お前が元凶かぁ!
「ユリアーナ・ジルコニア嬢」
ニコルにエスコートされながら、迎えに来た馬車に乗り込もうとした時、不意に呼び止められた直後、ニコルとサミュエルが警戒したように、私を背後へ庇う。
その2人の様子に戸惑っている私の目の前に現れたのは、髪から爪先まで全身が真っ白な人物。
「誰…?」
「アウレス神官長」
見慣れない人物に首をかしげる私に、サミュエルが忌々しそうにその人物の名前を呼ぶ。
「アウレス神官長…?」
どうやら偉い人みたいだが、何せ少し前まで箱入り娘だったのだ。
王族や主要貴族、前世のゲームで思い入れのあるキャラ以外の情報はほとんど皆無だ。
そんな私の様子を横目に、ニコルが静かに口を開いた。
「神官長は王族がお生まれになるときに必ず立ち会い、祝福を授ける。
アウレス神官長は、ヴィルフェルム殿下が生まれた時に立ち会い、こう予言した。
ーーーヴィルフェルム殿下に近づく者は、皆不幸になる、と」
「な…っ!」
ルー様がこれまで酷い扱いをされてきた原因はお前かぁ!っと一気に目の前の人物に敵意が湧く。
「ふふふ、ニコル君。私の自己紹介の手間を省いてくれてありがとう」
そう微笑みながら話すアウレス神官長は、全てが真っ白なせいか、話すたびに唇や舌の赤さが異様に際立つ。
糸目だからか常に微笑んでいるからなのか、瞳の色は窺えない。
そのせいか、先ほど生じた敵意とは別に、感情が読めず得体の知れない気持ち悪さを感じる。
「お初にお目にかかります。
ユリアーナ・ジルコニアと申します」
一応貴族として最低限の挨拶をする私に、アウレス神官長は、何を考えているか分からない表情そのままに、軽く頷いて答えた。
「ヴィルフェルム殿下の婚約者となって、さぞかしご苦労されていることでしょう」
訳知り顔でこちらを気遣っているような問い掛けに、私の導火線が刺激される。
「えぇ、そうですね。ですが、全てはあなたの迷惑な予言とやらのせいです」
「ちょっ、姉御!今あいつに喧嘩売るのは不味いって!」
サミュエルが焦ったように私を更に背後へ隠す。
「おや、私の予言のせい…とは、面白いことを言われますね」
「…っ、もが!」
言い返そうと口を開いた瞬間、ニコルからハンカチを詰められ、さらに手で口を塞がれた。
「ひょっひょ(ちょっと)!」
「しっ!気持ちは分かるが、今は駄目だ」
サミュエルの背後でゴソゴソとやり取りをする私たちに、一瞬怪訝な表情をしたアウレスであったが、すぐにこれまでの表情に戻る。
「…まぁいいでしょう。
安心しなさい、存在してはならない者はいずれ淘汰されるのが宿命。忌まわしい婚約は、いずれ終わりを迎える」
困ったときには力を貸しましょう、そう聖職者らしい笑顔で言うアウレスには、サミュエルの後ろで今にもとびかかりそうな勢いの私が、ニコルに押さえられている姿は見えていないらしい。
ようやくニコルの拘束が緩んで、サミュエルの背後から飛び出したときには、もうアウレスの姿はどこにもなかった。
「あんのヤロぉ…っ!」
「ちょっと、姉御。淑女の台詞じゃないよ、それ…って、ハイ、ゴメンナサイ」
横から茶々をいれるサミュエルに消化しきれない怒気を飛ばす。
存在してはいけない者って何。
淘汰される宿命って何。
終わりなんて来てたまるか!
今までにない程の苛立ちと嫌悪感に、それ以上言葉が出てこない。
権力と王宮内での影響力を考えると、ここでアウレスの反感を買ってしまうのは得策でないことは分かる。
ルー様に害が及ぶ可能性も十分に考えられる。
今はまだ、この胸の内を暴れる感情を押さえつける以外できることはないのだ。
「チートが欲しい…」
切実に呟いた私の言葉は、誰に届くこともなく空しく宙に溶けた。