全てを知るには不可欠な人
「先入観を持たせないために私を外に出さなかったということは、どういうことですか?」
最初からルー様と接触させる予定だったの?
ゲームでは、私はアラン殿下の婚約者だったけど、お父様は本当はルー様と婚約させたかったということ?
何のために?
それに、アラン殿下からの婚約破棄とルー様との婚約の打診の連絡があったときに、あんなにも青ざめて戸惑っている様子だったのに。
一体全体どういうこと?
何がお父様の意図で、何がそうでないのか皆目検討もつかない。
「まぁそんなに難しく考えることはない」
出た、読心術!
何も言ってないのに!
「勝手に人の心を読まないで下さい!」
「心など読んではいない。お前が分かりやすいんだ。ヴィルフェルム殿下と共にありたいのなら、もう少し感情を押さえられるようにしておかないと、足元を掬われるぞ。お前だけではない。お前のその態度で、ヴィルフェルム殿下までをも危険に晒すかもしれんな」
「っ!」
呆れたように、そして今後起こりうる脅威を予見するように真っ直ぐこちらを見つめてくるお父様に、そんなことはないと言い返すことができず、言葉に詰まる。
「まぁ社交から遠ざけて、その術を身につける機会を奪った私が言うのもなんだが。シェリーが知ったら酷く怒られそうだな」
「お母様が?」
「お前を外に出さないのはかわいそうだ、外に出て人との関わりを学ばないと、大人になってから痛い目を見る、とな。まぁまだ成人していないし、今から学ぶこともできるだろう」
ふむ、とお父様は顎に手を添えて暫く何かを考える素振りをして、
「お前が参加する茶会の選定を、シェリーに頼んでおくとしよう。お前と茶会に行きたがっていたから、喜ぶだろう」
結果、お母様に丸投げした。
これから、お茶会に駆り出される日々を思うと少し気が重いが、ルー様のためだと思えば乗りきれる。
どうかお母様がスパルタ化しませんように。
切実に祈っていると、ごほん、とわざとらいお父様の咳払いが聞こえてきた。
「話を戻すが、お前が生まれる少し前に、私はあるやんごとなき御方にこの国の歴史をお教えするべく登城していた時期があってな」
「やんごとなき御方?」
「そうだ。サラーン国第二王女であり、国交のために第一側室となったカルマ様。
ヴィルフェルム殿下の御生母だ」
「ヴィルフェルム殿下のお母様…」
確か、貴族図鑑でもう既に鬼籍に入られていたはず。
それこそ、ルー様が生まれて間もない時期だった気がする。
どんな方だったのだろう。
ルー様のお母様だ。
絶世の美女だったに違いない。
「ヴィルフェルム殿下とお前のこと、全てを語るにはカルマ様なしには語れない」
お父様は当時を思い出すように遠くを見つめ、そして、悲しげに目を伏せた。
そのお父様の沈痛な様子に、あまりいい話ではないことが察せられる。
攻略対象でもない、ストーリーが始まる前になくなっているルー様の過去が語られるはずもなく、必然的にカルマ様について語られることはなかったはず。
名前さえも出ては来ていない。
そういえば、カルマ様は国交のために嫁がれてきたということだったけれど、現在はサラーン国とは国交を断絶しているはずだ。
きっと、それもこれから聞くことに関係しているんだ。
「…ヴィルフェルム殿下にも聞いてもらおう」
固唾を飲んでお父様が話し出すのを待っていた私に、お父様がふいに切り出した。
「ヴィルフェルム殿下も知らないことをお前に先に話すのも憚られる」
確かに。
「…それが、ルー様を傷つけることにはならないかしら?」
それが一番心配だ。
もう十分傷ついているあの人を、更に追い詰めることはしたくはない。
「ルー様、か。
そうだな…、酷な話になるだろうが、いつかは知らやきゃならんことだ。
それに、アウレスが接触して来たからには、早めに知って今後の対策を立てた方がいいだろう」
ルー様のところで含みを持たせるお父様に、少しの気恥ずかしさが首をもたげる。が、そんなことに気をとられている場合ではない。
今のお父様の話から察するに、過去のことだと終わる話ではなく、これからの私たちにもかかわりがあるということだろう。
「むしろ、お前に聞く覚悟があるのか?」
お父様が試すように私に問い掛けてくる。
どんな話だろうと、どんなことが起きようと、私がルー様を支える。
それは絶対に変わらない。
「そんなの、愚問だわ」
挑むように胸をそらして答える私に、お父様が満足げに頷いた。