それはつまり同士
「喜んで!」
とは言ったものの、無論ルー様がそんな事態に陥るのをみすみす指を咥えて待っていることは、断じてしない。
ルー様が命を落とさないように、守りきれるように、いろいろ術を身につけてきたつもりだったけれど、まだまだだったらしい。
他者からだけではなく、ルー様自身からさえも守れるようにしなくちゃ。
だけど、これまでのルー様の環境を考えると、むしろ今までその選択をしないで生きていてくれたことの方が奇跡なのだと思う。
やっぱり、ルー様は強い。
本当に。
心が。
これまでは、ルー様が自分だけで守ってきたその尊い心を、これからは私も一緒に守っていく。
そして、同士は多い方がいい。
うん、多い方がいいのだ。
だから、目の前の光景も甘んじて受け止めるしかない。
「ヴィルフェルム、ほらこれ食べてみろ!なかなかに美味だぞ!」
例え婚約者同士のささやかな茶会に、ブラコンと化したアラン殿下が乱入しようとも。
「なかなかイケるな」
たまたま通りがかった脳筋野郎のキリアンが、まさかの甘党で私のシフォンケーキを食い荒そうとも。
「え、これ姉御が作ったの!?」
頷いた瞬間、そろそろとシフォンケーキをもとに戻すサミュエル。
「何よ、毒なんか入ってないのに」
失礼な、と鼻息荒く息巻く私に、サミュエルは、いやぁ、それはそうなんだけどぉと何故か冷汗を垂らしながら後ずさる。
解せぬ。
「ニコルは食べるわよね?」
「いや、自分の命が惜しいから遠慮する」
「…」
私からの胡乱げな視線に苦笑しながら、ニコルは顎でくいっとルー様の方を示す。
そこには、恋人のようにぴったりと寄り添い、アラン殿下からシフォンケーキをあーんされようとしているルー様の姿。
何よ何よ。
そこはもともと私の場所よ。
あーんなんて、まだ私だってしたことないのに。
あのブラコンめ!!
羨ましすぎる!!
だけど、我慢よ、我慢。
くぅっとハンカチを噛み締めて耐える私に、ニコルが呆れたように問い掛ける。
「そんなに我慢しないで、兄貴のもう1つの隣の席に座れば?」
「ダメよ。これを期にこれまでの兄弟の溝を埋めて、ルー様の味方を確保しなくちゃ。
ルー様が生きやすい環境を作るためには、こんな些事は我慢するのが私の努め…!」
どこの母親だよ、とため息をつくサミュエルに、きっと鋭い視線を送るだけに留める。
「兄貴は、姉御が居ればその他はどうでもいいと思ってると思うけど」
ニコルの言葉にサミュエルが力強く頷く。
「姉御、兄貴のためを考えるんだったら、自分の身の安全を第一に考えた方がいいと思うよ。アラン殿下を生かすのも姉御基準だったし、多分今も姉御のシフォンケーキだから大人しくあーんされてるだけであって、多分アラン殿下のことは眼中にない」
「むしろ、姉御のシフォンケーキを次から次に食べていくキリアンに凄まじい殺気を放ってるけどな」
さすが脳筋、全然気づいてないけど、とはサミュエルの言葉である。
カチャリ、とルー様がソーサーにカップを置く音が、やけに辺りに響いた。
「キリアン」
最後の一口を咥えたキリアンに、ルー様が声をかける。
「たくさん食べたから体が重くなっただろう。少し、剣を合わせないか」
すごく綺麗な笑顔で告げるルー様に、キリアンは待ってましたとばかりに、勢いよく席を立つ。
パタパタと尻尾が見えるのは、多分私だけではないはず。
「あーぁ、ありゃ手加減なしで殺られるな」
「でも、あいつ兄貴の信者だからな。嬉しそうに殺られるんだろうけど。むしろ御褒美?」
そんな不穏な会話をしている2人に気づくことなく、アラン殿下がルー様とキリアンの間に割って入る。
「ヴィルフェルム、私とも剣を交えて兄弟の親睦を深めようじゃないか!お前の剣、この兄が広い愛の心で全て受け止めてやろう!」
ははははははは!っと上機嫌に笑うアラン殿下を止めなくていいのか、とニコルとサミュエルにそれとなく視線で問い掛けるが、2人は生温い視線でアラン殿下を見つめるだけだった。
訓練所へと向かうルー様の後ろ姿を、今日はあまり話せなかったと、小さくため息混じりに見送ろうとしたとき、ふとルー様が私を振り返った。
「アナ、先に帰っていて。後でまた会いに行く」
優しい笑顔でそう告げるルー様と、後で会いに来てくれるという言葉に、嬉しくて胸が高鳴る。
満面の笑顔で頷く私を確認すると、ルー様は両隣の2人に視線を向けた。
「ニコル、サミュエル、アナを頼む」
「「御意」」
何故か重大使命を与えられたかのように、仰々しく応えた2人に首を傾げる。
「え?1人で大丈夫よ?」
「ダメだ」
子どもじゃないんだから、と告げる私に空かさずルー様が一刀両断した。
「また誰かに襲われたらどうするんだ?」
どうやら先日の一件で、ルー様の過保護ぶりが急加速したらしい。
これは熱りが冷めるまで大人しく言うことを聞いていた方が良さそうだと、ルー様に頷いてみせた。
「いい子だ」
温かいその表情をうっとり見つめる私には、砂を食べたように隣の2人が顔を歪めていたことなんて、知るよしもなかった。