予言の裏に何がある
パタン、と読んでいた本を閉じる。
あれからサミュエルとニコルに連れられて無事に帰宅したけれど、何をしていても脳裏を占めるのは先程のアウレスとのやり取り。
思い出す度に血管が切れそうになるほど、ムカつく。
いつかギャフンと言わせてやると、閉じた本の上で拳を握り締める。
しかし、どうしてアウレス神官長はルー様にあんな不吉な予言をしたのだろう。
予言で済ます程、私はロマンチストではないし、一人生終えているのだ、それなりにひねくれた考え方をする。
その私が思い至った結果、それは………ーーー。
ーーー間違いなく裏がある。
アウレス神官長の予言の裏には、あらゆる企みが渦巻いているに違いない。
それは王位継承の問題か、はたまた神殿の勢力の問題か、それともアウレス個人の企みか。
いずれにしても、ルー様を中心に思惑が蠢いている。
何が起こっているの。
何が起ころうとしているの。
どうしたらいいの。
どうしたらルー様を守れるの。
考えても考えても、答えは見つからないまま。
今更になって自分の世間知らずさが、無知が、足を引っ張る。
知らない、何も。
ルー様を取り巻く環境の真髄を、情勢を、思惑を、真意を。
何もないのに、どうして守れると言うの。
自分の傲慢さに嫌気がさす。
無知は罪だ。
知らないことで犠牲は増えるばかり。
無知は恥だ。
知らないことで簡単に足元を掬われる。
だから、人は学ぶのだ。歴史を、経済を、心理を、宗教を、伝承を、生活を、社交を。
同じ過ちを繰り返さないように。
守るべき者を守れるように。
だけど、私は一般庶民が知っている歴史を知りたいわけではない。
もっと深い、嘘偽りのない純粋なもの。
この国の真の歴史を知っていて、ある程度神官長に対応できそうな人物。
それは………ーーー。
「…お父様」
文官として王宮に勤める傍ら、学院で講師をしながら歴史を研究しているその人。
これまで、ゲームでユリアーナを見捨てたということが先行して、あまり信用できずに関わることを最小限にしていたお父様。
けれど、脳裏をふっと過ったのは、アラン殿下の婚約者候補を外れたときに、全然私を叱責しなかったお父様とお母様のこと。
それを考えると、ここにも私の知らない何かがあるのではないかと思えた。
ユリアーナを見捨てなければならなかった何かが。
それが、ルー様のことと繋がるかどうかは分からないけれど。
「聞かなきゃ。そして、真実を知るの」
固い決意を胸に、呟いた言葉で自分を鼓舞する。
大切なものを守るために。
大切なものを見失わないために。
決戦は今夜。
お父様が帰ってきたら聞こう。
そう、心に決めたその時、突然温かいものに体を包まれた。
「ーーーっむぐ!?」
驚いて悲鳴を上げようとした口を、胸元に押し付けられて無理矢理閉じられる。
「何度も声を掛けたのに返事がないから、心配になって勝手に入ってしまった」
頭上から落ちてくるのは、不安そうなルー様の声。
「むぐぐぐ…!」
ルー様に返事をしたくても、逞しい胸板に顔を押し付けられ過ぎて話すことさえままならない。
いや、むしろ息ができない…!
プリーズ隙間!プリーズ空気!
ダメ、本当に苦しい。
ギブ!ギブ!ギブぅぅぅう!
そんな思いを込めて、ルー様の背中をバシバシ叩く。
ふと腕の力が弱まった隙に、胸板から顔を離すことに成功した。
「~っぶは!!」
解放された直後、ルー様の体に寄りかかりながらゼーゼーと息を繰り返す私に、ようやく私が窒息の危機だったことを悟ったルー様が、落ち着かせるように優しく私の背を撫でる。
「すまない。
何か真剣に考え事をしているアナが、どこかに行ってしまいそうで…、恐ろしくて力を加減するのを忘れていた」
しゅんとしたように声を落とすルー様を見上げると、紅色の瞳が心細げに揺れていて、きゅっと胸が締め付けられる。
ルー様を安心させてあげなきゃいけないのに、今ルー様に何を言っても陳腐に聞こえそうで、気の利いた言葉が一切言葉が浮かんでこない。
だから、今度は私がルー様を抱き締める。
お返しとばかりに、ぎゅうぎゅうと力の限り。
ーーー大丈夫、私はここにいる。
あなたを独りにはしない。
そう、伝わるといい。
今は無理でも、いつかきっと。




