あなたって本当は
晩餐が終わって、それぞれゆっくりと過ごす時間に、お父様の執務室をノックする。
「お父様、ユリアーナです」
声を掛けてしばらくした後、入りなさいとお父様の静かな声が返ってくる。
カチャリとドアを開けて静かに入る私を、書類から目線を上げたお父様が見つめていた。
「珍しいな。こんな時間にどうした?」
目元を優しく緩めたお父様が、これから切り出す話題にどのような反応をするのか、少し恐ろしくて緊張のあまり両手をきゅっと握り締める。
そんな私の緊張を感じ取ったのか、お父様は片方の眉を少し上げた。
「ユリアーナ?」
訝しげに私の名前を呼ぶお父様。
お父様は、文官の中でも華やかなほうではなくむしろ地味な方で、講師をしているとは言っても社交にはそんなに明るくない。
もしかしたら、お父様はそんな不吉な予言すら知らないのかもしれない。
だって、予言を知っていたとしたら、一族に害が及ぶかもしれないリスクを背負ってまで婚約を受けるだろうか?
確かに王家からの打診だったら断れないかもしれないけど、それまで一切外に出してこなかった娘だ。
あの時点であれば、体が弱いとかなんとか理由をつけて辞退することもできたはず。
そんな疑問と憶測が脳裏を駆け巡る。
しかし、自分で考えても埒が明かない。聞かなければ何も分からないままだ。
だから、私は覚悟を決めて口を開いた。
「………お父様は、アウレス神官長がヴィルフェルム殿下に告げた言葉をご存知ですか?」
「あぁ、勿論知っているが?」
予想に反してあっさりと肯定するお父様に、前のめりに転けそうになる。
そんな私に、お父様は更に言葉を被せた。
「知ってはいるが、信じてはいない」
「え?」
全く予想をしていなかった答えに、驚きすぎて何も言葉が出てこない。
そんな私を、お父様は少し厳しい顔で見下ろした。
「何だ、予言に怖じ気づいて婚約したことを悔やんでいるのか?」
「まさか!」
間髪入れずに答えた私を満足気に見つめると、お父様は椅子の背もたれへと体を預けた。
ぎしっと軋む椅子の音が部屋に響く中、お父様はふーっと深く息を吐き出した。
「お前がそれを知ったということは、アウレス神官長がついに接触を図ってきたか」
「…!」
エスパーだ!
ここにエスパーがいた!
お父様何者?
ただの地味親父じゃなかったの?
「…お前、今失礼なこと考えてなかったか?」
「…!」
思わず口元を手で覆う。
まさかの読心術!!
なんてこと!そのチート、私に欲しかった!!
「すごいわ、お父様!人の心が読めるのね!」
「…ほう?失礼なことを考えていたのは間違いないようだな」
興奮のあまり目を輝かせて詰め寄る私に、お父様は胡乱げな目線を返してきた。
「い、嫌だわお父様、そんなことあるわけがありませんことよ」
おほほほほほほ、と目を泳がせるしか術がない。
そんな私の様子にお父様は諦めたように視線を落として息をつくと、気持ちを切り替えるように机の上で手を組んだ。
「まぁ、それはおいおい吐かせるとして…」
「…」
吐かせる!?吐かせるって何!
ちょっとこのおじさん、無害そうな顔して実は腹黒いの?そうなの!?
恐怖に戦いて一歩後退りした私に、お父様が目敏く気づく。
「なんだ、予言について知りたいんじゃないのか?」
「し、知りたいです…!」
そう、知りたいのよ。
むしろ知らなきゃルー様守れないのよ。
こんなところで尻尾巻いて逃げるわけにはいかない。
一歩引いた足を前に戻し、背筋を伸ばしてお父様を見据える。
エスパーでも読心術でもどんとこいってんだ。
「うん、いい目だ。
変な先入観を植え付けられては敵わんと、屋敷に閉じ込めておいて正解だった」
「…は?」
自画自讃するようにうんうん頷いているお父様を前に固まる私。
どうやらルー様のこと以外でも新事実が聞けそうな予感。