視線を落とすカルマ様に、何故か私が悪いことをしたような気分になる。
「申し訳ありません」
「いや、先生が謝ることではあるまい。まだこれから会えるやもしれんしな。今はそれを楽しみにすることにしよう」
「誰に会えることを楽しみにするんだい?」
ノックもなしに、側室であるカルマ様のサロンに入ってこられる人物など、一人しかいない。
さっと膝をついて礼を取る私の横で、カルマ様が呆れたように呟く。
「お主も暇よのぉ。ここに来る暇があったら、国民のために馬車馬のように働け」
一国の主に対して、随分な物言いだといつも周囲が肝を冷やしているのを、この方は知らないだろう。
まぁ、この一国の主がカルマ様とのやり取りを楽しんでいるので、そのような心配は杞憂なのであるが。
「働いてるよ。今は休憩中なんだ。馬も休まないと動けなくなるだろう?」
クスクスと笑いながら国王が答える。
「それで?誰に会うの?」
穏やかに尋ねる割には目の奥が笑っていない。
このお人がこのように感情的になるのは、私が知る限りカルマ様だけである。
「赤い瞳を持つ者じゃ。男か女かは知らん」
「赤い瞳?僕は見たことないな。ルーベはどうかな?」
「は。私も赤い瞳を持つ者がいることを先程カルマ様の話から知った次第でして」
「我が国では現れるのは千年に一度というからな。そんなにゴロゴロおるわけがないか」
つまらんのぉ、と延びをしながら呟くカルマ様。
まさか自分が赤い瞳の子供を生むことになろうとは全く想像していなかったに違いない。
そんなカルマ様をこのサロンにいる間、王は感情を隠すことなく愛でられる。
いつものことであるが、少しは遠慮していただきたい。
私もできることなら仕事ではなく、婚約者のシェリーと過ごしたいものだ、と劣情を煽られるのだ。
カルマ様が王に愛されて、かつ身分も申し分なくあっても尚側室であったのは、既に王妃が据えられていたから。
表向き、王は王妃とカルマ様で態度に差をつけないように常に気を配られていて、人目のあるときには一切感情を読ませない方であるから、知っている人は少ないと思うが、逆に言えば知っている人は知っていた。
もちろん、それは王の信頼が厚い証拠であり、面白おかしく吹聴する者は皆無であったが。
対する王妃とも政略的な結婚で、更に言えば王妃は良くも悪くも王族らしい王族であった。
王妃とカルマ様は、まさに水と油。
カルマ様は、王妃とも良好な関係を築こう努力されてはいたが、王妃はそうではなかった。
女の身の内に男の私が思いを馳せても、その何分の1も理解はできないであろうが、おそらく王妃にとってはただの政略結婚ではなく、きちんと気持ちが伴っての結婚であったのだろう。
恋しい人のみならず、その周囲までもがカルマ様に傾倒していく。
単純に考えても気持ちのいいものではあるまい。
それぞれが持つ確執がいつ表面化するか分からない、燻った時を経て、時を同じくして双方の妊娠が発表された。
カルマ様の妊娠が分かってからの王は、恐らく理性よりもカルマ様への思いが少しばかり凌駕してしまったのだろう、これまでの徹底した態度が少し軟化した。
恐らく些細なことではあるが、カルマ様の方に比重が偏ってしまったのだ。
それに、王妃は気づいていたのかもしれない。
数日早く王妃がアラン殿下を出産し、ほどなくしてカルマ様も無事ヴィルフェルム殿下を出産された。
生まれて間もなく、瞼を開けたヴィルフェルム殿下の瞳は、ーーー赤かった。
それを見たカルマ様は、涙を溢してその赤い瞳に感動していたのを、つい昨日のことのように思い出される。
「ただ無事に生まれてきただけでも愛しいというに、そなたは妾の憧れまで持って生まれてきたのか。何という親孝行な子じゃ。父親に似ずに気が利いておるのぉ」
「こらこら、そこは父親に似ての間違いじゃないのかい?」
軽口を叩きながら笑い合う家族が一つ。
そこには、間違いなく幸せがあった。
そして、誰もがこれからもその幸せは続くと思っていたのだ。
そう、あの時までは…ーーー